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江戸女人気質

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第五章


第五章

「何ということだ」
「驚くべきことですが」
「何でもそうとか」
「世の中にその様な者がいたのか」
 あらためてこんなことを言う彼だった。
「恐ろしいことだ」
「それでなのです」
「かがりはその男の道場に毎日通い勝負を挑んでいるとか」
「それはあ奴らしいな」
 娘のそうした気性をわかっての言葉である。
「しかしじゃ。それでも」
「あのかがりが負けるとは」
「一人であろうとも十人のごろつきを木刀一本で倒したこともあったというのに」
 そこまで強いのである。だから江戸中で評判になっているのだ。
「そのかがりをです」
「恐ろしい男がいるものだ」
 父はここまで話を聞いて思わず腕を組んでそのうえで唸った。
「それこそ素手で熊を倒せそうなおなごなのにな」
「ええ。つまりその相手はです」
「まさに虎です」
「いや、龍では」
 兄達も妹をかなり言う。実際のところ彼等も長男は家督を継ぐことになっていて次男と三男は養子に入っている。今日はかがりのことで話し合いに呼ばれてそれで両親と共に彼女のことについて話をしているのである。
「それだけの男がいるとは」
「恐ろしい話ではあります」
「全くです」
 ここで母が言った。
「しかしです」
「しかし。何だ」
「これはいいことかも知れませんよ」
 こう自分の夫に話すのである。
「かがりにとっても我が家にとっても」
「何故だ、それは」
「ですから。かがりはいつも言っていたではありませんか」
 娘がかつて言っていたことをここで出すのである。
「自分より強い殿方の嫁になると」
「その話か」
「はい、それです」
「そういえばそんなことを言っていたな」
 そのことを思い出して夫も頷くのだった。
「確かな」
「ではその殿方と」
「いや、待て」
 しかしであった。父はここでそれを制止するのだった。
「すぐに決めるのはよくない」
「左様ですか」
「あれはそう簡単には動かんおなごだ」
 娘のことであるのは言うまでもない。
「それこそこちらから何を言ってもな」
「強情な娘なのはわかっていますが」
「そうじゃ。そうはいかん」
 また言う彼だった。
「簡単にはな」
「ではどうされますか?」
「暫くはあれに任せておく」
 そうするというのである。
「暫くはな」
「そうですか。それでは」
「様子見ですね」
「今のところは」
 息子達も父に対して問うのであった。
「ではその様子に」
「しますか」
「うむ、今はそうする」
 父はこう決断を下した。
「それでいいな」
「わかりました。それでは」
「その様に」
 こうして家の中での話は決まった。彼等は暫くかがりの様子を見ることにした。かがりは道場に足繁く通いそして負け続けていた。だが彼女はそれでも通い。負けても負けても彼に勝負を挑みそうして二人の時間を過ごすのだった。
 
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