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江戸女人気質

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第四章


第四章

「貴方が御相手で」
「はい、私で宜しければ」
 穏やかな笑みで返す彼だった。
「それでいいでしょうか」
「わかりました」
 それに応えるかがりだった。
「それでは宜しく御願いします」
「はい、それでは」
 こうしてかがりはその男と勝負することになった。すぐに道場に入り防具を身に着けた。そして竹刀を持ちそのうえで相対する。構えてみるとすぐにわかった。
「強い・・・・・・」
 自分の前にいる男を見て呟いた。
「この男、かなりの」
 その額に汗が出る。ごくりと唾を飲み込む。怖気付くのも久し振りのことだった。それでも何とか打とうと前に出たがその時だった。一瞬だった。
 面を打たれてしまった。これで終わりであった。あっという間に一本取られてしまった。
「な・・・・・・」
「一本ですね」
 彼はその一本を取ってから述べてきた。
「これで」
「免許皆伝を取ってからはじめてです」
 かがりは感嘆した様に述べた。
「まさか。こんな」
「そうだったのですか」
「そういえば御名前を聞いていなかったですね」
 かがりは面を着けたままで彼にまた問うた。
「何と仰るのですか?」
「深田実光」
 彼は一言で名乗った。
「それが私の名前です」
「深田殿ですね」
「はい、それが私の名前です」
 また名乗る彼だった。
「この道場の主をしております」
「わかりました、深田殿ですね」
 すぐにその名前を頭の中に入れた。かがりは武芸だけでなく頭も冴えていた。だがこの冴えは世間からはあまり注目されてはいないものであった。
「覚えておきます」
「はい、それではまた」
「来ますので」
 微笑んでこう述べた。これが二人の出会いだった。
 かがりはそれから毎日の様に深田に挑んだ。剣術だけでなく柔術や弓術、馬術でもだ。兵法も論じてみたがこれでも適わなかった。まさに彼女よりも上であった。
 それでも彼女は挑み続けていた。武芸の鍛錬はさらに激しいものになっていたがそれ以上に彼の道場に足しげく通うようになっていた。家の者はそれを見て言うのだった。
「最近のかがりはどうしたのだ?」
「さて、あれは」
「どうしたのでしょうか」
 両親だけでなく兄達も首を傾げる。姉達はもうそれぞれ嫁に行っている。兄達も妻を迎えている。家にとって最後の厄介ごとが彼女のことだったのだ。
「最近はある道場に通ってばかりで」
「何でも物凄く強い道場だとか」
「また道場破りでもしているのか?」
 父はまずはこう考えた。
「全く。飽きもせず」
「何か随分と強い道場でして」
「かがりを負かしたそうです」
「何っ!?」
 父はそれを聞いて思わず声をあげた。実は彼も最近では娘と稽古をしてみて勝ったためしがない。それは兄達も同じであった。それどころか江戸で彼女に勝てる男なぞいないとさえ言われていたのだ。おかげで巴御前だのそんな風にも言われていたのである。
「あのかがりをか」
「はい、そうだとか」
「何でも」
「それはまことか」
 父はそのことに驚きを隠せなかった。日頃武士は感情を顔に出すものではないと言っているその彼がである。そうなってしまっていた。
 
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