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運命の向こう側

作者:月餅
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プロローグ2

 その日の呼び出しは急であり、同時にただ事では無かった。いつも通りの静けさを保っていたのは午前まで。正午を過ぎてから次第にざわつき始め、同時に強い不安が広がる。最終的には、招集という自体にまで発展したのだ。
 通常、招集がかかるとしても、それは学園長室である。それは、学園長室がある麻帆良学園中等部校舎が、交通路のほぼ中心部に位置するため。呼び出されるにしても、そこから移動するにしても、便利な立地であるから。しかし、今日呼ばれたのは、魔法関係者しか入ることを許されない地下大講堂。学園長室には収まらないだけの魔法関係者が呼ばれた、と想像するのに容易かった。
 やや薄暗い通路を歩いて行くと、どぷり――まとわりつくような違和感を覚える。侵入者対策の結界なのだが、刹那は未だにそれに慣れることはできなかった。
 普通であれば、一瞬なでられたような感覚を覚えるだけ。少なくとも、違和感にこらえなければならないほどではない。これは、彼女が出自的に、触覚的に魔的要素を捕らえやすい体質であるためなのだが。どうであるにせよ、刹那一人のために改善してくれる訳がなく、それを求めた事も無い。
 肌をなめ回す気色悪さをかき分けていると、正面に見知った背中が見えた。それに声をかけたのは、特に意味は無い。ただ、この感触を少しでもごまかしたかった。

「龍宮か」
「ん……? 刹那か」

 自分に気付いた同僚に、歩調を合わせる。いつもなら、身長差が大きいためにやや苦しい早さ。全身を這いずる悪寒から逃げるための早足とは、ちょうどよい速度だった。

「ずいぶん大事になったな」
「まあ、な。あの衛宮士郎がくるとなれば、騒ぎもするだろう」

 話しかけはしたものの、話題などなかった。元々刹那は多弁な質ではないし、真名もどちらかと言えば受け身。加えて言えば、互いに信頼し合ってはいるものの、和気藹々と話す中では無い。
 出せそうな話題と言えば、今の騒ぎしかなかったのだが……どうやら乗ってくれたようだった。
 真名は歩調を変えぬまま、あざけるように口元をつり上げて言った。いつも通りであるようだが、わずかに皮肉っぽさが増しているか。

「時代最強の魔術師、衛宮士郎。若くして教授になったトオサカ派のナンバー2であり、その異名も多数ある。有名なのは不死者殺しと完全なる魔術師、あとは針の山やミリオンジェノサイダーなんてものまであったかな?」
「ずいぶん詳しいな」
「大したことは調べられちゃいないさ」

 刹那の言葉に、しかし真名は頭を振り肩をすくめて否定した。謙遜、をしているようには見えない。つまり、本当に大した事は調べられていないのだろう。

「噂が出てきたのは、だいたい今日の四限目あたりだったな。そこからでは、どれほど金を積んでも、調べられる事はたかが知れている。もっとも、これ以上調べても、何かが分かったとは思えないがな」
「どういう事だ?」
「お前は本当に知らないんだな」

 む、と言葉に詰まる。反論しようとしたが、それは言葉にならなかった。今彼女が言ったこと以上の何かを知っているかと言われれば、何も知らない。
 真名は、いつもように大人びた(もしくはませているだけか)笑みを押さえて、真顔になった。仕事の時にはよく見せるが、こうして普通に話す時にはまず見せない顔。

「つまり、前評判通りの完全なる魔術師だったって事さ」

 それでも分からず、首を傾げる刹那。

「あー、何と言えば分かるんだろうな。……魔術師って言うのは、どんな人間だ?」
「そうだな、一般的には引きこもりの研究者、か。基本的に、自分の枠の中に籠もって、誰にも知られず枠の彼方を目指す。しかし完全に世の中と分かつのではなく、表向きの顔を作って関係を維持しているな。私がつきあった印象なら、自他に厳しい仕事人だ。契約した内容は絶対に破らないし、また破らせもしない。仕事なら信頼できる相手だ」
「……正直、その評価も私にとっては驚きなのだが。まあ、そんな所だ。そして、それを極めつけにした――魔術師の理想型が、衛宮士郎な訳だ」
「ああ、なるほど」

 やっと刹那も気付いた。つまり、極まった秘密主義者なのだろう。
 恐らく同種である魔術師すら――もしかしたら世界の誰も――彼の魔術を、そして戦い方を知らない。見せ札のいくつかだけが表であり、後は全て裏なのだ。カードの枚数も、その手札さえ分からない。情報を集めるに当たって、最も厄介な相手。どこにも情報がない、それが衛宮士郎という魔術師なのだ。
 なるほど、龍宮真名が魔術師を厭う理由が、分かった気がした。彼女は戦士では無く兵士、もっと言えば傭兵だ。可能な限りの情報を集め、対策を模索し、不可と判断すればとっとと逃げる。ノーデータと言うのは、可不可の判断すら出来ない一番嫌な相手に違いない。
 そこには多分に、仲間であっても信用しない、という思想も関係している。最低限、振り切って逃走できるだけの準備と情報を用意しておく。自分が風見鶏である以上、他者も自分を信用しきらないと考えておかねばならない。
 難儀なものだ、と刹那は思っている。だが、それが彼女のやり方である以上、口出しをする気も無い。

「ついでに言うと、衛宮士郎はバケモノクラスの魔術師だ。魔法使いのナギ・スプリングフィールド、神鳴流の近衛詠春のような。知っての通り魔術協会は、関西呪術協会以上の、歩み寄る理由も気もきっかけもない、最大の敵対組織。そんなのが懐に入ってきたら、どうなると思う?」

 水で泥を洗い流すように、違和感が全て溶け落ちた。長時間悪寒にさらされた肌を、慰めるように腕に触れようとして――それは、俄に響く喧噪に止められた。
 関東魔法協会は、よく言えば落ち着いた、悪く言えば緊張感の足りない組織だ。ゆえに、集合時に騒がしいことはままある。だが、今回は剣呑とした、怯えを含む悲鳴のような声ばかり。そんなものが飛び交うのは、ついぞ聞いたことが無い。
 予想を遙かに超える混沌に、刹那は呆然とした。

「答えはこうだよ。潜在的な危険があっても、実行する力を失った闇の福音。それが霞むほどの危険人物になる」
「……これほどなのか」
「ああ、これほどさ。と言っても、私やお前にとっては危険度は、少なくとも魔法使い達よりは高くない。せいぜい下手な刺激の仕方をしなければいいさ」

 それを捨て台詞に、真名は離れていった。麻帆良の一員とはいえ、彼女の形式は外部協力者である。
 刹那も、魔法生徒の一団に混ざってから、改めて周囲を見回した。集まった人数は、予想を遙かに超えて多い。学園長室どころか、この大講堂からも溢れそうなほどである。恐らく、必要最低限を残した、麻帆良の魔法関係者全てが集まったのだろう。そう思わせるほどの人数だった。
 喧噪は収まらず、不安の声も尽きない。それは、関東魔法協会の責任者、近衛近右衛門が壇上に上がっても、同じだった。

「皆、静粛に」
「学園長、噂は本当なのですか!?」

 どこかの誰かが、言葉を半ば遮るように絶叫した。一度箍が外れれば止まらない。一瞬さざ波まで収まった音が、次には津波にまで成長していた。
 しばらく話にならない。冷静な――他人事と言ってもいい魔法使い以外の者は、そう考えていた。その考えを改めたのは、学園長の強烈な一喝だった。

「黙れと言っておる! いつまで無駄話を続けるつもりじゃ!」

 強烈な、スピーカーを介さない怒声に、一瞬で静まりかえる。どこか一歩引いていた刹那ですら、背筋を伸ばし直したくらいだ。
 ぐるりと、近右衛門が一周睨みを効かせる。その視線に晒された人たちが、目に見えて萎縮していた。会場の全てが統制下に入ったのを確認し、近右衛門は口を開く。

「本日の議題は、次期の監察魔術師についてじゃ」

 やはり……小さく声が上がった。しかし、今度は雑音にまで発展しない。わずかに漏れた声はすぐに空間に消え、次の近右衛門の言葉を待つ。
 学園長の雰囲気は、恐ろしく神妙だ。普段の、ともすればふざけているとも取れる、おちゃらけた空気。それは同時に、安心感も与えていたのだと思い知らされた。

「とはいえ、今更回りくどく言う意味もなかろう。今までの監察官は解任し、次に来るのは、あの衛宮士郎じゃ」

 ひぃ――今度は近右衛門の威ですら止めようが無く、声にならぬ悲鳴が上がった。どこか1カ所ではない。講堂全体で。

「きょ、拒否を! 拒否をすることは出来ないのですか!?」
「無理じゃ。この件において、ワシらに拒否権はない。そも、拒否などできるなら、最初から監察官を受け入れておらん」
「しかし、この麻帆良は我々の土地です!」
「馬鹿者が!」

 呆れたような叱責に、声を上げた男が縮こまった。会場を一瞬で黙らせた威がただの一人に向いたのだ、それも仕方が無いだろう。少なくとも、刹那は対象が自分で無くてよかったと思える程度には。
 魔術師と魔法使いの仲が壊滅的というのは、裏の世界の常識である。しかし、それとは別に、麻帆良と魔術師の関係も、前者とは別枠で壊滅的なのだ。
 日本には、龍脈が山のようにある。龍脈の山の上に日本ができた、と言ってもいい程だ。ただし、そこから使える龍脈を探すとなると、数えるほどしかなくなる。日本にある霊地のほぼ全てが、乱れて予期せぬ動きを見せるのだ。例えば、富士山であったり、恐山であったり、京都であったり。そういった場所は悪魔や化生が生まれやすく、また吸血鬼のような化け物も馴染みやすい。
 関西呪術協会のような日本の組織は、乱れた霊地を処理するのだけで手一杯だ。乱れた霊地の処理はお手の物だが、整地を管理するノウハウに乏しいのも理由の一つ。ならば、整った霊地を管理するのは、外部の組織に任せるしかない。委託先は、関係の良好である魔術協会だったのだが……結局、それが達成される事はなかった。
 それが、表の戦争を指すのか、それとも裏の戦争を指すのか刹那は知らない。戦争のどさくさで魔法使いが麻帆良を勝ち取った、それだけを知っていた。そんなものは、ただの横入りだ。それを誰もが承知している――魔法使い以外の、誰もが承知している。
 かすめ取った事自体は、特別悪いことではない。当然、恨みは買うだろうが。問題は、魔法使いの一部が正しさを信奉するあまり、他の要素を忘れがちだという事だろう。

「ワシら魔法使いは、麻帆良の管理を任されているだけであり、ここが魔法使いのものになった訳では無い! 監察魔術師の受け入れは日本からの要請でもある。麻帆良の管理者である事に驕って拒否すれば、ワシらの権限は大きく削られるじゃろう」

 麻帆良を追い出されかねないくらいに――言外に、そう語っている。
 魔法使いが麻帆良を勝ち取るのに、力は十分だった。しかし、麻帆良を維持するには、脇が甘すぎた。
 神秘は、政治と強く関わっている。まあ、昔は神秘こそが唯一の信仰であり権威だったので、当たり前の話だが。つまり、世界中にある神秘的組織は、全て政治に強く影響力を残しているのだ。聖堂教会に次ぐ大組織、魔術協会が、政治的影響力を欠くなどあり得ない。
 これには、立地の問題もある。魔法使いは魔法世界という独自の世界に、同種だけの国を作っている。対して魔術師も、時計塔だけは半異界に設置していた。しかし、基盤はあくまで現代社会なのだ。影響力の保持に対して、意識がまるで違うのは当然である。
 加えて言えば、魔法使いの主な影響はアメリカ圏に集中している。他の地でも影響力がない訳では無いが……中央にまで届くほどの力は持っていない。規模は大きくとも、裏の世界では新参勢力の一つでしかないのだ。
 近右衛門が、疲れたようにため息をついた。魔法関係者に、だけではないだろう。それだけ、今回の件でもめているに違いない。

「とにかく、今回の件は決定事項じゃ。細かい取り決めは決定してから追って知らせる」

 わずかに緩む空気、その中を、静かな裂帛が通り過ぎた。思わず背筋に寒気が通り、正面を見る。老いてなおその力を衰えさせない魔法使い、近衛近右衛門。凍り付く空間に、最後の一差しを放った。

「くれぐれも、軽挙妄動はせぬように。そのときは、オコジョの刑に処するまでも無く、ワシが介錯してくれる」

 言葉に、僅かな偽りも感じられない。視線を交わらせてもいないのに、眼光に貫かれた気がする。

「以上で解散する。それぞれ通常業務に戻るように」

 それで動ける者など、殆どいなかった。



 あの後すぐに、刹那は学園長室に呼び出された。
 重厚な扉を叩こうとして、思わず躊躇する。いつもであれば、躊躇いなど出てこないはずの行為。しかし、あの瞳を見てしまった後では、どうしても体が居竦む。
 震えそうになる体をなんとか制して、軽く二度、ドアを叩いた。その動きは、期待した程度にはいつも通りであり。内心の怯えを抑えられた事に、密かに安堵した。

「入ってきなさい」
「失礼します」

 返答を待って、ドアを開ける。正面に座る学園長は、やはりいつも通りの雰囲気だ。睨まれる事が無かった当たり前に感謝する。

「うむ、これで全員揃ったの」

 室内にいたのは、見知った人間ばかりだった。龍宮真名、葛葉刀子、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、そして高畑・T・タカミチ。誰もがよく知った人間だ。やや早足でいつもの位置――刀子の隣に直立し、近右衛門の言葉を待つ。
 話が始まるのか、と思ったが、その前に小さなため息が聞こえた。近右衛門からだ。大講堂での印象があり気付かなかったが、酷く憔悴している。強烈な圧力を放っていた先ほどの人物と、同一だとはとても思えない。

「メンツを見てもらって分かると思うが、来てもらったのは魔術師、衛宮士郎についてじゃ」

 その名前が出た瞬間、エヴァンジェリンがとても嫌そうな顔をした。いつも大胆不敵、ともすれば傍若無人でプライドの高い彼女に珍しい表情。思わず目を丸くしたのは、刹那も隣の刀子も同じだった。

「それで、いきなりですまぬが、衛宮士郎の対応には、刹那君と刀子君、二人に対応してもらいたいのじゃ」
「私はかまいませんが……高畑先生ではなくてですか?」

 刹那の問いに、近右衛門は大きく頭を振った。

「今までの魔術師なら、牽制の意味も込めてそれでも良かったのだがの。今回はそれだと命取りになりかねん。衛宮士郎には、可能な限り魔法使いを近寄らせぬようにするつもりじゃ。負担が大きいと思うが、よろしく頼むぞ」

 真剣な近右衛門の言葉に、しかし曖昧に頷くしか無かった。それは、刀子も同様である。
 彼女たちは、二人共に神鳴流であり、つまり魔術協会に友好的な組織の出身だ。魔法使いの危惧する魔術師の驚異とうものを、いまいち理解できない。

「そして、真名君にはその補助を……」
「断ります」

 言葉を遮り、断固とした返答。思わずたじろぐ近右衛門に、しかし真名は小揺るぎもしない。

「理由を聞いてもいいかのう?」
「私は刹那達と違って、友好組織の出身ではありません。そして、魔術師の驚異をよく知っています。彼らは躊躇がなく、そして徹底的だ」

 つまり、あの龍宮真名が魔術師を恐れている。常に飄々とし、最強の魔法使い、エヴァンジェリンにすら弱みを見せない彼女がだ。

「なにより、彼らにとって魔術は一種の信仰。魔道使いのように道具にせず、生きる意味としている。故に、彼らは魔術で勝負しようとは絶対にしない。それはあくまで最後の手段です。可能な限り魔術以外の部分で叩き潰される……それは麻帆良の学園長である貴方が一番よく知っているはずです。魔術師は、ただの戦闘集団とは訳が違う。あらゆる面に精通した、異常なプロフェッショナルなのです。この世で最も敵に回してはいけない個人であり、集団だ」
「う……むぅ」

 真名が言い切り、そして室内に沈黙が発生する。近右衛門と高畑、両者共に苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
 魔道使い、という単語は、刹那も聞いたことがある。魔術師が魔法使いを侮蔑していう言葉だ。魔術師にとって魔法とは偉大なものであるらしく、同時に到達すべきもの。それを自称する魔法使いは、魔術師らにとって許しがたいのだとか。
 彼女は今魔法使いを魔道使いと言った。それはつまり、魔法使いよりも魔術師に配慮する、という意思表示に他ならない。

「危険や驚異を感じたら、すぐに契約解除してくれて構わん。報酬は言い値で払い、違約金も求めぬと誓おう。それでなんとか、受けてはくれんかの?」
「……あとで書類にまとめていただきます」

 破格、としか言いようが無い契約内容。しかし、それですら躊躇させるほどなのだろう。
 刹那は、自分の中の魔術師像が変わっていくのを自覚した。明確に、どうなったという訳ではない。ただ、曖昧に形が崩れていき、不吉に肥大化していく。そんな風に。
 最低限でも、契約はできた。その事実に安堵のため息を漏らし、次に視線を飛ばしたのはエヴァンジェリン。

「それで、エヴァには……」
「嫌だ」
「……話を遮るのが流行っているのかの。理由を聞かせてくれんか。今更魔術師を恐れるタマでもあるまい」

 もう諦めた、という疲れを隠すことも出来ず、投げやりに問う。言われたエヴァンジェリンは苛立たしげだった。挑発的な態度に、ではない。忌々しげな視線は、どこか遠くを射貫いていた。
 現世に帰ってきた視線、それは次に近右衛門に飛ぶ。そして鼻を鳴らす姿は、彼女らしくあり、同時に彼女らしくない。

「魔術師、な。ただの魔術師であれば、強いだけであれば、面倒とは感じてもこの私が恐れるものか。いいか、私の焦点はただ一つ、奴が衛宮切嗣の後継者だという点だ」
「衛宮切嗣? 何か、どこかで聞いたことがある名前のような……」
「ふん、そうだろうな。奴はナギ・スプリングフィールドの知り合いだ」

 意外な部分でのつながり――近右衛門とタカミチの二人は目を見開き、エヴァを見た。しかし彼女は、ストレスを堪えかね、つま先で床を叩きながら無視する。
 問いかけが発生しそうな雰囲気を制し、言葉は続けられた。

「衛宮切嗣を一言で表すなら、魔術師の中の魔術師、それに尽きる。私は一度だけ、奴と戦ったことがあった。単純な戦闘能力で言えば、タカミチの方がよほどだろうが、二度と戦いたくないのは間違いなく衛宮切嗣だ。奴には勝利という意思はない、ただ目標を達成する、そのためだけに存在する機械のようなもの。衛宮士郎の通り名に、パーフェクトというものがあったな。それこそ、奴が衛宮切嗣を後継したという何よりの証明だよ。もう一度言う。私は絶対に、奴とは関わりを持たん」

 そう言えば、と刹那は記憶を掘り起こした。衛宮士郎の通りの一つに、不死者殺しというものがあった筈だ。たとえ後継者云々が無かったとしても、近寄りたくない相手だろう。なにせ『自分を殺す能力』がとても高いのだから。
 近右衛門は、視線をエヴァンジェリンに飛ばしたまま、僅かに逡巡した。両者の視線が交わり続ける。やがて先に根を上げたのは、近右衛門の方だった。ため息を一つ落とし、身を深く椅子に沈ませる。

「刹那君に刀子君、済まんが君らの負担が増えるかもしれぬ。その分の便宜は図ろう、よろしく頼むぞ」

 言いながらすがるような目で見られては、否とは言えなかった。戸惑いながらも、曖昧に首を縦に振る。

「それでじゃ、君らには先に行っておくがの。実はもう向こう側との取り決めはほぼ決まっておる」
「そうなのですか? なら、なぜ先ほど発表しなかったんです?」
「どんな内容じゃろうと、騒ぎになるのは決まっているようなもんじゃ。少し間を置いて、落ち着いてから正式に通達する。それで、肝心の内容じゃが……結論から言えば、衛宮士郎を中等部に近づける事だけはなんとか避けられた」

 同時に、ぐっと握られる拳――は、真名とエヴァンジェリンだった。普段クールな二人が思わず感情を露わにする。それほど嫌だったのだろう。

「大金星じゃあないか。じじい、よくやった」
「とも言ってられんがのう……。その条件は気前よく認められたが、別の面ではこちらが大幅に譲歩する形になったわい。向こうがこちらの条件を認めた手前、こっちが嫌だとは言えなかったわ」
「そんなもん私に関係あるか! ふはははははは!」

 と、やっといつもの調子(と言っていいのかどうかは分からないが)に戻ったエヴァンジェリン。お通夜のようだった雰囲気が嘘のようだ。

「言っておれ。代わりに、2Aには「セイバー」を受け入れざるを得なかったんじゃ」
「ほう、衛宮士郎の『剣』がか。ふふ、それくらい構わん。魔術師でさえ無ければ、やりようなどいくらでもある」
「私は正直、そちらも勘弁して欲しいのだがな……」

 この時点で、魔術師の事情に詳しくない刹那は全くついて行けない。それは隣の刀子も同じようなもので、とりあえず黙って聞いていた。
 せいぜい、エヴァンジェリンが大丈夫だと言ってるから、大丈夫だろう。その程度に考えるのが限界だ。

「最後に、タカミチ君。君にはもしもの時の押さえになってもらう。こればかりは代用が効かん。一番つらい役回りじゃが、よろしく頼むぞ」
「ええ……分かっています」

 頷くタカミチの背中には、悲壮感すらあり。
 真剣にすぎる雰囲気に押されながらも、刹那は考えた。皆が皆、事態を重苦しく考えすぎではないのかと。これは、魔術師がどういう生き物かを知っていれば至極正しい反応であり。口に出せば、楽観的すぎると叱責されてもおかしくない内容なのだが。
 この時は、彼女の考えが一番正しいなどと、誰も分からなかった。 
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