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舞台は急転

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第六章


第六章

「というか癒着というか」
「黒い関係ね」
「この程度で黒いってのはないわよ」
 しかし今の有美はそんなことは気にしないのであった。彼女も相当なものだ。
「全ては。西園寺君の為よ」
 何故かここで声が燃えてきていた。
「やってやるんだから」
「!?あんたひょっとして」
「まさか」
 ここで皆ふと思うのだった。あることに気付いて。
「西園寺君のことは」
「マジで」
「あっ、来たわよ」
 しかし丁度いいタイミングで電車が来たのであった。有美にとっていいタイミングで。
「乗りましょう、いいわね」
「え、ええ」
「わかったわ」
 皆それ以上は言いそびれてしまい一緒に電車に乗ったのだった。ラッシュ時のその電車に乗ると向かい側のドアの左端に範人がいた。そして地毛の茶髪をそれぞれの頭の両端でイカリングの形にしている小柄な可愛らしい女の子も。有美は彼女と目を合わせて電車の中でお互い微笑み合うのだった。
「成程ねえ」
「本当に根回ししていたのね」
 クラスメイト達は目配せで笑い合う二人を見て有美の後ろで囁き合う。既に皆電車の中に入って人ゴミに揉まれている。その中で言葉を交えさせているのである。
「やるわね、本当に」
「手筈もばっちりなのね」
「そうよ。後はね」
 有美も自分の後ろにいる彼女達に顔を向けてそっと言ってきた。
「自然に行くからね」
「ええ、わかったわ」
「じゃあ合わせてあげるわ」
 彼女達も何だかんだで有美に合わせるのであった。有美達はそのまま人ゴミに流されるのを装って範人の傍に行く。そしてドアの端でその紗枝と向かい合っている彼の右手に背中を付けたのであった。
「ねえ今日ね」
 そしてそのうえで早速クラスメイト達と話をはじめたのであった。
「数学新しい問題出るんだって」
「新しい問題?」
「そうよ。昨日聞いたんだけれどね」
 わざと範人に気付いていないふりとして彼女達と学校のことを話すのだった。
「それがかなり難しいらしいのよ」
「うわ、最悪」
 皆それを聞いて言い合う。ここは半分演技ではない。
「私数学苦手なのよね」
「私も。実は」
「それで昨日家に帰ってね」
 有美もこの言葉は演技ではない。しかし何気なくを装ってはいる。
「予習してみたけれど」
「どうだったの?」
「やっぱり難しいの?」
「コツがあるみたい」
 こう答えるのだたった。
「どうもね。あるみたいよ」
「コツなの」
「応用みたいよ、やっぱり」
 数学の常である。基本がまずありそこから上へ上へと昇っていく。そういう形式になっているのである。
「ちょっとやってみただけだけれどね」
「ふうん、そうなの」
「応用なの」
「ええ、多分ね」
 この言葉も演技ではない。
「そうだと思うわ」
「じゃあ復習した方がいいかしら、やっぱり」
「私も」
「そうよね。やっぱり何でもそうよね」
 ここで密かに背中を後ろにやる。そうして背中だけでなく頭の後ろも範人に手に付けるのであった。範人の温もりをその頭の後ろからも感じた。
「復習しないと駄目よね」
「予習もね」
「その点有美は凄いわ」
「そうかしら」
 範人がこちらを見ているのにもあえて気付かないふりをして話を続ける。
「予習までちゃんとしてね」
「そりゃ成績もいい筈よ」
「私は別に」
 この謙遜も本物である。
「そんなことはないし。まあ普通に」
「普通のことを普通にって言うじゃない」
「そう、やっぱりそれよね」
 有美に言う彼女達も時折範人をチェックする。そのうえで有美に目配せをする。だがそれはあくまで慎重であり範人には気付かせないのであった。
「それをやってるから凄いのよ」
「私達そんなのしないし」
「そうなの」
「そうそう、日々の積み重ねってやつ?」
「やっぱりそれよね」
 また皆で有美に言う。
「それできてるからよ」
「私もしようかしら。面倒臭いけれど」
「何なら今日の放課後ね」
 これは有美の次の策略への伏線だった。ちらりと右斜め上を見て範人を見る。一瞬であっても。
「図書室に行く?」
「図書室に?」
「そう、図書室」
 こう皆に提案するのだった。
「どうかしら。そこで皆で数学勉強しない?」
「ええ、そうね」
「それ、いいわね」
「賛成」
 皆もここで一瞬だけ目だけ上に向けて範人を探る。それを終えてからまた有美に目配せをしてそのうえでそれぞれの言葉を述べるのであった。
「それじゃあ今日の放課後ね」
「図書室で皆でね」
「ええ、それじゃあそういうことでね」
「わかったわ」
「皆でね」
「そう、皆でね」
 有美はまた範人をちらりと見る。見ればずっと彼女の方を見ている。それを確認して彼には見えないようにしてほくそ笑む。そのうえでまた皆に告げた。
「行きましょう」
 こんな話をした。そして駅に着いて電車から出る時そっと身体を左に動かす。その時に身体の前を範人に向けるとそこで前に出ようとする彼の左腕に胸が触れた。その感触も感じてさらに微笑を浮べるのであった。
 範人はそれにぎょっとなったようだったが今は電車を出る方が先だった。その後ろには妹の紗枝がいる。彼女も有美と擦れ違ったがここで二人は彼の後ろで顔を見合わせた。そうして互いに微笑み合うのであった。
「これで第四段階は終了ね」
「予想以上だったわ」
 電車から出て上に昇る階段の前で話す有美達だった。階段の上には多くの生徒達に混ざって範人と有美もいる。二人で並んで階段を昇っている。
「はっきり言ってね」
「予想以上って?」
「図書室のあれ?」
「それは想定の範囲内よ」
 図書室についてはこう述べる有美だった。
「というかこうなるようにしたかったのよ」
「あら、そうだったの」
「それはもう考えていたの」
「それとはまた別よ」
 そしてあらためてこう言うのであった。同じ高校の生徒達の人ゴミの中で話す。今は彼女達も階段を昇っている。
「またね」
「じゃあ何なの?」
「それはね」
 にこりとした笑みで皆に話すのであった。
「触れたことよ」
「触れたことって?」
「何がなの?」
「それ言わないといけないかしら」
 何故かここで顔を少し赤らめさせて俯く有美だった。
「それも。やっぱり」
「やっぱりってここまで言ってね」
「言わないっていうのもないわよ」
「ねえ」
 これが皆の意見であった。
 
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