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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第短編話

 
前書き
短編集です。本編とは関係ありません。詳しくは呟きまで。 

 
『炬燵と映画』

「あ~……」

「ふぅ……」

 炬燵。コタツとカタカナで表記されることの多いソレは、古来より人間を吸い込む魔力を持っている。その魔力に魅入られてしまった者は、もはやその炬燵から自力で抜け出すことは叶わず、永遠に炬燵で蜜柑を貪り続けるという……

 日本由来のその恐ろしい呪いの装備は、もう既に全国を侵略し始めている。もう多数の人間が「炬燵無しでは生活出来ない」と、その侵略に屈してしまっているのだ。昔ながらの日本家屋である我が家にも、もちろんその侵略は及んでおり、興味本位で押し入れから引っ張り出し――

 ――俺と里香は、炬燵の呪いに囚われてしまっていたのだった。

「んー……」

 もはや二人とも寝転んでゴロゴロするか備え付けられた蜜柑を食べるか、という動作しか出来なくなっており、言葉の呂律も回っていない。炬燵の呪いの典型的な症状に、このままではまずい――という考えが及ぶものの、それでも動く気になれないとは、恐るべき炬燵の魔力。侮っていた。

「里香ー。映画は?」

「えー?」

 ……さて、本題に入ると。里香の好きな映画のDVDを偶然ながら手に入れたので、プレゼントする前に一緒に見ようという事になり。常々お勧めはされていたものの、見る機会がなかったので、非常に楽しみにしていた……の、だが。

 まだその映画のDVDは炬燵の上にあった。上映すらされていないどころか、まだ再生機にすら入れていない……映画を上映するにあたって、ある問題点が俺たちを襲っていたのだ。

「あんたの家なんだからあんたがよろしくー」

「お前の方がDVDに近いだろー」

 ――そう、炬燵の呪いの効力である。DVDの再生機までは俺のところからは八歩、里香のところからは五歩程度。普段ならば取るに足らない距離だったが、炬燵の呪いによってここから動けない俺たちにとって、困難極まりない距離であった。

「里香ー、頼むー」

「無理ー」

 炬燵の呪いの効力によって自然と語尾が伸びる。今の俺たちにはグデーっという擬音が相応しく、もはや蜜柑を食うしか出来ない末期症状に陥っていたのだ。この呪いをどちらかが解き放たなければ、俺たちは映画を見ることは出来ない。

「炬燵から出なくても手を伸ばせば届かないか?」

「無理ー」

「……キリトの本名は?」

「無理ー」

 ……里香の思考が朦朧としてきていた、もはや何を聞いても「無理ー」としか言えないのかも知れない。この状態から脱するには、机の上にある映画を上映する他ないが動けない無理ー。

「……っ!?」

 ……ダメだ、気をしっかり持たなくては呪いに屈した里香の二の舞になってしまう。しかし、動きたくないのは本当な訳で。どうにかして、俺はこのままの状態かつDVDで映画を見ることは出来ないだろうか。

「里香、ジャンケンしよう。負けた方が映画を再生しに行くんだ」

「うんー……」

 とりあえず蜜柑を口に放り込みながら、俺は里香にジャンケン勝負を提案する。意識が朦朧としていようとも、負けん気が強い里香なら勝負事には乗ってくる、という思索は当たっていたようだ。……そして、炬燵にとろけて動作が遅い里香にジャンケンで負けるはずもなく。

(この勝負貰った……!)



 まさかジャンケン勝負に持ち込んでくるなんて――と、里香は蜜柑を咀嚼しながら考える。自分がこうして意識が朦朧としている演技をしていれば、見かねた翔希が映画を再生してくれると考えていたのだが……どうやら向こうも相当出たくないらしい。

 しかし、このジャンケン勝負は里香も勝つ気でいた。翔希は自分では気づいていないらしいが、もう炬燵の毒にやられて様子がおかしい。自分だけでは自分の様子がおかしいとは分からない、と――里香本人にもブーメランで言えることを――考え、様子がおかしく油断している翔希相手なら勝ち目がある。

 翔希は目が良く、ジャンケン勝負でも相手の手の握り方でなんとなく相手の出す手が分かる、などと嘯いていて、里香は何度となく煮え湯を飲まされてきた。今日こそは吠え面をかかせてやらねば気が済まない。

(この勝負貰ったわ……!)

 さて、お互いに自らの勝利を確信し、炬燵を賭けた勝負が始まろうとしていた。これはただ炬燵から出たくないだけの戦いではなく、相手が出たところを自分のポジションにし、さらに快適に堕落出来るという、陣取り合戦の面もある。

『最初は……グー……』

 口の中に残っていた蜜柑を飲み込み、すっかり柑橘類の匂いしかしなくなった口で、最初の音頭をとる。こうなれば、もう誰にも止めることは出来ない。勝つか、負けるかだ。

『ジャン、ケン……!』

 炬燵に仰向けに寝転び、すっかり黄色くなった拳を天に突き上げる。もうこの時点で致命的にタイミングがズレているものの、幸か不幸か、指摘する者はいない。もちろん当人たちは気にしてすらいない。

『……ポンッ!』

 ――力の限り気合いを入れて自らの信じた拳に未来を委ねるのと同時に、二人とも同時に自らの……いや、お互いの失策に気づく。回らない頭で考える……この状況をどう打開するかと。

(相手の手が見えない……)

 そう、まず炬燵の対面に座ってそこで寝込んだため、拳を掲げようが見えるのは体積がある目の前の炬燵のみ。もう少し浅く入っていれば、また違う結果になったのかも知れないが、どちらも深く炬燵に囚われてしまっている。要するに起き上がれば良いのだが、二人にその発想は存在しない。

「里香、何出した?」

「……あんたは?」

 どちらも譲らない泥仕合が始まっていく。最初に自らの手を言った方が負ける……そんな小学生並みの戦いが、更に繰り返されていく。

「あんたから先に言いなさいよ」

「……レディーファーストだ」

「いつもそんなこと言わないくせに、似合わない……」

「今日から気をつける……」

「…………」

「………………」

「……zzz」

「……スピー……」

 結果、寝た。

 そして現場の第一発見者である翔希の母に起こされると、時間も遅くなったということで映画の鑑賞会はまた後日にすることにした。しかし、その鑑賞会は随分と後になることになる。……彼らは最後まで、炬燵の呪いというのを甘く見ていたのだ。

「ゲホッゲホッ……あー……」

「へっくしょい!」

 炬燵の呪いの後遺症……炬燵の誘惑に抗えず意識を失った者には、もれなく風邪が待っているのだから。

コメント:トリプルクラウン式とかいう何かで作られた、お題式の短編。書いたのはいつの日だったか。


『キスの格言と未来』

「なあ、リ……里香。キスの格言って知ってる?」

 学園の食堂で昼食を取っていると、翔希からそんな問いかけが飛んできた。呑気に「ん~?」と聞き返そうとした後、その質問の内容について頭が理解するとともに、飲んでいたジュースが喉に引っかかってむせる。

「おい、大丈夫か?」

 むせる原因となった翔希だったが、当人はそんなことは露知らず、心配そうな顔してこちらを覗き込んでいた。ゴホゴホと咳き込みながら、何とか持ち直して翔希の方へ向き直る。

「い、いいきなり、何よ」

「シリカとの話の流れでさ。知らない、って言ったら、『里香さんに聞けば分かる』って言われたんだよ」

 その言葉を聞いた瞬間、座っていた椅子から飛び上がると、いつも同じく食堂を利用しているシリカ――珪子の姿を探すものの、あのツインテールの姿はどこにもない。念のために窓から食堂から見下ろせる中庭も見てみたが、いつもの通りに桐ヶ谷夫妻がイチャついてるのみ。ならば、あそこにシリカはいない。

「どうした里香、そんな慌てて。知ってるなら教えてくれよ」

 あたしのよく分からない行動がおかしかったのか、ニヤニヤ笑いを堪えているかのように、口の端を歪ませながら翔希は昼食を口に運んでいた。……少し気恥ずかしい気もするけれど、確かにあたしは俗に『キスの格言』と呼ばれるものは知っている。

 手の上なら尊敬のキス、額の上なら友情のキス、頬の上なら満足感のキス、唇の上なら愛情のキス、閉じた目の上なら憧れのキス、掌の上なら懇願のキス、腕と首なら欲望のキス、その他はみな、狂気の沙汰。……だったような。そんなに詳しい訳じゃないけれど――

(わざわざ調べた訳じゃない、わざわざ調べた訳じゃない……)

 ――と、何故か心中で言い訳しつつ、翔希はどういう魂胆でこんなことを聞いてきたのか、ということを聞き出そうとする。

「……なんでそんなこと聞くのよ?」

「なんでって……単純に興味だな。教えられない理由でもあるのか?」

 教えられない理由はない。単純に気恥ずかしいだけだ。……キスの格言自体を口にするのも、わざわざそれを調べた――じゃない、知ってると思われることも。そういうことなので、翔希が言ったことに乗らせてもらおうとしたが、先手を打たれてしまう。

「でも居合わせたひよりも知らないらしいから、女の秘密って訳じゃないだろうしな」

「おんっ……」

 今まさに『女の子の秘密』と返そうとした時、そんなジャブをくらって何も言えなくなる。先日転校してきた彼女の――柏坂ひよりのふわっとした雰囲気を思い出し、確かに知らないだろうなぁ、と納得する。そして脱力する。

「あ、あたしも知らないのよねー」

「……さっきあんなに取り乱しといてそれはないだろ」

 だよねー、あたしも自分事ながらそう思う。頬杖をかいた翔希の呆れ顔を見つつ、どうするかと思索を巡らせる。そこまでするなら教えてあげれば早いけれど……うん、それはやっぱり恥ずかしい。

「…………」

 ……しかし、翔希は言いたくなさそうなことを、無理やり聞き出そうとするような人物だっただろうか。そういうことを彼がする時は、大体あたしをからかって面白がっている時なわけで。

「翔希さ……あんた、知ってるでしょ」

「バレたか」

 脱力しながら問うてみると、翔希は悪びれもせずにそう言ってのける。むぅ、と無意識に、あたしの口からそんなうなり声が出ると、翔希は小さく笑いながら「どう、どう」と馬にするようにあたしを制止する。

「悪い悪い。でもシリカにそう言われたのは確かだから、文句ならシリカまで」

 あたしが口を尖らせているのを見て、翔希は慌てて珪子に責任転嫁する。珪子に対しての落とし前は後で考えるとして、このまま翔希に対してからかわれっぱなしと言うのは、あたし的にはとても負けた気分である。

 と言っても、ここで『翔希はなんでキスの格言なんて知ってるわけ?』などと聞いてしまえば、『その質問はそっくりそのまま返す』とか言われて反撃をくらうのがオチだ。

 先程咳き込んでしまったジュースを勢い任せで飲み干しつつ、机に空となった紙パックを置くと、ニヤリと笑って翔希に反撃の狼煙をあげる。翔希がペットボトルのお茶を飲んだタイミングを見計らい、あたしも質問を1つ問いかける。

「じゃあ知ってるならさ。翔希はあたしのどこにキスしてくれるわけ?」

 ……今度、飲み物で咳き込むのは翔希の番だった。

「ゴホッ、リズお前っ、ゴホッ」

「里ー香」

 やはりリズと呼んでしまう翔希を窘めつつ、予想以上に攻撃が決まったことにほくそ笑む。……というか、思った以上に決まりすぎて翔希が少しヤバい。

「よ、よしよし、大丈夫?」

「ゴホッ、あー……大丈夫。ありがと……ん? これお礼言う必要あるか?」

「それは……その、ごめん」

 慌てて翔希の背中をさすってあげると、しばらく経った後に落ち着いたようで、お礼を言いかけるがそもそもの原因があたしなので、首を傾げる結果に終わる。翔希に向かってぺこりと頭を下げると、翔希は気にするなと言わんばかりに手を振ると、二人で落ち着きながら食堂の席に座る。

 気がついたらあたしも翔希にももう昼ご飯はなく、翔希がゴクリと最後のお茶を飲むと、それであたしたちの食事が終わる。

「で、どこ?」

「……忘れてなかったか……」

 翔希が話をうやむやにしようと、わざと大げさに咳き込んだのはお見通しだ。話を流そうとしたってそうはいかない。幸いなことに食堂も空いているし、このままここで話を続行する。

「その質問は、そっくりそのまま返――」

「普通こういうのって、男の子からしてくれるものじゃない?」

 むぐっ……と変な声を出し、台詞を最後まで言い切れずに押し黙るのも、咳き込むのと同様に今度は翔希の番だった。手の上、額の上、頬の上、閉じた目の上掌の上。首か腕か、もしくはそれ以外?

 ……それとも、唇?

「……リズはどこがいいんだ?」

「えっ?」

 翔希から返ってきた答えは、身体の部位でも許しを請う言葉でもなく、まさかの問いかけ。あたしが予想外の言葉に返答に窮していると、そのまま翔希の言葉が続いていく。

「だからさ。リズが言うとこにする」

「むっ……」

 翔希からのカウンターをあたしはもろにくらい、攻撃を受けているのはあたしに変わってしまう。男の子~はもう使ってしまった、もうカウンターには使えない。さて、どうしようかと思っていると。

「唇」

 ――つい、反射的に。そんな考えていたこと……もとい、頭の片隅にあったことが、口から勝手に。

「……えっ?」

「……唇!」

 もはやヤケになって何かもう叫ぶ。そして、その言葉を言った1秒後に後悔が押し寄せてくる。あたしは一体何を言っているんだろう……と思いながら、すぐさま帰りたい衝動に駆られていると、翔希の指が一本差し出された。

 翔希の指はあたしの目の前を一回転すると、そのまま小刻みに移動していく。なんとなくそれを目で追っていくと、その指はあたしの唇の前に止まった。

「……唇、だな」

 その指は、まるでロックオンでもするかのように。そして、あたしの唇の前で一度旋回すると……あたしの背後を指さした。

「……珪子ぉ!」

 その翔希のジェスチャーに反応して素早く背後を振り向くと、そこにいるのは壁からジッとこちらを見ている珪子とひより。悪いけど片付けは翔希に任せるとして、素早く逃走した珪子とそれを追うひよりを追うことにする。


 ……さて、嵐のように走り去っていった里香たちを見送りつつ、里香と俺の食事のトレーを食堂へと返す。すまないシリカ。ひよりはともかくシリカは助けてあげられないが、頑張って昼休みの間を逃げ切って欲しい。

 キスの格言。……実際知らなかったので教えて欲しかったんだが、誰か知っている人はいるだろうか――などと考えつつ、少し喉が渇いたので紙コップの水を注いで飲む。キスの格言とやらも、それ自体も、こんな何でもない時ではなく……また未来に。いつかの未来で、彼女と共に歩む道で体験する。

「……さて」

 水を飲み終わった紙コップを捨てながら、まずは里香たちが走り去っていった廊下を眺める。もうどこぞに走っていったのか、その姿はどこにも見ることは出来ないが、歩いていればいつか未来に見つかるだろう。里香たちを探すべく、俺は適当に歩き始めた。

コメント:先と同じくトリプルクラウン式の短編。何故かルクスことひよりが出てる。

『夜行列車』

 我輩は夜行列車である。名前はまだない……と言いたいところだが、『あさかぜ』という名前がある。この自己紹介が何番煎じになるか分からないほど、有名になったあの猫にはない名前が自分にはある。ざまあみろ。
 しかし《あさかぜ》という名は、朝の風のように爽やかさを感じる名前だというが、私が走っているのは満天の星空だ。朝になるのは最後まで走りきってからと、疲れていてまるで爽やかな朝とは縁がない。

 ……ああ、そろそろ富士の麓が見えてきた。あのゴミだらけの山も線路から見れば綺麗なものだ……などと、当然私は富士山に登ったことなどないのだが。通ぶった人間のように言ってみることとした。博多から東京へ夜の闇の中を走るこの《あさかぜ》に、夜桜の花びらが前のガラスについたものの、あっけなく風でどこかに吹き飛んでしまう。風情も何もあったものではない。

 車内では様々な客がくつろいでいるものの、その数は疎らで繁盛しているとは言い難かった。これでも殿様列車、などともてはやされたこともあったのだが、もはや乗るのは貧乏学生か物好き程度。ちんたらと線路を走る私の遥か頭上を、飛行機が轟音とともに悠々と追い越していく。

 随分と古くなった車両が夜の寒さもあって軋み、外壁はボロボロになってペンキが剥がれていた。飛行機や自家用の車や新幹線が増えた上に、当の私がこうもなれば、客が入ってこないのも当然だ。いっそ、スクラップにしてくれればありがたいのに。

 そんなことを言えるはずもなく。今日も少ない客を揺らしながら、夜中の東京―博多間の輸送に励む。太陽が出始めたら手入れをするために倉庫に入れられ、働くのは夜中とまるで日が当たらない。たまには新幹線のように、太陽の中を走り回ってみたいものだが、まあ寝台列車の私にそれは叶うまい。今日も人の目に触れず博多駅に到着し、日を浴びることも叶わず倉庫へと運ばれる。そして日が落ちた夜、また運行を開始するのだ。

 ……さて、今日も緩やかに東京と博多を行き来する作業が始まるわけだが。いつにも増して客が少なく、楽な仕事万歳な残念な客入りを眺めながら、私を運転する車掌が安全確認を開始する。しかし安全確認が過ぎる。そんなにやらんでも、この時間に何があるわけでもないだろうに――と、おや。

 私に乗るためのホームに、この博多まで来る時に乗ってきていた貧乏学生の姿が見えた。行きも帰りも寝台列車とは、よほどの物好きか、それとも本当に金がないのか。だがそんなことより、急いだ方がいいぞ。もうすぐ発車時刻だからな。
 貧乏学生もようやくそれに気づいたのか、お土産に買ったであろう大量のラーメンを抱えながら、ヒョコヒョコと列車内に侵入する。

本当にギリギリだったのか、車掌が恩情を見せてくれたのか、貧乏学生が乗った瞬間に私のドアが閉まっていく。一息つくのは早いぞ、これから発車の振動でラーメンが落ちるだろうからな。

「発車しまーす」

 車掌の気怠げな声とともに、やはり肌寒いだろう空気を切り裂きながら私、もとい《あさかぜ》は発進する。相変わらず新幹線や飛行機とは違って日の当たることのない話だが、まあこれはこれで悪くない。……やはり車内では、貧乏学生が買いすぎたラーメンを取り落としていた。

 ……では、今日もせいぜい働くとしよう。

 ――そして2005年、3月1日。構造の中古化と集客が望めなくなった《あさかぜ》は廃止となった。ただ、最終列車となった2月28日の寝台券は、発売開始後30秒で完売したという……

コメント:SAOどころか二次創作関係ない。たまには何の創作も関係なしに、一次書いてみようぜ的な企画から。

『春』

「リズさーん! ……あれ?」

 イグドラシル・シティの一等地にそびえ立つ、新生リズベット武具店に、勢いよくケットシーの少女――シリカが飛び込んできた。愛用していた短剣が破損してしまったため、ピナとともに慌ててリズベット武具店に駆け込んだものの、店内にリズの姿はなかった。

「ショウキさんと冒険でも行ってるのかな……あ、時間時間!」

 見回してみてもやはりリズの姿はどこにもなく、メッセージを送ろうとしても圏外と、どうやらリズはそこにいないらしい。すぐにリアルでも予定があるため、仕方なくシリカはNPCに自らの短剣を預け、伝言を残しておく事にする。

「ピナー! 行くよー?」

 店内に入ってすぐに、自分の肩の上から飛びだしていった青い小竜を呼び戻すと、シリカは慌ててリズベット武具店から飛び出していく。

 ……終始慌てていたからか、結局シリカは気づくことはなかった。店の奥、様々な修復待ちや素材などが雑多に積み上げられている中に、黒いスプリガンが横たわっていることを。わざわざログアウトしないように調整し、麗らかな春の光と瓦礫の山に照らされて睡魔に屈している。

「……zzz」

 ……少し時間を遡ると。春の陽気に誘われたキリトは、近くにあったリズベット武具店へと入り、その時はまだ店内にいたリズに許可を貰うと、店の奥にハンモックを設えて睡眠に入った。リズが店から出る時もそのままであり、仕方なく店員NPCに任せてリズは外に出て行った。

 そしてシリカとともに来訪したピナは、誘われるように寝ているキリトの元に近づいていき、ハンモックと瓦礫が結んである場所に着地した。結局、ピナがその場にいたのはほんの少しだったが、接続部分に着地されたハンモックへのダメージは深刻で。

 まあ要するに、キリトが寝ていたハンモックは崩壊した。

 そのまま床に落ちる――かと思えば、幸運にも素材や盾が坂のようになっており、ゴロゴロとキリトは瓦礫から転がり落ちていく。勢いを失って店の中央で止まりはしたが、キリトはそのまま床で眠ったままだった。

「おーい、ショウキよーい」

 そして不幸にも、次の客は冷やかしに来たクラインであり、床に寝転んだままのキリトを見てどうするか。それは考えるまでもなく決定された。

「マジックマジック……よっしゃ」

「zzz……」

 どういうことかアイテムストレージにあったマジックを取り出すと、クラインはやはりキリトの顔に芸術を施していく。

「やっぱ肉は鉄板だよな……あとは浮気野郎、と」

 好き勝手な芸術が顔に施されていくが、キリトに起きる気配などまるで感じられない。春眠暁を覚えず、というのはよく聞く話ではあるが、これでは暁どころか何も覚えられないのではないだろうか。と、クラインがキリトの髪の毛をちょんまげにしたところで、店のドアがガチャリと開いた。

「クライン……?」

「シッ! 静かにしろよショウキ、今良いところなんだからよ」

 現実の用事を済ませていたために、今日は遅れてログインしていたショウキが最初に見た光景は、ちょんまげのキリトの顔に赤いマジックで『浮気野郎』と『肉』と書かれていた光景だった。まるで意味が分からない。

「マジックだけじゃなぁ……おい、なんか持ってねぇか?」

「……さっきエギルに押し付けられたネコミミなら」

 事態が把握できないながらも、ショウキは正直に赤いマジックをクルクルと回すクラインの質問に答えた。とりあえずこんな状況を店外に見せる訳にはいかない、と店のドアを閉めるぐらいか、分かったことは。

「おっ、いいの持ってんじゃねぇか……! ちょっと貸してくれよ」

「ちょっと待て、クライン」

 グイグイと押してくるクラインに、少し落ち着けとジェスチャーも交えてショウキは諭す。……ただしそうしながらも、その手にはしっかり黒いネコミミが持たれていた。

「――まずは店をフレンド以外立ち入り禁止にしよう。あと、エギルも連れてくる」

「おう!」

 ガッチリとショウキはクラインは握手を交わすと、ショウキはリズベット武具店の設定を変更しながら、先程街中で会ったエギルを連れ戻そうとする。クラインはとりあえずキリトにネコミミを装着すると、赤いマジックから黒いマジックへと持ち替え、顔面を余すことなく塗り始めた。

「赤が映えるぜ!」

 ……リズが素材集めを終えて店に帰って来た時、何故か自身の店がフレンド以外立ち入り禁止になっていた。その変更権限があるのはリズとショウキのみであり、自分でない以上ショウキが変更したに違いないのだが、彼からは何のメッセージもない。

「何かやってるのかしら……?」

 ゆっくりとリズベット武具店のドアを開け、リズは密かに店内の様子を窺った。なんで自分の店でこんなコソコソしなきゃいけないのよ――とも思いつつ。

「ダイイングメッセージはどうする?」

「アスナ……いや、あえてシリカにしとこうぜ」

 店内はやけに薄暗い。話に聞くアインクラッドのフロアボス部屋のように、窓などを締め切りにして、ロウソクの火だけで部屋を照らしているらしい。そこからゴソゴソと怪しげな動作をしつつ、コソコソと小声でやり取りをするプレイヤーの姿が、三人。

「あとは記念撮影だな。ん? どうした、ショウキ」

「いや、何か気配が……あっ」

 暗闇の中で比較的保護色になっていたプレイヤー――ショウキが、気配からリズの姿に気づく。そのまま連鎖的にエギルとクラインもリズに気づくと、ゆっくりとリズベット武具店のドアが開いていき、店内が光に包まれる。

「……あんたら……人の店で何やって――」

「悪いリズ」

「――――!」

 店の惨状に叫びかけたリズの口を、軽やかな足取りでショウキが塞ぐと、その隙をついてエギルとクラインがリズベット武具店から逃亡する。リズが動揺から回復する直前に、ショウキもまるで忍者のように雑踏に消えていき、残されたのは一瞬でリズだけとなった。

「なんなのよアイツら……」

 溜め息混じりに店のドアを閉めながら、リズは改めて店内の惨状を眺めた。薄暗い店内は、先述の通りロウソクの火だけで照らされており、床には血――赤いペンキ――で描かれた魔法陣や、何かの司祭のようなコスプレをした店員NPCの姿もあり、まるで邪教の神殿のような様相を呈していた。……そして、その魔法陣の上には。

「……なんでこいつはずっと寝てるのよ……」

 ――見るに耐えない状態のキリトが放置されていた。ちょんまげにネコミミという謎の頭部、顔は黒色をバックに『肉』『浮気野郎』『爆ぜろ』などが赤く映し出されており、身体はロープでグルグル巻きにされていた。まるで睡眠薬でも盛られたのか――というくらいに、それでも寝ているのが、口の辺りに設置されたロウソクの火の揺らめき具合で分かる。

 さらに近くには何の小道具か鞭まで置いてあるにもかかわらず、何故か尻に当たる部分に矢が刺さっていた。そして血――ペンキ――で『シリカ』とダイイングメッセージが書かれており、まったくもって死因が分からない。店内の雰囲気も合間って、まるで新興宗教の邪神への生け贄のようだ。

「まったく、何やってんのよアイツら……」

 そう呆れながらも、リズはとりあえず記録結晶にて惨状を撮影する。決して面白かったから残したわけではなく、動かぬ証拠としてである……決して。あとはアスナにでも引き取ってもらおうかしら、とメッセージを打っていく。

「……しっかし、こんなもんどっから持って来たのかしら」

 アスナにメッセージを打ち終わると、興味本位で近くにあった鞭を拾い上げた。試しに振ってみると、パシィンといい音をたてて床を傷つける。しまった、とリズが思った瞬間――勢いよく店のドアが開いた。

「すいませーん! お兄ちゃんお邪魔してませ……ん、か……?」

 ――さて、リーファの目には何が写ったのだろうか。

コメント:ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──のなべさん先生が、リズのイラストを書いていくださったので、(勝手に)お礼に書いた短編。春というお題のことだが、はてさて。

・PCN/名前
ショウキ/一条翔希

・性格
一見冷静沈着そうに見えるが、だだの見栄っ張り。一つの物事を深く考えすぎてしまう癖があり、心中では結構くだらないことを考えていたりする。敵の動きの観察など、良い面に作用することもあるが、考えすぎて行動が疎かになってしまう、という悪癖でもある。ナイスな展開じゃないか、に類する自分を鼓舞するための口癖を持つ。ゲームのことはよく知らない。

・種族
レプラコーン。鍛冶魔法の他にも初級の風魔法を習得している。

・戦闘方法
相手の隙を突くことを一番に考えて行動する。刀で切りかかると見せかけた蹴りや、縮地で視界から遠ざかる、ソードスキルを発動しない、刀のギミックなどで相手の予想を外して隙を突いて戦闘を運び、切れ味を高めた刀による会心の一撃を狙う。鍛えた反射神経と鋭い刀による切り払いを得意とする。
・武器
日本刀《銀ノ月》。
魔法をも切り裂く自慢のメインウェポン。主に切り払いによる防御や、抜刀術などでの会心の一撃を狙う。形状は何の変哲もない太刀だが、柄に引き金とスイッチが装備されている。

――日本刀《銀ノ月》ギミック
・刀身の弾丸
引き金を引くことで刀身を発射する。魔法の中心部に当てれば《スペルブラスト》を発生させる。なお、即座に新たな刀身が生成される。

・高周波ブレード
スイッチを押すことで刀身が細かく振動し、高周波による超高速振動で物体を切削する。

・クナイ
牽制用で威力は望めないが、三連射や魔法の支援などで充分に効力を発揮する。

足刀《半月》
足に仕込まれた刀。蹴りの威力を増したり相手の攻撃を防御、弾くなどに使用する。サイズが小さいため大型ボスには効果が薄い。

・黒い籠手
制作者曰わくガントレット。防具と保護色になっており、プレイヤーの剣戟程度なら無傷の強度を誇る。いざとなれば殴るにも使えるが、ショウキがナックル系のスキルを覚えているわけではないので、だだ殴るだけ。上記と同じく、サイズが小さいため大型ボスには効果が薄い。

・防具
黒いコート
クナイポーチやアイテムを入れたポケットなど、様々な物が入ったコート。鍛冶屋の魔改造で比較的防御力もある。

・和服
コートの下に着込まれた、剣道に使う袴のような服。足元を隠して踏み込みを見せない役割を持つ。

・特記事項
茅場による仕込みでソードスキル使用不可。ただし剣術・技術の再現が可能で、主にそれを使用して戦闘する。このスキル使用不可は、SAOと同じデータを使う限り解除されない。

・剣術/技術
ショウキが現実世界で学んできて、仮想世界での再現を可能とした技術。なのだが、ALO編では抜刀術以外あまり使用されていない。

・抜刀術《十六夜》
ショウキが最も得意とする技。鞘から高速で刀を抜き、鋭さを増した一撃を放つ。

・刺突術《矢張月》
突進してからの一点突破の突き。《縮地》も併せることでさらに威力が増す。

・抜刀術《立待月》
上記二つの合わせ技。突進してからのより勢いを増した抜刀術。

・斬撃術《朔望月》
零距離から上半身をバネのように使い、刀を撃ち出す技。隙は多く使えば刀はどこかへ吹き飛ぶ、というデメリットはあるが最大の威力を持つ。もしかしなくても:牙突零式

・斬撃術《弓張月》
高所から飛び降りた勢いを利用した一撃。天井があった場合、天井を蹴りつけて勢いを増す。

・抜刀術《十六夜・鎌鼬》
風を発生させる魔法と抜刀術を合わせて使用することで、巨大なカマイタチを発生させる技。MPを多く使用するため連射は出来ない。

・クナイ+風魔法
風魔法によりクナイを誘導・加速する。

・縮地相手の視界外へ高速で移動することで、あたかも瞬間移動のように見せる移動術。ただし無理に再現している故か、使用回数が一戦闘五回と限られている。

・予測線
VRMMOという情報によって構成される空間と、古来より伝わる修練の結果。極限まで集中し、視界がクリアになって相手の攻撃がするだろう軌道を視る技術。ただし仮想世界の情報量に脳が耐えることが出来ず、一定時間で急激な頭痛とともに強制終了する。最近黒歴史気味。もしかしなくても:ゾーン

 コメント:ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~のULLR先生のコラボに応募した際に作った、ALO編終了時のショウキのパーソナルデータ。そういや最初期に書いたきりだったなぁ、と。
 
 

 
後書き
また書きためたら第二弾もある……やも? 
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