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リリカルな世界に『パッチ』を突っ込んでみた

作者:芳奈
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第一話

 
前書き
よろしく 

 
 高町なのはは困惑していた。

(なんか、葵君の様子が昨日と違うような・・・?)

 小学一年生の時から友達であった、伏見葵(ふしみあおい)の雰囲気が、昨日とはまるで別物なのである。今は、同じく親友のアリサ、そしてすずかと共に四人で下校している最中である。そして、葵の雰囲気が違うというのは、他の二人も感じていることであった。

 喋り方も、顔つきもなんだか大人っぽくなったような気がするし、左手には何故か、薄手の黒い指出し手袋をつけているのだ。薄手の革手袋は、手の大部分を完全に隠してしまっている。今までは、こんなものつけていなかったのに。

 葵は、なのはと同じ学校の同学年同クラス、小学三年生である。大体いつもこの四人で遊んでいる。彼は、他のクラスメイトよりも明るく、周囲を引っ張るような力強さがある少年であった。
 それでいて、他の少年のようにバカ騒ぎなどはしないし、小学生としては非常に珍しいが、他人の気持ちを考える事が出来る人間であった。

 なのはやアリサ、すずかなどは、精神面で他人より成熟している。そのせいで、精神が未だ未熟なクラスメイトとは、あまり遊んだりしなかった(勿論、仲が悪いという訳ではないが)。

 その中で、ただ一人他のクラスメイトとは違う雰囲気を持つ葵とは、三人とも意気投合し、お互いの家で一緒に遊ぶ仲である。






 さて、そんな葵には、習慣としているものがある。

 毎週日曜日。一週間家でお手伝いをして貯めたお小遣いで、なのはの家族が営業している喫茶店『翠屋』でシュークリームを食べるのだ。
 実は彼、大の甘党である。なんとこの歳で、海鳴市中の甘味処のスイーツや和菓子などを殆ど制覇しているのだ。計画的に貯めたお小遣いやお年玉をフルに使い、電車に乗りバスに乗り、様々な場所に訪れてはスイーツを食べる。小学三年生とは思えない程の行動力であった。

 あんなに甘いものばかり食べているのに、一切太らないとは何事だ、と皆から羨ましがられている。そんな彼のスイーツ情報は、彼のブログで公開されており、クラスの女子は全員見ているらしい。

 有名どころから隠れた穴場のような店まで、殆ど全ての場所に行った彼が出した結論は一つ。
 
 『翠屋のシュークリームが一番美味いな。』

 この言葉を聞いたとき、なのははとても誇らしい気持ちになったのだった。それからというもの、彼は毎週日曜日に翠屋にやってきて、二つのシュークリームを食べるのが習慣となった。勿論、新しい店が出来たり、既存の店でも新作ケーキが出たりしたら、それを食べに行くのは変わらないのだが。
 余談だが、彼のブログを読んでいるクラスメートも度々翠屋にやってくるようになったので、店の収益はかなり上がったらしい。

(う~ん・・・昨日は普通だったはずなの・・・)

 前置きが長くなったが、彼は昨日の日曜日、いつものようにシュークリームを食べに来ていた。いつものように食べ、いつものようにゆっくりと紅茶を飲み、そしていつものように帰ったハズである。
 それが、今日会ってみたら、完全に雰囲気が違う。彼女達が戸惑うのも当然であった。



☆☆☆


(あああああああああああああああああ!ダメだ、危険すぎる!)

 そんななのは達を気にもせず、伏見葵は考え続けていた。

 彼が考えるのは、『この世界でどうやって生き残るか』である。

(いっそ、一切関わらないで原作に身を任せるか・・・?いや、だが、一歩でもなのは達が間違えばそれで地球終了だぞ・・・?)

 彼は所謂、転生者と呼ばれる存在であった。今までは忘れていたのだが、昨日とある事故に巻き込まれて、その衝撃で思い出したのだ。

 この世界が、『魔法少女リリカルなのは』の世界だということを。

 世の中の『魔法少女』という概念を吹き飛ばした異色の存在。爆発と砲撃が飛び交う、ガチバトルを繰り広げる魔法少女である。主人公は、今隣にいる高町なのは。ファンからは畏怖を込めて、『管理局の白い魔王』とまで言われる存在であった。
 
 彼はアニメ組なので、漫画やゲームとかではどうなってるか知らないが、少なくとも3期放送した中での1期と2期は、どちらも地球崩壊の危機だったはずだ。そう、短い期間に、少なくとも二度の滅亡の危機が訪れているのである。

 葵は今、この地球に生きているのだ。なのは達が少しのミスをしただけで地球が消滅する。そんな危機的状況を、『原作で大丈夫だったから』と流していいのだろうか?

(・・・少なくとも、今の俺には力がある。リンカーコアは分からないが・・・力があるんだ)

 彼だって、記憶のない状態で小学三年生まで生きてきたのだ。この世界がアニメの世界だろうと、愛着がある。父さんと母さんを守りたいし、なのはやアリサ、すずかにだって友情以上のものを感じているのだ。

 そもそも、女性にばかり戦わせて、男である自分が知らぬふりというのはどうなのかとも思う。
 出来るなら、なのはと一緒に戦って、彼女の負担を和らげたい・・・が―――

(・・・出来るのか、俺に)

 見れば、手が震えていた。

 『死ぬかも知れない』という恐怖が、彼を縛っているのだ。

(・・・もう一度、死ぬかも知れない・・・・・・!)

 彼は、手袋に包まれた左手を無意識に擦る。そこには、昨日までなかった、ツルツルとした感触がある。それは恐らく、彼が知る限り最強クラスの力。それは、一般人を超人へと進化させる、まさに魔法のような力。本来は数万、数億年をかけて行われるはずの『進化』という現象を、刹那の間に完了させる力。

 その力の名は、『パッチ』、または『マーズサイト』と呼ばれる宝石がもたらす力である。

(確かに似てるけどさ・・・『ジュエルシード』が『パッチ』と同じ機能を有するとか・・・マジかよ)

 彼の左手の甲に融合した『ジュエルシード』は、『パッチ』と同じく超常の力を彼に齎した。超人的な身体能力と、常識では計り知れない特殊な能力を。

(あの自称神・・・!願いを叶えるってこういうことかよ・・・!)

 転生する際、彼は自称神様にであっていた。願い事を聞かれた際、彼が頼んだのは一つ。

『もう、死にたくない』

 通り魔に全身刺され、更にはガソリンを掛けられて生きたまま焼かれて死ぬという、最悪な死に方をした彼は、『死』を恐れた。死は誰もが恐れるものだが、一度それを経験している彼は、人一倍強くそれを恐れたのだ。

 そして、彼はこの世界に飛ばされた。恐らく、あの神がしたのは、

1 葵がジュエルシードを手に入れるようにすること

2 ジュエルシードが正しく願いを叶えるようにすること

 だと推測された。実はこのジュエルシードという宝石、所有者の願いを歪んだ形で叶えるという、型月世界の聖杯かよというような性質を持っていた。恐らく、この一個だけは、その性質が直されているのだろう。

(・・・死にたくないって言ってる人間に、『死に至るような怪我をさせる』とか、正気なのかあの野郎・・・!)

 昨日、彼は命に関わる大怪我を負った。偶然その直前にジュエルシードを拾っていなければ、彼はそのまま、二度目の死を体験していただろう。
 ジュエルシードは、彼の『死にたくない』という願いを、正しく叶えた。叶えはしたが・・・・・・

 だが、彼の葛藤は長くは続かなかった。悩んでいる間に、『運命の瞬間』が訪れてしまったのだ。

『誰か、誰か助けて・・・!』

「「!?」」

 なのはと、葵にのみ聞こえてしまったその声。本来であれば平凡な小学生であった高町なのはを、戦いの舞台へと招く、彼女の運命を決定付けたその声。

「今、声が・・・?」

「ま、待てなのは・・・!」

 葵が咄嗟に出した手は、彼女に届かなかった。なのはは、アリサとすずかも置いて森へと走る。

「・・・今、この手がなのはを掴んでいたら・・・俺たちは皆死んでいたかも知れない・・・・・・!」

 アリサとすずかもなのはを追いかけ、残ったのは立ち尽くす葵だけとなった。彼は、自分の手を見つめながら震えていた。

「今俺は、皆を間接的に殺す所だったのか・・・?」

 なのはの運命を変えれば、プレシア・テスタロッサによるジュエルシードの起動で、全てが終わる。あの狂った女性が、地球がある空間から離れて起動してくれるはずもない。望むものが手に入れば、周囲の被害などお構いなしに起動するだろう。彼女には、既に殆ど時間が残されていないのだから。

「・・・ああもう!クソ、やってやる!やってやるよ!!!」

 『原作通りになのは達に任せる』道と、『介入し、成功への確率を上げる』道。その二つを天秤にかけた結果、彼は後者を選んだ。

「既に俺が居る時点で、原作からは外れてんだ!どんなバタフライエフェクトがあっても不思議じゃない!」

 それに・・・

「命は大切だけど、そのせいで泣いてる女性を放っておくのも後味が悪い・・・!」

 最初から知らなければ、こんなことで悩まなくても良かったのに。しかし、彼は知っている。高町なのはの孤独を。フェイト・テスタロッサの孤独を。八神はやての孤独を。
 
 その運命を変えられる可能性が、ほんの少しでもあるのなら。

「上等だ!やってやろうじゃねえか!」

 彼は、彼をこの世界に転生させた、自称神に向かって吠えた。
 
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