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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  四十九話 日は沈み……

 地上には長い年月の間に様々な文明や勢力が生まれては消えていった。その中には月に手を伸ばそうとした者達も居たが自らの(とが)なのか(あるい)は世界の意思なのか、衰退し消えていった。
 そして現在の地上にも様々な勢力が生まれている。人・妖怪・神々・邪神・神仏・地獄・魔界――――等々混迷といっても差支えない程の勢力が(ひし)めき合っていた。
 月の指導者である劉禅は過去の事例から、これらの勢力がいずれ月へと手を伸ばすかもしれないと考え地上に月の勢力を築く事を提唱。
 だが月人は月という環境でしか不老長寿を維持出来ず地上での活動は不可能だった。そこで目を付けたのが神という存在だ。
 月人を神格化させる事が出来れば地上での活動が可能となる、と結論した天秤の議会はすぐさま永琳に研究を指令。そして数百年の時間をかけて神格化の研究が完成した。
 神格化においての人材の選別は志願者の中から適性がある者を選び実行された。そうして生まれたのが大和の国である。
 



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「――――というのが大和発祥の経緯よ、お兄様」

「あ~うん、そういう説明をしてくれるのは嬉しいんだけど――――もうちょっと真面目に輝夜を探そうか永琳?」

 日が傾き始め人の行き来が少なくなってきた通りで僕は後ろでそんな説明をしていた永琳にそう言葉をかける。

「あら?私は何時でも真面目よ」

 僕の言葉を聞いた永琳は笑みを浮かべながらそう答えた。


 熊襲襲撃の報を聞いた僕達はすぐにこの後の方針についての話し合いに移行した。問題になったのは熊襲の迎撃に戦力を割かなければならない為、輝夜の捜索に戦力を割けなくなった事だ。居場所が分からない以上、人海戦術を行わないといけない。
 熊襲と輝夜の捜索――――どちらも重要であり手を抜く事等出来ない、どちらを優先すべきかの議論は永琳の一言により解決した。

「輝夜――――姫様の居場所なら探知出来るわ」

 永琳曰くこんな事もあろうかと輝夜に呪印を打ち込んでおり探知機での追跡が可能なのだそうだ。
 それを踏まえて漸く方針が決定した。神奈子と須佐之男は熊襲の迎撃にあたり天照と月詠は伊勢の都に待機、そして僕が探知機を持って輝夜の捜索という事で決まった。
 ――――のだがそこで永琳が放った一言が騒動を起こした。

「私も一緒に行くわ、いいでしょう?お兄様?」

 この発言に天照が猛反対し発言を取り下げない永琳に業を煮やしたのか最終的には自分も同行すると言い出す始末。この状況で大和の御大将が本拠地から離れる事等言語道断、と月詠が力尽くで抑え込みその隙に僕達はそれぞれの目的へと向け伊勢の都を後にしたのだ。

 永琳が探知機だと言って僕に手渡してきたのは直径三十㎝程の八角形の板、その板の上には青白い光で形造られた矢印が浮かび伊勢の都から西を指示していた。
 そのまま西を目指し最初に見えた町で捜索を開始しようとした所で重要な事に気付いた。

「そういえば今の輝夜の特徴って何?」

 僕が知っているのは過去の小さい輝夜だ。あの子も豊姫達の様に成長している筈なのだから今の特徴を知らなければ聞き込みのしようがない。それに今気付くなんて――――そろそろボケがきたのかもしれない――――なーんてね。
 その事を永琳に伝えると彼女は、

「そうね――――長い黒髪の美人を見なかったか?って聞けばいいんじゃないかしら?見た目だけは目立つから」

 そう伝えるだけで他に手伝おうとはしなかった。そこからは地道な聞き込みを続け情報が無いと分かったら更に西を目指し移動した。




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 そして今に至るのだが――――ここにきて漸く僕は違和感に気付いたのだ。

「……ねぇ永琳――――この探知機って……もしかして方角“しか”分からないとかじゃないよね?」

 そう永琳に恐る恐る聞いてみると、

「あら?言ってなかったかしら?その通りよ、輝夜が居る方角しか指さないわ♪」

 彼女は悪びれもせず何時も通りの笑顔を浮かべそう言い放った。

「……永琳ならもっと高性能な探知機に出来た筈じゃない?」

 そうか彼女ならこんな半端な性能の物じゃなくもっと良い物を造れる筈なのだ。

「お兄様ったら何を言っているの?――――狩りは追い込むのが楽しいんじゃない♪簡単に居場所が分かったら面白くないでしょう?」

「狩りって……ねぇ永琳、輝夜と何かあったの?何ていうかこう……変だよ?」

「……そうね――――しいて言うなら……“乙女の秘密”よ」

 永琳は微笑みながら右人差し指を口元に当てそう言った。彼女が『乙女の秘密』という単語を使う時は絶対に喋らないという意思表示だ。
 その言葉に肩を竦める僕に永琳はゆっくりと近づくと僕の首に両手を回し密着してくる。傍から見れば恋人同士の触れ合いに見えるだろう。しかし僕をみつめる永琳の視線は甘いモノではなく刃物の様に鋭いモノだ。

「私に言わせればお兄様の方が十分に変よ」

「ハハハハ、変なのは元々だよ?よく知ってるだろう」

「あら?ウフフッお兄様ったら――――随分と嘘が上手くなったわね」

「いやだな~僕が永琳に嘘なんて吐く訳がないじゃないか」

 僕がそう言うと永琳は僕から離れ少しの間見つめると不意に笑みを浮かべて、

「……まぁいいわ、お兄様が何を隠しているか知らないけれど――――結局答えは決まっているのだから」

 そう言い放つと永琳は僕に背を向けゆっくりと通りを歩き出すし、そんな彼女の後を僕は何も言わずに追いかける――――その行動はまるでさっき永琳が言った『答えは決まっている』という言葉を肯定しているかのようだ。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■





 太陽が沈み夜の(とばり)が降りた京の都の通りからは人々が姿を消し各々の自宅に帰り夕餉を取り始める。
 その行動に平民も貴族も無く都の多くの民は自宅の居間で蝋燭の明かりに照らされながら家族と共に食事を取り談笑に更けていた。
 貴族街の中でも広い敷地を持つ屋敷の一つ――――門には見張りの兵が二人立っており屋敷へ侵入する者が居ないかと鋭く眼光を光らせている。
 屋敷の内部を覗けば庭は枯山水(かれさんすい)風に作られ風情があり住まいである建物も職人の技が見て取れる。
 その建物の一室に四人の人物が集まりそれぞれの前に置かれた(ぜん)に乗せられた料理を口に運びながら舌鼓(したつづみ)を打ち談笑している。

「いや~妹紅が友人を連れてきた事にも驚いたが、その連れてきた子がこんなにも見目麗しい娘であった事にも驚いたぞ!つい口説いてしまいそうになる!ハ~ッハハハハッ!」

 そう言って笑い声を上げる一人の男。
 彼の名は『藤原 不比等(ふじわら ひふと)』、京の都でも有数の貴族の一人であり妹紅の父親。
 黒の短髪に黒い口髭を生やし紫色の袖の大きな衣、したは白いゆったりとした袴を穿いており見ただけで良い生地を使っているのがわかる。
 服装は気品を感じるのだが少々残念なのが彼自身の体型であった。少し肥満気味でありお腹などは服の上からでも分かるほど出ている。痩せれば中々に男前なのかもしれないが今の状態では妹紅の父だと言っても大半の人間は信用しないだろう。

「あら?旦那様……妻の前で娘と歳が変わらなそうな子を口説くなんて――――いい度胸ではありませんか」

 不比等の隣に座っていた女性が不比等を鋭い眼光で射抜きながらそんな言葉を吐くと不比等は笑顔のまま凍り付きぎこちない動きで首を女性の方に回しながら冷や汗を搔いている。
 女性は不比等の妻で名を『藤原 紅緒(ふじわら べにお)』、腰まである長い黒髪を後頭部で結い上げ、藤色の振袖を身に纏い妙齢の美しさを感じる。
 顔立ちは妹紅と非常に似ており妹紅が母親似なのが見てとれた。だが今の彼女の瞳から人らしい暖かさは感じず浮かべている笑顔も何故か寒気を感じさせた。

「ちっ、違うんだ紅緒!そんなつもりで言ったのではなくてだなッ!誤解だ!誤解なのだッ!」

「えぇ分かっていますわ、誤解なのですね?なら誤解を解く為にもちゃんとお話をしなくてはなりませんね。さぁ旦那様――――お話しましょうか!」

 不比等と紅緒の対面に座っていた輝夜と妹紅は目の前で始まった私刑――――ではなく話し合いを見つめながら黙々と食事を続けている。

「止めなくていいの妹紅?」

 煮魚を箸で切り分け口に運びながら輝夜は隣に座る妹紅に視線だけ向けながらそう聞いた。ちなみに今彼女が口にしている煮魚は二匹目だったりする。(空腹だった事と煮魚が美味しかった為一匹目はものの三分程で平らげている)

「割と何時もの事だから」

 問われた妹紅も食事を続けながら母親に折檻されている父親に視線を向けると紅緒の膝立ち状態から放たれる拳が不比等の頬を左右順番で打ち抜いていた。
 くぐもった悲鳴を上げる不比等を視界の端に捉えながら輝夜は妹紅に、

「何時もの事って……あんたも意外と大変ね」

「う~んあんな性格とあんな見た目だけど結構尊敬できる所もあるのよ――――信じられないだろうけど」

「そうねちょっと(にわ)かには信じられないわね」

 そんな会話をしながら食事を進める二人の前で紅緒による私刑は佳境に入っていく。

「浮気はッ!許しませんッ!!」

「誤解だと言ってるではないかァァァァァッ!!」

 藤原の屋敷に主である不比等の悲鳴が木霊した。その叫び声を聞いた屋敷に使える者達が『今日も一日平和だったな』と思ったのは何時もの事である。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 輝夜と妹紅は早々に食事を終え、じゃれ合う?不比等達を残し部屋を後にした。そして輝夜は妹紅に促され彼女の私室に通された後寝巻に着替え就寝の準備に入っていた。

「そういえば輝夜、貴女何で家出なんてしたのよ?」

 白い寝巻を着替え髪を結びながら妹紅は輝夜に自身が抱いていた疑問をぶつけてみる。輝夜が家出をした、と言った訳ではないのだが妹紅は何となくそうじゃないか?と予想しているのだ。

「家出……ね、まぁ似たようなものか。ちょっとした家庭の事情よ」

 妹紅から手渡された赤い寝巻に袖を通しながら輝夜ははぐらかす様にそう答える。正確には家庭の事情ではない、しかし詳しく説明する気はなかった――――単に面倒臭かったのかもしれない。

「家庭の事情ね~、まぁ言いたくなければ無理に聞かないでおいてあげる。お父様達も言ってたけど暫く此処に居ればいいわ」

 不比等達は輝夜に暫く屋敷に滞在するように勧めていた。輝夜は知らない事だが家柄上妹紅は友人と呼べる相手が居ない。庶民とは殆ど接点が無く同じ貴族だと友好どころか嫌悪の視線を向けられる事の方が多いのだ。
 なまじ藤原家が京で有数の貴族である為に妹紅に寄って来るのは下心しかない輩が殆ど。同性であったとしても油断は出来ないのだ。
 そんな中現れた輝夜の存在は不比等達を驚かせた。彼らの目からしても輝夜から下心は感じず、自分達は初対面だと言っている割には長年の友人の様に言い合いをしていたのだから。
 そんな事情もあり暫くの間この屋敷に厄介になる事が決まっていた。輝夜としても行く当ても無く帰る気も無い為渡りに船でもあった。

「お言葉には甘えさせてもらうわ、何時までかは分からないけど」

 寝巻に着替え終わり輝夜が着ていた服を畳もうとしていた所で服の中から親指ほどの大きさの小瓶が転がった。瓶は蝋燭の明かりを反射し七色に光り口は厳重に封をされている。

「あら?綺麗な小瓶ね」

 妹紅は転がってきた小瓶を拾い上げると蝋燭の明かりで輝く小瓶を繁々と眺め――――輝夜はその小瓶を忌々しげに睨み付けていた。

「――――よければソレ、此処に泊めてもらうお礼にあんたにあげるわ。聞いて驚きなさい、実はソレ『不老不死の薬』なのよ」

 小瓶を眺めていた妹紅に輝夜はそんな言葉を吐いた。
 彼女が言った事は本当だ。永琳に薬を飲まされ研究所を後にしようとした時に無理やり渡されたのだ。理由を聞くと、

『もし自分の身代わりが欲しくなったらその相手に飲ませて此処に連れてきなさい』

 笑顔でそんな事を言う永琳に輝夜は憤りしか感じる事も無く、身代わりなど作れる訳も無い為に今の今まで惰性で持ち歩いていたのだ。
 輝夜の言葉を聞いた妹紅は一瞬驚いた表情をした後――――憐れみにも近い視線を輝夜に向けゆっくりと近づくと輝夜の肩をやさしく叩いた。

「……なるほどよく分かったわ――――『不老不死の薬』なんて言われて大金を払ってこんな偽物を掴まされたせいで一家離散してしまったのね。大丈夫よきっと貴女は悪くないわ!」

「……勘違いで憐れまないでくれるかしら?――――まぁいいけど」

 憐憫の眼差しを向けられるのは輝夜としては不愉快ではあったのだが別に無理に本物だと信じさせる事も無いと思い反論を押し込めた。

「――――とまぁ冗談は置いといて、瓶自体は綺麗だし有り難く貰っておくわ」

 妹紅は小瓶を手の中で弄びながら、

「それに『不老不死の薬』なんて彼方此方の権力者が求めてやまない有るかどうかも分からない秘宝よ?もし本物なら自分で使えばいいじゃない?」

 笑いながら冗談で輝夜にそんな事を言ってくる。それを聞いた輝夜は妹紅に気付かれない様に表情に影を落としながら小さく呟いた――――死なない事がそんなに素晴らしい事だというのか?
 そんな輝夜の呟きは妹紅には届かず、彼女は瓶を部屋の隅に置いてある台に置くとそのまま布団に移動し横になる。

「ほらもう寝ましょう、明かりは消してね」

「そうね、本当に今日は疲れたわ――――今までの人生の中で一番」

「何言ってるんだか、おやすみなさい輝夜」

 優しく微笑みながらそう言ってくる妹紅に輝夜も自然と微笑みながら、

「――――えぇおやすみなさい、妹紅」

 そう返し布団の中に潜り込む。どれほど前かも覚えていない安らぎを感じながら輝夜はゆっくりと眠りに落ちていった。 
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