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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  四十八話 小さな豪鬼

 虚空が永琳と再会する少し前――――伊勢の都から少し離れた森の上空で対峙する紫と萃香。

 妖力を放ち戦闘の構えを見せた萃香はその瞬間、自身の周囲に違和感を覚え視線を巡らせる。だが先ほどと何も変わった所は確認できず気のせいだったのかと思い視線を正面の紫に戻すと、

「あら?鬼は短気で猪突猛進かと思ったけど結構敏感なのね」

 紫は嘲るように薄く笑いながらそんな挑発的な言葉を吐いた。

「……あんた何かしたのかい?」

「大した事じゃないわ、ちょっと結界を張っただけよ。結界と言うよりこの場合は獣を囲む檻かしら?差し詰め私は調教師ね♪」

 紫が結界を張った理由は二つ。一つは萃香を逃がさない様にする為。
 もう一つは伊勢の都に気づかれない様にする為だ。妖怪嫌いの天照の膝元なら都の周囲で妖力を感知したら即刻討伐隊が来る可能性がある。そうなると紫自身も攻撃対象になってしまう、それだけは避けたかったのだ。

「あんたさっきから随分とコケにしてくれるね!」

 紫の言葉に怒りを見せる萃香。その感情に呼応するかのように妖力が荒々しく高まっていくが当の紫は笑みを崩す事も無く挑戦的な視線を萃香に向けていた。

「あらごめんなさいね♪悪気は無いの……ただ素直な性格だからつい本音で喋っちゃうのよ」

「……あーそうかいそうかい――――あんた相当死にたいみたいだね!そんなにお望みならぶっ殺してあげるよッ!!」

「あまり粋がると弱く見えるわよ?相手をしてあげるわ――――かかってらっしゃい“小鬼”さんッ!」

「ッ!?上等だよッ!!」

 瞬間、萃香は突風の様な速度で突撃すると紫の顔面めがけて右拳を大振りに突き放つ。紫はその直線的な攻撃を余裕をもって躱すが――――彼女の頬に鋭利な刃物で切られたかの様な傷が一筋奔った。
 萃香の小柄な体躯からは創造出来ないほどの怪力で放たれた拳が空気を荒らし真空波を生み出したのだろう。
 その現象に驚き動きを鈍らせた紫に萃香は即座に第二撃を放つが、紫は後方に大きく下がる事でその攻撃を回避する。

「何だい?大口叩いといてその様かいッ!」

 萃香はそう叫ぶと両手を大きく左右に広げる。すると両手に直径三十㎝程の黒い球体が生まれ萃香はそれを紫目掛けて投げつけた。

「!?そんなものッ!」

 紫はその球体を迎撃せず回避しようと距離を取るが――――直後、黒い球体が炸裂し十分な距離を取っていたはずの紫を激しい衝撃波が襲った。

「ガハッ!」

 その衝撃で森へと墜落した紫に対し萃香は更に十数個の黒球を作り出し紫が墜ちた場所に向け一斉に撃ち放つ。
 次の瞬間、黒球の群れは同時に炸裂し森の木々を地面ごと消飛ばし大地に三十m近い巨大な窪地を穿った。

「――――消飛んだか……口先だけだったみたいだね」

 上空から穿たれた大地に視線を落としながらそう呟く萃香。しかし周囲を見渡しすぐに異変に気付いた――――結界が解けていない、つまりあの女は死んでいないと。
 そして再び視線を穿った大地に向けた瞬間――――紫色の閃光が萃香を背後から襲い地面へと叩き落とした。

「グァッ!」

 墜落した萃香が上空に視線を向けると水色の光弾が八つ、彼女目掛けて迫っていた。萃香は上体を起こしその光弾に向け右手を突き出し掌を開くと光弾は萃香に当たる前に空中で霧散する。

「……あなたの能力は“拡散させる”力かしら?}

 萃香の視線の先、空中に佇む紫がそんな質問を口にする。問われた萃香はゆっくりと立ち上がりながら、

「……半分正解だよ――――ご褒美にもう半分の力も教えてやるよッ!!」

 萃香がそう叫ぶと同時に紫は凄まじい力で全身を締め上げられる感覚に襲われる。

「ッカハ!?」

 その力は徐々に強くなり声を出せないどころか呼吸すらままならなくなっていく。

「あたしの力は“密と疎を操る程度の能力”!今あんたの周囲の空気の密度を高めてるんだよッ!あたしに嘗めた口聞いた事を後悔しながら圧死しなッ!」

 “密と疎”――――つまりは密度の事である。萃香はあらゆるものの密度を自在に操る事が出来る。
 空気のある所には必ず空気圧という圧力がかかる。この世の全ての物体はこの空気圧と同じ圧力を体内から発し潰されないようにバランスを取っている。呼吸をする、という行為もこの圧力を利用した行動だ。
 普段は気にも留めない軽い空気が密度を増すだけであらゆるモノを押し潰せるだけの力を得るなど思いもよらないだろう。
 抵抗しようにも押し潰そうとしてくるモノは形が無く押しのけられない為ただ潰されるのを待つしかない――――これが紫以外の人物だったのなら。
 萃香は突然能力の手応えが消えた事に驚きを隠せず、先ほどまで圧力に晒されていた紫が激しく咳き込んで息を整えている事に更に衝撃を受ける。

「……あんた……何をしたんだい?」

 紫は未だに咳き込みながら眼下の萃香に恨みがましそうな視線を向け、

「……ゴホッゴホッ!……大した事じゃないわ……ちょっと“気圧の境界”を操作しただけよ。あなたの能力を打ち消した訳じゃないわ」

 萃香の能力そのものには干渉出来ないが自分の周囲の空気圧を操作し密度を下げる事は可能だった。
 だがここである優劣がはっきりと確認出来る。お互いに同じ物に対し能力を行使した場合――――能力の強い方が制御権を得られる。つまりこの場合なら萃香と紫の“能力の綱引き”は紫に軍配が上がり萃香の力をある程度無力化出来る事が証明されたのだ。
 しかし能力勝負で後れを取ったくらいで鬼が勝負を降りるはずも無く萃香は躊躇わず空中に居る紫へと躍りかかった。

「小細工が効かないんなら――――直接ぶっ叩くまでだよッ!!」

 紫に向け再び萃香の豪拳が襲い掛かるが紫は避けようとせず迫り来る萃香の拳目掛けて鉄扇を突き込んだ。 ――――当然と言うべきか、紫の膂力が鬼に適う筈も無く鉄扇は砕け衝撃で紫は後方へと吹き飛ばされた。そして萃がは吹き飛んだ紫を追撃しようとした瞬間――――自身の背中に鋭い痛みが奔る。何が起きたのかと萃香は後ろを振り向くと、

「なッ!」

 奇妙な空間の裂け目から一本の白刃が自分の背中を貫いていたのだ。
 混乱する萃香を嘲笑うかの様に萃香の周囲に十数の裂け目が生まれそこから数十を超える刀や槍が撃ち放たれた矢の如く萃香に襲い掛かる。
 咄嗟の事で反応が遅れた萃香だが驚異的な拳速で次々に迫る凶刃を叩き落としていくが撃ち漏らした刃は無情にも彼女の左腕、右太もも、左脇腹に深々と突き刺さり萃香の動きを封じてしまう。
 その瞬間、萃香の背後に開かれた空間の裂け目――――スキマから先ほど萃香の一撃で吹き飛ばされた筈の紫が現れ左手に持つ鉄扇を萃香の後頭部目掛けて振り下ろす――――が一瞬にして萃香は霧状になりその一撃を回避し萃香に突き刺さっていた刃が支えを失い地上へと落ちていく。

「……そんな事まで出来るのねあなたの能力はまるでインチキね」

「……あんたにだけは言われたくないね、この性悪ッ!」

 紫の言葉に実体を取りながら萃香はそう皮肉った。霧状になったからといって傷が癒える訳ではなく刃で貫かれた箇所から血が流れ続けている。
 紫は確実な傷を負わせる為に敢えて萃香と正面からぶつかり一方的に押し負ける事で相手の油断を誘ったのだ。もちろんこの方法を取った紫自身も無傷ではなく隠してはいるが右腕は折れていた。
 本来この手の騙し戦法は虚空の十八番であり紫には向かないものなのだが直感的に体が動いてしまった。

(困ったわね、お父様に似てきたのかしら?)

 紫は内心でそんな事を思い溜息を吐く――――がその口元には笑みが浮かんでいた。
 気を取り直し紫は未だに闘志を鈍らせない萃香に視線を向ける。いくら頑丈な鬼といえどあれだけの傷と出血量なら長くは動けないだろうと予測した。
 事実萃香の状態は危険な域に迫っており戦える状態ではない――――が彼女は鬼である。極端に言えば“敵に背を向け逃げる位なら死を選ぶ”そんな種族なのだ。
 結界で閉じ込められている事はかえって彼女に戦う以外の選択を奪う結果になり紫の“百鬼丸の仲間の捕獲”という目的の難易度を引き上げてしまっていた。
 だが同時に鬼は自分が認めた相手にはとことん心を開く種族でもあった。

「……ハハ……ハハハ……ハーハハハハハッ!!」

 突然笑い声を上げる萃香に紫は訝しげな視線を送るが萃香はその視線など気にも留めず笑みを浮かべながら、

「ハハハハッ!あんたは確かに性悪だけど――――認めたげるよ、あんたは強い」

「……ありがとう、と言っておくわ。それで認めたから何?大人しく捕まってもえらえるのかしら?」

「……あぁいいよ、但し――――次の一撃に耐えられたらねッ!!」

 萃香はそう叫ぶと右腕を天へと翳す――――するとその掌の先に次々と岩石や樹木、果ては紫が撃ち出した武器等が集約されていく。
 寄せ集められた物体は三十mを超す巨大な塊と化すが次の瞬間には急激に面積を減らし十五㎝程の球体へと変わった。
 そしてその球体から突如凄まじい熱量が放出されあたり一帯が瞬時に焼き払われた。結界内に残ったのは炭へと変わった木々と大地だけ。
 危険を察知し咄嗟に自分に結界を張った紫だがその熱量は結界越しに紫の衣服や体を容赦無く焼き付けていた。
 物質は密度が高まると熱量を生む。物質同士が結合する際に生まれる“結合エネルギー”そしてそれから外側へと吹き出す反応熱、簡単な例えなら太陽だろう。
 萃香は物質を萃め凝縮し更に密度を高める事で疑似的な太陽を生み出したのだ。その熱量は天照の太陽と遜色無い程ではあるのだがあまりの強烈さに創り出した萃香自身にもその牙を向けていた。
 能力で熱を散らしてはいるのだがそれでも有り余るほどの暴威が荒れ狂う。しかしそんな暴威の中、萃香は笑みを浮かべて紫に宣誓する。

「さぁいくよッ!!これで最後だッ!!」

 萃香の言葉に紫は負けじと笑い返し、

「いいわッ!来なさいッ!」

 紫の言葉を受け萃香は紫目掛けて暴虐の太陽を投げつける。
 空気すらも焼き払う勢いで紫へと迫る太陽はその眼前で動きを止めた。紫が空間の境界を操り進行を妨げたのだ。
 ――――だが次の瞬間、妨げられていた太陽の周囲の空間が歪み始める。物体の密度が高い、という事は比例して重量が高い事でもある。
 そして高すぎる重量は時として空間をも捻じ曲げ深い穴へと変わる――――俗に“ブラックホール”と呼ばれるものに。
 萃香の創り出した太陽はブラックホールになるほどの重量は無いがそれでも空間を歪ませる程のエネルギーと重量を持っており紫が遮断した空間の壁が砕けるのも時間の問題であった。
 だが紫は逃げようともせず空間越しに太陽に向け左手を翳している。
 そして空間が音も無く砕け暴威の熱が紫に襲い掛かる――――と思われた時、太陽から一気に熱量が消え失せ唯の球体へと戻り砕け散った。
 紫は太陽を防ぐ為に空間結界を張ったのではなく熱反応の境界へと干渉し無力化する為に時間を稼ぐ意味で結界を張ったのだった。
 もっとも失敗すれば蒸発していただろうが。スキマを使う、という手も思いついたのだが相手から逃げるようで嫌だと思い使わなかった。

(……まずいわね、神奈子やルーミアにも似てきたのかしら?)

 紫の立場からすれば母親のような人物達ではあるが紫自身は自分の事を“理知的で冷静”であると自負している為あの二人のような戦闘思考にはならない、と内心決めているのだ。
 そんな思考に蓋をし視線を萃香へと向けると彼女は焼き払われた大地に大の字で横たわっていた。

「ハハハハハッ!あれを防がれるとはね!参った完敗だっ!」

 負けたというのに清々しい顔付でそう宣言する萃香に紫はゆっくりと近づきながら、

「約束は守ってもらうわよ、いいわね?」

「鬼は嘘を吐かないんだよ、好きにしな」

 紫はその言葉を聞くと唐突に萃香をスキマへと落とした。何の合図も無しに――――当然、突然空いたスキマに落ちていく萃香は悲鳴を上げるがそれを遮るようにスキマは口を閉じる。
 目的は達したが予想以上に深手を負った事で幽香に敗北した時の事を思い出してしまい八つ当たりの為に無言で萃香をスキマ送りにしたのだ。
 八つ当たりだと自覚はあるのだが――――やってしまう辺り彼女はまだ精神的に幼いのかもしれない。 
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