魔王の友を持つ魔王
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§61 無能力者ですか? はい、一般人です
「ふむ。つまり水羽黎斗は真にカンピオーネであったと」
「はっ。そのようです」
薄暗い部屋の中。初老の男を前に青年は震えながら口を開く。
「使い魔で監視しておりましたが、”彼ら”の元へ水羽黎斗が突撃する際に利用した戦闘機、あれは人間に御せる代物ではありません。並みの神獣などとは比較すら出来ない、圧倒的な力を遠目からでも観測できました」
「……それが草薙王や魔教教主の物で貸し出された可能性は?」
即座に納得できず別の可能性に縋ったことは、彼が現実を見ない理想主義者だからではない。魔王誕生の報を信じたくない、というのは現実を見ていないとも言えるが、彼の場合「カンピオーネなどもう出てこないでくれ」という願いより「カンピオーネがそんなにホイホイ現れる筈が無い」という思いがあるからだ。希望的観測に縋り現実を受け止められない人間になど一つの組織の長は務まらない。だから、彼がしつこく部下に問いただしているのは事の真偽を見極めるために過ぎない。本音ではこれ以上カンピオーネになど増えてほしくないが、そんな私情は表に出さない。
「可能性としては無い訳ではありませんが……両者ともこのような権能、持っていないかと。といいますより、飛行機を操るような権能を持つ神が顕現した記録自体が有りません」
飛行機に関係する神がいたとして、その権能を簒奪したとする。その為にはその神と戦った時点で既にこの世界に飛行機が存在している必要がある。賢人議会の発足は飛行機の完成よりはるかに先だ。賢人議会の発足後に倒した神を、賢人議会が記録していないなどあり得ない。仮に倒したことを認識していなくても、まつろわぬ神の出現を賢人議会が見過ごすとは思えない。つまり、この能力は誰の能力にしろ賢人議会に記録がある筈だ。にも関わらず、記録が存在しない。
「…………」
部下の返答が何を表すのか。
「推論は二つ。飛行機に関する能力は本筋では無く、何らかの権能の一端である、という考え。もう一つは賢人議会が察知するより早く、彼の御仁は神を見つけ、葬った」
隣に座っていた当主補佐の考えは納得のいくものだった。
「前者か? まつろわぬ神と戦って被害を出した形跡が皆無、というのは有り得ない。情報統制を敷こうとも、我々まで欺くことは出来ないだろう」
「権能を使えば可能なのでは?」
「権能を使えば、などと言いだしたらなんでも有りになってしまうだろう」
党首補佐は「ですな」などと苦笑いを浮かべて黙り込む。彼女もそれを言ったらキリが無いのをわかっていていったらしい。それに、隠蔽するような力を持つ神が顕現したとして、そんな権能を簒奪した王がいたならば、その王は何体の神を葬ったのかわからないことになる。今までの記録の信憑性も疑わしくなる。
「では、別の視点から。神々の持つ空を駆ける能力が”飛行機を駆る権能”として顕現した可能性を提唱します」
「飛行機の造形をしているのは偽りだと」
言われてみれば、そうかもしれない。それならば賢人議会が察知していない理由にもなる。だがそれは――――
「それはつまり、水羽黎斗が賢人議会の発足より昔より存在している可能性もあるという事か?」
ヴォバン侯爵やアイーシャ夫人、羅濠教主に匹敵する年月を生き延びた「最古参」の一角だといでもいうのか。
「だとしたら、今までどうやって隠れていたのだ。いや、何故今になって動き出した?」
黎斗に聞けば「同郷の神殺しが生まれたことと平成の世の中になったから。あと気になってたアニメがそろっと始まるから」などというトチ狂った解答が返ってくるのだが、彼らにそんな推論が出来る筈が無い。仮に黎斗本人から聞けたとしても、後者二つを理解できる存在は冥王の知人たる館の管理人以外にいないだろう。
「ふむ。頭を悩ませる問題だが、まぁ良い。水羽黎斗が”本物”とわかれば十分だ。”彼ら”には感謝せねばな。……水羽王について調べよ。彼の王の人となりを知っておかねばならん」
それは必須だ。黒王子のように貴重品に興味を示すのか。剣の王のように、強敵を求めるのか。東方の軍神のように、女を囲うのか。王の逆鱗に触れるわけにはいかない。
「その必要はないかなァ」
「「!?」」
突如響いた部外者の声。初老の男でも、党首補佐でも、周囲の幹部でも、眼前の青年でも無い声。
「いやはや、まさか。師祖に対してこんなことをしでかすなんてね。まぁ、僕もやらかした身だからあんまり人の事は言えないんだけどね」
肩を竦める少年が、扉の前に立っていた。扉が開いた気配など、ここにいる誰も感じなかった。ここにいるのは、全員が大魔術師以上の位階を持つ手練れだ。そんな人間達を相手に、このような妙技を披露できる人間など、片手で数えるほども居ないだろう。そして、”彼”は間違いなくその「片手で数える」ような人間だった。
「……久しぶりだな、陸鷹化。何故君がここに?」
魔教教主の唯一の直弟子。今世紀最高峰の武術をこの年で修めた麒麟児は、憐憫の表情で呟く。
「師祖の妹君がトラブルに巻き込まれたと聞いて、ね。僕としては師父がお怒りになる前に出張ろうとしたわけだ。師祖が即行ってしまわれたので連絡をとることは叶わなかった。師祖が行かれた時点で事件は解決だ――――表面的には」
空気が震える。
「だから、僕としては裏側を潰しておこうと思ってね。背後の組織を調べたんだ。もう二度と、こんな馬鹿げたことが起こらないように」
「なっ……!?」
こんなに即座に露見するとは予想外だ。囮や陽動を駆使して可能な限り裏方に徹していた自分たちが見つかるという事は。他の組織はおそらくもう――――
「あぁ、多分予想の通り。アンタらで、最後だ」
「……そうか」
「いや、悪いね。恨むなら師祖がカンピオーネであることを疑った己を恨むといい。――――こんなチンケな脚本の結果、師祖や師父が誅罰なんて言って動き出されたら困るんだよ」
陸鷹化の瞳に剣呑な色が宿る。この場に居た全員が死を前提とした反抗を覚悟した瞬間、
「実に殊勝な心がけです、鷹化」
場違いな、美声が聞こえた。途端に、陸鷹化の顔色が傍目でわかる程に青く染まる。
「ですがなっておりませんね。お義兄様の大事です。何故私に報告しないのですか。本来ならば折檻と行きたいところですが――――私が気付くまでにここまでやり遂げたのです。これを弟子の成長とみて今回は目をつぶりましょう。今回だけですよ」
「師父の寛大なるお心に感謝いたします。陸鷹化、この一件で師の不肖の弟子に対する愛の深さを思い知り一層と――――」
凄まじい破裂音。陸鷹化が扉にめり込んだ。喀血し、大量の血が床に飛び散る。
「馬鹿者。媚び諂うとは愚の骨頂です」
師弟の関係に硬直していた他の人間が動き出す前に、武の頂は処刑を告げる。
「さて。お義兄様に狼藉を働いた者共よ。纏めて塵となりなさい」
美声を最後まで聞いたものは居なかった。その部屋の中で、人の形を保っていられたのは陸鷹化ただ一人。他はすべて塵と化す。次いで、家具の数々が無に還っていく。そして全てが壊れていく。空気を震わせる振動が、あらゆる物質を原子レベルで粉砕し、肉眼で視認できない大きさにまで破壊していく――――
〇〇〇
呪力が底を尽きた感じがした。最後の避水訣が残りを全部持って行ったらしい。
「うっわ、ぎりぎりだったな今回」
ヤマの権能で超再生と不死を得ているが、それは呪力を消費してのものだ。呪力が尽きれば当然、再生など出来ない。カンピオーネにある肉体の頑強さが無い黎斗には、少しの傷でも致命傷となりうる。今回は想像以上に限界だったらしい。
「ジュワユーズ!」
影を開いて問いかける。先ずは、幽世にある倉庫の確認だ。あそこは権能による各種防御を張ってある。権能封印により機能停止していたら一大事でしかない。蒐集品の散逸どころか中に収容してある生徒達はなす術も無く死んでしまうだろう。バラバラ死体の作成にも荷担するなんて展開にはなりたくない。
「……随分な有様だな、主。こちらは大丈夫だ。空中倉庫は問題ない」
水盆で見ていたのだろう。こちらの疑問に適解が返ってくるのは頼もしい。そしてこいつはどうやら今までに仕掛けた権能を強制解除、なんて狂った性能ではないらしい。本当に良かった。
「寧ろエルの心配を」
「……あぁ!?」
忘れてた。完全に忘れてた。慌ててエルに念話を飛ばす。もし、こちらがキャンセルされていたら――――
「はい。マスター、どうされました?」
「良かった……!!」
若干の緊迫感を滲ませつつも、エルが無事な返答をくれたことに安心する。安心しすぎて腰が抜けた。へなへなと倒れ込むがそれをジュワユーズは笑わない。一歩間違えば長年の相棒の死体が完成しているところだっただけに。
「マスター?」
「ん。とりあえず詳しいことは後で説明するから今は軽く。権能が封印された」
「……は?」
エルの呆けた声。黎斗もその気持ちは痛い程わかる、というかまだこの事実を信じたくない。正直。
「一般人になりました。とりあえずこっちでの処理終わったら連絡する。こっちに集中させて」
何か言いたそうなエルを無視して強制終了。こちらの用件を済ませないことにはどうしようもない。
「れーとさん、無事?」
恵那が音も無く着地する。びしょ濡れであるところを見るに、流されたが途中でなんとかしたか。
「とりあえずはね。恵那も無事そうでなにより」
実際は権能が使えない、などとという無事どころか絶賛大ピンチなのだが。
「他の人たちは?」
「ごめん、わかんない。恵那も水を防ぐのに精いっぱいで、周り見てなかったんだ……」
黎斗ですらこんな有様なのだから、無事に黎斗に所まで戻ってこれただけでも大したものと言うべきか。普通は他の魔術師のように行方不明になるのがオチだ。
「完膚なきまでの敗北だなぁ。逃げられるは全員飛ばされるわ。……この借りは返さなきゃ、ね」
「れーとさん……」
ボロボロの身体に活を入れて立ち上がる。
「れーとさん、しっかり」
ふらふらして、崩れ落ちそうになる身体を恵那が支えてくれる。まさかこんな形で世話になる日がくるとは。
「……我ながら情けない」
「まぁまぁ、黎斗さん少し休んで。神様との連戦だもん。少しくらい恵那を頼って、ね?」
流石に疲れた。ビアンキ達はわからないが、恵那もエルも、ジュワユーズ達も無事とわかって、安心したのもある。
「ごめん。ちょっと休む。ケータイ……は水没してるから無理か。やべぇ寝てるヒマないぞこりゃ」
帰れない。こんな中で呑気に寝るわけにはいかない。帰らなければならないのだが、呪力はほぼ底を尽き、電子機器は水没の余波で機能不全。権能封印ときた。
「帰るまでが遠足とは至言だなホント」
「れーとさんどうしたの? 来た時みたいに飛行機呼べばいーじゃん」
「……権能全部使えないんだ今」
「えぇ!?」
「よくわからん能力で封印された上に逃げられた」
「それでれーとさん「負け」って言ってたのね」
相手は瀕死まで追い込んだが復活は時間の問題だ。一方こちらは相手に比べれば余裕こそある物の、権能が復活できる可能性は低い。
「試合に勝って勝負に負けたってやつ」
「ビミョーに違う気がする。……でもそしたら困ったね。どうやって帰ろうか」
案外冷静な恵那に内心驚く。もう少し取り乱すかと思いきや「使えないならしょうがない」などと割り切るとは。まだ完全に割り切れていない黎斗とは大違いだ。もちろん実感が無いから、というのもあるのだろうが黎斗の頭に須佐之男命の姿が幻視される。「宵越しの銭は持たねぇ主義だ」とのたまった彼の姿が、彼女を通して再現された。
「……ホント、スサノオの娘だよ恵那は。血は争えないな」
「おじいちゃまがどうしたの?」
「なんでもない」
「変なの」
「……主よ、意外に余裕だな」
半ば呆れの混じるジュワユーズの声に現状を思い出し。どうしようと考え始めれば周囲に響くのはヘリの音。こちらへ近づいてくる。
「何?」
敵ではないと思うのだが油断は出来ない。今の状態では人間相手に不覚を取ることも考えられるのだから。
「お久しぶりです、王よ。いつぞやは馬鹿……失礼、我らの王が”とても”ご迷惑をおかけしました」
「あ、その、どういたしまして……?」
「れーとさん意味わかんないんだけど」
ヘリから軽やかに飛び降りてきた男が頭を下げた。”王の執事”の予期せぬ襲来にしどろもどろになる黎斗。恵那がジト目でこちらを見てくる。
「やっほー、黎斗元気にしてた?」
ヘリの上から軽快なノリで声をかけてくるのは剣の王その人だ。それを見て察する。どういう事情かよくわからないがなんとかなったらしい。ドニは寝込みを襲ったりはしないだろう。それを思った瞬間、睡魔が再び鎌首を上げる。
「ごめん限界、落ちるわ。恵那、ジュワユーズ。何かあったら起こして。任せる」
それだけ言って、黎斗の意識は落ちていく。現世に復帰してから初めての醜態だった。
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