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【SAO】シンガーソング・オンライン

作者:海戦型
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SS:途中の思い出

 
待ち合わせ場所に着くと、もう車で待機していた友達が待っていた。

「遅かったな、”ブルハ”」
「悪い、”イナズマ”。こいつを買うのにちょっとな」
「花か・・・造花だな」
「生花だと枯れちまうからな」
「そっか」
「そうだ」

予め、互いの本名は呼ぶまいと決めてから待ち合わせをしていた。
あいつはあの世界で、”ミスチル”として死んだのだ。
だからミスチルを弔ってやるのはブルハとイナズマだと最初から決めていた。
家族へのあいさつなんかは本名で呼ぶし名乗るが、墓の前ではあいつをミスチルと呼ぼう、と。

そう、俺は今日、あのデスゲームで先に逝ってしまった親友の墓参りに来ていた。
友達の乗ってきた軽自動車の助手席に乗り、あいつの墓へと向かう。墓参りは一緒に行こうと約束していた。
車を運転する友達の横顔を見ると、とても落ち着き払った表情だった。俺も不思議と落ち着かない気分ではない。きっとゲーム開始前ならつまらない事ばかり気にして慌てていただろう。

あの世界と、あの別れ。
それを経験した心は、昔のような考えなしな自分を許せなくしてしまったのかもしれない。
何も考えずにただただ毎日はしゃいでいた自分を。

「この車、新しい奴だな」
「ああ・・・・・・俺がSAOから帰ってきた後に、古すぎるってんで買い換えたんだ。実際には父さんの車だけど」
「そっか・・・・・・ま、2年も経てばそうもなるか。元々ちょっと古いのだったしな」
「そういうお前のギターは変わってねえな」
「買い換える金が無いもんでな。別にこれでも困らねえし」

流れる景色を眺めながら、他愛もない会話をする。
他愛もないのは昔からだったが、こんな風にしてると何となく自分が大人になった気分になる。
そういう童心があるうちは俺も若いのかもしれないが、感じなくなった時が本当に老けたときかもしれない。

「・・・結局バンドはどうしたんだ?」
「俺一人で継続かな。一人バンドさ。まぁ・・・参加希望者ならいないでもないけど」
「へえ。なら俺のドラムもそのうち使い道が出るかもな」
「どうかな。ギターの方が才能がありそうだ」
「どんな奴だ?男?女?」
「多分女の子かな。ゲームの世界だし、自分の事とか話さないから確認できないけど」
「仮想世界でのバンド結成か・・・・・・顔も合わせず音楽が出来る時代だねぇ」
「入れると決めたわけじゃないぞ?」
「入れておけよ。お前は続けるんだろ?一人はしんどいぜ?」

お前までそんなことを、と言いかけて止めた。
もう墓地が見えてきたから。

車を降りて墓まで行くときは、流石にもう喋らなかった。
目の前に集合した目的がいる。
寄り道せずにさっさと済ませて、あいつの死を改めて悼んで、終わらせよう。
葬式はとっくの昔に終了しているが、2人とも喪服代わりに黒いスーツで来ている。恐らく意味はないけれど、それでもやるのが弔うと言う事なのかもしれない。
まるで形式に嵌っていることで、死者に対する誠意を自分に与えているようだ。

イナズマはポケットに入っていたジッポライターに火をつけ、それを線香に灯した。
緑色の線香の先端にオレンジ色の綺麗な火が灯る。
芯の先端さえ燃えていればいいから軽く息を吹きかけて余計な火を消し、それを俺に手渡した。
独特の香りが煙に乗って鼻に届く。

「吹いて消すのは行儀が悪いぞ。風で消せ」
「え、そうなのか?」
「ばあちゃんがそう言ってた。ま、次から気を付けろよ」

線香を墓の香皿の上に寝かせる。
もう家族や他の知り合いが来たのか、真新しい皿の中には燃えカスが残っている。
この香りが果たしてあの世界で死んだミスチルの心を鎮められるのかは分からないが、それでも墓がちゃんとあるのは悪い事だと思わない。
死んだ人間と向き合える形が存在するから、墓というのは昔から大事にされてたのかもしれない。

墓前に造花の花束と、あいつが好きだった煙草の箱を置いておく。
煙草には詳しくなかったが、甘い香りのする高そうな煙草だったのは覚えている。
実はイナズマの持っているジッポライターも元々はミスチルの遺品だ。
生前に彼がイナズマの部屋に置き忘れたものだった。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

合唱して、黙祷。数十秒の間、目を閉じたまま死んだあいつに思いを馳せた。
思い出すのは3人でバンドした思い出。
一緒に退屈な就職説明会を抜け出した思い出。
夏休みに旅行の計画を立てて楽しんだ思い出。
全てがもう2度と再現することのできない大切な思い出で――改めて、もう話も出来ない事を実感させた。

「さよなら、ミスチル。お前が戦い方教えてくれたから、最後まで生き残れた。お前の事は助けられなかったけど、俺はそのことも含めて生きていくよ」
「バイバイ、ミスチル。お前の連れて行ってくれた世界は出来ない事だらけだったけど、得難いものをたくさん経験できた。言い出しっぺのお前がいなくなったバンドだけど、続けていくよ」

ひゅるり、と冷たい風が墓と俺達の間を通り抜けて行った。
それはまるで生者と死者を別つような風で、なんとなくミスチルが「俺の事はいいから、お前らの生活に戻れ」と語りかけている気がした。



 = =



涙で滲んじまったあの星影は、あいつが俺に宛てたメッセージなのかもしれない――

それは他の誰かが置いたかもしれないし、初めからそこにあったのかもしれない――

きっと暖かい世界へ生きる人の未来へと向けられたそのメッセージには――

お前の心が決めた方へ案内されろって言っているのかもしれない――


――今日も、ユウキは俺の話を聞きに来ている。
だから今日は、あの世界で死んだ友達の墓に参りに行った話をすこしした。
彼女はまた、こちらが息をのむほどに真剣なまなざしで俺の話を聞いていた。
前から思っていたが、彼女は人の生き死にに関してどこまでも真剣になれる子のようだ。
ひょっとすれば、俺よりも多くの別れを体験しているのかもしれない。

この時間帯、彼女だけが俺の客になる。語りも歌も、彼女だけだ。
それはこのALOで場所を提供してくれている知り合いたちのおかげなのかもしれない。最初に会ったのはどこぞの安全地帯の片隅だったが、今は小屋の中で一対一。
普段歌わない歌を歌ってがっかりされることもない、と考えれば気楽だが、何故彼女がこの世界での貴重な冒険時間を割いてまで俺の下にやってくるのかは分からない。今まで俺の歌で何かが変わった人は頼まれなくても話してくれただけに、この子は読めなかった。


俺達の生きてる証を形にしてさ、どこかに残しておかないか――

結んだのは俺達で、それをほどくのも多分俺達だ――

悲しいときは、悲しい思いに向き合って大泣きして――

喜びたいときも、やっぱり嬉しい思いに真正面から向かい合う――

お前の心が向く方へ身体を案内してるのさ――


読めないと言えば、結局俺の歌を聞いた後にどうなったか分からない客も沢山いたものだ。
黒猫団とかいうギルドの団長も、いつぞや2人で聞きに来たグリム夫婦も、ある日を境にぱったり来なくなった。死んだのか、心変わりしたのか、もう俺の歌は必要なくなったのか。グリム夫婦が来なくなった理由に関しては後で知る事となったが、知れた方が稀有だろう。

――ユウキにも、いつかその時が来るのかもしれない。
本当の名前も顔も知らないのだから、なおさらに。
前にも言ったが、俺に去る人を止めたりする権利はない。
出来るのは歌ってそれを気にいるかどうか判断してもらうだけだ。
あの時も、そうだった。



 = =



「友達が、死んだんっすよ」

中学生くらいだろうか、その少年は生気の無い顔でぼそりと呟いた。
ライブが終わった後の宿屋の一角で、俺とその少年は対峙していた。

彼の友達はうちの常連だったそうだ。
顔の特徴を聞いて直ぐにあの少年だと思い至った俺は、そうか、と返して瞑目した。
こういう事も起きてるだろうと分かってはいたが、こうして聞かされるとその実感はより重くのしかかる。彼は確か聞きに来てはいなかったが、友達がこの路上ライブを聞きに来ていること自体は知っていたということだろう。

「こんな糞みたいな世界でも、歌を聞いてりゃその世界を蹴っ飛ばせる気がしてくるとか言って笑ってて・・・・・・それでトラップに蹴っ飛ばされて死んだってんだから世話ないっすよ」

俺は何も言わないでただ相槌を打つ。
元々こういう時はあまりしゃべらないようにしている。口を開いても月並みな言葉しか出てこないからだ。

「・・・・・・アンタは、平気そうな顔してますね」
「そう、かもな。戦いに身を置いていない俺が口出しできることじゃない気がするんだ」
「なんすか、それ。意味わかんない。本当、意味わかんない・・・なんであんたみたいなのが生きてて、あいつは死ぬんすか」

戦えずに安全圏に籠っていれば死ぬことはない。
そんなことは誰だって知っている。
それでも、そこに留まっているだけではこの世界から解放されないから彼らは死地へと足を運ぶ。そうしているうちに、彼らはふとその不条理に気付く。
自分たちは命懸けなのに、あいつらは気楽に遊んでいるだけじゃないか――と。

「あいつにッ!アンタの歌を支えにしていた一人のプレイヤーが死んだことに、アンタは・・・・・・アンタはもっと考える事が無いんすかッ!!」

その手が、俺の胸ぐらをつかむ。
攻略組の人間だ、そのステータスたるやかなりのもの。
俺は碌に抵抗も出来ずに玩具の様に揺さぶられるだけだ。
この瞬間、誰かが割って入らない限り俺は絶対的に彼へ抵抗できないと言えるだろう。

それほどまでに俺は無力だった。

「俺に出来るのは死を悼むことと、ギター弾いて歌を歌う事くらいだよ。俺にはそれ以上は・・・・・・どうしてもできないらしい」
「・・・ッ、アンタは何で・・・なんでそんなに弱っちいんすか。何であいつはこんな弱っちい奴をあんなに慕って・・・・・・もういいっすッ!!」

投げ捨てられた俺の身体はみっともなく部屋を転がって、壁にぶつかって止まった。
圏内ではダメージを受けないのでそのまま立ち上がって、つい癖で床に接した部分を手で払ってしまう。埃などついてはいないのだが。

少年には俺が許せなかったのだろう。
それとも俺も自分も含めて全部許せなかったのかもしれない。
自分の信頼したその友達が慕った人間に、行き場のない様々な感情をぶつけたかったんだろう。
彼が怒ることは最もかもしれない。未だに俺の事を嫌っている人はいるのだし、戦えない自分の事を情けなく思う自分もいる。

心は正直だ。
心の指し示す方向を見て他の人は間違っていると思うかもしれない。でも、本質的にはそれが正しいのだ。現実を見て聞いて真っ先に抱いたであろうその感情は、結局それこそ自分の最も大きく感じている「我」の部分なのだ。

「・・・・・・怒らないんすね」
「まぁ、そうだな。昔はもっとどうでもいいことでカッカ怒ってたような気もするんだけど・・・・・・一緒に怒る友達もいなくなると、そのうち心が萎えてくるんだと思う」
「ああそうっすか。じゃあアンタはずっとそこでなよなよしてればいいっす。俺はアンタを頼らず戦うだけっす」
「そして俺は歌うだけ、だ。結局のところ、自分の指針を決められるのは自分しかいない」

少年はこちらを振り向かずに部屋のドアを開けた。
最後に一つだけ、訊く事があったのを思い出す。

「君の相棒の最後の台詞は『くそったれ』だったかい?」
「!?」

少年がガバリとこちらを振り返る。
何故知っているんだ、と言わんばかりにその双眸は見開かれていた。

「彼の一番好きだった歌の歌詞さ。その一言を言えたんなら、あいつは我を貫き通して死んだんだろう。それを聞けて良かった」



 = =



ボコボコに打ちのめされて、散々に脅されまくっても――

俺達はまだ倒れちゃいない、ギリギリのことろでしぶとく踏ん張ってる――

何でそんなに辛いのに、俺達は立ち上がって相手を睨みつけるんだ?――

それは、譲れない意地ってやつがあるからじゃないか――

だったら例えナイフで脅されても、爆弾くくりつけられても――

クソッタレ、って一言吐きつけてやれよ――


「その人はどうなったの?」
「知り合いの情報屋によると、後で罠を利用したPKだった事が分かって・・・・・・レッドプレイヤーを殺すRPKになった、らしい。一度だけさっき歌ったのを聞きに来て、それ以降は分からない」

結局人は、本当は理屈より意地で生きたいものなんだろう。
彼にはきっと正義感なんて無かったはずだ。
復讐のために憎い相手を定め、殺しに行ったのだろう。
道徳的には悪事に分類されるかもしれない。それでもやらずにはいられなかったのだろう。

その感情が、最後まで我を貫き通した友達に倣ったものなのか、それともその我を身勝手な理由で散らした相手に対する底無しの憎悪だったのかは確認のしようもない。
ひょっとしたら、俺の伝えたその一言が彼を血染めの道へ誘った可能性も否めない。

「一度漕ぎ出してしまえば、最後には自分の行きたい場所に辿り着いているものだ。もしあいつの進んだ道が間違ってても・・・・・・生きてれば、いつか。根拠もない願望だけど、俺はそう思ってる」
「・・・人を殺したいほど憎むなんて、僕には分かんないや。だって今この瞬間を生きてるのって、とっても嬉しくて楽しい事だもの」
「まぁ、な。でも生きていることが当たり前になってくると、それはそれで辛いことが湧いて出てくる。逃げられないんだ」

自分の剣の柄を指でなぞって、ユウキがポツリと呟いた。
俯いている所為でその顔は伺えない。
彼女は腕利きのプレイヤーだと聞いてはいるが、SAOで本物の殺し合いをしたわけではない。だからこそ、思う事があるのかもしれない。
生還者のキリトなんかは未だに強く思う所があるみたいで、ユウキのいない時間帯にちまちま話をしに来ることがある。そこでなぜ俺をチョイスしているのかは分からないのだが、きっと彼女のアスナちゃんには見せたくない姿なのだろう。

「それでも、全部忘れられない思い出だよ。きっと忘れちゃいけないんだろう」

目を背けたいようなそれも、気が付けば自分の人生を構成する大切な要素なのだ。忘れてはいけないし、向き合っていった方がいい。
逃げられるものでもないのだから、一緒に連れて人生を歩んでいくのだ。

「僕も」
「ん?」
「僕も、その人が行きたい場所に辿り着けるよう一緒に祈るよ」
「そっか。それも良いと思うぞ」

剣から手を放して顔を上げたユウキが、ぽつりとそう言った。
真っ直ぐで凛々しい顔をしている。攻略組の連中と似たような、こうだと決断した時の顔だ。
彼女にもあるのかもしれない。目を背けたくなるような辛い過去が。何となく、そう思った。

――今日はこのへんで終わりだ。随分いろいろと話したから、そろそろ話が無くなって来たよ。
  
 

 
後書き
今回はおなじみブルーハーツより「ナビゲーター」、後半らへんは「僕はここに立っているよ」をモチーフに。
※タイムパラドックスが発生したのでちょっと修正。

イナズマ・・・(元ネタ:THEイナズマ戦隊)
最前線一歩手前ほどで活躍していた準攻略組。ソロプレイヤーであり、槍と短剣を器用に使い分ける技巧派プレイヤーだった。現在はどこかのMMORPGで「ライデン」を名乗ってプレイしているらしい。
ミスチル・・・(元ネタ:Mr.Children)
元βテスターで、バンドメンバーをSAOに誘った張本人。ゲーム開始後わずか数日で、無茶なレベリングが祟って死亡した。2人をデスゲームに案内してしまった後ろめたさで精神的に不安定になっていたと思われる。 
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