| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

【SAO】シンガーソング・オンライン

作者:海戦型
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

SS:歩き出した思い出

 
前書き
今回はモブとのやりとりです。 

 
 
今日も物好きがステージと名付けられた広場に集まってきる。
毎日似たような演奏をしているにも拘らず、聞きに来る物好きの数がなかなか減らない。
寧ろALOに来て以来、皆の口コミで広がる自分という存在が肥大化している気さえする。

こういう風潮は少し怖い。
俺が歌うからその歌がいいと考える人が出てきそうだ。
歌と歌い手は切り離せない関係にあるが、二つはある程度釣り合った関係になければいけないと俺は考えている。その為に素人の歌い手は必死で下積みして、歌に釣り合うだけの実力をつけようとする。
その意志があるか無いかが、ただ歌えるだけの一般人とミュージシャンと呼ばれる人たちの境なのだろう。
俺はまだまだミュージシャンの域になど達していないし、歌も先人の曲を借りてるだけだ。
なのに俺が歌っているから知っている、と言われるのは・・・嫌とまでは言わないが、違和感は拭えない。

だからこそ、その中に俺の歌っているその曲がいつ、どんな人たちが歌っていたものなのかを分かって貰えると、とても嬉しい。
他人と自分と、曲を通して繋がりが生まれる気がするのだ。
俺はここが好き、私はこう感じた、みたいに意見が分かれてもいい。歌というのはそういうものだ。

――と、ガラにもなく小難しい事を考えてしまったが、俺の歌によって過去の名曲が他者に掘り出されるのは何となく自分の事のような嬉しさを抱く。ネットで昔の曲のDL販売を覗いた時に自分の歌った曲が伸びていると、この中の数個でも自分が貢献しているかもしれないと誇らしく思う自分がいる。

(つまるところ、俺はなんだかんだでここにいるのが嫌じゃないんだな)

お決まりの歌で今日の演奏を締めながら、俺はそう思った。
俺の演奏を止める奴は結局俺しかいない。選択権は手の内だ。

その事を実感したのはいつだったか――確か、階層攻略がまだ一桁代だったな。



 = =



「・・・・・・」

その町は今までの階層に比べて明るく、大きな水路を流れる水が綺麗な町だった。
たしかこの階層には大きな湖があって、そこから下るように沢山の川が流れていると聞いた。
町はどれも川に沿うように作られており、今まで相手にする機会が少なかった水棲のモンスターがプレイヤーたちを手こずらせていた。

そんな中、俺はその町の川沿いにある堤防でぼーっと川を眺めていた。
ギターもぶら下げていない。釣り具を持ってる訳でもない。
ただ、作り物の日に照らされて不規則にゆらめく水面ばかりを眺めていた。
理由は、変な話だが水を眺めているのが好きだからだ。

特に雨は見ていて飽きない。
水路に流れ落ちる水、水たまりを揺らす水滴、見慣れた風景を濡らす雨水。
このアインクラッドは基本的に乾燥気候なのかあまり雨が降らないが、この階層ではちょくちょく降るようで嬉しい。しかし今日は雨ではないからそれは見れない。

ならば川だ。川もいい。
岩によってせり上げられる水や魚が跳ねてばちゃんと波打つ音。水草と水面が風に揺られ、常に揺れては形を変える流水が綺麗だ。
昔は水面に平らな石を投げる水切りという遊びがあったが、俺の腕では2回ほど水面を撥ねさせるのが限界だ。そもそも水切りの出来る川自体、段々と少なくなっているが。

噂によるとこの階層のどこかで水切りのクエストが存在し、クリアすると投擲スキルが上がるらしい。最もそれは俺には関係のない事なのだが。

しかし、作り物の世界のくせに水の動きも現実世界のそれとまるで同じだ。これほど細部にこだわる物理エンジンを作ったなど、このゲーム製作者はきっと変態に違いない。

「まぁ、そのおかげで俺はぼうっと出来る訳だけど・・・・・・」

この世界に来てから毎日歌っていた。
だが一つの事に没頭しすぎると、ある時全てを投げ出して別の事がしたくなるものだ。
今日くらいギターを握らなくてもいいのではないだろうか。幸いこの町はのどかで、このゲームの中に閉じ込められているという感覚を忘れることが出来た。

できれば気分転換ついでにこのゲームから出たいのだが、それが出来ればみんな困ってはいない。
死ねば現実に戻れるという説もあるが、どうも崖なんかを見ると落ちれば本気で死にそうな気分になるので実行する日は来ないだろう。

俺が歌を歌っているとは言っても、一度に聞きに来るのは多くて10人そこらだ。
彼らに歌うよう頼まれている訳でもないし、俺だって歌わなければいけない義務はない。

(偶には歌わない日ってのも、いいよな?)


そう自分に言い聞かせるように、無心で水を見つめ続けていた。
多分2時間くらいずっとそこにいただろうか。ふと物音が聞こえて後ろを向くと、高校生くらいの女の子が泣きながら走っていた。女の子は目元を手で覆ってぐずりながら走っているが、絶対前が見えていない。
そのまま走っていると川に落ちる、と気付いた俺は慌てて声をかける。

「おい君!前を見て走れ、そっちは川だぞ!」
「ひっく・・・う、くッ・・・何でよ、何で・・・・・・って、え?」
「あ」

言った時には既に、彼女の足は高めの堤防を通り過ぎて川の待つ虚空へと投げ出されていた。
漸く自分が川に落下しかけていることに気付いた女の子は大慌てで止まろうとするが、片足なので思うようにバランスが取れずに手を振り回している。

「きゃあああーーッ!お、落ちる!落ちるぅ!!」
「だから言ったのに・・・ほら、手」
「は、はい!!」

慌てた彼女が俺の掌を掴む。
が、しっかり立っていた筈の俺の身体が何故か女の子の方に目一杯引っ張られ――彼女が助かる代わりに、俺の眼前に川の水が広がっていた。



 = =



「ごめんなさい!私STR振りだから・・・筋力差で投げちゃう形になったんだと思います!」
「あぁ・・・そういえばこのゲームは筋力と重量の概念が混同してるとかなんとか・・・」

つまり、筋力ステータスで彼女より劣っている俺は体格がどうであろうがステータスで勝る彼女に抵抗できない、という感じらしい。
あんなにあっさり川に落ちたのは、筋力差が大き過ぎたことが原因だろう。
俺のレベルは果てしなく低いのに比べて彼女は装備が整っている。装備が整っているという事はそれなりに戦っているということだ。

面倒くさいゲームだ、とぼやく。
幸いこの世界には窒息の概念が無いようなので水中でも慌てず堤防の方まで戻れた。
落下した人のための階段があるのは嬉しいが、水の感触が現実と微妙に違って気持ち悪い。そこまでは再現できなかったんだろう。
と、そこまで考えて俺はあることを主だし、慌てた。

「あっ、ギター・・・!」

ギターに湿気は天敵だ。川に落ちようものなら駄目になってもおかしくない。
慌ててギター(正確にはギターなのか分からないが)を取り出して――そういえば、持ち物欄という4次元ポケットに入っているのだから濡れる訳が無いという事実に気付いてガクッと肩を降ろす。

「身体ももう濡れてないし、なんだか得したのか損したのか分からないなぁ」
「あっ・・・そのギター!貴方もしかして噂の『吟遊詩人』さん!?」
「へっ?俺は詩なんか詠まないよ?路上ライブはしてるけど・・・・・・」
「じゃあやっぱり吟遊詩人さんだ!」

こちらのギターっぽい弦楽器に気付いた途端に女の子は上機嫌になった。
泣いたり謝ったりころころ顔の変わる子だ。

吟遊詩人というのは一部のプレイヤーが言い出した俺の俗称らしい。
基本的に名前は名乗らないのでギタリストの人で通っていたが、ファンタジー世界にギタリストという名前は似つかわしくないということで一部はそう呼んでいるようだ。
止めてほしいと頼んだら、歌ってくれたらいいですよ?と意地悪な笑みを浮かべられた。
ギターっぽい弦楽器に目を落とす。今日くらいかき鳴らさなくてもいいだろうと思っていたそれは、いつもと同じ重みで俺の手の内にある。自然とため息が漏れつつも、構えた。

「今日は歌わずにボーっとしていようと思ったんだけど、結局歌う運命か。君のおかげで連続記録更新になりそうだ」
「記録に立ち敢えて光栄です!」

皮肉か本気か判断がつかないのが何とも言えないもやもやを心に残す。
ふと、俺は彼女に質問した。

「君、何で泣いてたの?」
「・・・・・・貴方には関係ないでしょ?」
「ん、まあそうだな。悪い」

興味本位だったが不用心な質問だったと少し後悔した。彼女の表情が少し硬くなったからだ。
話したくない事を聞かれてはいい気分になどなるまい。気まずさから目を逸らし、川を見る。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水には非ず。
古典の教科書で誰しも一度は見たことがある、方丈記の一節だ。一見していつでも変わらないように見える水は、一時たりとも同じ場所に留まってはいない、という意味らしい。
現実世界の川は、永遠に枯れないとは限らない。
雪解け水とか地下水とか湧き水とか、それが永遠にあるという確証など無い。
だが、ゲームの世界ではどうなのだろう。
電力とデータのある限り、この世界の川は永遠のこのままなのだろう。
そんな永遠、本当にあるんだろうか。

永遠と言えば、と俺は一つの歌を思い出した。
アップテンポにギターを鳴らし、歌詞を紡ぐ。


この世には本当に永遠とか普遍といったものがあるんだろうか?――

今まで見てきた常識や現実がもしも全部嘘だったら――

間違いであったらいいのにって、君も思う事があるだろう――

そんな気持ちの答えは、君自身の心の奥底にあるはずだよ――

君の涙も悲しみも悔しさだって、その奥底から来ている筈さ――

その奥底で咲こうとしている情熱の赤い花を、満開に咲かせてみなよ――

その花がきっと君の言いたいことを全部表してるから、水をあげて咲かせてみなよ――


ふと気が付けば、少女はさっきまでの上機嫌が嘘のようにまた泣きながら、俺の歌を聞いていた。
歌い終えてから、彼女は自分の意思で自分が泣いていた理由をぽつぽつと語りだす。

SAOを始めたのは、オンラインゲームで知り合った人に誘われたから。それで顔も見たことが無い、名前も知らないその人の誘いを彼女はあっさり受けてしまった。その結果、望まないデスゲームに巻き込まれてしまったという。
そしてそのオンラインゲーム繋がりの友達である男性と、今まで行動を共にしてきた。
しかし今日、彼の方から一方的に「もう一緒に行動するのは嫌だ」と切り出されたという。
他に知り合いもおらず彼に頼り切っていた少女は、訳も分からなくなって飛び出してきたという事だ。
今になって思えば悲しかったんだろう、と彼女はつぶやく。

「彼、守ってくれるって言ったんです。最初の日に。ずっと何があっても責任もって守るって・・・・・・なのに」

そこで言葉を区切った少女の涙がピタリと止まる。

「彼がそんなこと言い出した原因は分かってます・・・!私より可愛い女の子とお近づきになったから、私を捨てようとしてるんです!!」

うがー!とでも叫びそうなほど手をわなわな震わせる少女は顔を真っ赤にして俺は顔も知らないその男への怒りを露わにしていた。
もしこのゲームに怒りでパワーアップする機能があるならば、彼女は最強の戦士に変貌するだろう。その急激な感情転換に戸惑うばかりだ。

「そ、そうなのか?案外としょうもない男だな・・・いや、この状況下でも浅ましいと言うか」

彼女の外見はまぁ標準ぐらいのものだが、それでもSAOプレイヤーの男女比はかなり男に偏っている。
この状況でも女性と共に行動するのはとてもラッキーな事と言えなくもない。そんな環境下で更に上玉を手に入れようとしているのならば、ある意味大物なのかもしれない。
そんなことを考えるうちに、少女は俺の腕を掴んでぶんぶん振り回す。

「でも目が覚めました!捨てられたって思ったから悲しかったけど、考えてみればそんな女を顔で選ぶような最低な奴に守られて安心していた私が情けなかったことに気付きました!!」

お礼か握手のつもりなのかもしれないが、筋力差の所為で俺は投げ飛ばされないよう踏ん張るのが精いっぱいな勢いだ。
しかし、何かに目覚めた彼女は最早そんな些末なことは気にしていない。というよりもう目に入っていないのではないだろうか。俺の存在感は、彼女の脳の片隅からポロリと零れ落ちてしまったようだ。

「私の情熱を注ぐのはあのサイテーヘンタイヤローではなく、私の青春そのものだぁぁぁ~~~~!!」
「そ、そう・・・かい。まぁいいんじゃないか・・・な?」

この子とはあまり一対一で出会いたくないから、ボーっとせずに路上ライブ再開しよう。
そう心に決めた瞬間だった。



 = =



「――その後、お姉さんはどうなったの?」

いつもより心なしか楽しそうに話を聞いていたユウキの催促。
物語の結末が気になってしょうがないと言う顔だ。
こうしていると本当に歳の離れた兄弟が出来たようで微笑ましい。

「男の方に仕返しして気持ちの整理をつけた後は、攻略組目指してギルドに入ったよ。入った後はギルドメンバーと一緒に歌を聞きに来るようになったな。SAOが攻略された瞬間も歌を聞いてたよ」
「ふーん・・・・・・歌に始まり歌に終わってるね、お兄さんの生活」
「そういう運命だったんだなぁ、多分。そういえば花束貰ったこともあったよ。歌の歌詞になぞらえた真赤な薔薇の花だった」
「へ、へえ・・・花束なんかもらったんだ。良かったじゃん」

ちなみに男への仕返しの内容は、別れるのが嫌だとごねて油断させた隙に自分の体を触らせて、ハラスメントコードで一発だったそうだ。
女の恨みは恐ろしい。あのゲーム内ではハラスメントで黒鉄宮に飛ばされた人間はほぼ外に出られない。性犯罪者と同じ扱いを受けるからだ。
寝ても覚めても閉じ込められたままでノイローゼになる人間もいたらしいので、軍の依頼で慰安ライブをやっていたものだ。
・・・・・・おかげで一部の元犯罪プレイヤーが俺の所に挨拶回りに来るという奇妙な縁も出来たが。
チカンの知り合いというのもどうなのだろう。

「ん・・・・・・」
「?」

と、気が付いたらユウキがさっきから妙にもじもじしている。顔も少し赤いが、どうしたのか。
――トイレだろうか?実はこのアミュスフィアには便意や尿意を知らせる感覚が存在する。何故かと言うと、SAOと違ってプレイヤーは普通に暮らしている人間であるから当然自力でトイレに行く必要があるのだ。
だから、もし万が一寝たまま粗相をしそうになった時に気付かないのでは、ゲームとして致命的な欠点となりうる。よってそのような危機を現実の身体が感じたら、それをアミュスフィアはプレイヤーに速めに知らせるのだ。

しかしユウキが知りたがったのは別の事だった。

「その・・・お姉さんは、その後コイビトとか出来たのかな?誰かを好きになったとか・・・」
「ああ、そっちか。SAOクリア後にギルドの仲間とくっついたよ。ちょっと押しが弱い青年だけど、押しの強い彼女とはなかなかいいコンビだ」
「そっか・・・良かった!」

男に騙されたまま終わったのでは気の毒だから、ちゃんといい人に巡り合えた事を知って安堵したのだろう。相も変らぬ屈託のない笑みを浮かべたユウキにつられて俺も笑う。
何事も、物語はハッピーエンドが好ましい。残念ながらSAOでは悲劇も沢山起きていたが、心の花を咲かせた人も沢山いた。

彼らなりに頑張って悩んで、そして俺がほんの少しだけ背中を押した未来だ。
それを俺は、今では素直に誇らしく思う。

「じゃあ、その人がコイガタキになることはないね!」
「・・・って、気にしてたのはそんな事かよ。誰か取られちゃ困る男でもいるのか?」

ユウキはアハハと笑うばかりで答えなかった。
相変わらず謎が多い奴だ。凄腕プレイヤーだという話は聞いたが、俺は未だに彼女の事を全く知らない。
それとなく本人に聞いてみても、はぐらかされるのだ。知られたくないのだろう。ならば深く追求するのはよくない。

――さあ、今日はここまでにしよう。さて、明日は何を話そうか。
  
 

 
後書き
今回は同じくブルーハーツより「情熱の薔薇」でした。
この作品内で出る歌詞っぽいものは、あくまで本物の方の歌詞を見て受けた主観的なイメージであり、物語キャラはそう感じたという風な内容です。

ちなみにブルハくんは人の名前とかいちいち確認しようとしないので、名乗らなかったら名前を覚えてもらえなかったりします。POHも一度も名乗ってないので名前知りません。声と顔で覚えてます。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧