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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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語り部と火竜と紅蓮


「出ておいで――――――暴食(ベルゼブブ)!」

ビリビリと肌を撫でる魔力に、クロノはミョルニルを強く握りしめた。
ジョーカーは口角を上げたまま、オッドアイを細める。上げた右手に展開する魔法陣から、ゆっくりと何かが現れる。

「箱…か?」

現れたのは箱だった。
空中に浮かぶ巨大な箱は不気味なデザインが特徴的で、全体に禍々しい魔力を纏っている。一見すると古びた宝箱のようなそれを凝視するクロノにクスッと笑いを零し、ジョーカーは箱を見上げ呟く。

「さあ、開くんだ――――――全てを喰らい尽くせ!」

どこか笑うようなジョーカーの声に応えるように、箱がカタカタと左右に揺れる。
その揺れは徐々に大きくなり、カタカタと細かい揺れだったのがガタガタと音を響かせ、古びた鍵が壊れるように開く。
僅かに開いた箱から邪気を感じ取ったクロノは反射的にミョルニルを構えた。
小さく、羽音のような音が聞こえる。

「な……!」

箱が完全に開いた時、クロノは目を見開いていた。
巨大な箱から溢れるように出てきたのは―――――――無数の蠅。
ただの蠅、と言われればそうなのだが、1匹1匹が纏う魔力とその数がクロノを圧倒していた。耳障りな羽音に顔を顰める。何百匹という規模で既にいるというのに、止まる事を知らないかのように溢れ出す。
そんなクロノに、嘲るようにジョーカーは言った。

「これこそ最凶の罪、暴食(ベルゼブブ)。無数の蠅の悪魔が全てを喰らい尽くす!6の罪を簡単に退けた君も、喰われてしまえばお終いさ!」










苦戦していた。
戦いに疎い人が見ても苦戦していると見えるであろう程に、ナツは苦戦中だった。
相手は太陽の殲滅者(ヒート・ブレイカー)の異名を取る少女、シオ・クリーパー。のんびりとした雰囲気に語尾を伸ばす独特の口調、全身緑という全身で不思議を表しているかのような小柄な少女。いつものナツなら、相手がただの少女なら、苦戦するなんて有り得ない。
が、シオの操る魔法―――――“エネルギー変換魔法”がナツと相性が悪かった。炎を吸収し熱エネルギーへ変える、周囲の熱を奪う事で凍らせる、風は気圧の低い方に流れるという特性を生かし小規模の竜巻を起こす等……万能系の魔法は、炎を扱うナツにとっての天敵とも言えた。

「火竜の鉄拳!」
「学習ー、能力のー、ないー、奴ー」

ふぅ、と呆れたような溜息を零しながら、シオの右腕が淡く赤に光る。
その光に魅入られるように炎が揺らめき、ナツの拳を離れシオの右腕に消えた。こんな事が軽く20回は起きている(つまり、ナツは懲りずに炎を出しまくっている)。
息を切らすナツの後ろ姿を見つめるハッピーは驚いていた。

(こんなにナツが苦戦するなんて…魔法の相性が悪すぎるよ。でもオイラじゃどうにも出来ないし、どうすれば……)

どうにかしたい、とは思う。
でも、戦闘系の魔法を持っている訳でもなければ戦う為の体術を身につけている訳でもないハッピーが参戦したところで足手まといになってしまうだけだ。
それを解っているから、ハッピーはただナツの勝利を信じている。

「くっそー……相手が炎なら喰えるってのに」

吐き捨てるようにナツが呟く。
相手は熱エネルギー。ナツが食べるのは炎である為、食べる事が出来ないのだ。熱い物を食べると体力や魔力が回復する、だったら話は別なのだが。
悔しそうにナツが呟いている時、ハッピーの中では何かが引っ掛かっていた。

(あれ…?何か前にもこんな事なかったっけ?)










「出せー!ここから出せー!」

ぎゃあぎゃあと喚くルーを呆れたように見つめたルーシィは、その腕をぐいっと引っ張った。わっ、と驚いたような声を上げポカンとルーシィを見るルーに、溜息を付きつつ言う。

「あのね…出せって言って出してくれる訳ないでしょうが」
「人間気紛れだからね!きっと出してくれるよ!」
「その自信は一体どこから……突然大声出すから、パラゴーネが怯えちゃってるじゃない」
「え?あ、ゴメンねパラゴーネ」
「……寧静だ。憂愁するな」
「大丈夫だ。心配するな、だと」

ぐっと親指を立てるルーに呆れつつ、ルーシィは術式を見上げる。
扉に張り付くように現れた術式のルールは、“塔の中の十二宮が全員倒れるまで、この扉を開く事を禁ずる”。
このルールがまだ適用されているという事は、塔の中に十二宮の誰かが残っているという事になる。
リーダーであるエストは含まれていないようだから、あと1人か2人くらいかな、とルーシィは勝手に予想した。

「し…師匠」
「どうした?パラゴーネ」
「師匠って呼ぶなって言う割に素直に返事するんだね、グレイ」
「うっせえ」

くいくい、とコートを引っ張られ振り返ると、俯くパラゴーネがいた。ただでさえ彼女はグレイの肘辺りまでの背しかないのに、俯かれてしまえば頭しか見えない。声が僅かに震えている気がしたが、表情が見えないのでは何とも言えない。
からかうようなルーの言葉に軽く返すと、グレイは目線をパラゴーネに戻す。

「何かあったのか?」
「……いや、何でもない」
「?ならいいけどよ」

グレイの問いに首を横に振るパラゴーネ。今まで用がないのに呼んで来た事は無かったから妙な違和感を覚えつつ、グレイは扉を睨むように見つめる。

「……」

その後ろ姿を見つめ、パラゴーネは目線を落とす。
ぎゅっと唇を噛みしめ拳を握りしめると、彼女は力なく微笑んだ。










無数の蠅の悪魔。
不気味な箱からうじゃうじゃと飛び出すそれを、クロノは嫌そうな表情で見つめる。虫が嫌いな訳ではないが、見つけるとつい飛びずさってしまうのだ(ティアとクロスと同居していた頃は、どんな虫もティアが無言で叩き潰していた)。

「さあ、どうするクロノヴァイス君。君が行動しない限り蠅の悪魔は増える一方だよ?諦めるようならそれでも構わないが、それじゃあ興醒めだね」

くつくつと笑うジョーカー。
ここに滅悪魔導士(デビルスレイヤー)となったココロがいればどんな悪魔も怖いモノなしだが、生憎彼女はここにいない。序でに言えば、クロノ達は彼女が滅竜魔法を失い滅悪魔法を得た事を知らない。

「ったく……仕方ねえな」

ふぅ、と息を吐いたクロノは、ミョルニルを返した。
そのあっさりとした行動に味方であるレビィ達も敵であるジョーカーも目を見開く。が、ジョーカーはすぐに笑みを取り戻し、残念だというように肩を竦めた。

「諦める方を選ぶのか…残念だよ。君は強いと思ったんだが。まあ、神話を語る程度じゃ罪には勝てない…という事だよ」
「……何言ってんだ?」

首を横に振るジョーカーに、クロノが怪訝そうな顔で問う。
ハッとしたように顔を上げたジョーカーを真っ直ぐに見つめるクロノは、右手を前に突き出した。その顔には変わらず余裕たらたらの笑み(虫がいる為か少し引き攣っているが)。魔法陣が展開し、零れる光が武器を形作る。
それを視界に入れながら―――――クロノは、叫んだ。






「最高神オーディンに命じる!“穂先に誓うは勝利、投げてやるから勝敗を決めろ!”」






右手に握られるのは、槍。
悪神ロキが地底に住む黒侏儒達に作らせオーディンに献上した投槍。この槍がオーディンによって戦場の上に投げられると戦いの勝敗が直ちに決まる魔法の武器であり、その穂先に懸けて誓った言葉は決して破ってはならないとされていた。
そんな槍―――――グングニルの穂先にクロノは勝利を誓うと、力一杯にぶん投げる。
何もない、空中に向かって。

「コントロールが出来ていないようだね、それじゃあ僕には当たらな――――――」

い、と完全に言い終える前に、クロノがニヤリと笑った。
その顔は言葉通りに不敵であり、何かを企んでいるようでもあり、目的があって何もない場所に投げたようで。
嫌な予感がしてジョーカーが槍を見るべく上を向くと、グングニルは真っ直ぐに向かっていた。

「!暴食(ベルゼブブ)を狙って……!?」
「行っ……けええええええええええ!」

ジョーカーの驚いたような声を掻き消す勢いで、クロノが吼えた。
その声に後押しされるように、グングニルは勢いよく箱目掛けて飛ぶ。その穂先がキラリと輝き、近づく蠅の悪魔を容赦なく貫いていく。

「生憎だったな大罪人(クライマー)。お前の魔法…七悪ノ大罪(セブン・ヴァイス)の事は前から知ってんだよ。どう対処すればいいかも、その効果も」
「は……?」
「当然、それには暴食(ベルゼブブ)も含まれる。あのウザったい蠅を消す方法は……」

クロノがそう言って口角を上げた、瞬間。
投槍グングニルが――――――巨大な箱を、いとも簡単に貫いた。

「!」
「発生源である箱を壊す。そうすりゃ蠅共は出られなくなるし、残った奴等はこうやって…風神オーディンに命じる!“その名の語源の通り、問答無用で敵を吹き飛ばせ!”」

目を見開くジョーカーに更に追い打ちをかけるように、クロノは魔法陣から強風を放つ。
悪魔であれ何であれ、見た目は完全な蠅。最高神であり風神であるオーディンの風を前に耐えられる程強くはない。
壊れた箱ごと吹き飛ばすかのような勢いで、無数の蠅の悪魔を一瞬で蹴散らす。

「バカな!だったらもう1度―――――」
「何度やっても結果は同じだろうがよ。それに、そんなのグングニルが許さねえ」

再度魔法陣を展開させるジョーカーの行動を抑え遮るようにクロノは呟く。
訝しげにクロノを見るジョーカーのオッドアイを真っ直ぐに見つめたまま、クロノは目を細めた。

「知らねえの?グングニルはオーディンによって投げられると直ちに勝敗が決まる魔法の武器。確かにオレはオーディンじゃないが、その権利を得る事は出来る。だからミョルニルを簡単に振り回せるし、ガルムやフェンリルは命令を聞く」

雷神トールの武器であるミョルニルは、大きい分当然重い。魔法無しであの重さを持てば、クロノは簡単にぺしゃんこにされてしまうだろう。だから、クロノはトールの権利を得る。トールの怪力を一時的に得て、重いミョルニルを振り回せるのだ。
ガルムやフェンリルだって本来は冥界の怪物であり、クロノが食われてしまう可能性だってない訳じゃない。それを権利によって主だと見做させる事で命令を聞いてもらえている。

「つまり、だ。オレがオーディンの権利を持ってグングニルを投げたとする。どっちが勝つかはグングニルの気分次第だからここは運任せだが、果たしてグングニルは持ち主と同じ権利を持つオレを負けさせるかな?」

ニィ、と意地悪そうに口角を上げ、青い目を細めて。
僅かに上を見上げたクロノに釣られるように上を見ると、グングニルが淡い金色の光を帯びていた。槍身がカタカタと小さく揺れ、その穂先に光が集まる。
気のせいか、穂先はジョーカーの方を向いているように見えて―――――目を見開いた。

「決まったようだ」

そう呟くクロノの声は、どこか硬い。
穂先に集まる光が大きな矢のような形になり、その切っ先をジョーカーに向けている。嫉妬(リヴァイアサン)でルーに変身すれば防げる、と頭のどこかで考えてはいるものの、行動出来ない。
直ちに勝敗が決まる武器。その結果に作用するほどの魔法以外は、勝ちか負けかを認めるしかないのだ。
そしてクロノは、最後に紡ぐ。

「投槍グングニルに命じる。“勝敗を下せ。勝者に栄光を、敗者に一撃を”」

囁くような声は風に乗って溶けるように消える。
クロノの声が消えたのとほぼ同時に。





――――――悲鳴も何もかもを掻き消す光の一撃が、ジョーカーに直撃した。













熱エネルギーがナツの桜色の髪を掠った。
1cmにも満たない長さの髪がふわりと切れ、地に落ちる。が、ナツはそんな事お構いなしに地を蹴り、駆けていく。

「うおおおおおっ!」
「全くー、もうー」

ふぅ、と溜息を付きつつ、シオはナツの周りの熱を奪う。
それによって突き出されたナツの拳が凍りつき、それを溶かそうとナツが炎を出す。そしてその炎をシオが隙をついて吸収する。
見事なまでの悪循環はこれで5回目だ、とハッピーは思った。吸収された炎は変換されて放たれ、また同じ事が繰り返される。
かといって、この状況をどうにかする術がある訳ではない。どうにかしなければ、とだけ思う。
きっとここに彼女がいたら完璧な策を与えてくれるだろうけど、それと同時にこうも言うだろう――――「私を頼ってるヒマがあったら、その無駄な諦めの悪さをフル活用しなさいよ」と。

「くそっ」
「だからー、言ったー、でしょー?私にはー、勝てないー」
「うるせえ!」

吐き捨てるように言うと、もう1度駆け出す。
見た目だけならナツの圧勝を予想するが、実際にはシオの優勢のまま変わらない。
その様子を見つめるハッピーは、先ほどからの引っ掛かりを思い出そうと必死に頭を捻る。

(何だろう、オイラ何か覚えがある…)

その時も誰か相手にナツが苦戦していて、相手にナツの炎が通用しなくて、今みたいにナツは悔しそうで、それをハッピーは見ている事しか出来なかった。
確かそんなナツの隣には同じように悔しそうな誰かがいて、その誰かもナツと同じように炎を操っていて―――――。

(ティア…は水の魔法だから違うよね……マカオと一緒に戦ってるのは見た事ないし)

ナツと共闘する事が多いティアは対極する水の魔導士だし、炎の魔導士であるマカオと共闘している光景は思い出すどころか想像も出来ない。
ハッピーは自分が知ってる限りの炎の魔導士を思い出す。

(最強チームにはいないし、でもナツと共闘したって事はよく行動してる人かな……ルーシィ達以外だったら、ルーとアルカ……あ!)

そこまでいって、思い出す。
ナツのように炎一本ではないが、炎を操る魔導士がいる事を。ハッピーがおぼろげに覚えている光景に当てはめると、誰よりもしっくりくる。

(そうだ、アルカだ!確かナツとアルカが誰か相手に苦戦してた。オイラはそれを見てて、周りには他に誰もいなくて、勝ったんだ……けど、何で苦戦してたんだっけ)

あと1歩なのに思い出せない。それほどまでに影が薄い敵だったのか、それともずっと前の事なのか。1つだけ解るのは、通用しないと解っていながらアルカが炎を使っていたという事。大地(スコーピオン)を取り戻す前だという事になる。幽鬼の支配者(ファントムロード)と戦う前なのだろう。

「火竜の翼撃!」
「吸収ー」

もうお決まりとなったパターンにナツは表情を歪める。
咆哮も鉄拳も翼撃も、全てが通じない。かといって素手で挑めば凍らされ、それを溶かすのに使った炎も利用される。
一撃も当たらない。通じない。何もかもが、無力化される。
それを考えるだけで、ナツの中で怒りがふつふつと湧き上がり――――抑えきれず、爆発した。

「くっそおおおおおおおお!何で炎が消えちまうんだ!納得出来ねえええええええ!」

ゴオオオオオッ!と。
凄まじい熱気と音を周囲に放ちながら、ナツの全身を炎が包む。その中心にいるナツは悔しそうに吼え続け、それに合わせるように炎の温度が上がっていく。

「ナツ!」
「無駄ー、だよー……吸収ー」

慌ててハッピーが叫ぶが、遅かった。
何も考えずに炎を放っていればシオに吸収される。ナツにだって当然魔力の限界があるのだから、あのままではシオはエネルギーを得て、ナツは魔力を失う。そうなれば勝敗なんて一発で解る。
引っ張られるようにシオの右腕に消えていく炎の分を補うかのようにナツの怒りが炎に具現するが、それをもシオは吸収していく。

「んがああああああああああああ!」
「やめなよナツ!そんな事したら負けちゃうよ!」
「納得いかねえんだよ!ちっくしょおおおおおおおおお!」

ハッピーが声を掛けるが、ナツの怒りは燃えるばかり。
いつもなら“どうしようもないね”と片付けるが、今はそれどころではない。シオに勝ち、更にシャロンを倒し、ティアを助けなければならないのだ。それなのにこんな所で無計画に魔力を使っていては、シャロンを倒すなんて無理になってしまう。
きっとそんな事を微塵も考えていないナツを止めようと頑張っても、炎に近づけば火傷してしまうし、言葉では止められないのは実践済み。それこそどうしようもない。

(……あれ?)

ふと、ハッピーの中で引っ掛かりが強くなった。
前にも――――ナツとアルカが誰か相手に苦戦した時も、こんな事があった。こうやってナツがキレて、全身から炎を噴き出していた事が。

(確か……そうだ、あの時はエリゴールの暴風衣(ストームメイル)に苛立ってたんだ。炎が無効化されちゃうから…でも、今はそれとは違う。炎を吸収されちゃうんだから、炎を出すのは敵に魔力を与えてるのと同じ事だし)

漸く引っ掛かりが取れた気がしたが、結局何の役にも立たなかった。
あの時はナツが炎を噴き出していても消えるだけだったが、今はそれをエネルギーとして吸収されてしまう。相手が放つのは床や壁をいとも簡単に焼け焦がす熱エネルギーの波動だ、いくらナツでもそれを真正面から喰らえば一溜りもない。

「あああああああああああっ!」
「懲りないー、奴ー」

雄叫びを上げたまま更に炎を熱く燃やすナツを見たシオはふぅ、と息を吐き、右腕に続けて左腕を伸ばした。
――――――その行動に、更に引っかかる。

(どうして左腕も伸ばすんだ?炎を吸収するなら右腕だけでも十分…今までだってずっと右腕だけで……)

ここまで、シオは右腕しか使っていない。左腕はだらんと下ろしたままで、時折髪を払うのに使う程度だった。それでナツの咆哮や鉄拳の炎を吸収してきた。
なのに何故、ここにきて左腕も伸ばしたのか。ハッピーは考える。

(左腕を伸ばす理由…右腕だけじゃダメだから?必要だから?でも何で?……全部を吸収する為?)

つまり、それは。
“ナツの炎を右腕だけで全て吸収するのは不可能だ”という事を示しているのでは?

(そうか!オイラがお魚をお腹いっぱいまでしか食べられないとの同じで、アイツも吸収出来る炎には限界があるんだ!もう右腕は限界で、だけど今エネルギーを放ったらナツの炎と相殺されちゃう。だから左腕を使ったんだ!)

魔導士が魔力を器一杯にしか回復出来ないのと同じ。
それ以上を得ようとすると溢れてしまう為、限界までしか吸収出来ない。多分シオには熱を吸収する為の器のようなものがあり、今までは右腕の器だけで十分だったのだろう。が、苛立ち炎を一気に噴き出したナツの炎を全て吸収するには右腕だけでは足りない。しかも、今放てばナツの超高温の炎によって相殺されてしまう。
だからこそ、彼女は左腕の器も使い始めたのだ。

(って事は、アイツの器全部を満たしちゃえばアイツはエネルギーを放てないし吸収する事も出来ない!だったらオイラにも出来る事がある!)

今すべきは相手の器全てを満たす事。
つまり、ナツの炎を増幅させればいい。その方法くらい、6年も一緒にいて相棒を務めているハッピーは知っている。
魔法も拳も必要ない。

「ナツー!」
「あ?」

ただ、言うのだ。
ハッピー最大級の演技で、ナツの耳に届くように。





「もう無理だね、ナツじゃ無理だよ。グレイなら勝てるんだろうけど」





ハッピー必殺!“ナツを馬鹿にする”が炸裂した。
馬鹿にするような笑みを浮かべ、無理無理、と手を横に振って、吐き捨てるように言う。
エリゴール戦でも使ったこの手を再度使ってみると、ナツはあの時のように一瞬何を言っているのか解らない、と言いたげな表情をした。
が―――――すぐに、漫画などで見る怒りのマークが浮かび上がる。

「んだとコラアアアアアアアアアアアアッ!」

当然だが、ハッピーの本心ではない。
だが、よく言えば素直、悪く言えば単純からあまり成長していないナツはその言葉をおかしいほどに真っ直ぐに受け取ってしまった……それを狙っていたからいいのだが。
火に油を注ぐように、ナツの炎が更に燃え上がる。辺りを熱気が漂い、シオのとろんとした眠そうな表情が初めて崩れ、目を見開く。

「増幅ー……?これ以上ー…増えるー…!?」
「んがああああああああああああ!」
「容量をー……超え……!」

シオの頬を汗が伝う。それはきっと暑さ故ではない。
目の前で炎を噴き出すナツは、限界を次々にぶち破っていくかのように炎を増幅させ、更に熱気を纏う。左腕でも足りず、右足と左足の器も使うが、まだ足りない。

「何が何でも倒してやるよォォォオオオオオオ!」

吼え、地を蹴る。
シオの目が見開かれ、咄嗟の防御か両腕を顔の前でクロスさせた。

「火竜の――――――」

全身の炎を両腕に集中させる。
巨大な炎の翼のようなそれを、ナツは薙ぎ払うように力強く振るう。






「翼撃!」



炎の翼が薙ぎ払う。
宙を舞った全身緑の少女が、ドサッと地に落ちた。









息を切らす。
視界にいる自分にそっくりの顔を睨みつけると、その顔は目を伏せた。まるで目を合わせるのを拒んでいるかのようで、アルカは更に苛つく。
ああやって、敵である事を苦しむかのような素振りを見せて。
それでも敵なのに変わりはないから、何故か手の抜いた攻撃をして。

大火大槌(レオハンマー)!」
「……水流」

炎のハンマーをエストの杖から放たれた水が掻き消す。
そうやって、一撃使う度に表情を歪めているのに本人は気づいていないのだろうか。
だとしたら尚更タチ悪ィ、とアルカは声には出さず、心の中で吐き捨てるように呟いた。

「お前等は何がしたいんだ。ティアを狙って……アイツに何がある。あんのは超攻撃特化魔法に知識だけだ、捕まえてまで必要なモンなんてねえだろ」

彼女の“星竜の巫女”としての能力を知らないアルカの言葉に、エストは顔を曇らせる。
それが演技なのか、それとも素なのか。アルカには解らない。最後に会ったのは14年前―――アルカが5歳の時だし、そんな昔の事を覚えていようとも思わない。
だから目を伏せるのも顔を曇らせるのも、全てが演技にしか見えないのだった。

「……お前、さっきから何なんだよ」
「え?」
「そうやって目を伏せて顔曇らせて……息子と敵対するって事実がそんなに嫌か?」

その声に苛立ちが強く含まれる。
それに気付いたのだろう。エストはハッとしたように目を見開き、右手で顔半分を覆った。その顔の右側を覆う仕草は見慣れた自分の仕草と似ていて、更に苛つく。
無意識のうちに舌打ちをして、見ていられなくなって目線を右に逸らした。

「嫌だ……と言ったら、どうする?」
「は?」

突然呟かれた声に、目線を戻す。
エストは真っ直ぐにアルカを見つめ、再度口を開く。

「本音を言えば、敵対したくない。お前の相手、という立場から逃げ出せたらどれだけ幸せか。子を捨てた親の分際で何を言うかと思うかもしれないが…私は、今でもお前を息子だと思っている」

それを聞いた瞬間、アルカの全身を何かが駆けて行った。
足から上るように駆けるそれの正体が解らず、頭に入り中で溶けるように消えても解らない。
ただ、気づかないうちに震える声で呟いていた。

「……やめろ」
「本当に…本当に悪い事をしたよ、お前には。当時“あんな事”があって、お前をこれ以上闇に触れさせるまいとした事が、結果的にお前を傷つけてしまった」
「やめろ……」
「ミレーユを間接的に殺し、お前を孤独にしたのは私達だ。それに加え仲間であるティア嬢を苦しめて、ルーレギオス君の故郷を滅ぼして……本当に…本当に悪かっ――――――」
「やめろっつってんだろうがああああああああ!」

エストの謝罪を吹き飛ばし掻き消すように、アルカは叫んだ。
耳を塞ぐように両手を当て、現実から目を背けるように目を瞑り、ありったけを吐き捨てるように叫ぶ。
全身を熱い何かがぐるぐると駆け巡り、アルカの中の何かを呼び覚ます。

「謝罪なんざ求めてねえんだよ!お前はオレの親じゃない!何があったって認めてやらねえ!今更親面すんな!姉貴を殺したくせに……オレを捨てたくせに!」
「……マズイ、よせアルカンジュ!」
「姉貴も親も何もかも失って、オレがどんな思いで帰りを待ってたと思ってんだ!帰って来るってどこかで信じてた!帰って来ないってどこかで解ってた!だけど帰って来てほしかったんだよ!なのに…なのにお前等は!」
「ダメだアルカンジュ!それ以上言うな!」
「ずっと探してた!探して、やっと会えたと思ったら敵?ルーの故郷を滅ぼした?ふざけんな!それで勝手に罪悪感抱いて手加減されてちゃ腹立つしたまんねえよ!こんな……こんな再会望んでない!オレは……こんな再会なら、会う事なんて望まない!こんな再会するくらいなら、会えない方がマシだ!」
「アルカンジュ!」





「アルカ!」





我を忘れて叫ぶアルカを引き戻したのは、女性の声だった。
柔らかく優しい声。それに引っ張られるように、アルカは顔を上げる。強張っていた表情が溶けるように柔らかくなり、正気を取り戻していくのが自分でも解った。
ウェーブする銀髪にワインレッドのドレス、心配そうにこちらを見つめる色素の薄い青い瞳。
震える声で縋るように、アルカはその名を呟いた。

「……ミラ」 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
詰め込みまくりました。ようやく塔の中での最終決戦が終わる……。
てゆーかこの話金曜日辺りから書いてたのに月曜までかかるって…体力の無さが原因ですね、はい。

感想・批評、お待ちしてます。 
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