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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
  第二節 期待 第一話 (通算第66話)

 
前書き
ブライト・ノアは事態収拾後にティターンズ司令部に乗り込んだ。だが、そこで待っていたのは選民思想で育まれた歪なエリート集団だった。ガンダム奪還を目論むバスク・オムとジャマイカン・ダニンガン。汚名返上を願うジェリド・メサ。エリートを乗せて旗艦アレキサンドリアが往く。

君は刻の涙を見る……。 

 
 事情を察したメカマンが、オープン回線で緊急事態であることを告げた。
――《ガンダム》のパイロットがノーマルスーツを着てないんだ!
(なんだとっ――なら、さっさとハンガーに移動させろ!ティターンズの追手が来る。大尉たちを帰艦させなきゃならん!)
 甲板員と整備兵の動きがにわかに慌ただしくなった。管制官が後続の帰艦待機中のMSに指示を出し、中に待機していたデッキクルーたちも駆けつけてきた。
――急いで《ガンダム》をゲートに移動させろ!
 黄色のノーマルスーツを着た整備兵が接触回線でメズーンに指示を出した。口調から整備長だろうとアタリをつける。メズーンはデッキクルーの誘導に従って《ガンダム》をMSハンガーに移動させた。初めての艦の甲板での移動はオートに出来ない。だが、マニュアルではなおのこと勘が掴めなかった。
 慎重に動かす。だが、非情にも手許のコンソール上で空気圧の警告灯が明滅し始めていた。まだ予備の触媒が生きているのか、気圧は下がっているものの、辛うじて寒さを感じるレベルを保ってくれてはいたが、空気漏れは続いているのだ。
《ガンダム》が艦体中央部のMSハンガーに収まると、クルーが緊急閉鎖を叫んだ。カタパルトとハンガーを隔てる鉄扉が急ぎながら――だが、ゆっくりと閉まっていった。窒息死の恐怖が再びメズーンを襲う。
(早く、早く、早く……!)
 緊急閉鎖だというのになんて遅いんだっと《アーガマ》を罵った。緊急閉鎖がスローモーションにしか感じられぬほど、追い詰められていた。心臓が早鐘のように鳴る。警告灯が点灯し、アラートが鳴り響いた。
「早くしてくれっ」
 カラカラに渇いた喉から絞り出した焦燥は嗄れた老人の声に似ている。空気が薄れ、湿度が下がっただけなのだが、メズーンは自分の声に死が間近に迫っているのではないかと恐れた。
「助けてくれよっ!」
 絶叫がコクピットの全天周モニターに跳ね返り霧散した。寒い。所詮人はひとりなのだと強制的に認識させられるのが宇宙だとも言えた。そこには温もりはなく、宇宙服を着なければ人は一分とて生きていられない。
 脳裏に高校時代に観た映画のクライマックスシーンが横切る。部活の仲間と観に行った映画だ。一年後輩のランバンが出演している女優を好きだとかで行くことになったのだ。被弾したムサイから脱出したジオンの女性士官役の女優が最期に言った台詞が「空気を一滴だけ……」だった。パイロットを目指していたメズーンにとって忘れようにも忘れられない衝撃的シーン。その苦しみ方がリアルで、ランバンなどは女優の迫真の演技を絶讚していたが、メズーンにはある意味でトラウマだった。出撃に際しては、触媒のチェックを怠ったことはない――メカマンに任せきりにしないと機付長にドヤされたことがあるほどだ。
(あの女優の名前は――)
 その時、警報が鳴り止んだ。《ガンダム》の後ろでゲートが完全に閉まる。青々とした“エア”のグリーンランプが神々しく点灯していた。
 全身の力が抜けた。グリップから指が剥がれない。強張って、まるで瘧のように全身が震えていた。涙と汗でくしゃくしゃになった顔をプシューという音とともに開いたハッチに向けた。
「ほら、降りなさい。メズーン・メックス」
 目の前には赤毛の癖毛をウルフカットにしたレコア・ロンドが、バイザーを上げてハッチから覗き込んで手を差し伸べていた。化粧っ気はないのに血のように赤い唇がメズーンを捕らえて離さない。
「あ、ありがとう。レコア・ロンド……」
 どれくらい経ったのか。ようやく喉の奥から絞り出した声は、嗄れきっている。
 伸ばしてくれた手を掴もうとするも、死の恐怖から解放された体は脱力感に冒され、マトモに動こうとはしなかった。柔らかく、仕方ないわねと笑って手を解してくれたレコアの手は、ノーマルスーツ越しにでも温かく感じた。
 数分後、レコアに支えてもらいながら、MSから降りたメズーンは、そのままガンルームに通され――いや、連行された。そこにはブレックス、ヘンケンら《アーガマ》の幹部が今や遅しと待っていた。
「メズーン・メックス中尉か?」
「は、はいっ」
 ようやく生還の実感が湧いたばかりのメズーンが身を硬くした。目の前に、エゥーゴの幹部がいるという事実が緊張させていた。
 ここで信じて貰えなければ、何のために犯罪者になるのを覚悟して《ガンダム》を奪取したのか解らなくなる。レドの手引きであることは知られていないのかも知れない。迂闊には話せなかった。
「君は、ティターンズではないのだな?」
「はい。サイド7防衛大隊所属であります」
 即応するメズーン。
 ブレックスはレコアが書いたレポートと軍のデータベースを確認した。姓名、生年月日、家族構成に問題はない。が、スパイでないとは言えなかった。
「士官学校は何校かね?」
「出身はサイド7ですからフォン・ブラウン校にしか入学許可は下りませんでした」
 九つある宇宙軍士官学校の内、オーガスタのニュータイプ研究所内のものを除けば、スペースノイドが入学を許されているのはフォン・ブラウン校だけである。
「ハイスクールは?」
「サイド7〈グリーンノア〉のノルドール高校です」
 ブレックスがヘンケンに目で合図した。頷くと席を外す。サイド7のことは出身者に聞くのが早い。カミーユとランバンを連れてこいという意味だった。 
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