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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
  第一節 追撃 第五話 (通算第65話)

 呼び出しが掛かってから、エマは真新しい下着に取り換え、紺を基調としたティターンズの制服に袖を通した。詰襟は男のようで好きではなかったが、いまさらスカートを穿く気にはなれないのは、父の夢を実現させたかった幼き日々の思いが、習慣化してしまったからだろうか。
 汗が少しだけ気になる。時間があれば、シャワーを浴びて、気分を爽やかにしたいところだが、今は緊急召集である。そんな暇はなかった。ただ、死と隣り合わせの戦場に出るのだから、せめて使い古しの下着のままは厭だと感じ、軍人といえど女なら、それぐらいは赦されると考えるのがエマだった。
 支度を終えたエマがブリーフィングルームに入ると既にジェリドとカクリコンは着席していた。後方にひとり――あれは《ガンダム》の設計士ではなかったか。最初の訓練の時に機体の説明をした技術士官。名前は確かフランクリン・ビタン大尉――が立ったまま壁に寄っ掛かっている。前方には――
「遅いぞ」
「すみません」
 素っ気なく返す。それでも、謝罪するのがエマらしい。
 咎めるような、皮肉屋っぽい擦れっ枯らした声はジャマイカンだ。が、別段エマに落ち度がある訳でも、遅刻した訳でもない。単に全員の――特にジャマイカンの来るのが早かっただけだ。
(なんだろう……?)
 少しだけザラついた苦い空気。嫌な感じだった。肌を刺すような、まとわりつく、嫌いな男に身体を触られたような感覚。心のざわめきが治まらない。もう一度、訳もなく室内を見回した。
 ブリーフィングルームは閑散としている。ブリーフィングは通常パイロットだけではなく、整備長、砲術長、通信長、機関長など各科長や副長や班長が兵も連れて顔を出すため、座席が足らず、兵たちは後ろで立つことになるほどだ。だから、違和感を覚えたのだろうか――いや違う。そういうことではない。エマは自分の感覚に戸惑っていた。
 論理的に考えれば、攻撃するには、整備班や甲板員が居ないこと、さらにパイロットではないフランクリン技術大尉の同席は不自然である。
 何かある――エマは作戦を額面通りに受け取らない方がいい感じた。それにしても、こんな風に感じるようになったのはいつからだったか?――過去に思いを馳せ、思考の迷宮に入り込みそうになった時、ジャマイカンの声に遮られた。
「これを見てもらおう」
 エマの着席を待って、ジャマイカンが指示棒で操作する。前面にあるスクリーンに映った航宙図が拡大され、敵艦と味方艦がマーカー表示される。展開予定のMSが三機。出撃が予定されているのは《ガンダム》と《クゥエル》二機だ。敵艦を攻撃するには少なすぎる。
「これは…」
「何を考えている!これじゃ、死にに行くようなもんだぞっ」
 カクリコンが口を開いた瞬間、ジェリドが怒声を被せた。直情的な上に短絡的な性格でチームのムードメーカーではあるが、上官に対して反抗的であり、ジャマイカンが最も手を焼いている。
「黙らんかっ!……ジェリド中尉、今回の出撃は貴様に汚名返上の機会を与えやろうというのに、何だその態度は。本来なら始末書提出の上、減棒ものだぞ!」
 いきり立ったジェリドをジャマイカンが一喝しする。恩着せがましい言い方であったが、不始末を不問に付したのはジャマイカンであるため、引き下がざるを得なかった。引っ込むにしても悪態を吐くのを忘れないのがジェリドである。カクリコンは戦闘した上で機体を強奪されたが、ジェリドは被弾もせず墜落して庁舎を破壊した上に強奪されているため、本来ならば降格されてもおかしくない。
「この作戦は交渉だ。白旗を掲げて敵艦に赴いてもらう。バスク大佐からの親書を渡し、即答をもらって帰投せよ。フランクリン技術大尉には、艦橋にて敵の新型MSを観察してもらいたい。」
 一同を見渡す。もし本当にそれだけならば三機も発進する必要はない。訝しがる空気を無視して、ジャマイカンは口を接いだ。
「エマ中尉は白旗を携行し、《ガンダムマークⅡ》で出撃」
「はっ」
 ジェリドとカクリコンが顔を見合わせる。
 不名誉な墜落と強奪の汚名――二人は共に脛に傷のある身とは言え、三人は同階級であり、先任士官であるカクリコンが、筆頭の扱いを受けている。そのカクリコンを差し置いての抜擢だ。妬みなどではなく、純粋に驚いた。
「ジェリド中尉は《クゥエル》でエマ機を護衛、指定のポイントにて命令書を開け。此方から攻撃を仕掛けるなよ」
「はっ」
 蜜蝋で封をされた正式な命令書だ。指名命令書を授かることは同格のパイロットより箔がつくことを意味する。
「カクリコン中尉はエマ機に同行し、艦外から機体に近づく者がいたら排除せよ」
 無邪気に喜ぶジェリドを横目に、気の乗らないカクリコンは挙手をした。
「少佐、質問があるんだが…?」
 ジャマイカンからすれば格下の士官にタメ口を利かれたことになる。だが、パイロットというのは、すべからくこうであった。こう言う口の利き方を許されていると言ってもいい。それは船乗りと航空機のパイロットの関係に酷似していた。
「何だ?」
「本当に《ガンダム》の奪還が目的なのか?」
 カクリコンの口調には不信感が漂っていた。パイロットは命を張って最前線に赴くが故に駒として扱われるのを嫌う。カクリコンはジャマイカンからその手の匂いを嗅ぎ付けていた。
「当然だ。そのための交渉にエマ中尉を遣るのだぞ?」
「……ならいい」
 カクリコンはそれきり一言も言わずブリーフィングルームを後にした。 
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