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蒼穹のストラトス

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質問-しゅうげき

 
前書き
OPテーマ【Shangri-la】蒼穹のファフナー より 

 
「手塚。そっちは今どうなってる?」

竜宮島の中枢、“アルヴィス“のとある格納庫。
小楯保が部下である手塚一平に声をかけたのは、この格納庫でひっそりと眠っている一機の巨人に関することだった。

「こっちは一番と二番、それから十一番以外が欠番状態ですね……ああ、それと例のアイツ、チェックが終わったらしいですよ」

「そうか……ウチも欠番機を除くMモデルが修理完了ってところだな」

二人の他にも、大勢の男女が格納庫には入り浸っており、皆それぞれやるべきことを大急ぎで走り回っていた。
それだけ敵の驚異がすぐそこに迫っているおそれがあるという事で、それはつまり急がなければ島に住む人々の命が危険にさらされるという事だ。

「にしてもアイツか……まさかあいつが動くところをこの目で見る日がくるとはな……」

どこか感慨深そうに、しかしそれでいて難しい顔をする保。
二人の間で飛び交う零番機というのは、それだけ危険で恐ろしい代物だというのがよくわかる。そんな恐ろしい代物がこうして後輩たちと肩を並べられるのは、それを扱える人材がこの島にやってきたからだ。

「おっし、んじゃ早いところ手前の仕事を終わらせて一杯飲みにでも行くか」

まだ朝方前ですよ~というからかいの声が響き渡る中でも暗い気分を打ち払うかのような保の一言は、近くの作業員たちにも影響を及ぼした。
その他の作業員たちが若干呆れながらも今流れている風と雰囲気が、平和の証のようで誰もがそれをこなく愛していた。




━━もうじき、それが消えてしまうということも知らずに……



海から太陽が顔を覗かせている。
夜がもうじき終わり、新たな朝が始まろうとしていた。そんな夜明けに海岸線を走る人影が一つ。
黒いジャージに身を包みこみ、肩にタオルを引っ掛けて走る少年、織斑一夏だ。夜明けに行っているこよランニングは半年前━━この島、竜宮島に来てからの彼の日課だ。
曰く体を鍛える、気分転換を兼ねているとの事。海岸線が太陽の光で照らされ始めている中、彼は黙々と走り続ける。

「ふぅ……」

目的地である港に到着すると、腰に結んでいたペットボトルを取り出して温くしておいた水を口にする。それから朝日を暫し眺めると、今住んでいる一人暮らしの家へと走り出した。

「あら一夏くんこんにちわ。健康的で良いわね~」

「こんにちわ、日課ですから」

途中、知り合いのお婆さんたちと簡単な会話などをしながら家へと到着した。そこでふと、視線を反対側に向けてみると、そちらにはお隣さんである真壁史彦の作業場が明かりを灯していた。どうやら一夏がランニングをしている間に山へ土を取りに行っていたようだ。
史彦は竜宮島の中枢“アルヴィス“の司令代理を務める裏の顔と、皿や茶碗などを作っては売り、それで生計を立てているいわゆる陶芸家という表の顔を持つ。ちなみに作り出される作品は爆発的と断言しても良いくらいに壊滅的に形が悪い。それはもう、途中で嫌になって握りつぶしたんじゃないかと疑うほどに歪んでいるのだ。余談だが一夏の家にある食器類はすべてその史彦作によるものなのだが、倒れないのが奇跡だと言わざるを得ないバランスの悪さに、そのうち自分で作ってみようかなんて思い立つ日が時たま起こる。
以前ふとしたきっかけで近所の人たちには"芸術家さん"と言われていることを知ったが、なぜあんなものが売れているのだろうか━━というのが、この世界の七不思議に思えて仕方がなかった。

「……あっ」

不用意に他のことを無意識へと沈み込みすぎてしまっていたのか、趣味として始めている釣り竿が緑色の結晶に包み込まれてしまったのに気付いたのは家に入って一度着替えてからあらかじめ用意しておいた釣り道具を手にとった時に、餌が切れていたことを思い出した直後のことだった。
コア型のフェストゥムと化した今の一夏の状態は、こうして触れた物質を同化させてしまうことがまれに存在している。遠見千鶴の薬のお陰である程度抑えることができるのだが、きちんと飲み続けていないとすぐに触れたものを無意識に同化しようとしてしまうのだ。
同化から解放することもできるのだが、この島の子供たちはまだ自分の存在を知らない。それが何を意味するのか……そしてそれによって起き得る結果は火を見るよりも明らかだ。

ひとまず釣り竿を結晶から解放してやると近場の釣具屋で餌を購入。準備を整え終えた一夏は目的地を目指すべく山の方を脚を向けた。



朝日が昇ってからすでに数時間。途中朝食のおにぎりを何個か頬張りながら山の中を歩く一夏はウキウキとした気分でいた。
竜宮島は人工の島だ。が、自然の生物はきちんといる。それはここに生を育まれる子供たちが真実を知るまででもせめて明るく元気に過ごして欲しいという一種の親心と、今は滅んだかつての日本の姿を忘れたくないという大人たちの想いからなされていた。
そんなわけで山の中に生息する魚は、日本で釣れる魚から外国の魚まで種類は様々だ。つねに移動を続けている竜宮島ならではな豊富さだ。フェストゥムの驚異がなければ、観光スポットとして一躍有名になっていたのかもしれない。
そういえばこうして釣りをするのは中学に入ってからはあまり━━というか全然無かった気がする。なにせバイトやら何やらでとにかく忙しかったものだからな……
逆に小学校の時ならクラスメートや近所の下級生たちと一緒に行けるときはとにかく貰い物の竹竿で駆り出していたのは、今でもよく覚えている。
そんなことを考えながら山道を歩いていると、川のせせらぎが聞こえてきた。

「おっ」

日光をきらきらと反射する川は、それなりに川幅のある場所で、大きな岩がどしんと構えていた。

(あの上で釣りをしたらさぞかし気持ち良さそうだな)

ここは釣り仲間の溝口恭祐が教えてくれた場所で、まれに珍しい魚が釣れるという専らの噂があるとかないとか……。兎にも角にもこんな素敵なポイントを教えてくれた恭祐には感謝しておかないといけない。
手土産に何匹か魚を献上しようかなどと考えながらさっそく手頃な岩から岩へと登っていき、一番大きな岩の上に着いた。
釣り針に今朝購入した虫餌を釣り針に通して、水面へと投げる。あとは、ぼーっと心静かに待つだけだ。

(はー、落ち着く……)

釣りというのは良いものだ。
広大な海というのもいいが、喧騒から離れ、山の中で一人身を静寂へと委ねるのもまた良い。
穏やかなときの流れの中、風の音と水の音に心癒され、しばし思考の空白を楽しむ。
それが一夏にとっての釣りだ。魚を釣ることも大事だけど、というよりも、小学校の時ではそちらの方がメインだった気がするが、最近釣りを再会してからはもっぱらこう思うようになっていた。

(とくにここ最近は訓練で忙しかったからなぁ……)

一夏はいずれ島に襲いかかってくるであろうフェストゥムの驚異に対抗するため、アルヴィスで訓練を受けている。
最初は同化のコントロール。次に急激に高まった肉体の違和感を無くすこと。そして━━

「っと、きたきた……」

少し値が張った釣り竿が数回引っ張られる。深めの川で姿はまだ確認できないが、力の強さからしてこれはいきなり大物だろうか?
幸先が良いことにうかれつつも焦らず慎重に竿のリールを巻き上げていく。

「おっ、おお……っと……こいつは……………おおっ?」

徐々に強まっていく獲物の力。その証拠に最初よりも竿がぐんぐんと曲がっていく。対する一夏は竿を壊さないよう移動したり竿の向きを変えてみたりと獲物を疲れさせようとする。
やがて、うっすらと浮かび上がる影が一夏の視界に入った。影の大きさは一夏の胴体くらい。とても川に生息できる生き物とは思えなかったが、兎にも角にも竿をぎゅっと握り締めてその瞬間を待ち望む。

「このっ………」

水面から見えるデカさに見合って、重量も相当なものなのだと理解していると竿の先端が今にも水面と接しようとしていたところだった。
━━仕方ない。奥の手を使うとするか……
竿と糸の強度具合を確認して、これ以上長引けば切れてしまいかねないと悟った一夏は、まず精神を統一させるかのように瞳をゆっくりと閉じた。
頭の中がクリアーになり、様々な神経、感覚、意識、思考がクリアーな世界の先にいる“彼女“と繋がる。
すると頭の中でこの状況と一夏、そして獲物の情報が繋がっていき、そして共有されていく。
どうやら獲物の疲労は溜まり具合が良く、もう一押しといったところのようだ。ならば、これ以上手札を切る必要はないだろう。
右へ引っ張っていた竿を、とたんに左へ傾けてから再び右に振る。突然の連続にとうとう抵抗する力が弱まってきたところをとどめと言わんばかりに竿と糸の強度も無視して大振りに振り上げた。

「ビンゴッ!」

針が縫いつけられた糸が一夏の目の前にまで近寄せられる。
本来ならば針の見えるべき場所には、代わりに特大の淡水魚がピチピチと暴れている元気な姿が視界に映し出されていた。
それと同時に繋がっていた感覚が途切れるのも感じられた。

「さて、どうするかな……」

これだけ大きな魚だ。“彼女“に直接見せてやれば喜んでくれるだろう。
しかし接続を切ったということは、お楽しみは最後にとっておくという彼女なりの意思表示であり、それはつまりもっと色々なものが直に見てみたいという無言のお願い事にもなっていた。
本当にお姫様だな~なんて漏らし掛けた口を慌てて閉じてから一夏は再び糸を水面に垂らした。



大量の川の水を入れた持参のクーラーボックスに魚が詰まりきり、一夏が釣りを中断したのは、それから四時間も過ぎた頃だった。あれ以来大物は釣れず、食らいついたのは一般的なサイズの淡水魚だけだった。
川を離れて最初に頭の中を通り過ぎたのは、今日の夕飯は何にしようか……ということだった。昨日釣り上げたタコをたこ焼きにして一騎たちを呼ぶのもアリだが、どちらかというと刺身派の一夏には海鮮丼や刺身定食も捨てがたかった。
一人暮らし故に凝った食事を作ることが多いので、前々からあった料理のレパートリーはこの半年間でさらに増大していっていたのだ。

「うーむ……よし、今日は唐揚げにしよう!」

この前テレビでやっていた唐揚げ特集のいくつかを脳裏に思い浮かばせる。
こちらに来る前からアニメよりバラエティーやグルメ番組を視聴していた彼には、この島の不満点であるローカル番組だらけのテレビは、一夏にはあまり意味をなさないようだ。
それからしばらく目的の場所へ歩き続けていると、途中で学校帰りの学生たちや大人たちの姿が目視できた。半分がフェストゥムである一夏はこの島唯一の学校であるあそこに通うことはせず、独学で勉強を続けていた。
半分が人間をやめたこの姿で学校へ通うことに抵抗を覚えていたからだ。一夏の事情を知っていてくれるアルヴィスの面々も、それで納得してくれている。
そうこうしているうちに辿り着いたのは山から直接海がよく見える木々が開けていて広々とした空間と、密かに隠された洞窟だった。一夏の目的地というのはこの洞窟のことであったのだ。
ふだんは子供たちに見つからないようにこの島に使われている偽装鏡面と同じ物を使用しているが、今この場にいる人物が一夏だけだと“彼女“が理解しているため、偽装鏡面は解除されていた。
迷うことなく洞窟の中に足を踏み入れる一夏。
洞窟の中に入った先にあったのは、赤い光に照らされた施設だった。
中央にある水槽のような物が赤い光の正体で、これこそが一夏がここに訪れた目的そのものだった。

「やあ乙姫(つばき)ちゃん。今日も活の良いのが釣れたよ」

そう言って一夏は肩に下げていたクーラーボックスを床におろして、そこから先ほど釣り上げた大物を水槽に見せる。水槽の中に、一夏の言う乙姫なる人物の姿はどこにもない。しかし、彼女は確かにそこにいるのだ。
少なくとも、一夏の瞳には確かに彼女の姿が映っていた。

「━━えっ?」

次の瞬間、一夏の表情に曇りが差した。それは突然のことに困惑したような、あるいはたった今知らされた出来事に驚愕したような、もしくはその両方ともとれる表情だった。

ヴゥー!ヴゥー!ヴゥー!

けたたましいサイレンの音が辺りに響き渡ったのは、まさにその時だった。

「……そうか。来てしまったんだね」

落ち着きを取り戻した一夏は、どこか達観したような表情を浮かべて、水槽を見つめる。
このサイレンが何を意味するのか、一夏は知っている。
神様が俺たちにくれた、嬉しくて悲しい、俺たちだけの物語。その序章を知らせるサイレンこそがこれなのだ。

「大丈夫。俺はここにいる。何時までも……何時までも……」

まるで不安がる年下の子供をあやすように、一夏は水槽をそっと撫でた。
そして、釣り上げた魚とクーラーボックスをその場に置き去りにしたまま、一夏は洞窟━━“ワルキューレの岩戸“を抜け出したとたんに、即座に走り出していた。
岩戸に入る前まで西にあったはずの太陽が、反対側に見えることから、偽装鏡面が解除されてヴェル・シールドが展開されたことが容易に想像できる。
岩戸は直接一夏の新たな目的地へと続かない。そのため一端岩戸をでてから山を下り、アルヴィスへ続くゲートを開かなくてはならない。
と、思っていたその瞬間、一夏の目の前にそのゲートが地面から生えだした。彼女が━━乙姫が手助けしてくれたのだ。
彼女の好意を素直に受け取った一夏は、ゲートから地下へと潜る。

この時、島の大人たちと一部の子供たちは悟った。たった今からこの島の平和は、敵に蹂躙されたのだと。 
 

 
後書き
EDテーマ【Life Goes On】機動戦士ガン ダムSEEDDESTINYより

次回予告
何処にもいなくなってしまった平和な時間。
竜宮島に突如として出現した“敵“は、大切なものを奪っていこうと襲い掛かる。
しかし、人類もただやられていてばかりではない。かつて宝を守るために竜となった巨人━━ファフニールの名を関した島の守護神。その名は“ファフナー“。

次回、蒼穹のストラトス 第三話 崩壊-まくあけ

『あなたは、そこにいますか?』 
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