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蒼穹のストラトス

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消失-わかれ

 
前書き
OPテーマ【Shangri-la】蒼穹のファフナーより 

 
第二回モンド・グロッソの熱も覚めやらぬ中、一夏は重い足取りでフラフラと街中を歩いていた。数時間前に知らされた真実が、未だに彼の中で尾を引いているのだ。
日が沈み、間もなくして小降りの雨が降り始めた。そこまで大した雨量ではないのだが、傘をささずにいた一夏はゆっくりと雨に濡れていった。

(千冬姉……)

弟たちのために家を空けてまで潤いをもたらそうと頑張り続けていた大事な家族。どんなときでも必ず守ってみせると誓ってくれた姉。
しかしそれが、実はもう一人の弟、春十にのみ向けていた言葉で、自分のことはついででしか思っていなかったのではないのか?と考えてしまうと、これから向かうべき場所へ向けることに恐怖を抱かされた。

(あの家に……)

14年間、家族と共に過ごしたあの家での時間を思い出す。
次には通っている学校。他にも近場の遊び場や、道場。そこで出会った人たちのことが脳裏を駆けては消えていった。

(俺は、いなかったのか……?)

他のみんながどうだったのかは、わからない。ただ、姉はきちんと自分を見てくれていたのだろうか?
彼女は自分の存在を肯定してくれていたのだろうか?疑念がさらなる疑念を呼び、いつしか一夏は路地裏の一角に丸まって打ち振る得ていた。

わからない。

千冬姉にとって俺ってなんなんだ?

俺はいらない子だったのか?

それとも単なる気まぐれだったのか?

あなたは俺にどうして欲しかったんだ?

俺はなにが駄目だったんだ……?

俺は━━━



















━━━どこにいたんだ?

こつん、とつま先になにかが当たる。何だろうと気になって確認してみると、それ緑色の結晶━━その欠片だった。
雨雲で覆われた空に掲げても、日差しの隠れた今では反射することもなく己の光のみを照らしているが、それでも十分な美しさだと一夏は思った。

━━誰かの落とし物だろうか?━━

仮にそうだと仮定して、どうしてこんな路地裏にこんな如何にも高価そうなものが落ちているのだろうかと疑念を抱いたが、とりあえずはこれを交番にでも持って行こうと判断を下した。

『あなたは、そこにいますか?』

━━その声が聞こえたのは、その直後だった。

「━━え?」

突然脳裏に響いた声。それは、心を撫でるような、ひどく透明な声だった。手に握り締めていた緑色の結晶が眩いばかりの光を放ったのは、その直後だった。

「なっ…………!?これは……!」

あきらかに異常な現象が、目の前で起きていた。まるでアニメの超展開のごとく眩いばかりの光を放っているソレは、一夏にこれからとんでもないことをしでかそうと目論んでいるような、もしくは助けを求めているような、そんな風に考えさせられた。

「お、俺は……」

先ほどの問い掛けに答えるべきか、否かで戸惑いを隠せずにいる一夏。普段でももちろんのこと、つい先ほど自分がどこにいるのかもわからなくなってきたところで、そこにいるか?なんて聞かれても咄嗟に答えられるはずが無かった。
そんな彼に、時間が無いのだと言わんばかりに緑色の結晶はその光をより強く放出した。

『我々は、私によってお前に希望を託す』

先ほどよりも暖かく、母親のように優しい声を最後に、一夏は意識を手放した。



世界のどこかに必ず存在する島。“竜宮島“。現代から切り離されたかのような昭和の雰囲気を残したこの島は、のどかで平凡で、そして平和だった。
そんな島の光景を、一夏はただただ傍観することしか方法がなかった。
一夏はさきほど引きずり込まれた空間の中での出来事を思い返した。



『我々は近いうちにこの世界を覆い尽くしてしまうだろう』

視線の限りにまで続くただ真っ白な空間━━否、世界とでも言うべきでありうそこに、一夏ともう一人はいた。
もう一人は一夏の目の前で女性の形を取っていたが、それが人間ではないということがそのときの一夏にはなんとなく理解できた。

『しかし、私はそれを望まない。だというのに、私には我々を止める術がない』

人間としての外見はだいたい二十代程度の若さだろう。その言語はかなり意味が不明で、まず“我々“がなんのことを指すのかが気になって仕方がなかった。

「どういう……ことなんですか?」

だが女性?に聞いても知ることはできないだろうと言うよくわからない直感に従い、一夏は他のことを聞き出そうとした。

『じきにわかる。━━━とにかく私はあらゆる手を使って我々の道を阻もうとした。そして、私は我々を止めるためにある結論に至った』

「結論……?」

『それは遠い時空から巨人になるだけの資質を持つ者を、この世界に同化させること。そして真壁朱音だった者が持っていた希望を託すことだ』

真壁朱音……それが目の前の女性だった人の名前なのだろうか?聞いてもいないのに、それが正解だと理解する。

『私の因子をお前に継がせる。それによってお前は我々になり、私となり、人間の理から半分、外れることになる。━━━勝手なことをしてしまうが、どうか許して欲しい』

そう言って真壁朱音だった者は頭を下げた。きっと目の前の真壁朱音だっただった者は突然訳の分からない出来事に巻き込んでしまった自分のことを申し訳なく思っているのだろう。━━もしこれが誘拐事件が起きる前のことだった、ふざけるな!と一言文句を垂れていたであろう。もしくは、今すぐ家族の下へ帰してくれとでも泣き喚いていただろうか?
……しかし、今の一夏にとってすればこれは思いにもよらぬ救済だった。

「……顔を上げてください真壁朱音さんだった人。俺はむしろあの世界からいなくなくしてくれた貴方のことを、とても感謝しています。あなたのためなら、俺はそこに行きます」

人はそれを逃避と呼ぶだろう。
大事なことから目を背けた自分を、臆病者と罵るだろう。

━━知ったことか。

俺は今そこにいることを望んだ。あそこにいることは望まない。これは分岐だ。新たな場所へ向かうことを、俺は選んだのだ。

『……ありがとう』

最後に真壁朱音の暖かくて、優しい声が聞こえた次の瞬間、一夏は意識を手放した。



「なにっ?それは本当か!?」

世界のどこかに存在している竜宮島。その中枢に位置する“Alvis(アルヴィス)“にて、皆城公蔵は真壁史彦から聞いた話に驚きの反応を返した。
なんでも史彦の息子、真壁一騎がたまたま海岸沿いに倒れている少年を発見したらしく、現在はこの島唯一の病院、遠見医院に運ばれているらしい。
しかし、公蔵が驚いたのはソコではなかった。彼が驚いたのは、遠見千鶴が検査を行った結果にあったのだ。

「ああ、外見こそは完全な人間の男の子だが、ヤツらと綺麗に半分、融合してしまっているらしい」

それを聞いて、公蔵は険しい顔つきを作ってから空を仰ぎながら、ポツリと呟いた。














「我々人類の敵、“フェストゥム“か……」



一夏が気が付いたとき、そこはドイツの路地裏ではなく、どこかの施設を思わせる医務室だった。

「どうして、俺はここに……」

さっきまで自分は確かに当てもなくどこかへとさまよっていたはずだ。
素直に家族の下へ帰ることすらできないでいた自分がなぜこのような施設で眠っていたのか、てんで見当が付かなかったものの、やがて混乱していた頭の中に徐々にだが記憶が戻り始めてきた。

織斑一夏としての記憶が、

喜びが、

苦しさが、

悲しさが、

嬉しさが、

楽しさが、

悔しさが、

辛さが、

家族が、

友達が、

幼馴染みたちが、

一夏の中を駆け巡っていっては、やがて一つにまとまり、新たな分岐と共に融合した。
それは、織斑一夏とは別の、もう一人の自分。

人類の敵となった母だった者の一端と一つになった自分。

母になってくれた者が持っていた希望を受け継いだ自分。

そのためにここにきた自分。

やがてすべてのピースが当てはまった次の瞬間には、医務室の扉が開いてそこから男性が二人と女性が一人、入ってきた。
入ってきたのは、遠見千鶴と皆城公蔵、そして真壁史彦だ。

「あっ……」

一夏は史彦の姿を視線で捉えたその瞬間、頭の中に彼の若き日の姿が走りすぎていった。おそらく真壁朱音だった頃の記憶だろう。同時に、腕の中に抱き抱えている赤ん坊と、細かな文字で記された書類の束がよぎった。これこそが真壁朱音だった者が一夏に託した代物なのだろう。

それからあとは様々なことをした。
精密検査のために身体のあちこちを触られたり、
いっぱい多すぎて最初の方が覚えていられないくらい質問をされて、
最後にはまた最初の医務室に戻っていた。中にいるのは、史彦と千鶴だけだ。この島、“竜宮島“の中枢となっているアルヴィス総指令をしている公蔵は早々に一夏と別れていた。

「━━つまり君は、こことは別の世界からフェストゥムとなった朱音に導かれてここにやってきた……と言いたいのか?」

史彦が確認を取るようにもう一度一夏に尋ねた。それだけ念入りにしなくてはならない事態が起きているのだ。

「はい。俺の中にあった、例のデータも多分真壁朱音さんだった者からの贈り物だと思うんです」

お互いが質問と調べあいを終了した結果。どうやら一夏は史彦の奥さんであったフェストゥムによって時空を跳躍して異世界にやってきたらしい。今思い返せば、真壁朱音だった者は『遠い時空から』と言っていた。
つまり一夏にはもうあの世界に帰る手段が残されていないということになる。

「真壁さん。この子が言っていることは恐らく本当のことです。なにせ彼の記憶の中には朱音さんの研究資料だけでなく、一騎君が赤ん坊だった頃のものまで含まれているのですから」

史彦はそれでもしばらく黙って決断を決めかねていた。当然だろう。この決断一つで竜宮島は死を招く可能性だって大いにあるのだ。しかし朱音の研究資料が彼の中にあることが、彼を島から追い出すという選択を潰そうとしていた。一夏の記憶から写し取った真壁朱音の研究資料には、今大人たちを悩ませている同化現象を遅らせる方法やフェストゥムについての情報が断片的にではあるが残さてれいるのだ。
場合によっては近いうちに行われる“L計画“に大きく貢献するはずだ。

「……皆城ならどうすると思う?」

総指令の仕事に追われながらも会話を聞いていた公蔵に話しかける史彦。
この件は、総指令の判断抜きで決められないことだというのがよくわかる。

『……検査の結果を聞いた限り、彼は彼女と同じコア型らしいな。彼の力が、島にとってプラスになるものはデメリットを考えても、十分なお釣りが来ると私は考えるね』

つまり、遠回しにメリットを取るべきだと公蔵は主張したのだ。島の総指令がそう決めた以上、よほどの反論ができない限りこれを覆すことはできないだろう。もっとも史彦自身、彼を島から追い出す気など毛頭なかった。
公蔵との通信を切った史彦は、ベッドの上で安静にしていた一夏に近寄った。

「……我々は話し合いの結果、君を島に迎え入れることにした。━━だがその前に、一つだけ聞きたいことがある」

岩石のように屈強な表情を崩さないまま、史彦は一夏にある一つの質問を投げ掛けた。

「君は、本当に我々と共に戦ってくれるのか?」

それは、大切な人を奪われた男の悲しみと憎悪。
それは、もう同じ悲劇を味わいたくないという、大人の恐怖。
それは、自分の進むべき道が間違っていないかという、真壁史彦の不安。
彼は怖いのだ。また大事な者を失ってしまうことに。そうしないためにこの島に来て、そして一番大事な者を危険な目に遭わせようとしてしまっていることに。
一夏はこの四つを、瞬時に“理解“した。あとはただ、それを受け入れるだけだ。

「━━はい。そのために俺は、ここにいるのですから」

屈託のない笑顔。それは織斑一夏だった頃のそれよりも無垢で、純粋で、そして眩しい笑顔だった。








━━俺はこれまで、本当の意味で必要とされたことがなかった。

家族にも、

友達にも、

先生にも、

近所にも、

今回の出来事だって、俺の中にあるデータと特異性が必要なだけで、俺自身はいらないのかもしれない。
それでも、俺は必要としてくれる人のためにこの身を捧げよう。
見ず知らずの、それでいて大切な貴方たちのために━━ 
 

 
後書き
EDテーマ【Life Goes On】機動戦士ガンダムSEEDDESTINYより


今回後半が結構gdgdになってしまったな~と反省。
次回はアニメ一話まで飛ばしていきたいと思います。え?L計画はどうするのかって……?
加藤「想像しろ」
ジュダ「できるかんなもん」



【次回予告】

織斑一夏が島に迎え入れられてから、半年が過ぎ去っていた。その間にも彼はいずれ来るであろう“敵“との戦闘に備えて訓練に明け暮れる毎日を送っていた。
そんなある日、ついに島に一つの質問が投げ掛けられた。

次回、蒼穹のストラトス 第二話 質問-しゅうげき

『あなたは、そこにいますか?』 
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