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センゴク恋姫記

作者:遊佐
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第4幕 権兵衛隊長始末記

 
前書き
気がついたら1年近く間を空けてしまいました。 

 
「……つまり、貴方の国は大陸の統一を目指していた、ということかしら?」
「うむ。日ノ本は、百年以上乱世が続いておる。各国の戦国大名が互いに争い合っての。その日ノ本六十余州を一代で纏めようとしておるのが、織田上総介信長様じゃ」

 ゴンベエが曹操の元にきて、すでに十日が経とうとしていた。
 身の回りのことや、この世界の常識を教えること数日。
 ようやくゴンベエは、この世界が自分のいた世界よりはるかに昔であることを理解していた。

 もっともそれは、厠や生活習慣、そして文明がゴンベエのいた戦国時代よりはるかに劣っていたからである。
 曲がりなりにも近江の国友衆や、雑賀の根来衆の製作現場を視察したゴンベエである。
 それに比べて、この時代の鍛冶の拙さに思わず目を覆いたくなったのであった。

 それをつい、曹操に愚痴ってしまったのがそもそもの発端である。

『なら、貴方の国のことを全て教えなさい。どうすればいいのか、貴方ならば知っているのでしょう?』

 その御蔭で連日、こうして曹操による質問攻めにあっているのであった。

「おだかずさ……長いわね」
「前も言った通りじゃが、基本は姓と通称で呼ぶのじゃ。この場合は織田上総介様という。もっとも、通称は官名などで変わるからの。今の信長様は織田弾正忠様じゃな」
「……ややこしいわね。それで諱で呼ぶことが多いのかしら?」
「信長様に至ってはそうじゃのう。じゃが、親しい間では元の通称を呼ぶことが普通じゃ。わし等ではそうもいかんがの」
「ふむ……まあいいわ。それで、その織田……信長という人物は、元は一国の領主だったのね?」
「うむ。最初は、尾張の守護代の分家でしかなかったそうじゃぞ? その親戚筋をまとめて尾張一国を統一なされたのじゃ」

 ゴンベエが語る事実に間違いはない。
 しかし、大幅に端折っていることは否めないであろう。
 尾張を統一するまでの信長は、一纏めにできないほどの苦労をしているのである。

「尾張一国……その尾張って国は、どのくらいの広さなの?」
「うーむ……尾張は五十万石以上と言われておるがの。広さは国としては普通かの」
「普通じゃわからないわよ……その、五十万石ってなによ」
「む? 米の石高じゃよ。尾張は米蔵とも呼ぶべき豊かな地じゃからの。津島や熱田といった商業の盛んな町もある」
「……米の取れ高? そんなもので国の力がわかるの?」
「当然じゃ。米の量は、すなわちどれだけ兵を養えるかでもあるからのう」

 ちなみに、この時代の中国の一石とは三十一キロである。
 ゴンベエの時代では、百五十キロが一石であった。
 この時点でかなりの相違が生まれている。

「一石は、大人が一年食べる米の量のことじゃ。米俵で言えば二俵か三俵かのう」
「一年……ちょっと待ちなさい。それじゃあ、貴方の言う一石って、こちらの五石分ってこと!? それが二、三俵ですって……いえ、やはり分量も多分違うのでしょうね」

 ゴンベエはそこまで考えが及ばずとも、曹操はすぐに理解する。
 ゴンベエの価値基準や分量の知識においても、自分たちの知る知識とはかけ離れているのだと。

 そういう意味では、この作業は翻訳に近いすり合わせ作業でもあった。

「それは後で詳しく検証するとしましょう……その国の広さはわからないわね。じゃあ、その国では何人の兵が揃えられるのかしら?」
「尾張の兵力? そうじゃのう……通例で言うなら一万石で四、五百人として。えーと……五十じゃから……」
「……最大で二万五千ぐらいかしら?」
「そ、そうかのう……ハッハッハ」

 全く算用に明るくないゴンベエである。
 寝る間も惜しんで頑張ったからこそだが、検地帳が読めるのが奇跡に近い。

「一国で二万五千を養える……相当広いのかしら? いえ、それよりも収穫高がこちらと比べ物にならないほど多いのかしら? なんにせよ、興味深いわね」

 さすがは曹孟徳である。
 瞬時に問題の本質を見抜く所は、性別が変わろうとも劣ることはない。

 ちなみに一万石で四、五百人というは、織田の軍役規定である。
 ただ、織田の場合、正確には軍役の規模自体は自由酌量の面が強い。
 通例で言えば、領地五石に対し一人の軍役が通常であり、ゴンベエが千石取りだった頃の軍勢は、侍四人に雑兵十六人だった。
 五千石の大身になった時に二百人にまで増員、その後上津城周辺を任され、その家臣を傘下に四百五十以上の兵を率いている。

 戦国時代、ほぼ五公五民であったことから、一万石の収益は五千石。
 五百人近い軍勢を率いたゴンベエは、織田軍役規定の中でも兵役に重きを置いていたことになる。
 軍役が自由裁量の織田家であるがゆえ、その規模で忠誠をはかっていた面が強い。
 つまりゴンベエは、信長に対する忠誠心が高いと判断される一因がここにある。

「それで? 確か貴方も興味深いことを言っていたわね。槍一本で一万石とかなんとか。つまり、貴方は一万石ほどの領地を治めていたってこと?」
「そうじゃ。野洲五千石に上津領五千石、合わせて一万石じゃの」
「……つまり、貴方は太守どころか下手をすれば私と同じ刺史だってことかしら?」
「刺史?」

 刺史とは簡潔に言えば、その州の行政権を握る者である。
 戦国時代に照らせば大名ともいえ、そういう意味では曹操の指摘は誤りともいえよう。
 だが、太守が城代や城主とほぼ同義である以上、刺史を国主のそれと広義の意味で照らしあわせて見れば、当たらずとも遠からずになるやもしれない。

「よくわからんが……わしは確かに一万石の領主じゃが、さほど偉くないぞ? 五千石なら神子田や尾藤もそうじゃし、羽柴様の寄騎としては確かに一番ではあったがのう……」
「羽柴……それって、貴方の上司?」
「うむ。羽柴筑前守秀吉様……わしは昔から籘吉郎様の寄騎として付けられての。子飼いではないが、寄騎としては一番の古株じゃ」
「羽柴筑前守……その筑前守が官名かしら?」
「うむ。元は農民であったからの。旧名は木下籘吉郎様じゃった。改名して羽柴籘吉郎秀吉様になり、今は筑前守を名乗っておる」
「ふむ……官名を名にするからコロコロ変わるのね。そうなると他者は、姓と諱で呼ぶのも仕方がないと……そうね、確かに風習ってものは処変わればってことかしら」

 ゴンベエはイマイチ理解できていないが、これは曹操の知能指数が高いことを意味する。
 曹操ほどの聡明さでなければ、これほど難解な風習の違いをすぐに理解できるわけもない。
 元々の予備知識もなく、これだけの差異を理解する事こそ、曹操の英傑たる所以でもあった。

「わかったわ。その羽柴って人についても後で――」

 このような感じで曹操は、ゴンベエの話から情報を引き出してゆく。
 こうしたやりとりは、この後数日間にも及んでゆくのであった。




  *****




「せええい!」
「どわっ!?」
「ふんっ!」
「だああああっ!?」
「~~~~~~~~っ! 貴様! やる気が無いのか!?」

 思わず叫ぶ夏侯惇。
 手に持つ大剣をぶん、と振り回しながら叫ぶ姿は、まさしく鬼女である。

「無理言うなっ! お前さんの太刀筋は殺気がありすぎじゃ! わしを殺す気かいっ!」
「当然だ! 殺すつもりでなければ訓練にならん!」
「訓練で死んだら元も子もないじゃろが!」
「ごちゃごちゃと言い訳がましいぞ、貴様! いいから我が大剣の錆になれ!」
「なってたまるかっ!」

 叫びながらも剣を止めない夏侯惇。
 その大剣の風圧に肝を冷やしながらも、何とか避けるゴンベエ。
 はたから見れば実力伯仲に見えなくもない。

 しかし、実際はこれでも手加減している夏侯惇に対し、内心本気で逃げているゴンベエであった。

「ええい! これでは訓練にならんではないか! 貴様も私を殺す一歩手前まで追い込んだのなら、正々堂々戦ってみろ!」
「冗談じゃないわい! お(とん)とまともにやったら、刀が折れるわ!」

 ゴンベエの言葉に、ピタッと動きを止める夏侯惇。

「……ちょっとまて。お惇とは、私のことか?」
「そうじゃ。夏侯惇なんて呼びづらいじゃろうが。惇が名ならお惇でよかろう?」
「誰がおとんだ! 私は父親ではないぞ!?」
「男みたいな名前のくせに何怒っとんじゃ!?」

 更に顔を赤くして大剣を振るう夏侯惇。
 その太刀筋が若干早くなり、本気で焦るゴンベエだった。

「お惇……か。では私はお(えん)か? ふふっ……おとん、おえん……ふふふ……」
「「 ……………… 」」

 と、傍でそれを見ていた夏侯淵である。
 なにかツボにはまったらしい。

 思わずそれを見て顔を見合わせる夏侯惇とゴンベエであった。




  *****




「ということで、貴方の仕事が決まったわよ」
「……仕事?」

 質問攻めから開放された翌日、ゴンベエは曹操に呼び出されていた。

「当然でしょ? 働かざるもの、喰うべからずよ。今までは貴方の情報分として衣食住をまかなっていたけど、まさかなにもしないで今後もご飯が食べられるとでも?」
「いや……まあ、当然じゃの。本来なら路銀はあったんじゃが……こっちでは使えんのじゃし」

 ゴンベエの持つ路銀は永楽銭である。
 だが、貨幣価値が違うこの世界では、単純な銅としての価値しか持たない。
 簡潔に言えば、ゴンベエは無一文に近い状態だった。

「で、なにをすればええんじゃ? 自慢ではないが、わしは馬鹿じゃから事務方は得意ではないぞ?」
「本当に自慢にもならないわね……これで領主だったっていうのが信じられないわ」
「細々としたことは、全部川坊にまかせていたからのう」

 所務においては、守役だった川爺の孫である川坊が一切を取り仕切っていた仙石家である。
 仙石家は当主であるゴンベエを戦働きに特化させ、領地の政務は親戚一同で行うという武力でのし上がった武将によくある体制をとっていたのである。

「そうねぇ……貴方個人の武力は見せてもらったけど、統率力が見たいわ。とりあえず警備兵の隊長にしておいたから、しばらくそちらで働きなさい」
「警備兵……この街のか? 足軽頭みたいなもんかのう……」
「足軽……兵をまとめるという意味ではそうかもね。ご不満?」
「いんや。こっちのこともまだよくわかっておらんし、ちょうどええかもしれんの。この歳で一兵卒というのもなんじゃが」
「……その姿で勘違いしそうだけど、本当に貴方三十路なの?」

 今のゴンベエは、十五、六の若武者の姿である。

「……なんか自分でもわからなくなるときがあるがの。わしは齢三十一じゃ」
「……まあ、いろいろ話を聞いたから一応は信じてみるけどね。けど、あんまり他人に本当の歳を言わないほうがいいわよ。気狂いと思われるでしょうから」
「そうじゃのう……ま、しゃああんめえ」

 ポリポリと頭を掻きつつ、嘆息するゴンベエ。

「とりあえず、歳は十八ぐらいとしておきなさい。警備兵の詰所については春蘭に案内させるわ。詳しくは彼女に聞きなさい」
「お惇か……ま、よかろ」
「……ブッ!」

 ゴンベエの夏侯惇のアダ名に、きょとんとしてすぐに吹き出す曹操。

「あ、貴方……今度は春蘭にそんなアダ名をつけたの?」
「うむ。オデコよりはよかろうが」
「プッ……ククク……」

 どうやら曹操のツボにもハマったようである。

「……っ、あー、うん。まあ、殺されない程度に仲良くなりなさい。今春蘭を呼ぶから……ぷっ」
「……そんなに面白いかのう?」

 こらえきれない笑いでむせながら、女官を呼ぶ曹操。
 ゴンベエは、どこが面白いのかとしきりに首をひねるのだった。 




  *****




「ちゅうわけで、わしが皆をまとめる事になった仙石ゴンベエじゃ。慣れんうちはいろいろ厄介をかけると思うが、よろしく頼む」
「「「 ハッ! 」」」

 ゴンベエは陳留の警備兵を見渡す。
 数にしても百名もいない。

(しっかし……どいつもこいつも野盗に毛が生えた程度の雑兵じゃのう。まるで初陣前の農民と変わらん)

 ゴンベエの目から見ても、任された警備兵の質は最低に見えた。
 そのことでゴンベエは、初めて兵の指揮を取ることになった徳川軍後詰での仙石隊初陣を思い出す。

(あん時の雑兵達や孫達を思い出すのう……足引っ張られるのは目に見えとる)

 兵の質については、ゴンベエの指揮能力を見るためにわざと新人ばかりを組織した曹操の思惑がある。
 しかし、ゴンベエはそんなことは思いもせず、これがこの時代の警備兵の実力だと思っていた。

「ともかくじゃ……まずは今までどうやっていたかをわしに教えてくれんか?」
「「「 ……………… 」」」

 ゴンベエの言葉に顔を見合わせる警備兵。

「ん? どうしたんじゃ?」
「いえ……正直申します。我々も警備隊として配属されましたのは、今回が初めてでして」
「なにをどうしていいのかは……正直わかりかねます」

 ゴンベエが訝しげな目で皆を見回しても、同様に頷く者や目をそらす者ばかり。
 ここに至ってようやく曹操の策略に気づくゴンベエであった。

 だが、そこはさすがに経験が豊富なゴンベエである。

(つまり――好きにやれっちゅうことか)

 自分の身一つで一万石になったのは伊達ではない。
 もし、この時点で曹操に問い詰めにでも行けば、曹操は大いに落胆しただろう。
 ここは、自分なりに動いてまとめる器量が問われている――
 誰かに聞くのではなく、本能でそれを悟ったゴンベエ。

 この場に孫やソバカスがいればこう思っただろう。

『上司に叱られ慣れているからこそ、本能でどうすればいいかわかるのだ』と。

「ほうかい……じゃあ、わしのやり方でやろうかの」

 そういったゴンベエは、ニヤリと笑っていた。




  *****




「秋蘭、あの男はどうしているかしら?」
「あの男……ゴンベエですか? ここしばらく、朝から晩まで街をうろついているようですが」
「へえ……」

 夏侯淵の言葉に、曹操が目を細める。
 曹操にしてみれば、仕事を割り振った当日に怒鳴りこんでくるのもあるかと思っていた。
 無論、それをすれば取るに足らない人材というレッテルを貼るつもりではあったが。

「新人ばかり宛てがったのに、何も言ってこなかったわね。どうやって警備をするつもりかしら」
「さて……今回の件に先立ち、ゴンベエの担当区域だったこれまでの警備兵には、調練を兼ねて山賊討伐に当てていますし……自力でどうにかするしかないでしょう」
「そうね。けど、最近治安が悪くなったという報告も聞かないわね。どうやって維持させているのか見ものだわ」
「ふふふ……華琳様もお人が悪い」

 夏侯淵の言葉に、くすっと笑う曹操。
 曹操は、人を試すのに試練を与えてそれを乗り越えたものを有用とさせる傾向がある。
 今でこそ曹操の両翼となる夏侯惇、夏侯淵ではあるが、その二人も同様だった。

「ふふ。でも、それぐらいやってもらわなければ、あの男にここで禄を食む価値はないわ。今後のことも考えて、ね」
「そうですね……やはり華琳様は、今後乱世が来るとお思いで?」
「当然よ。洛陽に腐った役人、宦官、そして皇帝に至るまで……この国はすでに末期に近いわ。必ず力で争う乱世が来る」
「……はい」

 漢の腐敗はもはや国として末期の状態である。
 誰の目にもわかるほど、不正の横行、役職が金で買える実情、能力に関わらず身分の差だけで貶められる風潮。
 すでに組織の自浄作用など失われているのだ。

「その乱世を前に、おそらくは未来の……それも百年以上続く乱世からきたというゴンベエよ。その能力、気になるでしょ?」
「確かに……あの男は愚かな部分はありますが、歴戦の強者の風貌も感じます。少なくとも何度も修羅場をくぐっているのは間違いないかと」
「そうね。だからこそ……その実力を計るのよ。使えればよし、使えなければ切って捨てればいいわ」

 そう言って目を細めて笑う曹操は、すでに人の上に立つ君主としての器量が垣間見える。
 そしてその薄く笑う表情には、すでにその心底で蠢く覇王の顔が見え隠れてしている。

 夏侯淵は、その身に言いようのない――寒気とも歓喜とも言える震えが身を疾走った。

「……御意。ただひとつ、気になることが」
「気になること?」
「はい。最近、城の備蓄庫から酒が大量に消費されているそうです。厨房から兵たちが持っていく量が増えたと報告がありました」
「……お酒が?」

 兵の士気高揚のため、酒に関してはどの街でも規律が緩い。
 それは曹操の治める陳留でも同様であった。

 だが、さすがに曹操が治める以上、酒に酔っての治安の悪化など許すはずもない。
 飲酒は認めても、酒に酔っての狼藉は固く戒めることを徹底させている。

「大酒飲みでもいるの?」
「いえ……それが、警備兵が毎日酒壺を持参してもらい来るそうです。それがゴンベエの隊のものらしく……」
「なっ――あの男、酒盛りさせているというの?」

 兵の士気をあげ、統率するのに酒を使うことは古来より常用されてきた手段である。
 しかし、代わりに酒乱による治安の悪化や暴力事件なども弊害としてよく起こるのである。

「ふん……まあ、その程度だったのかしらね」
「しかし、それならば酒乱による事件が起きていないことが疑問に残ります。あの男に宛てがったのは、経験不足の新兵ばかり。問題の一つも起こって当然と思うのですが」
「……そういえば、そうね」
「そしてここ最近の街の治安も、下がるどころか以前より少しよくなってきたとも思えるのですが……」
「……………………」

 酒乱による治安の乱れ、軍規の乱れは常にある。
 しかしそれがないどころか、治安が向上している事に違和感を覚える曹操。

「……ちょっと、街に出てみようかしら」

 そう呟き、自らの目で街の様子を視察することにした曹操。
 当然ながら、供に夏侯淵を連れて自身の治める街、陳留へと歩を進めた。

 すでに外は夕暮れ。

 各々の仕事を片付け、夕餉の支度に忙しい時間である。
 この時間は日本でも逢魔が時と言われ、日が落ち闇夜が覆い始める時間。
 現代と違い、街灯などないに等しいため、夜の明かりは星明かりに頼るしかない。
 それ故に犯罪が起こりうる頻度も高く、酒乱による治安の悪化も懸念される時刻でもあった。

 そんな中――

「てめえ! 表に出やがれ!」
「なんだとう!?」

 近くの酒家(居酒屋のようなもの)で乱闘騒ぎが起こる。
 酒が入ったことによる揉め事に、古今の差はない。
 あっという間に殴り合いの喧嘩に発展し、それが治安の悪い地域ならば刃傷沙汰になる。

 今回の騒動の張本人たちは、互いに一般人ではあったが……片方が包丁を持った酒家の主人であったことに、問題があった。
 すでに騒ぎを聞きつけた周囲の家人、酒家にいた客、通りすがりの者などの野次馬であふれている。
 その様子を見ていた曹操が眉を寄せ、夏侯淵が包丁を持つ主人を取り押さえようと動き出したその時――

「暫く! しばらくしばらくしばらく! しばらぁ~くっ!」

 突如、大声にて間に入った者がいた。
 誰であろう、ゴンベエである。

「「 あっ……ご、ゴンベエの旦那! 」」

 それに対して声を上げたのが、騒動の当事者二人だったことに、思わず目を剥く曹操。

(あの男……この街にきてまだ一月も経たないのに、すでに名前が知られているですって?)

 警備隊の隊長にしてからでも半月経つかどうかである。
 それがこんな場末の酒家の主人や客にまで、その名前が知られているとは…… 

「ちっ……旦那、止めないでくだせえ! ヤロウ、俺に飲ます酒なんかねぇってほざいたんですぜ!」
「ああん!? てめえがオレッちの出す酒がまずいと言ったんだろうが!」

 そうした曹操の内心をよそに、騒動は続いていた。
 酒場の主人とその客は、ゴンベエを間に挟んで互いに罵倒しだしたのである。
 だが――

「やめえやめえ! 酒の文句は酒に言え! 酒はお天道(てんと)さんが味を決めるんじゃ! その酒がまずいっちゅうことは、お天道さんがお主に文句があるんじゃろうて!」
「なっ……」
「主人! その酒に人の血を吸わせれば、それは天の神さんに生き血を飲ませる同じものぞ。そんなもんを飲まされた神さんは、当然激怒するじゃろう。お主は天の神さんの怒りを買いたいんか?」
「い、いや、そんなつもりは……」

 互いに逡巡する二人に、ゴンベエはその場にあぐらをかいて座りこむ。
 そして腰に下げていた酒壺をどんっ、と置いた。

「ならば酒の喧嘩は、酒でつけい! どちらが多く酒を飲めるかで決着つけい! 見届けはわしがする!」

 その宣言に、周囲の野次馬たちはオオッ、と歓声を上げた。 
 戸惑う二人をよそに、ゴンベエは酒家にいた客を巻き込んで、店の酒をどんどん道端に運ばせる。

「よっしゃ! 今日はワシが全部おごっちゃる! 皆もこやつらに負けぬ程飲めや!」

 そのゴンベエ言葉で、周囲にいた酒好きの野次馬が我も我もと酒をかっ食らう。

「「 ……………… 」」

 互いにバツの悪そうにしていた騒動の当事者たち。
 それを見てゴンベエは、ニヤッと笑った。

「どうした! お主等も早く飲まんと、そもそもの勝負にならんぞ? おおい、樽持ってきて、こやつらに飲ませてやれ!」
「「 ちょっ…… 」」

 ゴンベエの言葉に悪ノリした酒場の客が、奥から酒樽を転がしてくる。
 そして盃どころか、酒壺にその酒を入れて二人に渡した。

「よっしゃ! 死ぬ気で飲めっ! わし等も飲むぞぉ!」
「「「「 おおおおおおおおお! 」」」」

 すでに大混乱というより混沌とした酒宴の中、当事者たちは互いに意を決し、酒壺を抱えて飲みだす。
 いつしかそこは大宴会場のように、大騒ぎする場になっていた。

「なんて乱暴な……」

 それを唖然と見ていたのは曹操と夏侯淵だった。
 周囲の馬鹿騒ぎから少し離れたところで状況を見ていたのである。

「……しかし、刃傷沙汰は避けられましたな」
「……そうね。なしくずしに、だけど」

 夏侯淵の言葉に、嘆息しながら頷く曹操。
 少しも鮮やかな手並みではない。
 驚くほどの鎮圧能力でもない。

 しかし、事件は避けられ、互いが笑いあい、事件の当事者たちすら肩を並べ、互いに酒を飲みくらべている。
 その民の笑い合う中心にこそ、ゴンベエはいた。

「あっ、夏侯淵様に……曹操様!? お、お疲れ様です!」

 と、二人のいるすぐ傍の裏道から、一人の兵が声をかけてくる。

「むっ……? お主はゴンベエの隊の者か」
「あ、はい。ゴンベエ隊長の命で、周辺の家々に説明に回っていました」
「説明……?」

 夏侯淵の言葉に、その兵が説明する。
 曰く、喧嘩を治めるために宴会に持ち込む故、その騒ぎを大目に見るように近隣に頼み込みにまわっていたらしい。

「あの男……最初からこうするつもりだったと?」
「はい。隊長は酒の喧嘩は酒で決着を着けるのが一番だと。他にも酒家の周囲は一番治安の悪化が懸念される場所ですので、近隣の家屋には毎日顔を見せています。ここ以外の酒家や治安が悪い場所周辺には、私と同じように外の兵も回っています」
「そんなことをしていたのか……だから酒を毎日のように持って行っていたと?」
「あ、はい。隊長の指示で、人相が悪そうな連中とは酒を飲み交わしてつなぎをとっています。そういう連中は裏での顔も効きますから、飯をおごったり、酒を飲み交わしたりすることで、こちらに協力するように頼んでいます」
「………………」
「面倒事が起きた時には、まっさきに隊長が飛んでいって話をつけています。隊長はそういう連中と打ち解けるのがすごく上手いんですよ。気前もいいから、連中も結構協力的ですしね」

 もともと間者働きが得意なゴンベエである。
 疑われずに敵地に入り込むには、人当たりがよく気前がいいことが第一だった。

 その根底には、長年の上司である羽柴秀吉の『人たらし』を、最も間近で見てきた経験の裏打ちによるものでもある。

「……やるじゃない」

 思わず呟く曹操。
 それを聞きつけ、夏侯淵と兵が振り返った時、確かに曹操は微笑んでいた――






 のであるが。
 実は、これには後日談がある。

「………………………………で?」

 陳留、王座の間。
 そこにドデンとふんぞり返って溜息をつく人物。

 顔を歪め、冷めた目で見下ろすその姿は…………なんというか、ふてくされているようにも見えた。

 そして――

「……………………この通しっ!」

 その王座の前で、平身低頭に頭を下げて土下座する男が一人。

 誰が誰であることなどもはやお分かりだろう――曹操とゴンベエであった。

「もう一度、聞くわね? それで? 私に何を出せと?」
「……それが、え~……色々と前借りで酒やら飯やら振る舞っていた手前……」
「……その不足分を、わ・た・しに、負担しろというのかしら?」
「…………誠に申し訳ないのですが…………へい、その通しでして」

 頭を下げたまま、そう答えるゴンベエ。
 それを冷たく見ていた曹操は、盛大に溜息をついた。

「あなたねぇ……新規の隊を任せるにあたって、軍資金を渡していたでしょうが。あれはどうしたっていうのよ」
「あれは……その、部下たちが街のゴロツキを取り込むための軍資金に渡しまして……わしの手元には、一銭も残っておらず……」
「……そりゃ、あれだけの金をばらまけば、街の不穏分子も収まるでしょうね」

 曹操がゴンベエに渡した軍資金は、今期分の治安を預かる警備隊の活動費として用意したものだ。
 仮にも街一つの警備の活動費である。通常、毎日宴会を開いたとて使いきれる額ではない。
 しかし、その効果が認められなければ即座に解散するつもりだったため、通常の活動費より大幅に減じてある。
 もちろん、効果が認められれば追加で渡すつもりだった為、問題はないのだが――

「(ぼそ)……これじゃあ、私が感心したのがバカみたいじゃない」
「……は?」
「なんでもないわよっ!」

 その手腕に期待し、それを果たしたことを内心喜んでいた曹操。
 しかし、実際にはバラマキ効果による一時的な治安回復と変わらない事に気づいた曹操は、喜んでいた自分が恥ずかしかった。
 もちろん、ただのバラマキ効果より大幅に効果を挙げているのはまさしくゴンベエの手腕ではあるのだが――

「……わかったわよ。追加の活動費は出してあげる」
「あ、ありがたし!」

 だからこそ予定通り、本来の活動費の不足分を出すのだが……なんとなく癪に障る。

「その代わり! 来月、貴方は減俸よ! いいわね!」
「ぐっ………………は、ははーっ!」

 致し方なし、と頭を下げるゴンベエ。
 実際、自分の懐は本当に一銭もない為、どうにもならない。

(とほほ……しばらくは飯をツケてもらうしかないわい)

 とぼとぼと王座の間を後にするゴンベエ。
 その背中は哀愁が漂っていた。

「……華琳様。さすがに減俸はかわいそうなのでは?」

 事情を察した夏侯淵が、おずおずと問いかける。
 それをフン、と鼻息で一蹴する曹操。

「減俸した分は、活動費に含めてやりなさい。あと、今月末に警備隊全員に治安向上の臨時褒賞を出してやりなさい。あのバカは、きっと泣いて喜ぶんじゃないかしらね」

 そう言った曹操の顔は、小悪魔のような笑みを浮かべていたという――


 
 

 
後書き
構想では新キャラの名前で全部のタイトルつけようかと思っていたのですが、まあそれは無理だと断念。
本来ならあの人を出すつもりが、まずはゴンベエの話だけになりました。
実際、あの人出る前に拠点フェイズがあったので、これでよかったかもしれません。

ですので、次回はあの人が出ます。 
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