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【SAO】シンガーソング・オンライン

作者:海戦型
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シンガーの辿り着く先

## ある日の路上ライブ ##


「貴方、攻略に参加しないの?」
「しないね。というか出来ない」

演奏の終了と同時に話しかけてきた無遠慮な少女に、二つ返事を返した。
彼女は確か、ゲームが開始されて間もなく歌を聞きに来た子だ。あの栗色の長髪には見覚えがある。
あれ以降一切姿を現さなかったが、どうやら元気そうだ。この世界に元気も糞もあるのか、とも思うが。

「出来ないって何よ。やってもないのに。前もウィンドウが何とかって言い訳してたけど」
「・・・ゲーム開始とほぼ同時に戦いのレクチャーしてもらったんだが」
「だが?」
「まず身体を動かしながら相手に攻撃するって言うアクションが出来なかった」

自分が移動することと相手を攻撃することをバラバラに考えてしまい、何度やっても同時に出来なかった。運動が出来ない男ではなかった筈だが、武器を持った途端にへっぽこに早変わりだ。

「次に移動しながら自分のHPと相手のHPを同時に把握するのが無理だった」

目線がバラバラになる。アイコンとかヘイトとかの見分けも分からないし、耐久力のチェックなんて未だに何所を見ればいいか分からない。

「相手のモーションに合わせて動けって言われたけど一切対応できなくて、もう二度と戦うなって念押しされたよ」
「・・・・・・悲惨」
「そ。だから歌うしかないんだよ」

女の子は本気で同情するような目線を向けた。

この世には絶望的に向いていないことがある。
そしてそんな人間にとっては、たとえ相手が低レベルのモンスターであっても死亡確率が十分にある。
故に俺は最早戦うべきでない。

今になって思うんだが、俺はよく茅場アナウンスまで死なずに生き残ったな。
多分ゲーム開始から最も早く体力がレッドゾーンに入った男だと思う。




## それから1か月ほど ##


彼女がまた来た。
今更ながら、整った顔立ちをしていてスタイルもいい。多分年齢は5,6年離れていると思うので手を出そうとは思わないのだが。
また演奏終了と同時に口を開く。

「生産職、やらないの?」
「一応暇を見つけてはチャレンジしてるんだが・・・」

口ごもったことから少女は「ああ、上手くいっていないのね」と察したらしい。

武器、防具、服などものづくり系のスキルで生計を立てているプレイヤーを俗に生産職と呼んでいるのだが、これにも矢張り向き不向きがある。
求められるのはスキルの熟練度と本人の正確性、そして集中力・・・その全てにおいて普通のちょっと下くらいである俺は、全く以て人に売れるほどの装備品を作れていない。

つまり、俺は生産職のなかでも下の下に位置する職人なのだ。
ありていに言って、向いていない。将来に店を持つようなこともないだろう。

「貴方、本当にこのゲームに向いてないのね・・・」
「ほっとけ。ギターがあればいいんだよ」
「厳密にはギターじゃないけど・・・あ、はいこれ」
「?」

少女がなにやらアイテムを寄越してくれた。
これは・・・楽器のようだ。見たことが無い所を見ると新しく発見されたものだろう。

「イベントで見つけたの。使うの、あなたくらいしかいないでしょう?」
「まぁそうだが・・・」

少々言いにくい事だが、ちょっと誇らしげな顔をしている少女に真実を告げた。

「これ、筋力値足りないから持てない・・・」
「えっ・・・」

俺の現在のレベル・・・3(STR全振り)。ちなみに攻略組である少女のレベルはこの時点で32である。




## それから更に2か月後 ##


俺は、現在生活費を工面してくれているプレイヤーの数名と一緒にレべリングに参加させられていた。ギターを道具として装備するのに必要なSTR値が全然足りてないことが主な理由であり、俺は断ったのだが気のいい連中が「いいからいいから」と半ば強制的に参加させられた。

その結果。

「もう二度とおめえをレべリングに連れて行かねえ」
「才能がないないとは聞いていたが・・・ここまでとは」
「俺達が悪かった。正直ちょっと頑張れば戦い方覚えられるだろうってナメてた」

皆の意気消沈具合が凄い。
結局俺のレベルが13に届いた時点で皆の精神力が限界を迎え、ホームタウンに撤退してきた。
安全マージンよりちょっと上の階層だったのだが、もたついているうちに体力が3回レッドゾーンに突入し、回復結晶を2つも消費する結果になった。
13ってちょっと縁起が悪い気がするが、皆もうそれを気にする余裕さえない。

攻略組にとって死ぬ事は勿論、仲間を死なせてしまう事も一種の敗北という考え方がある。
それはモンスターやトラップに負けたという事ではなく、こんな世界を用意してプレイヤーを死なせる茅場晶彦に対する敗北、という解釈だそうだ。
俺も流石に死にたくはないが、ギターを弾けない自分に価値はあるのかとも思って頑張ったらその分だけ空回りしてきっちり死に掛けた。

「お前、次からは一層でレベリングしよう」
「俺達が弱い武器でギリギリまで弱らせて転倒させるから、そこをプスッとやれ。効率最悪だが、そうでもせんとフロアボスよりキツイ」
「あー、結局レベリングはしなきゃいけないのね・・・」

攻略組にそこまで言わしめる俺の腕前とは一体。そう自問せずにはいられない俺だった。




## それから約1年後 ##


「そういえバ、お前楽器演奏スキルいくつなんダ?」

ふと、飯の途中に知り合いに訊ねられて、俺は質問の意味を理解できずに首を傾げた。

「は?楽器演奏スキル?・・・何だそれ」
「ヘ?・・・・・・あー、もしかしてオイラの攻略本読んでない?」
「レベリングの時に一回読み返しただけだな。スキルとかよく分からないから片手剣と生産系だけ入れてるけど」

知り合いに頭を抱えられた。
事態がイマイチ掴めないのだが、そもそも俺は安全圏内で歌うことが仕事みたいなものなのでスキルなんて必要ないものと思っていた。
呆れ果てた知り合いはまるで出来の悪い子を諭すように説明する。ゲームに関して未だ不勉強な俺は、大人しく話に耳を傾けることにした。

「あのナ、楽器演奏スキルっていうのはそのまま楽器演奏の補助をしてくれるスキルなんダ!そのギターみたいなのを弾くときにスキルが発動しテ、成功すれば演奏が上手くいくよう補正がかかることになってるんだヨ!!」
「うわ、インチキ臭いスキルだなぁ」
「えぇー!?何なんだコイツ、変態ダ!!」
「酷いこと言うなぁ・・・」

だって、実際には上手くないのに上手く聞こえるなんて、録音した歌を流して本人が口パクしているようなものじゃないか――と思ったのだが、どうも俺と知り合いとでは価値観が大きく違うらしい。

話を聞くと、演奏スキルがあれば楽器演奏の下手くそな人でも適当に指を動かしてればイメージ通りの演奏ができるようになるそうだ。
つまり、今までの俺は弦を弾く動きを最初から最後まで自分の意思で動かしていたから演奏になっていたのであって、それが余りにも淀みないから知り合いは俺がスキルを持っているものと勘違いしていたらしい。

「まったク、楽器の演奏を全部手動でやってる奴なんて初めて見たゾ!?・・・よくそんな面倒なことやってられるナ?」
「そう言われても・・・現実世界じゃこれが普通だろ。お前、知らないうちにゲームに毒されてんな」
「ウグッ!?」

その言葉が想像以上に応えたのか、知り合いは齧ったパンを喉に詰まらせたように呻いた。
実際には詰まってないのだが。
食べ物がのどに詰まらない世界というのも変な話だ。だがそういう面倒なことの多くは、このアインクラッドでは簡略化されている。

それが何となく、俺には嫌だった。
簡略化は簡単だろう。
でもそれは現実世界に戻れば使えない。
俺自身、そんな気味の悪いスキルに頼って上手くなんてなりたくない。
そう言うと、知り合いは深いため息をついた。

「スキル持ってたら間違いなく熟練度カンストしてたろうにナ~・・・他の連中がお前の演奏を聞きたがる理由が分かったゾ」
「なんだそりゃ?」
「スキルはより上手いと思われる方に音を補正していク。だからその分悪く言えばリズムや音の強弱が画一的になりやすイ。でもお前さんは全部手動入力だからプログラム的には排除される筈の揺らぎや微妙な力加減の強弱があル。つまり――」
「つまり?」
「こういうのも変な話だガ・・・お前の演奏は”本物”、ってことかナ」

意味深げにそれだけ言うと、「空きスロットがあったら演奏以外のスキルいれておくといいゾ」と言い残してどこかへ行ってしまった。
情報通だから忙しいのだろう、あいつは。




## それから10か月後 ##


珈琲の味なんて碌にわからないから、取り敢えずその香ばしい香りだけ楽しんで適当に口に含む。
ほのかに酸味を帯びた苦味が舌に広がった。
取り敢えずインスタントコーヒーよりは後味がいいようだ。

俺は今、「ダイシーカフェ」という喫茶店で趣味でもない珈琲を呷っている。
理由は、なんとなくだ。より深く分析すれば、感傷に浸っているとでも言うべきか。
この店はSAO事件の生還者の間では有名な店だ。
というのも、この店のマスターはアインクラッド内では商いをしていた有名人であり、そんな彼の店とあらばSAOプレイヤーの間で話題になるのは当然だ。

そう、SAOは終わった。

いつものように道端で歌っていた彼の声すらかき消すようなアナウンスによって、終わりはあっさり告げられた。
俺は――いや、その時点で生き残っていた全ての人間は呪縛から解放され、現実世界に戻された。
ログアウト寸前、「いいところだったのに!」と演奏の中断に怒るヒステリックな声が複数聞こえたのは笑ったが、帰ってきた俺の前に待っていた現実は甘くない。

まるで木の枝のように痩せ細った体は思うように動かず、世間はもう俺の生活していた時代より2年先になっていた。
大学は言うまでもなく席が消滅。ただ、事が事だけに大学の入学金の一部が親の元に帰っていたらしい。
無論そんなもの人間の命の前にははした金。それが証拠に、2年ぶりに顔を見た両親はすっかり老け込んでいた。苦労かけたな、って謝ろうとしたけど、声が掠れてうまく言えんかった。
ゲームの中ではあれだけ歌っていたのに、ままならない。

それから政府の手配でリハビリさせられ、大学の中退問題もこれから国がなんとかしてくれるらしい。詳しくは分からないが、そもそもリハビリで考えている余裕も無かった。

リハビリ中、一緒に入った2人の友達の1人と再会した。
そしてそこで、俺は知らなかった真実の一つを知らされた。
姿の見えぬもう1人は、ゲームが始まって2日目にはもう死んでいたらしい。油断して、パリンだ。
それで終わりだったそうだ。
戦えずに町に残っていたお前にはとうとう最後まで言い出せなかった、と友達は苦しそうに呻いた。それでも泣かないのは、最前線とはいかずともSAOで戦っていた戦士だからだろう。

それから別れていた空白を埋める話をぽつぽつと交わし、「あいつの墓参りに一緒に行こう」とだけ約束して別れた。

なんとなく、友達も俺と同じことを考えたんだろう。

――もうあの頃には戻れない、と。

それはあいつが死んだからというのもあるだろうが、きっとあいつが生きていても同じだったんじゃないかと俺は推測する。
たぶんまた話も出来るし、互いを友達と思うことも出来る。

でも戻れない。

2人と別れたあの日に、俺達の人生と進む方向も決定的に別たれた。
上手く言葉に言い表せないが、あれが今までの楽しかった俺達との決別になってしまったんだと思う。
馬鹿騒ぎしていて楽しいと感じる俺達は、あの日に茅場晶彦によって砕かれてしまったのだ。
楽しくなくても行動する。それを知ってしまった俺達の会話が盛り上がることは、ひょっとしたら二度とないかもしれない。

別れ際に「バンド、どうする」と訊いてみた。
あいつは苦笑いして、「悪いがドラムは別の奴を見つけてくれ」と言った。

リハビリが終わって一人で出歩けるようになってから、いつも路上ライブをしている場所に足を運んでみたが、いるのは俺一人だった。

結局残ったのは、古びた安物ギターが一つと自分の命。
自然と、足元に置いたそれに視線が落ちた。

「マスター。ちょっとこいつ弾いていいか?」

ふと、気分でその質問をした。
あそこでは頼まれてギターを弾いていたが、昔はこうして店に頼んで演奏許可を貰っていたこともあった。
俺の質問にマスターは、さも可笑しそうにニヒルな笑みを浮かべる。

「・・・・・・お前、後ろ見てみろ」
「?」

振り向いた。すると、そこには――

「おい、まさか駄目なんて言わないよな?」
「わたし、久々に聞きたいです!」
「おう!現実世界に帰ってからの初ライブか?やれやれ!」
「店の許可なんて要らないぞ!俺達が許す!!」
「騒がしいのはどうかと思うけど・・・ま、いっか」

いつもここに(たむろ)している帰還者たちが、こちらに手を振っていた。

「これじゃ断れないぞ。あいつら、あんなのでも大事な客だからな」
「物好きだな・・・この歌自体はインターネットでDLすればもっと上手いのが聞けるってのに」
「馬鹿言え、皆お前の歌うのを待ってるんだ」

――あの世界にはあまりいい思い出が無いけど、こうして時間が経ってみれば、なるほどどうして悪くない。
アインクラッドでは感じなかった心臓の鼓動を感じながら、俺はギターを肩にかけた。
軽く弦を弾いて調子を確かめ、ペグを弄る。別段細かいこだわりがある訳でもないが、それが何となく嬉しかった。

ギターを鳴らす。
皆にとってはレベルアップの次に聞き慣れているらしいイントロを奏で、歌う。


押しつけがましいルールなんて逐一守っていられるか――

モラルもだ。勝手に押し付けるな。学校も塾も何もかも――

そんなお為ごかしが欲しいんじゃない、そんな邪魔なものは要らない――

欲しいのはリアルだ。真実って奴が分からないから、探しているんだ――

俺達はお前らのルールに諾々と従うために生まれたんじゃない――

俺が行動して、もがいて、その先に待っている俺達だけの本当を――

それを、ずっと探してるんだ――

だって未来は――


「「「「「未来は僕らの手の中!!」」」」」


後で知ったが、ノリノリで叫ぶ客の全員が、俺が歌うのをずっと待ってたらしい。

これも、俺の勝ち取った未来の一つかな、と、照れ臭くなって頬を掻いた。



シンガーソング・オンライン 終
  
 

 
後書き
SAOは一つくらい書きたかったんですが、把握しなければいけない事柄が多くハードルが高くてなかなか手が出せませんでした。
でもこういう形ならば出来るかな、と一念発起して作成。うーん、この前の一発ネタの経験が活きた・・・のか?

練習投稿なのは、試験的な意味合いもあったからです。
 
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