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【SAO】シンガーソング・オンライン

作者:海戦型
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シンガーはただ歌うだけ

 
前書き
ちょっとタイトル変更。
12/26 ミスを修正、改行弄り。 

 
 
そこそこ仲のいい友達だった。
友達になったやつと、友達の友達だから仲良くなった奴。
3人とも馬鹿みたいに青春を謳歌してた。3人でつまんない素人バンドを組んで、何が楽しいのかへたくそな演奏と歌で昔のヒットバンドの曲を演奏して、誰が一番下手だったかをげらげら笑いながら話し合った。

若かった。
大学生ってのは暇な時間が多いから遊んでるうちに授業に出るのも面倒になって、3人で講義をふけて駅前で演奏とかしてた。3人とも少しずつ趣味や好みが違ってたけど、それでもよかった。どうせ素人の演奏が人目に付くことなどない。分かってても、それを3人でやるとどうしようもなく楽しかった。

そしてそんなバカをやっている最中にふと、その中の1人が言い出した。

「最近すげぇオンラインゲームやってんだけど・・・お前ら興味ない?」

「ない」「ないない」と即答して「ノリ悪いぞお前らー!」と叫ぶそいつの反応を楽しみながら、結局いつもの馬鹿なノリで盛り上がり、そこで「ソードアート・オンライン」というゲームの存在を初めて知ったんだ。
フルダイブとかヴァーチュアルリアイティとか、まだ小説の世界の物だと思ってた俺は、その友達の熱心な説得に負けてそのゲームを一緒にやることになった。
なんでも友達は商品化する前のゲームをプレイして不具合を見つける「βテスター」と言うのをやってたらしい。確かに最近すこし付き合いが悪いとは思っていたが、そういう事情だったのかと驚いた。

徹夜してゲームショップに張り込んで、「金はどうすんだよ」「パチンコで一発当ててきたから2人分はどうにかなる」「1人分足りねえじゃん」「テスターには無料サービスなのさ」とかくだらない話をして、3人で並んで2つ買った。一人余計だったじゃんかと笑いながら、ヘルメットみたいなゲーム機とソフトを抱えて友達の家に持ち込んだ。

3人でゲーム始めて、リアルな世界そっくりの仮想世界に「すげーすげー!」って馬鹿みたいに叫びまくりながらレクチャー受けて、想像してたようなポリゴンの荒さが無いとかモンスターがリアルすぎてキモイとか、「それを言えばお前のアバターのイケメン加減の方がキモイじゃん」って言われたあいつが顔を真っ赤にして怒って・・・



それからまもなくして、SAOという世界初のフルダイブ型MMORPGは「デスゲーム」になった。



 = =



社会的地位や、家族に何と言われるだろうという恐怖。
この世界から今すぐ脱出する術と自分の命が直結してしまったその町をふらふらと歩く私はきっと幽鬼のように見えただろう。

だから、その音楽を聞いたのは、ただ偶然そこの近くを通りがかったから。それだけのきっかけだった。”聞き耳スキル”というのも必要なかった。

その耳に飛び込んできたのは、ギターに似た弦楽器の音色だった。
特別な演奏技術がある訳でもなく、取りあえず弾けて音程が取れている程度の演奏。ピアノやヴァイオリンは親にやらされたことがあるが、発表会の類に出るのが当たり前と言うレベルの彼女にとっては、あまりにもその演奏は雑だった。
かといってギターなど演奏したことが無いのだが、教われば上手くなれる自信はある。
ともかく、この世界に来て長らく聞いていなかった「音楽」という身近な存在に、まるで夜の街灯による羽虫のように吸い寄せられた。
近づくにつれて、若い男の歌声も聞こえてくる。

 ~~♪ ~~♪

とてもシンプルなメロディの、いかにも今時の若者っぽい印象を受ける曲だった。
歌声は特別に上手くもなかったが、メッセージ性が直球で無駄な気飾りのない歌詞は、不思議と耳にすんなり受け入れられる。

段々音のする方へ足が進んで、曲がり角をまがった先にようやく目当ての人物を見つけた。

恐らく高校生か大学生くらいの男だった。NPCではない、プレイヤーだ。ギターのような楽器はどこで見つけたのか分からないが、アインクラッド特有の楽器なのか、ギターを民族楽器風にアレンジした独特のフォルムをしていた。

男の歌声が止まり、弦楽器が何度か弦でリズムを弾き、演奏はほどなくして終了した。

「何、やってるんですか」

そう話しかけて、私こそ何をやってるんだと自嘲した。
この世界は茅場晶彦に支配されて実質的に脱出不可能になった仮想世界という名の牢獄だ。何をやっていても結末は一緒だろう。
この会話もそのうち無意味なものになる。
私が死ぬことによって。
もしくは彼が死ぬことによって。
あるいは、両方死ぬことによって。

そんな事を考えているこちらに一瞥くれた男は、何でもないようにあっさり質問に答えた。

「語りびき・・・というか、路上ライブ」
「意味、あるんですか」
「あるさ。偶にどうしようもない顔した奴がここで俺の歌聞いてくれるから。君みたいなのがね」

その発言に感情は一切揺れなかった。ただ漠然と、「だからどうした」と思っただけだ。
今、自分の感じている虚無感と無力感を上回るような感情は生まれなかった。
そもそも、この男の歌を聞きに来たわけではない。ただ、日常に近いものを感じたというだけだ。本能的なものであって、私の意思とは言えない。

彼のその行為はこの世界では経験値にならないんだろう。
全く無駄な行為だった。
どうせこの世界では肉体は疲労を感じないが、彼のそれは何もせずに眠りこけて精神力を温存するよりさらに無為な行為に見えた。

「どうせ皆死ぬのに」
「かもしれない。俺なんか、戦いに出ればひとたまりもなくイノシシに吹き飛ばされることになるだろうな」
「弱いんだ」
「まぁな。自慢じゃないが、友達二人は俺を見限って早々にフィールドに出ていったよ。薄情な奴らだが、正解だと思う・・・一緒に連れてかれてたら、耐えられなかったろう」

友達に捨てられた。
そのワードを平然と発する男の声には、どこか諦観にも似た響きが混じる。
きっと置いて行った相手の事を本当に信用しているのだろう。相手も辛かったはずだと思いたいのかもしれない。
その時、この人は本当は何を思ったのだろう。私と同じだけの絶望を抱いたのだろうか、それもと大したショックも受けていないからこんなところで楽器をかき鳴らしているのだろうか。

父さんと母さんはどう思うだろうか、私が出来損ないの子に成り果てて。

――何も思わなかったかもしれない。そんな声が頭の中で強くなった。

あの子は元々出来が悪かった。
諦めるいいきっかけになった。
そう笑っていないなんて、言い切れるだろうか。
そんな勝手な思い込みに翻弄されるのを嫌うようにかぶりを振る。

「暢気ね。皆こんなところに閉じ込められて落ち込んでるのに、不平等よ」
「歌ってギター弾くくらいしか出来ないんだよ。未だにプレイヤーウィンドウ開くのにも苦戦するんだから、もうどうでもよくなって歌ってる」
「なんだ、自棄なんだ」
「最初の日、友達2人を見送ってからやることが無くて、取りあえず久しぶりに一人で路上ライブしてたんだよ。昔は今以上に歌が下手でさ、カラオケで練習するのも金がかかるからそうやって歌の練習してた」

男が弦楽器のペグらしいところを摘まんで、顔を顰める。

「・・・なんだ、これ飾りかよ。弦の感触は本物と瓜二つなのになぁ」
「ゲームだもの、そこまでは必要ないでしょう」
「だがゲームであっても遊びじゃないってあのカヤバとかいうのは言ってたぞ?」

ぶつくさ文句を言いながらも楽器を抱え直した男は、再び歌を歌いながら演奏し始めた。

 ~~♪ ~~♪

その演奏は精々がカラオケで80点前後といった程度の歌唱力でしかない。
だが、何もかもがプログラムで決められたこの世界の中では、それだけがプレイヤーに許された唯一の自由の主張に思えた。
その歌が、語り掛ける。


お前が日常だと思ってた現実なんて――

今日にはもう砕け散って、なくなってるかもしれないんだ――

だったらお前がするのは、無くしものに拘泥するんじゃなく――

行動だ。与えられた環境を享受するんじゃない――

おまえの生きる世界にもぶち壊せない、おまえの行動をするんだ――



「・・・負けたくない」

口が勝手に言葉を紡ぐ。
紛い物の筈の体に熱い血潮が流れた気がした。
彼の歌うその歌詞の一つ一つが、彼女の胸に薪をくべた。
この世界に来て初めて感じる、激情。自分にこれほどの情熱が眠っていたのかと驚くほどに。

「こんな訳の分からない世界で、訳の分からないルールを押し付けられて!そのまま世界になされるがままなんて嫌!!」

行動だ。
行動だけは、自分が自分として行動した記憶だけは、たとえすべてがデジタルに支配されたこの世界でも変えられない。
私の魂は私のものだ。
私の命はこんなゲームで失われるんじゃない、最後の最後まで抵抗し尽くして、戦いつくして、私がこれ以上戦えないと思うほどまでに全力で生き抜いたときに失われるんだ。

茅場晶彦にも、SAOと言うゲームが用意した死も受け入れない。

私はそんなものに負けて死ぬんじゃない。

私が最後まで抵抗しつくしたことが、私の勝利なのだ。

気が付けば、彼女は明確な死の危険が待つフィールドへ走り出していた。
ありったけの通貨(コル)でポーションと武器を買い込んで。「負けたくない」というそれだけの意志を決定的なまでにその心に刻んで。

そんな彼女が走り去るのを、青年は寂しそうに見送った。

「俺の歌で立ち直ってくれた・・・って考えることは出来る。でも――戦わなくてよかった人を送り出しちまった、ともいえるかな」

男の歌を聞いたプレイヤーの何人かが、本人なりに心に区切りを付けてデスゲームの重圧から立ち上がった。だが、それは正しい事なのか?
最初からなかった希望を引き伸ばしにしただけで、彼らは結局このゲームに押し潰されるかもしれないじゃないか。あるいは、歌った俺のせいで彼らが死地に追いやられたかもしれないじゃないか。そう思うと、素直に喜ぶことは出来ない。

「・・・でも、未来はある。そう思ってなきゃ人はやってられないんだよな。未来を掴むのは俺たちの手だ」

男は演奏を続ける。経験値にも金にもならない演奏を、ただ続ける。

何もできない男が唯一出来るのは、それだけだから。



 = =



もう時間帯は深夜になってきた。
この町は夜の街に幽霊が徘徊するとかいう噂のせいで、時間帯によるNPCの人数差が極端だ。ここは宿が近く比較的街灯が多いが、ひとたび離れればゴーストタウンのようになる。
ちなみに、その幽霊の正体の殆どがホラーなクエストの類なのだが。

そんな陰気くさい場所に何故俺がいるのかというと、俺の歌を聞くのに1層まで下りるのがしんどいと相談されて渋々上の層に足を運ぶようになったからだ。最近は戦いの才能が壊滅的だったため生産職に手を出しているが、そっちの方の成果は芳しくない。

だから俺は相変わらず歌ってる。
そんな俺を役立たずだと吐き捨てる連中もいれば、フィールドやダンジョンから帰ってくると必ず聞きにくるような物好きな奴もいる。そんな物好き共のために、おれはこうして歌っている訳だ。情けないことに、楽器代や生活費は他人に工面してもらっている状態だ。

俺を置いて先へと進んだあいつらは、今頃どこにいるんだろうか。
安否を気遣うメッセージは送ることが出来るが、なんとなく気分になれずに一度も送ってはいない。
別に置いて行かれたことを恨んではいない。むしろ、俺を連れていかれたら間違いなく負担になったろう。俺自身、情けない自分に耐えられる自信はなかった。
一応町を出る前に一報くれたし、俺もそれでいいと伝えた。

未だにレベルは他人に手伝ってもらってようやく20に届いた程度だ。
今いる層の安全マージンが確か35くらいで、今の最前線ではもう60くらいだっただろうか?詳しくは覚えていない。
レベリングなんてしんどくてきついのだが、よりよい楽器を抱えるのにSTR(筋力)の値が足りなくなるのだ。
数層に一つ二つ、弦楽器は置いてある。ほかに楽器演奏する人間が少ないから、多くが俺の所に回ってくるのだ。

余談だが、弦楽器以外の楽器も多く存在するが、俺のように路上で演奏している奴は殆どいないそうだ。理由を聞くと、俺に勝てないからと口をそろえて言う。
・・・音楽ってそういうものじゃないと思うのだが。

丁度歌を歌い終えたタイミングを計るように、声。

「Hey、また歌ってんのか」
「ああ、あんたか」

男はその声を聴いて、知ってるプレイヤーだという事にすぐ気付いた。
妙に発音のいいイントネーションの喋り方と声。そして顔を上げれば隠密スキル補正の高そうな古びたマントの男。
名前も知らないが、第1層から時々歌を聞きにくるため常連と言えるプレイヤーだ。

「いい歌だな。でも聞いたことがねぇ。オリジナルか?」
「まさか。20年くらい前のロックバンドの名曲さ。作曲もちょっとは齧ってるが、これには一生かかっても勝てない」

遊び半分でバンドやってるような俺が本気で尊敬してるバンドだ。アインクラッドに閉じ込められて最初に思い浮かんだ応援歌がこれだった。常連は「ふゥん」と相槌を打つ。

「まぁそうだろうな。音楽に興味ないオレも、こいつの良さは分かる。ほかの曲のレパートリーないのか?」
「あるにはある。でも新規で聞きにくるような奴はこの曲目当てだし、俺もこの曲を聞いてると元気が出る。最初はこれで決まってるし、アンコールがあればずっとこれだ」
「Wow、まるでトップアーティストだぜ」
「そいつは皮肉かい?」
「まさか。ツイてるって話さ」

この電脳空間、いや、仮想世界というのだったか。それに意識が閉じ込められなければ、俺の歌なんて一人たりとも評価しなかったろう。
もし歌が気に入ったとしても、ネットで音楽ファイルを拾って本物が歌ったほうを聞けばそれで済む。
俺という存在が注目されて人から慕われるのは、この世界だけだ。

「嬉しくないのか?人気者だろ?」
「まぁ嫌じゃないさ、心温まる人情劇だってないわけじゃない。でも・・・この世界にいると他人の演奏が見れないからあんまギターの腕が上達しねえんだよ。何で茅場はこのゲームにギタリスト連れてこなかったんだよ・・・ったく」
「プッ、そいつは確かに深刻な問題だ」
「それにこの世界じゃ便所に行けねぇし体臭もほとんどしねえ。走っても走っても心臓が鳴らないこの世界じゃ、歌ってもイマイチ高ぶらないっつうか・・・」
「フーン・・・・・・俺には分からんな。言いたいことは何となくわかるけどな」

本音を言えばもう一つ。
ここでは馬鹿騒ぎして楽しむあいつらと一緒にいられない。
馬鹿騒ぎして、箸が転げても面白かったあの連中とつるむことが出来ないのが、寂しかった。
ふと、あいつらは今元気にしてるんだろうかとフレンドリストを見てみる。二人とも名前が灰色に変色していた。迷宮区に入っているとこうなるのだが、死んだときもこうなるらしい。

「・・・どうした?」
「いや・・・」

もしも現実世界に戻っても、あの頃みたいに楽しく笑い合えないだろう。
なんとなく、そう思った。
2人が行った先が迷宮区であれあの世であれ、もう俺がついて行ける場所ではないのだ。
別たれてしまった道だった。

死んでいるかもしれないことを不安には思わなかった。
むしろ、現実に帰って再会した時に、「大変だったな」と笑いかける俺に、あいつらがどんな顔をするのかの方が考えたくなかった。

「お前は何もしてなくて、暢気に歌ってただけだろう」と軽蔑するのか。
俺を置いて先に行ってしまったことに背徳感を感じて、顔を顰めるか。

それともひょっとしたら、すでに2人は俺の事を忘れているのかもしれない。
初日以降、2人からはメッセージが来ていない。
彼らの生きる濃密な世界の中で、俺は明らかに優先順位の低い存在だろう。
俺は彼らの中で希薄になってしまった。離れてしまうと、人心も簡単に離れる。

もう、あの瞬間は戻らない。

「・・・一曲聞いて行けよ。曲はあれでいいか?」
「ああ、やってくれ」

最初の頃より少しは上達した声が、町の通路に響く。
いい曲だ、と常連の男は呟いた。
俺もそう思う、と呟き返した。

暫くして客とも通りすがりとも知れない誰かがやってきた。
何度か見たことがある、黒い服の少年だ。
常連の男を見るなり、その表情には憤怒や恐怖、悔恨など様々な感情の入り混じったどす黒い声で呟く。

「お前・・・ここで何やって――」
「shut up・・・曲が台無しだぜ、今だけは黙ってな」
「そいつに手を出す気か?今までそうしてきたように・・・!!」
「なんだ、ここで始めたいのか?黒の――」

「・・・・・・お前ら、黙ってそこに座れ」

歌の途中に横でぐちゃぐちゃ喋られるより不愉快なことはない。
久しぶりに怒ってしまった。大人しく二人が据わったことを確認して、楽器をかき鳴らす。


生きてるってのは楽しいよな。美味いとか痛いとか疲れたとか――

すげぇじゃないか俺達、それって全部生きてるから感じるんだぜ――

だから若いうちは、その「生きてる」を求めて走り回るんだ――

だから、邪魔する奴は殴り飛ばしてやりな――

俺たちの特権だそれは。お前のやりたい行動をするんだ――


「お前がこんな歌聞くのか」
「イイ歌だろ?否定してないのさ、俺もお前も」
「・・・・・・」

正しいか正しくないかなど問わない。行動の結果だけが本当だ。
そこに善悪も貴賤も存在しない。それは罪も後悔も終着ではないということ。
黒服の少年はそちらに目もくれず、口だけで小さく宣言する。

「俺はこれからもお前らの邪魔をする。レッドを許さない」
「Hoo、怖い怖い・・・やってみな、勇者気取り」

たった二人の観客を前に、演奏は続いた。



 = =



聞き覚えのある歌声が、耳に届いた。

「ああ、よかった」と顔がほころぶのを自覚する。
このゲームが始まったばかりでどうすればいいのか分からなくなってきた時代、この歌声によって私は両足で立てたのだ。長らく勤務で聞くことが出来なかったが、今日ようやく聞けるようだと安堵する。

(この機会を逃せば、もう聞けんかもしれんからな)

初めて来る層だが、彼は上層・中層・下層の3つの層を行き来して路上で歌っていると聞いた。
噂話程度のスケジュール把握なのですれ違うかもしれないと思っていたのだが、今日の私は運がいい。

彼はギルド《アインクラッド解放軍》――通称”軍”の佐官席を預かる男だった。嘗ては燃えるような熱意と共に剣を振るい、最前線を駆ける攻略組の一員としてゲームクリアに貢献していた男だ。

だが軍は25層のボス攻略において、その勢いが余ったこととフロアボスの危険度が想像以上だったことが重なり攻略続行が難しくなるほどの損害を受けた。
以降、軍は下層において質の悪い犯罪(オレンジ)プレイヤーを捕縛するなどの治安維持活動に専念するよう方向転換し、その勢いは下火になった。
それによって彼は、まだ戦えるだけの余力があるにもかかわらず、後方に下がらざるを得なくなった。
彼の歌を聞けなくなったのもその頃からだ。なまじ実力が高かったがゆえに佐官という高い地位に置かれ、雑務に追われることとなった。

レベリングも見回りもデスクワークもすべて定められ、攻略に足を運ぶことは上の判断で許されない。攻略ギルドと名乗っていたくせに、何たる無様。
それまで、軍は栄光があった。
勝ち戦をしている感覚があったし、この世界を開放するために身を削るだけの覚悟と誇りがあった。
華があった。
解放軍という名前は、たとえ最後の一兵卒になろうとも、戦えない人々をこの世界から解き放つためなら命を捨てるという決意の表れではなかったか。

それが今はどうだ。
隊員は組織管理と利益の計上に腐心して世界解放など二の次三の次。
回る狩場は全て攻略組のお零れでしかない。
揚句、危険な場所に足を運ばない部下たちは段々とつけあがり、不届きにも市民から不当に税金と称した金を巻き上げて私腹を肥やしているという話まで耳に届いていた。

――こんな所で燻っていては、軍は終わる。
そんな焦りが、じりじりと彼の身を焦がした。
今も他のプレイヤーたちは攻略を続けているのだろうが、軍の居た頃よりもその勢いは確実に弱まった筈だ。
頭を過るのはクォーターポイントの悪夢、無念、そして想像する最悪の未来。

彼は人知れず、不満を蓄え続けた。
自分はまだ戦える。軍もこのような下層にばかり留まるから首が回らなくなるのだ。
ならば、戦うべきだ。
解放軍の誇りは未だ攻略組の誰とも知れない連中に勝るとも劣らないのだと見せつけるべきだ。
栄光を、もう一度この手に――その思いだけで今まで準備を続けてきたのだ。

次の74層のフロアボスを、アインクラッド解放軍のみで討ち取る。
討ち取って、我々はまだ最前線で戦えることを示すのだ。
今の攻略組にも、いまの攻略組にも、このアインクラッドの全てのプレイヤーにだ。

あの、次々にボスを撃破していた無敵の勢いを取り戻す。
そして、今度こそクォーターポイントに潜む悪魔を破る。
そうすれば、もう我々の見据えるものは念願の100層のみ。

軍の攻略復帰によって、閉塞した現状を一変させる。

その戦いの前に、どうしてもこの歌を聞いておきたかった。

(相変わらず・・・いや、昔より二回りほど上手くなったか?時間が経つのは早いな・・・)

既にこのゲームが脱出不可能になってから2年が経とうとしていた。
彼等が現実の時間を奪われ、自由を奪われてから2年だ。
現実世界では、茅場の言葉が正しいなら昏睡状態で2年もの間肉体が放置されている事になる。

全てがゲームシステムの下に統治された極めて不自然なこの世界に、男は違和感を覚えなくなってきていた。そう、まるでここも現実の一つであるかのように。
だがそれはこの世界とそれを用意した茅場晶彦に飼い慣らされている事でもある、と男は考える。

故にそれに縛られない人間の意志は、ゲームには支配できない。
そしてその意志を込めた彼の歌も、やはり支配できないものだ。


未来なんてものは、顔も知らない大人が用意する物じゃない――

だってそんなものは絶対に俺達の望んだ物とは違うだろう――

そうじゃないんだ、未来は用意するとかしないとかじゃない――

俺達の歩んだ道が、そのまま未来に続いてるんだ――

だから未来はいつだって俺達の手の中にある――


「そうだ、未来は我々の手の中にある。掴みとりたいなら・・・」


それが、男が聞いた彼の最後の演奏になった。

翌日、男はその歌によって与えられた希望を都合の良い形で解釈した結果、その希望に押し潰されてボスに敗北する。その後、ボスは他の攻略組によって討伐され、軍にはもう攻略に参加できる存在が皆無であるという噂を図らずとも証明した。

もはや彼が本当に世界を救いたかったのか、それとも惨めな自分に耐えられずに光を見たくなったのか――その真実は1と0の狭間に散って、二度と確かめられなかった。
彼が握ったのは、数名の部下の命を死なせた責任と砕けた自身のポリゴン片だけ。




歌は歌でしかない。それをどう捉えるかは、聞き手にのみ決められる。
そしてそれが必ずしも救いであるとは、限らない。

それでも、歌うしかない。それが、彼が未来を掴むために唯一出来る行動だから。
  
 

 
後書き
ロックバンド「ブルーハーツ」より、『未来は僕らの手の中』をモチーフに内容を作成しました。
余談ですが、主人公の名前は「ブルハ」です。他の2名もバンド名にちなんだネタネームだったり。キャラクターの名前は敢えて一つも登場させないことにしました。貴方の知っているキャラかもしれませんし、そうではないかもしれません(バレバレですけど) 
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