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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第三章 メズーン・メックス
  第四節 離脱 第一話 (通算第56話)

 
前書き
かつてのホワイトベースの艦長ブライト・ノアはティターンズの遣り方に反発した。ブライトの前に現れた赤いMSはかつて《スカートツキ》と呼ばれたドムに似た機体だった。エマ・シーン、カクリコン・カクーラー、ジェリド・メサらの目の前で奪われる《ガンダム》。

君は刻の涙を見る……。 

 
 広大な宇宙は、メズーンを中心に右にも頭上にも後背にもその深淵を覗かせていた。
 リニアフローティングシートに座れば、全天周モニターに囲まれ、まるで宇宙遊泳をしている気分になる。シミュレーションと同じ映像がそこにあった。如何に《ガンダム》と言えども、オールビューモニターの精度や映像は変わらない。違うのは擬似的なGではなく、機動の度に掛かる現実のGだ。常ならば、そのリアルさに嬉しさが込み上げてくるところだ。
 MSで宇宙に出た経験がない訳ではない。自ら志願して哨戒任務に就くほど、積極的にMSでの宇宙活動を経験している。だが今、メズーンは半ばパニックに陥っていた。
「て、敵は……?」
 ミノフスキー粒子撒布下では光学センサーだけが頼りである。しかし、その範囲は既に格闘戦の距離であった。米粒ほどの反応を見逃すまいとメズーンは躍起になっていた。
 戦場に出たという実感――運が生と死を隔てる不条理に満ちた世界への恐怖が、メズーンを捉えて放さない。無意識的な心の働きは本人でさえコントロールすることはできなかった。経験と慣れ、それだけが克服の処方箋なのだ。
 だが、これは何もメズーンに限ったことではない。新兵が必ず通る登竜門だ。一年戦争から七年、軍に戦争経験のある者は殆ど居らず、最前線には名ばかりのベテランが溢れていた。佐官級ですら、実戦経験がない者が多い。現在の地球連邦軍の中で実戦にでて帰還できる兵士がどれ程いるのか、疑わしいという体たらく――それが実態である。
 もう一つの要因は気密だった。
 酸素濃度インジケータは充分あるかに見えたが、備蓄が充分とは限らない。コロニー内では備蓄をしないのが一般的であり、陸戦装備には高濃度圧縮液体酸素が含まれない。
 ましてや、MSの気密を信用してはならないのはパイロットの常識であり、だからこそ搭乗に際してはノーマルスーツの着用が義務づけられている。だが、メズーンはノーマルスーツを着ていない。装甲一枚――実際にはチタン複合材でできたハニカム構造による多層装甲――向こうは真空の世界であり、メガ粒子弾を被弾すれば、かすり傷でさえメズーンにとっては命取りになりかねなかった。
 加えて《ガンダム》は試作機であり、コロニー内の演習用のメンテナンスしかされていないのではないかという疑念も浮かんでくる。人は酸素が無くなれば窒息してしまう。ゆっくりと近づく死の恐怖が、頭の片隅にこびりついて離れなかった。
 幾度となくシャアの《リックディアス》が接触し、メズーンを落ち着かせようとしていたが、徒労に終わっている。今は時間が惜しい。一秒も無駄にはできない。
「メズーン君、実戦と言っても当たらなければどうということはない。私について来たまえ!」
「は、はいっ」
 このままでは、〈グリプス〉から出たであろう機動部隊に追いつかれる。それではせっかく奪った《ガンダム》を《アーガマ》に――いや、エゥーゴに持ち帰ることはできなくなる。危険を犯しても味方を呼ぶべきか、否か。
 バックアップのレコアたちを呼べばメズーンを合わせて七機になる。メズーンを中心に円陣隊形で行けば、突破は容易なのではないか――いや、位置を知られ集中砲火の的になりかねない。シャアは首を振って自らの考えを否定した。
「アポリー!ロベルトと共に《ガンダム》を抱えてレコアと合流しろ」
「了解……ですが、大尉は?」
 アポリーの心配は無論メズーンである。シャア独りならば心配する必要はない。シャアは《赤い彗星》のシャアなのだから。メズーンがシャアの足手まといになることが、懸念されるのだ。
 二手に別れる――それがシャアの決断だった。敵にアムロ・レイはいないのだ。メズーン独りならばなんとでもなると肚を括った。最悪、どちらかの《ガンダム》だけでも確保できれば、作戦は成功なのである。
「心配いらん。私を誰だと思っている?」
 見捨てる覚悟。
 戦場で最も指揮官が持たねばならぬものではある。だが、なかなか実践できる者は少ない。が、ために戦いに敗れた者も多い。
 シャアは冷徹であり、敵に対して容赦はないが、部下や仲間を大切にする傾向がある。既にシャアにとってはメズーンも仲間だ。最大限の努力を尽くそうとしていた。
 それに、ティターンズが虎の子の《ガンダム》を撃墜することもないだろうという思いもある。要はメズーンではなく、自分を狙ってくるという確信であった。
「では、《アーガマ》で!」
 アポリーとロベルトがスラスターを全開にして離れる。シャアは小刻みに機動を繰り返しながら、合流地点へ迂路を採った。端から見れば、ランダムに転進しているだけの様に見える。特に、素人に毛の生えたようなメズーンでは、その機動をトレースすることなど到底できるものではない。
「くっ……」
 急加速したかと思えば急制動、急旋回。サイドスリップしながら、逆方向に最大加速。常にその行動は、次の次の動きを視野に入れたものであり、コンピュータの予測範囲を超えた機動制御だ。熟練のパイロットでもトレースすることさえ難しい。
(なんて機動制御なんだ…MSを手足なんてものじゃない!自分の体のそのものじゃないか……)
 まるでニュータイプの様である。
 いや、事実ニュータイプとしか考えられなかった。まるでジオンの《赤い彗星》。
 メズーンの震えは止まっていた。 
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