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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第三章 メズーン・メックス
  第三節 蠢動 第五話 (通算第55話)

 茫然と愛機を見送るエマに、気遣ってその背にブライトが近づく。覗き込んだブライトが見たのは、エマの険しい表情だった。愛機を失った悲しみとか、見送るしかない茫然自失の体ではなく、戦場に際した戦士の緊張感に溢れ、一点を凝視している。エマの瞳に写るもの――それは接近しつつある《リックディアス》だった。
「赤い《スカートつき》だと?まさか――中尉、急ぐぞ!」
 エマの視線の先に気づくや否や、ジープへ駆け出す。こういう時のブライトは早い。
 戦場以外では――特に政争に関わりそうな場合は、惚けて言い逃れられる様に構えておくことが大事だからだ。軍の内部に網を張りたいところだが、上層部に睨まれていては思うように動けていないのが実情でだった。
 ニュータイプ部隊の艦長代理――この肩書きは消えることなくブライトに付きまとっていた。彼自身はニュータイプではない。たまたま、ニュータイプとして開花したアムロ・レイと共に一年戦争を生き抜いてきただけで、この扱いである。本人の扱いは如何ばかりか。アムロにはミライとの結婚式以来会っていない。軍の社会復帰プランを利用して大学に行ったあと、再び軍に戻ったと風の噂で耳にしただけで、会うことはできなかった。他のメンバーにはかろうじて会えることから、『ニュータイプを恐れた軍首脳部に監禁されているのではないか?』とジャーナリストになったカイ・シ・デンは言っていた。勿論、確証はない。ブライト自身も様々な伝手を辿ってみたが、皆目行方が分からなくなっていた。予備役入りして、戦争博物館の館長を勤めるハヤト・コバヤシから、最近になって北米に軟禁されているらしいと報された。
「ブライト中佐!」
 エマがブライトを追う。
 ブライトは、停めておいたジープの後部シートに飛び乗ると、追い掛けてきたエマにハンドルを委ねた。エマは無言で《リックディアス》の降り立った中庭の方へ向かう。やはり、普通のティターンズではないとブライトは感心した。
 だが、実際のところ、MS相手では生身の人間でどうこう出来るものではない。しかし、どちらの事態も味方のMSの連携が必要である。このままではMSは各個撃破されてしまい、こちらに打つ手は無くなってしまう。既にMSが数機撃墜されているのだ。
 機動艦隊もさすがに本拠のコロニーを傷つけ、民間人を犠牲にしてまでとは考えないだろう。そうなれば、敵の脱出ルートを想定したポイントに先回りして叩くしかない。
「スカートつき――ですか?」
 エマにとっては耳馴れない言葉だった。それもその筈で《スカートつき》とは、一年戦争中に連邦の兵士が渾名した《ドム》のことである。ブライトは見たままを言ったに過ぎないが、アナハイム・エレクトロニクス社の努力は報われていない。幾ら擬装を施しても設計思想からくる全体のシルエットで開発経路は推測できる。擬装では設計が変わる訳ではないから、致し方のない部分だった。
「……そうか、中尉は戦後組だったな」
 急に自分が老けた気がしたブライトだったが、ブライトとて若い部類である。最年少ではないものの、中佐としては数少ない二十代である。手短に《ドム》の説明をエマにしながら、《リックディアス》のパーソナルカラーに引っ掛かるものがあった。
 ジオンにも連邦にもMSの部隊カラーは当然存在する。兵器や兵士の発見性を下げたり、部隊の識別や部隊の士気を鼓舞するために行われたものだ。さらにジオン公国軍では、功績を讃えて個人レベルでの機体カラーを勲章がわりに許した。勿論、登録制であり、勝手に変えられるものではない。公国軍残党もその伝統を踏襲している。
 部隊カラーでないのは不揃いなカラーリングから明白であり、赤い《リックディアス》はシャアのパーソナルカラーに酷似――いや、そのままと言っていい。右肩に描かれたエンブレムが違うだけだ。少なくとも何らかの形でジオン――公国軍の残党か共和国軍かは不明だが――が関わっているとしか思えなかった。エゥーゴの主張はエレズムが元であるが故にジオンとも結託し得ることは理解できるが、何か違う意思が介在している気がしてならなかった。
「《赤い彗星》……シャア・アズナブル共和国軍准将ですか?彼は現在、ジオン共和国で首都防衛の任に就いているはずでは?」
「そのはずなんだが……」
 エマの言う通りだった。
 外国であるジオン共和国であっても、国民的英雄であるが故、にシャアの行動は連邦政府も把握している。ティターンズでは潜在的な敵を糾合しうる存在としてマークしていた。この件に関して、ジオン共和国の民主党親邦派議員が便宜を図ってくれている。
 ブライトも確信がある訳ではない。だが、どうしても気になるのだ。自分でも考え過ぎだと思わなくもない。しかし、戦場ではその直感にも似た気配を感じることが生き残る最善の手段であることを理解していた。
 所属不明機が難敵であるという確信。
 事態はブライトの予想と権限を軽く飛び越えてくれた。貧乏籤というものがあるなら、破り捨てたい所だ。
「あいつらっ!」
 ブライトの怒声にエマがジープのスピードを上げた。もう一機、《リックディアス》が降り立ったのだ。《ガンダム》を捕獲しようとしていることは明らかだった。エマとしても愛機を奪われた上に、為す術無しでは、正規パイロットの誇りが赦さなかった。
 強引に《ガンダム》と《リックディアス》の間にジープを割り込ませようと、エマはアクセルを踏んだ。
「エマ中尉、よせっ!」
 ブライトの声にハンドルを切って応えた。寸でのところで急ブレーキを踏んだジープは停車する。ブライトが制止したのには理由があった。新たに味方――もう一機の《ガンダム》が現れたからだった。 
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