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さまよえるオランダ人
第三幕その三
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第三幕その三

「船長よ沖に!」
「成功しなかった救いに乾杯!」
 歌が続く。その不気味な歌が。
「どれだけ嵐が喚こうと我等の帆はびくともしない。悪魔が我々を不死とした。我々は永久に死ぬことはないのだ!」
「何という歌だ」
「今の歌は」
 オランダ人のその歌を聴いて皆身震いせずにはいられなかった。最早酒も醒めていた。
「そんな歌ではない、我々と一緒に歌えばいい!」
「さあ、だからここで!」
 しかしそれも適わない。悪魔の如き歌が続く。そうしてその歌がまた歌われ。船乗り達も娘達も遂に恐怖に包まれその場から逃げ出したのだった。
 後に残ったのはまずは亡霊達の哄笑とその後の沈黙。後には何も残ってはいなかった。不気味な沈黙だけがそこにあった。
 ゼンタの家の前。彼女が家を出るとそこでエリックがやって来た。すがるようにして彼女に声をかけてきた。
「ゼンタ、ここにいたんだ」
「エリック、何なの?」
 ゼンタはそのエリックに顔を向けるのだった。
「何かあるの?」
「ゼンタ、話は聞いたよ」
 怯えるような顔でゼンタにまた言う。
「お父上が連れて来たあの男と」
「それのこと?」
「それのことってつまり」
 エリックはもうこれだけでわかった。それだけで。
「やっぱりそうか、そうなんだ」
「あの人のことが。どうしたの?」
「エリックに関係はないわ」
「関係ある。君はあのはじめてこの港に来た男に対して」
「そんなことは」
「だから言っているじゃない。貴方はもう」
「もう!?」
 強張った顔でゼンタに声をあげた。
「もう。何なんだ」
「私はもう貴方を見てはいけないの」
 エリックから顔を背けさえする。
「だから来ないで欲しいのよ」
「貞節を誓っているのか?」
「貞節!?そうよ」
 エリックの言葉に頷いてみせる。
「私は誓って言うわ。私の貞節はあの方にだけ」
「あの方にだけ!?そうか」
「ええ、そうよ」
 ゼンタも少しムキになっていた。
「だからもう」
「思い出してくれ、ゼンタ」
 絶望に支配されながらも哀願する顔でゼンタに言ってきた。
「あの谷に君が私を呼び寄せたことを。君の為に高山の花を危険を冒して採って来たことを」
 そのことを話すのだった。
「君を頼むとお父上に言われた時。君は言った筈じゃないのか?」
 そしてまた言う。
「お互いに手を握って言ってくれたじゃないか」
 必死に言うのだった。だがそれはゼンタには届かない。それよりもそこに偶然いたオランダ人がそれを聞いて発作的に叫ぶのだった。
「終わりだ、もう終わりだ」
 頭を抱えて叫びだした。
「やはり私は幸せは」
「何っ、まさか」
 エリックはその声がした方に顔を向けた。するとそこには。
「やはり、オランダ人」

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