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Ball Driver

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第二十五話 2人だけの修学旅行

第二十五話


パシャッ!

一眼レフのシャッターが切られる。
被写体は、マウンド上で躍動する少女。
体は小さく、髪が桃色で、気の強そうな童顔と、それに不釣り合いなツヤのある艶かしい唇。

「品田は良いねぇ!」
「確かに、ストレートの威力はあるな。チビだから角度は無いけど」
「いや、そういう事じゃない。見た目の話をしてるんだ。何がチビだ、小さいのに負けん気抜群なのが良いんだろうが。」
「はぁ?何言ってやがるんだ?品田が良いって、お前ロリコンか?犯罪者予備軍か?それよりも遠藤だろ。」

そう言ったカメラマンは、ライトのポジションに構える紗理奈にカメラを向ける。紅緒とは対照的にスラッとしたモデル体型、大人びた顔、まだ高校生なのにすでに完成されている美しさ。

「ああ?遠藤はカマトト過ぎるだろ。品田みたいな健気さが無いんだよ」
「ずっと言ってろロリコンが」

カァーン!

打球が空に舞った。



ーーーーーーーーーーーーーーーー




「おーい、権城くん」

試合後、球場の外で権城に声をかけてきた人が居た。50歳ほどだが、球児にも負けない程に日焼けしたこの人は、スポーツライターの大利。
中高大と、幅広く野球を取材し、記事を書いている。権城は中学時代に何度か取材を受けた。毎日のように星の数程の選手にインタビューしているだろうに、ほぼ2年前に会っただけの自分を覚えているとは凄いなと思わされた。

「大利さん、どうもこんにちは」
「いやー、また出会えるとは思ってなかったよー。それも関東大会で!見てたよー、今日の代打タイムリー!」
「ありがとうございます」

権城が頭を下げると、大利は実に嬉しそうに握手を求めてきた。高校に入ってからというもの、自分の中学時代というものの意味の無さに驚いているが、こうして対外試合の時にたまに声をかけられたりすると、自分が日本代表だった事を思い出す。

「武蔵中央シニアの卒部式、覚えてるかい?俺が権城くんに進路を聞いたら、吉大三でも帝東でも、青浜でも壮快大相模でもなく、地元に帰るだなんて言うんだから!俺、結構止めたよな?」
「正気かって言われました(笑)」
「それが今日見てみたら!君、本当にとんでもないチームに行ったんだなぁ!圧倒的投打の品田に、冷静なスラッガーの遠藤!怪力の本田に巧打の良!なおかつ、去年いきなり全国行った地元シニアの選手も一年生に居る!なおかつ、練習は週三回で、采配は主将の遠藤がとっている!無茶苦茶だ!だが強い!俺、すっかりファンになっちまったよ!」

興奮気味に話す大利に、権城は苦笑いを隠しきれない。そりゃそうだよな。普通、頭おかしいって思うよな。高校野球を舐めきったような練習量に采配。その癖、関東大会まで勝ってきてりゃ。

「権城くんがレギュラーじゃなかったのは残念だけど、実際君でもレギュラーとるのが難しいほど、レベルが高いな。でも、今日のタイムリーみたいな活躍を繰り返していれば、いつかはレギュラーになれるぞ。君は走塁も守備も良いからな。頑張れよ、これからも!」

高笑いしながら去って行く大利に、権城は頭を下げた。権城はこっそり、自嘲気味の笑みを浮かべていた。

(今日みたいな活躍をしてりゃ、レギュラーになれるよだって?)

遠くなった大利の背中に向かって、権城はあかんべーをした。

(俺、代打じゃもう5打席連続ヒット打ってんだよ)

心の中で呟いてみたが、あまりにも虚しくなったのでやめた。周りから見たら、自分がただの控えである事はどうしようもない。それが権城には分かっていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー




「権城さん、待ちました?」
「いやぁ?待ってないよ」
「良いんですか?試合後に出かけるなんて」
「良いだろ。一年が入ったおかげで、洗濯からは解放されたしな。」

試合後のホテルのロビーで、権城はジャガーと待ち合わせしていた。南十字学園野球部は監督は采配すら紗理奈に奪われた形代なので勿論縛りなどはなく、主将の紗理奈も基本的には寛容なので、宿舎での過ごし方などは各自に任せられていた。

「中華街、ですか?」
「せっかく横浜に来たんだからな」
「うふふ、2人だけの修学旅行、ですね」

関東大会に出発する前から、2人は遠征先でのデートを決めていた。ジャガーはわざわざ、旅行カバンに外出用の私服を詰めてきていたくらいである。権城は実にラフな格好で、おめかししているジャガーと並んで歩くのは少しバツが悪いが、2人はホテルを出て行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー



ホテルから徒歩で中華街へ向かおうとすると、横浜スタジアムの前を通った。勿論、横浜スタジアムも春季関東大会に使われている。
球場の周りには、試合前後の球児達がウヨウヨ居た。

「おう、権城じゃないか!」

声がした方を振り向くと、ユニフォーム姿の大友が走ってきていた。帝東はこれから試合らしい。ウォーミングアップに、球場の周りを走っているらしかった。

「こんにちは、大友さん」
「お前ェ!遠征先に彼女を呼ぶとはやり手だなぁ!デートかぁ!羨ましいなぁ!」

近くに寄ってきた大友は、一冬越えてさらに大柄になっていた。名門・帝東の4番捕手、そして主将を務め、春の選抜では4強に進出して関東大会には推薦出場していた。テレビの向こうで活躍するかつての先輩の姿に、権城は深い感慨を覚えたものである。

「あの、一応彼女じゃなくて、チームメイトです」

権城が言うと、ジャガーはにっこり笑って丁寧にお辞儀する。よそ行きの態度が上手いというか、立ち居振る舞いが実に上品であった。

「あ、そーなの!凄く可愛いチームメイトじゃないか!サザンクロスは女の子多くて良いなぁ!ウチなんか、神島みたいなのしか居ないのに」
「呼びましたか?大友さん」

大友が豪快に笑うと、その背後には不機嫌な神島飛鳥が立っていた。昨夏、南十字学園との対戦で好リリーフを見せて以降、飛鳥は帝東投手陣の一角として活躍、勿論選抜でも好投を披露した。華奢な体も少し芯がしっかりして、少女ながら精悍な顔つきになっていた。

「権城、久しぶりね。女連れてる所に出くわすとは思ってなかったけど」
「……相変わらずトゲがありますなぁー世田谷区の飛鳥様は」

唐突に睨みつけられた権城は、やれやれといった風でその敵意を受け流す。両者はこういったやりとりを中学時代に数え切れないほどしていた。ライバルチームの中軸同士として、火花を散らし続けていた。

「……ま、中華街にでも行くんでしょ?楽しんできなよ。どうせ明日には帰るんでしょ?愉快で楽しい南の島に」
「おっ、そうだな。お前らこそこれからの試合負けたら、このまま都内に帰宅だろ?電車混むからなー気をつけて帰れよー」
「そうよ。私達は負けたらすぐに帰ってダイヤモンド100周。週三のあんた達と違って、負ける事なんて許されてないからね。あんた達と違って、本気だから。」

飛鳥と権城の睨み合いになる。大友は苦い顔、ジャガーは穏やかな苦笑いを浮かべていた。

「飛鳥、そうやって尖るのはよせ。何の得にもならんだろうが。ほら、行くぞ。」

このまま放っておけば激しい言い合いでも始めそうな雰囲気を憂いて、大友は飛鳥を引っ張って権城とジャガーから離れていった。大友は別れ際に振り向いて「ごめん」のポーズを取るが、権城はそれにニンマリとした、わざとらしい笑顔で返した。




「やっぱり、名門からすれば、私達はまがい物に見えてるのですね……」
「気にすんなって、あんなオトコ女の言う事なんざ。ほら、さっさと行こうぜ。まがい物なんだったら、とことんまがい物でいこうじゃねぇか。さぁー何食おうかなー」
「あ、私はアンティークの店に寄りたいです」

権城とジャガーの2人は再び中華街へと歩き出す。権城には、自分達が真っ当な名門校とは程遠い適当な野球しかしていない事など分かり切っている。もうこの頃になると、そんな“まがい物”な在り方を受け入れられるようになってきた。

(でもよ、そんなまがい物にも、五分の魂があるって事、いつかお前に教えてやるよ。見てやがれよ、飛鳥!)

権城の内には、“まがい物”の闘志が生まれつつあった。

 
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