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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第二章 クワトロ・バジーナ
  第四節 強襲 第五話 (通算第40話)

 慌ただしく《リックディアス》のメインスラスターが強い炎を噴き出す。腰後部のテールノズルが閃光を吐いた。矯めるように屈んだ機体が伸び上がり、一対のクレイバインダーが瞬くと、《リックディアス》の巨体がコロニーの外壁から離れる。脚部のスラスターが断続的に輝きを増して急加速していった。
 シャアが脱出したベイに、艦艇の姿はなかった。コロニーの両端にあるベイは、プラントハロ側が主港とされ、施設も機能も充実しているが、逆側のベイは緊急用であり、普段は使用されていない。軍港機能はメインベイに置かれるのが一般的だ。
〈グリプス〉とて例外であるとは思えない。ならば、通報から出撃までのタイムラグが最短で五分として、追撃のMSがこちらに来るまで、凡そ七分ある計算になる。ベースジャバーを使って最大加速で駆けつけたしたとしても、すぐに発見される恐れははない。そして既に《アーガマ》がシャアたちとの合流のために近づいており、ミノフスキー粒子を撒布している時刻である。敵のレーダー索敵網は完全に無効化され、光学探知以外の方法はない筈だった。
 仮定の上に仮定を重ねることは危険ではあったが、センサーのノイズ具合からいって間違いない。状況証拠ではあるが、ダミーを出すことで、注意を一時的に反らし、〈グリーンノア〉へ潜入したアポリーたちと合流する時間のゆとりを稼げる可能性はある。シャアは決められた手筈通り、ダミーを三方向に射出した。これまでのところ予想範囲内で状況は推移していた。
「しかし……な」
 だが、シャアは予定された自らの行動に懐疑の念を抱いていた。作戦における行動の戦略的意義で自分を納得させる。かつてのジオン公国軍では、戦力で劣っていたため、兵士一人ひとりに、高度な状況判断能力と臨機応変な対応力が求められた。シャアはその中で、人一倍勘が優れており『先読みのシャア』と渾名され、異例の出世を遂げた。その勘が、予定通りでは脱出が困難になると感じている。これは、言うなればニュータイプ的な感覚であり、予知能力とは微妙に違った。人の意志の力が肌を刺す様に漠然と感じられる――手練れの剣士が修行の果てに体得する殺気を感じたり、剣気を読むのに似ている。が、故に本人にとっては確信できることでも、周囲からすれば、なかなかに説得力に欠ける。シャアとて、実績がなければ、耳を傾ける者は少なかっただろう。
 常識的な軍人であれば、潜入した敵が脱出せずに戻ってくるとは考えない。だが、敵はあのバスク・オムだ。何をしてくるか解らない不透明な策略家である。とすれば、常識的な判断で決めつけては対応に遅れが生じかねない。ヘンケンはティターンズの実働部隊の実質的な長たるバスク・オムが出張れば、〈ルナツー〉の艦隊に捕捉されることはないと考えていたが、果たしてそうであろうか。シャアの疑念は晴れなかった。
 それは、シャアに別の懸念があったからだ。〈ルナツー〉鎮守府の総司令長官は、あの『闘将』――ダグラス・ベーダー大将であることが気掛かりなのだ。
 彼は地球連邦宇宙軍における旧レビル派の最有力者でありながら、大のジオン嫌いであり、親ティターンズ派の代表格である。当然麾下の将校も親ティターンズ派が多い。新設された〈ルナツー〉鎮守府総司令長官に任じられて以来六年、基地に常駐する精励ぶりで、将兵からの人望厚い。つとに将兵の鍛練に余念がなく、〈ルナツー〉の将兵は戦馴れしている精鋭揃いで有名だった。
「用心に越したことはない……か」
 苦笑いを口の端に残して、機体を〈グリーンノア〉へと向け、スラスターの出力を絞る機体を慣性飛行にして辺りを窺った。クレイバインダーが推進剤の増槽になっているとはいえ、推進剤が無限にある訳ではない。戦闘になれば、消費量は倍加する。できるだけ、浪費しくなかった。
 眼前にも後背にも巨大なコロニーの偉容が聳えている。その影になっている宙域には《アーガマ》と《チバーヌス》がミノフスキー粒子をばら撒いている。さらにその向こう――〈ルナツー〉外縁ギリギリには二隻のサラミス改級が控えていた。視認できる距離ではないが、作戦予定位置がチャート上にマーカーで示されている。
後衛のレコアの《リックディアス》も視認できない。カミーユとランバンの《ジムⅡ》も同様だ。彼らの役目は中継と後方支援である。増援はサラミス改級に艦載されている《ジムⅡ》六機が最大だ。最悪の場合、《チバーヌス》に艦載している《ガルバルディ》六機を動員できないこともないが、国際問題に発展しかねないため、出来れば避けたかった。でなければシャアたちが《リックディアス》で出撃した意味がない。
 だが、アナハイムの思惑とは別に、シャアの思惑というものもある。共和派の士官たちを如何に取り込めるかが、後の計画に関わってくるのだ。アポリー、ロベルトには中核を担わせたいとも考えていた。彼らには生き延びて貰わねばならない。
「あとは……《チバーヌス》次第か」
 自分の戦いを存分に見せればいい。ドレンのような艦長であれば、シャアはいますぐにでも行動を起こしたであろう。エルンストはドレンの様に叩き上げの艦長ではあるが、筋金入りの共和派でもある。信頼を寄せてはくれているが、司令官と艦長以上にはまだなっていない。だが、この戦いが変えてくれるとシャアは確信していた。 
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