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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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闖入劇場
  第九一幕 「予感」

 
―――感じる。

何、と言葉に表す事の出来ない、心のざわめく不快感。恐らく一つではなく複数が動き回っている。
その中でひときわ大きく、ひときわ暗く、そして動くと言うには余りにも静かに、這うように、じわりじわりと近づく感覚。向けた自身の意識さえ飲みこんでいるかのような、得体のしれない虚無感。これは人が受け入れてはいけない物なのだ、とさえ思える根拠のない感覚。

彼女は昔から、言葉で言い表せない不思議な感性を持っていた。ふと思い出されるように浮上する曖昧なイメージ。特に家を出てから少しずつ広まるように、彼女を今の地位に押し上げる過程で大小を問わずこんな感覚を持ってきた。特に専用ISを女王陛下より賜ってからはより鋭敏に、時には言葉を介さずとも感覚で知らない筈の事を理解出来るようになっていた。

だが、感覚を探ると精神がそちらに流される。だから余計に自分というものを考え、自己という存在をより強固な形で確立させなければいけなくなった。だが、今回のこれは今までのそれとは訳が違う、と勘が告げている。

ブラックホールのような、底なし沼のような、奈落のような、絡みつく蛇のような―――それが何かを呼んでいる。招き入れ、歓迎しようとしている。本能的に、これを受け入れてはいけないと強く思った。彼女自身がその激しい拒否感に戸惑うほどに、強く―――


「―――お姉さま?」
「・・・あ、何ですの?」
「いえ、折角のご飯なのにずっと動かないので・・・」

ずっと引っかかるような感覚について考えていたセシリアは、つららに肩をつつかれて、はっと我に返った。手にはまだ汚れ一つない割り箸が握られ、こちらの様子を伺うつららは不安そうな表情を浮かべている。どうも、考え事に気を取られ過ぎたらしい。自信の失態を悟ったセシリアは、しかし直ぐに気持ちを切り替えた。

「ひょっとして、和食はお嫌いですか?」
「いえ、むしろ興味を持っています。少々考え事をしていたのですが、食事を忘れてまで考えるほどの事でもないので食べましょうか」
「そうですか!それは良かったです!安心です!しかし、いくら料理が美味しそうでもお姉さんより先に箸をつける訳には参りませんでしたので、涎を呑み込み我慢しました!!」
「はいはい、褒めて遣わします・・・では、いただきましょうか」
「はい!改めて・・・いただきまーす!!」

そう元気いっぱいに叫びながら目の前の懐石料理に食らいつくつらら。結局セシリアより先に箸をつけているが、態々指摘する必要もないかと思ったセシリアはお吸い物に手を付けた。(たい)の切り身が入ったシンプルなものだったが、鯛のダシが効いていてとても味わい深い。見れば周囲もその料理の味に満足しているようで、特に鮮度の高い刺身の減りが早い。

「これは(こち)だな・・・脂がのってるなぁ。厚みも絶妙だよ、薄すぎず厚すぎず・・・・・・美味い!」
「ふぅん、本わさびだな。流石は老舗なだけの事はある。こういう所でケチって西洋わさび出すような所じゃないか・・・・・・お?こっちの煮物は面白い味付けしてあるな」
「マジですか?どれどれ・・・・・・わ、上品な味付けだな。後で厨房行って作り方教えてもらいたいレベル」

料理作る勢の一夏と評論勢のジョウはしきりに情報を交換しながら料理を評価するのに忙しく、隣に座った鈴とシャルは暇を持て余して何やらひそひそと話している。他にも簪がお茶を飲む際に眼鏡が曇ってユウに笑われていたり、ラウラが佐藤さんに苦手らしい料理を押し付けたりしている。当の佐藤さんは自分の食べる量が増えたと嬉しそうだが。

しかし、寿司はともかく刺身を食べるのは初めての経験だ。魚を生で食べる文化というのは世界的に見て珍しい部類に入る。特に日本では実に多様な種類の魚を生食し、これほど生魚の食べ方に精通した国はないだろう。

例えばセシリアの住む連合王国は海産物が豊富な島国だが、生食するのは牡蠣(かき)くらいのものだ。フランスでは近年寿司などの影響で生食が増えているが、それでも青魚はNG。味も日本のそれには遠く及ばない。中華料理は火を通すことが基本だし、生はやはり嫌われる。
ちなみにドイツには豚肉を生で食べる文化もあるが、それを言うなら日本人は鯨も馬も生で食べるし、一時期色々ともめたが生肉ユッケだって存在する。とにかくこの国は生に拘るのだ。

「・・・・・・つらら、このお皿の横に盛られた緑色のものは何ですの?」
「わさびです!薬味・・・香味料とも言うものですが、分かります?」
「スパイス・・・のようなものでしょうか」
「近いです!ちなみにとっても刺激が強いのでお気をつけて!」

盛られた緑の山を見て、セシリアは躊躇いがちながら少しだけ摘まんで刺身に乗せ―――

「ん゛ん゛~~~!?ん~~~っ!!」
「おいおい何やってんだシャル・・・ほれ、お茶」
「んぐ、んぐ・・・ハァっ・・・ハァっ・・・!ジョ~ウ~!!」
「おいおい、俺は今回は何もしてないだろ?自己責任自己責任!」

そこで、何やら涙目でジョウに掴みかかるシャルという珍しい光景が目に入った。顔を真っ赤にして憤慨しているシャルに対し、ジョウは呆れ顔でいなしている。

「・・・何事でしょうか、あれは?」
「シャルさんがジョウさんにわさびを大量に練りこんだお寿司を食べさせようとしたけど、わさびを注入したお寿司をすり替えるのに失敗したみたいです。シャルさんの泣いているところは初めて見ました!」
「なんて間抜けな・・・」

そう言いつつも、刺身に乗せようとしたわさびをそっと盛られたワサビのもとに返すセシリアだった。

宴の場は大いに盛り上がり、皆は明日に訪れるIS訓練の事も忘れて大いにはしゃいだ。その中に数名、迫りくる”敵”の気配を漠然と感じて警戒する者を交えつつも。



 = = =



教務補助生には、この合宿内でも教師からいくつかの役割を与えられている。消灯後の見回りや、行き過ぎた遊びをする生徒の注意、その生徒の担任への報告。他にも海岸に生徒が抜け出していないかのチェックや逃走する生徒の取り押さえなどの権限も与えられている。
逆を言えば、この権限を利用して出来ることもある。例えば―――取り締まり名目で海岸まで行き、組手するとか。

寄せては返す波音だけが響く暗闇の中に無言でにらみ合う二人の男、ユウとジョウ兄弟。汚れてもいいようにISスーツを纏っているが、月明かりだけが頼りになる暗さの中で組手をするというのは非常に難易度が高い。この旅館周辺には建物や街灯の類が極端に少ないため、ハッキリ言って明かりはほぼ存在しないに等しいのだ。余程目を凝らして何とか足元が見える程度の明かりしかないにも拘らず、2者の心に戸惑いはない。
今までに培ってきた鋭敏な五感と気配察知能力があれば、その程度は問題が無い。格闘家というのはそんな生き物だ。本業ではないとはいえ2人も格闘家のはしくれ、この程度で根を上げるほど軟ではない。

「・・・・・・」
「・・・!」

試合の開始に合図はない。声を出さずに息を吐き出し、砂上を走る。砂の足場は滑りやすいため足を踏み込むのではなくつま先で蹴るように、接地面の角度を間違えぬよう調整しながら相手―――兄の正面に走りこむ。
ただ愚直に進むのでは芸が無いので重心移動で次々に向かう方向をずらす。右、左、左、小刻みに重心移動方向の分岐に則ってフェイントを仕掛ける―――と見せかけて、もう一つ。絶好の間合いの直前に足首を使って砂の塊をジョウの顔に向かって跳ね上げる。

ジョウはこれを予測していたのか、顔色一つ変えずに音もなく移動、バランスを乱さず後ろに下がって砂を回避した。構わず脇を閉めて、握りこんだ拳に力を込める。

「でぇいッ!!」
「ふーむ・・・」

左から振りかぶるように横腹を狙うブローを放つが、これもまた重心移動と体位をずらすだけで躱される。勢いを殺さぬまま体を右回転させ、左足の踵でさらに追撃。今度は左手の甲であっさり蹴りの軌道をずらされた。簡単に弾かれるほど軽い一撃ではないはずだが、撃ち込んだ場所と角度が絶妙なため、最低限の運動エネルギーで逸らされた。その技量に今更舌を巻くほど短い付き合いではないが。

「そらっ!」

そして、目にも止まらない速さで振り上げたユウの足の、膝の部分を掌で瞬間的に押される。ただ押すのではなく、それは密着状態から繰り出される掌底のような勢いを持ったもので、まるで竹とんぼが回転を失うようにバランスが崩された。本人がその気ならば今の一撃で足を砕くことも出来たはずだ。
だが、向こうが手加減してくると分かっているからこそ、立て直しのできるよう上半身は準備をしていた。軸になっていた右足にばねを効かせて横っ飛びに跳躍し、側転しながら体勢を立て直す。
と、同時に再度跳躍。地を這うように低い体勢でぐんぐん加速し、死角から飛び込んできたジョウの足をほぼ反射的にくぐりながら、それのふくらはぎ辺りを脇に挟むように抱えて回転するような体さばきを加える。足一本を掴みこんでバランスを崩してやろうという魂胆だったが、それもまた失敗に終わった。

「掴みが甘い・・・ぜっ!」
「何っ!?」

体全体を回転させるようにスクリュー回転した足が、がっちり捉えた筈のユウの懐を一瞬で脱出する。ジョウの体勢を崩すはずが、自分のの体勢が崩れる形になった。しまった、と思ったときにはもう遅い。既に目の前にユウに止めを刺そうと伸びたジョウの腕が―――

「―――そこだ!!」
「へぇ、そう来たか!」

伸びた腕をユウが掴む。今度は派手な動きをしないと振りほどけない程に全力の握力で右手首を掴み取った。ジョウは組手で投げ技を多用する癖がある。普段ならばこれを掴み返してももう片方の手と足、もしくは頭突きによって動きが殺されるのを防いだうえでこちらを潰しに来る。
だが、ユウは体勢が低く、ジョウは高い体勢から掴みにかかっている。投げ技は相手の懐に入り、勢いをうまく利用してこそその効果が望めるのだが、ユウの体勢が悪いため上からでも投げ飛ばせると判断したのだ。

それを狙っていたわけではない。だが、可能性やシチュエーションとしてはあらかじめ考えていた。だからこそ、掴んで全力で引きずり込む。体勢さえ崩せばこちらのものだ・・・・・・った、筈なのだが。

「だが詰めが甘々だな。ほーれ、これでも対応できるか!?」
「ぐえっ!?」

逆に、掴まれた瞬間にすぐさまユウに飛び込む体勢へと変更していたジョウは、その勢いのままゼロ距離まで飛び込んでユウにサブミッションを仕掛けた。そこまで想定し切れていなかったユウは掴みこんだ腕を逆にひねられた上に首にまで腕を回され、頭突きで対抗する余地もないほどに締め上げられてしまう事となった。

「うぎぎッ・・・・!ギブアップ!!」

悔しいが、今回もジョウはユウの数枚上手だった。遺憾ながらそれを認めざるを得ない状況になったユウは、勝利を手放した。

「よし、本日の夜間組手はこれにてしゅーりょ~。お疲れさん、後で温泉入っておけよ?」
「了解・・・・・・とまぁ、それはさておき」

仰向けに倒れた体勢から跳ね起きたユウは、既に旅館へと向かうジョウの背中に話しかける。

「夜の組手なんて珍しいじゃない。しかもよその土地で、権利濫用までして連れ出すなんてさ。補助生としての仕事はどうしたの?」
「佐藤に押し受けてきた。やけにあっさり引き受けてくれたよ」
(本当かな・・・実は脅したんじゃないのか?)
「脅さねえよ!小声で兄の品位を貶めるな!!」

いくら佐藤さんが優等生とはいえ兄の我儘にそこまで付き合ってくれるだろうか、と言う疑問はぬぐえなかったが、実際には佐藤さんはジョウの言う通り快諾している。理由は単純に明日来るであろう「試練」に備えて2人にも何かしらの準備をしていて欲しかったのだが、事情を知らないユウは「本当にいい人だな・・・」程度の感想しか抱かなかった。

「・・・まぁ、合宿だしな。夜の組手もあんまり頻繁にやれるものじゃない、こういう機会にやっておいた方が経験を積めるだろ?」
「散々付き合わされたせいでこの暗闇でも兄さんの位置が分かるほどになったよ・・・」
「・・・なぁ、ユウ」

ふと、ジョウが振り向く。かすかな光さえ逆光になるこの角度では顔色は窺えないが、雰囲気や声色で真面目な顔をしていることを察する。ジョウはしばしの無言の後、告げる。

「お前さ・・・さっき首絞められた時、ギブアップしたろ?」
「まぁ・・・あれだけ完璧にきめられちゃ抵抗も無駄だしね。そりゃ悔しいけど・・・」
「―――決めてきたやつが見ず知らずの人間でもギブアップしたか?お前、俺が相手だから手加減してくれてるからって心の何処かで油断してんじゃないのか?」
「兄さん・・・?」

唐突な問いかけ。ユウはこの普段と違う兄の言動に更に戸惑いを深めた。その態度から読み取れる感情は、焦り?普段本気の感情と言うのをそれほど見せないだけに、自らの気も引き締まる。何より、言っていることは至極まっとうだった。

つまり、こう言いたいわけだ。お前が未知の敵に同じような技をきめられた時に、お前はもうあがいても無理だからと抵抗を諦めて死を受け入れる気なのかと。すんでの所で手加減してくれる甘い敵を頭の中で想定していないか、と。
その言葉は完全には否定できない。何せ、ユウは本気の殺し合いなど一度もしたことが無い。故に、人間相手に本気で狙われる覚悟があるのかを問われたのだ、とユウは解釈した。だが―――

「馬鹿にしないでよね。今まで2回もアンノウンに殺されかけたんだ。命を懸ける覚悟くらい出来てるし、何より―――本気の勝負なら絶対に諦めてやるもんか」
「俺との組手では諦めたのにか?」
「目の前の勝負に勝つことだけが戦いとは違うでしょ?無茶ばかりしてがむしゃらに勝利にしがみつくのは、今じゃないよ」

きっぱりと言い放った。ユウは勝利を渇望する人間だが、それは目の前に映るすべてに屈服すまいと噛みつく野良犬とは違う。命の賭け時、勝負時くらいは選ぶべきだ。でなければそれは、周囲に目が行っていないだけの愚か者にもなりかねない。

だから、ユウは腑抜けてなどいない。ユウなりに自身の行動に理由を見つけたうえで、無条件に甘えている訳ではない。これが命のかかった場ならば、命を懸けて骨から肉がそがれようとも抵抗する。それがユウなりの、覚悟。

「兄さんが本気で殺そうとするなら―――それはもう僕の追いかける兄さんじゃないから、その時は叩き潰せばいい。そうでないならまた挑めばいい。違う?」
「―――上出来だと言っておくよ。ショッピングモールでからまれた女に手玉に取られたって聞いて不安だったが、今のお前なら大丈夫だろ」

それだけ言って、ジョウは軽い足取りで旅館へと戻っていった。

「・・・ひょっとしてその女の人に嫉妬してこんなことしたんじゃないよね?」
「ぎくっ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

嫌な沈黙と共に、夜は更けてゆく―――
  
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