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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン10 ノース校と選ばれし戦士(後)

 
前書き
前回までのあらすじ。
試合はもうめっちゃくちゃ。 

 
「え………?」

 呆然として、声が出ない。そんな、だって、あの葵ちゃんがいつの間に。昨日会った時だってそんな感じじゃなかったし、今朝から今までの間はほぼずっと夢想と一緒にいたはずだ。じゃあ、一体いつ。

「おいおい、なんか随分面白い顔してるじゃんかよ」
「よ、鎧田!どうもこうもないよ、いま天田が………」

 確か、鎧田はまだ光の結社に入ってないはずだ。ごく普通の格好をしてるところを見ると、サンダー四天王もまだ………と、そこでハッと来た。もしかして、翔がずっと試合を中止するように言ってたのはこのことを知ってたからなんじゃあ。

「翔!」

 慌てて彼の方を見ると、悲しそうに目を伏せられた。何か言おうとしていたようだが、それより先に鎧田が口を開く。

「天田、そう天田な。いやー、実際こいつには苦労させられたぜ。どうも途中から自分しか残ってないのを薄々勘づいてたみたいでな、ここんところ何回誘ってもデュエルしてくれないわ、なんのかんの言ってどこかへ逃げちまうか、挙句の果てにはデッキを持ち歩かないからデュエルをしないなんて荒業までやりやがるしな。でもまあ、それも今日で終わりだ。ん?どうした?なんだよ、せっかく人が話しかけてやったのにシカトか?親の顔が見てみたいもんだな。まあいいさ、じっくりたっぷり……」
「ネタバラシ、とでも『洒落込みましょう』か、先輩?」

 洒落込みましょうか、のところで器用に僕の口真似を織り込んでいきつつ会話に割り込んでくる葵ちゃん。わりと似てると思うけど、僕の口真似なんてそんなしょうもないものいつの間に覚えたんだろう。
 そんなどうでもいいことを疑問に思っていると、なにか気の利いたことを言う前に口が勝手に動いていた。

「ああいいよ、耳の穴かっぽじって聞いてやるからさっさと話してちょうだい」

 んー、口悪いな僕。こういう喧嘩腰な態度は友達なくすからやめようって思ってたはずなのに。でもまあ、驚いてるのは僕だけじゃない。むしろ僕以上に剣山たち外野の面々から驚きの目を向けられてる気がする。無理もないか、アカデミアに来てからは基本的には穏やかな人だったからね、僕。そしてそのイメージは葵ちゃんにとっても同じだったらしく、一瞬へえ、という表情になったもののすぐにまた不敵な笑みに戻った。

「では遠慮なく。そもそも、私が光の結社の素晴らしさを知ったのはつい昨日のことです。ほら、先輩のところに3人組が行ったでしょう?あの時私が一人でいた時、こちらにも光の結社の方が来てくださったんですよ」
「ああ、それは確かに見たよ。ちょうどすれ違った」

 そう、それは覚えている。その後で葵ちゃんにおかしな点が時になかったからてっきり撃退したもんだとばっかり思ってたけど、どうやら違ったらしい。つまり、あの時からすでに引っかかってたわけだ。

「まあ、そうですね。正確に言えば、すれ違わせた、ですけど。下手に私一人でいるよりも先輩の到着した時間と同じタイミングで帰ってもらえばいかにもそれっぽいですし、実際先輩もそれに騙されてくれましたよね。もう本当に、気持ちいいぐらいあっさりと」
「………悪かったね、単純で」

 くすくすと笑う葵ちゃんに、少しむすっとしながら返す。ちょっと前までこんな嫌味な子じゃなかったのに本当に人間変わるなあ、光の結社。なんか横の方で鎧田が酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせてるけど、もしかしてセリフを全部葵ちゃんに横からとられたせいで話し足りないんだろうか。いつ口を出すか見守る意味も込めてもう少し放っておこう。
 それにしても、この時点でもう向こうの力関係もだいたい読めたね。やっぱこの学校の女の子はいろんな意味で男より強いのばっかりだわ。

「それでも、ですね。実を言うと、これでも計画通りじゃないんですよ?」
「へえ?」

 ちょっと不満げな様子の葵ちゃん。完全に僕は引っかかったのに、本来ならまだこの話に続きがあったらしい。

「いえですね、本来ならば先輩にも昨日の時点で私たちの仲間になってもらう予定だったんですよ。確かに私一人で先輩に勝つのはちょっと苦しいかもしれないですが、一度安心させておいてからの不意打ちという形、それに何より斎王様から力を頂いて光の波動を手に入れたこのカード、私の銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトンドラゴン)のご加護があれば十分に勝算はありました。ですけど………」

 そこで言葉を切り、一度僕の後ろで黙っている夢想の方にちらりと目を向ける。ああ、なるほどそういうことか。

「ですけど、まさか河風先輩まで連れてくるとは思いませんでしたよ。私だって1対1ならばまだしも、先輩たち2人を相手にして誰にも気づかれないように勝つことができると考えるほど間抜けではありませんよ。仕方ないので、昨日はひたすらばれないように専念してました。もっとも、河風先輩は気づいていたのかもしれませんが。昨夜は、絶対に私と先輩が二人にならないように随分気を使っていらしたみたいですし」
「あれ、そうだったっけ?」

 チラッと振り返ると、軽く肩をすくめる夢想の顔。

「言ったでしょう?嫌な予感がする、って。もし清明に何かあったら」
「ああ先輩方、もういいです。のろけはお腹いっぱいですので。さーてと、他に何か聞きたいことはありますか?なければ、試合の続きと洒落込みましょう?」

 多分のろけではないと思う。でもまあ、ここでそんなことに文句をつけるほど僕は野暮じゃない。むしろ夢想とのろけ話とか、その、正直嬉しい。今はそれどころじゃなさそうだ、ってことを除けばだけど。

「じょ、冗談じゃない!とっとと……」
「中断なんて、当然許されるはずないでしょう。それとも棄権しますか?2勝した時点での棄権なんて随分と馬鹿らしいことですが、もしやりたいならここにきているお客さんに対してちゃんと多数決で聞いてみて下さいね?説得にはか、な、り、骨が折れるでしょうけど」
「………そういうこと。そこも抜かりはないわけね」

 ざっと周りを見回してみる。ノース校が全員光の結社に入っているってことは、本校の分も合わせるとだいたい5分の4ぐらいが敵ってことか。当然、そいつらは何を言っても終わらせる気なんてないだろう。この勝負を受けた時から、すでに僕らは罠にかかっていたようだ。
 特にいいアイデアも浮かばず、どうすればいいのかわからないので上を見る。当然青い空が見えるようなことはなく、野球ドーム並みに高い位置にある天井とそこに備え付けられたスポットライト含むいくつもの照明、それに火災用のスプリンクラーが見えるだけだった。

「それで、この後はどうしようってのさ」
「私としてもデュエルを介さずに口約束だけでこちら側(光の結社)に入る、などと言われても信用できませんし、デュエルはちゃんとやってもらいますよ。先輩の持っている闇のカードとやらでも光の力を防ぐことができないのは、三沢先輩のおかげでもうわかってますし」

 三沢の闇のカードというのは、ウリアのことだろう。なるほど、確かに三幻魔の1体であるウリアの正式な使い手になった三沢でもデュエルに負けた時は光の洗脳にやられてた。となれば、僕がやられた時にチャクチャルさんに守ってもらうっていう案も使えそうにない。闇のカードの謎パワー的なサムシングで立ち向かうのは無理ってことが、三沢という前例のせいで証明されちゃったわけか。

「さあ、諦めてデュエルを続け……」
「そ、そろそろ代わってくれ、な?」

 む、葵ちゃんに真っ向から意見を言うなんて根性あるな鎧田。僕だってあんまりやりたくないのに。
 しかし、言ってることは情けないもんだ。

「ああ、まだ何か喋り足りませんでしたか?いいですよ、もう私が言いたいことは全部言いましたし」
「俺が言いたかったこともほとんど全部………ああいやなんでもないです。まあとにかくだ、清明。お前らもここで諦めて俺たちとデュエルしようぜ、な?」

 冗談じゃないよ馬鹿。この人数比相手で戦う気なんてさらさらない、ここは戦略的撤退だ。ということでもう一度逃げ道を探して、横やら上やらに目をやる。走って逃げるのは無理そうだし、とすれば何か別の手を考えるしかない。ここにあるもので今見える範囲のものはどれも期待できそうにないし、あと近くにあるのは内ポケットの飴ちゃんと………あ、いいこと考えた。

「さあ、準備はできたか?大将のお前の出番はまだ先だろ、さっさと中堅のやつを出せよ」

 この手なら十分なんとかなるだろう。勝ち誇った顔でそう言ってくる鎧田に、思いっきり笑ってみせる。

「やだね」
「あー?聞こえねえな。早く試合の続きを始めようぜ、って言ってんだよ」
「あっそ。いいよ別に聞いてなくても、どうせここでこの勝負は終わりにするし」
「何?お前らだけでそんなことできるわけが」

 ああまったく、これ以上はないくらい最高のセリフを吐いてくれる。そのセリフ、一つ一つが悪の組織の下っ端………ヒーローの逆転に痛い目を見る中間管理職ポジの悪者みたいじゃないか。こんな最高の舞台を作ってくれたなら、こちらとしても全力で期待に応えないとね。
 もっとも僕のやることはたった一つ。悪の軍団に追い詰められた一般人よろしく、逆転の切り札を呼べばいいのだ。さっとデッキケースに手をやり、当然のごとく手の中に納まった1枚のカードを高々と掲げる。これが僕の切り札だ!

霧の王(キングミスト)オオオォォッ!」

 瞬間、精霊体の霧の王がふわりとカードの中から飛び出てきて、任せておけと言わんばかりに頷いて手にした大剣を一振りする。みるみるうちにあたりがどこからともなく湧いてきた霧に包まれ始めた。それもただの霧じゃない、霧の王が生み出した魔法の霧だ。ふだん焼き菓子に使ってる安物の牛乳なんぞよりもはるかに濃くてきれいな白色が、数センチ先もよく見えないほどに辺りを埋め尽くす。いやー、精霊召喚が思いっきりできるってのは気分がいい。ちょっとスカッとできたし。
 当たり前だけどこれは想定外だったらしく、さすがの葵ちゃんも多少うろたえた声になった。

「こ、これは一体!?先輩、何をしたかは知りませんけどとにかく何かしましたね!ですが、こんなことをしたって何の意味も……!」
「そうだね。これだけやっても、多分こっそり逃げ出すのは無理だと思う。というか、こっちからも君たちどころか出口がどこかすら見えないし」

 これは嘘でもなんでもない。非常灯の明かりすらここからでは見えないのだ。だけど、僕の狙いは煙幕たいて逃げ出すことじゃない。

「だけど、そろそろじゃない?カウントダウン行くよー、5、4、3、2、1」
「い、一体何を」

 その言葉は、途中でかき消された。もっと大きな音が、頭上から響いてきたのだ。まず、不快感を感じるサイレンの警告音。そして、機械で合成されたよく通るけど無機質な声。

『火事です。火事です。デュエルルームにて、火災が検知されました。生徒及び職員の皆さんは、至急該当現場から避難してください。繰り返します。火事です。火事です………』

 その後一拍おいて、頭上から大量の水が降ってくる。おかげでびしょ濡れになったけど、そんな程度の犠牲かまうものか。

「この水………まさか、スプリンクラーですか!?」
「はい正解。まあ、これだけ濃い霧だからね。煙と勘違いしたスプリンクラーが消火用の水を使ったんでしょ。熱感知?そんなもの、例えば天井あたりだけ超高温の霧が出てればどうとでもできるね。それじゃ、クロノス先生!避難誘導お願いします!」

 突然呼ばれて慌てて立ち上がったらナポレオン教頭の服の裾でも踏んづけたらしく、どかどかと盛大に転ぶ音が2人分連続で聞こえてきた。どうにか起き上ったらしいクロノス先生の声が、今の騒ぎでも手放さなかったとみえるマイクで大きくなって辺りに響く。

『あー、あー、全校生徒の皆さん、及びノース校の皆さん。ただいま火災報知機が鳴りましたが、こういう場合は慌てず騒がず、なノーネ。私が誘導しますから、ちゃんと固まって決して走らないように避難するノーネ!』

 いやだから、その誘導が見えないんだよ。そんな一同の心の中でのツッコミは届かなかったらしく、意気揚々として誘導をしようとするクロノス先生。立派なことではあるんだけど、マイクのスイッチが入りっぱなしだから今壁にぶつかったな、とかまた転んだな、っていうのが全部筒抜けなのはご愛嬌。だけど、これで邪魔する奴は全員どかせるだろう。ちゃんと避難誘導やってくれてるあの先生には感謝してもしきれない。ありがとうございます、クロノス先生。………あ、また壁にぶつかったのか。ちょっとやりすぎたかな、霧。

「夢想、翔、剣山。皆もほら、早く避難して」
「うん……って、清明君はどうするのさ?」

 不安げに聞いてくる翔に、無言でふっと笑いかける。あ、見えないんだった。じゃあしょうがない、直接口で言おう。

「僕は、もうちょっとここに残ってるよ」
「ええ!なんでさ!早くこの隙に……」
「いやー、そうしたいのはやまやまなんだけどさ」

 ここで一拍間を空ける。特に深い意味はないけど。

「この霧を抑えられるのが僕(の霧の王)しかいないからね。みんなが逃げた後でゆっくり霧を消して(もらって)、後始末だけしてから逃げるよ」

 無論カッコ内は脳内のみのセリフ。葵ちゃんの前ではまだ精霊を出したことはなかったはずだから、もし聞いてたとしても僕自身がなにか怪しい力を持ってるんだと勘違いしてくれるだろう。

「ということでほら、行った行った」
「う~………早めに帰ってくるんスよ、清明君!」

 その言葉を最後に、残っていた気配が去っていった。さてと、一応もう少しの間はこの霧の中で待ちますかね。待ってる間、さっき見つけた飴ちゃんでも食べてようかな。





「まだ誰かいますかー、もう誰もいませんねー」

 飴をすっかり食べ終わったぐらいのタイミングで、声を張り上げる。よしよし、どこからも返事がない。

「じゃ、やっちゃって霧の王」

 みるみるうちに、電気の消えた部屋の中で霧が引いていく。とっととその場を離れようとして、目の前に人が立っているのに気が付いた。

「よう。やっと終わったのか」
「随分念入りでしたね、先輩」
「まーね。よくまあこんなところにずっといたもんだよ………葵ちゃん、ついでに鎧田も」

 なんでだよ。なんでお前らがまだここにいるんだよ。さっさと避難しててほしいなあ、色々面倒くさそうだから。という本音をぐっとこらえて、にこやかに話しかける。隙を見て逃げようかな、という考えがチラッと頭をよぎったが、それより先に鎧田が動いた。

「ついでに、か。そんな挑発には乗らないからな。無駄話は無しだ、本題に入るぜ。ああだこうだと長ったらしいのは嫌いだから、一言で言わせてもらう。ゲイルを返してくれ」
「………へ?」

 ちょっと何言ってんのかわかりませんね鎧田さん。確かに鎧田からはBFのキーカード、疾風のゲイルを1枚譲り受けた。それで僕のデッキに入っていないならまだしも、ついさっき見せてくれって言われた時にちゃんとデッキに入れてることを示した。なのに、なんで返さなきゃいけないんだ。確かあのカードは制限になって余ったからってもらった奴のはずだし、その制限はまだ解除されてないはずだ。いやまあ、確かに使いこなせてるとは言えないんだけどね!
 何も言わない僕に対してさすがに説明不足を感じたらしく、ゆっくりと鎧田が口を開く。

「まあ、その、なんだ。そもそもの話、俺が2枚目以降のゲイルを持ってるって話は嘘だったんだ。俺のこのデッキはサンダー四天王になったときにサンダーのアドバイスを元に組んだものだから、できた時にはとっくにゲイルは制限カードだったんだよな。だから、1枚しか持ってなかった。もっとも、あんなレアカード2枚も3枚も集められたかどうかわからないが」

 ああ、それはちょっとわかる。一度、ふと気になってゲイルの相場を調べてみたことがあるからだ。もちろん売り飛ばすつもりはなかったけど、どれくらいのカードなのか調べてみたくなって。そしたら驚いたね、1枚数十万円の真紅眼(レッドアイズ)カードほどじゃないにしろ、1枚数万円は下らないほどのレアカードだったんだから。あの時はそれを3枚も集めた鎧田すごいって思ったものだけど。

「圧倒的にビートダウン向けのその効果、そしてBFの中でもトップクラスに緩い特殊召喚条件、黒い旋風でサーチしやすいほどよい攻撃力………やっぱりあのカードがないと、俺のデッキは力を発揮できない。俺が光の結社、お前は残念ながらそうじゃない人間だってことは重々承知の上で、あえて頼ませてもらう。俺に、俺にゲイルを返してくれ!」

 ど、どうしよう。なんて考えるまでもない。もし彼が光の結社でなければ喜んで、とまでは言わないまでもすんなり返していただろう。だけど、そうじゃない。ここは、心を鬼にすべきだろう。

「いやだ、って言ったら?」

 きっぱりと拒否。それに対し、無言でデュエルディスクを起動する鎧田。まあ、そうなる気はしてた。

「………手荒なことはしたくなかったんだけどな。お前も光の結社に入れば、きっとすべてがうまくいくはずだ」
「喧嘩上等、ってね。ちょっと手荒になるけど、ガツンと勝って元の鎧田に戻したげるよ………辺りはこんなに暗いし、ギャラリーだって一人しかいない。だけど、中堅副将飛ばしての大将戦と洒落込もうか!」

「「デュエル!!」」

「先行は僕だ、本気で行くよ!」

 初期手札5枚は、3枚の最上級モンスターと2枚の魔法カードというなかなか偏ったもの。だけど、すぐに分かった。これは、このデッキが僕に応えてくれた形の1つ。今の僕が先行1ターン目に出すことのできる中では、最高級の初手だ。

「手札から爆征竜-タイダルの効果を使用、手札の水属性とこのカードを墓地に送って、デッキのモンスター1体を墓地に。この効果で手札の青氷の白夜龍とデッキの地縛神、チャクチャルさんをまとめて墓地に送るよ」

 これで仕込みは整った。あとは、一気に仕上げるだけだ。

「フィールド魔法、ウォーターワールドを発動。そして魔法カード、ソウル・チャージ!僕の墓地のモンスターを任意の数だけ蘇らせることができる代わりに、1体につき1000のライフとこのターンのバトルフェイズを犠牲にしなくちゃいけない。だけど今は先行1ターン目、そんなもの構うもんか。来て、青氷の白夜龍(ブルーアイス・ホワイトナイツ・ドラゴン)!七つの海の力を(まと)い、穢れた大地を突き抜けろ……地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)!」

 神秘的な青い光をほのかに放つ、澄んだ氷のドラゴン。黒と紫のコントラストが印象的な、僕にとっては基本いい人なシャチの神様。高い攻撃力と強力な効果を併せ持つ、僕のデッキの中でも1、2を争う実力者たちだ。
 だけど、ただ喜んでばかりはいられない。墓地からいきなり現れた2体のモンスターの代償として、僕の体から2つの光の球がとびだしてそれぞれに吸収される。心配そうにこちらを見る2体に大丈夫だ、と手を振ってみせる。別に闇のデュエルってわけじゃないから、肉体的な痛みはない……はずだしね。

 青氷の白夜龍 攻3000→3500 守2500→2100
 地縛神 Chacu Challhua 守2400
 清明 LP4000→2000

「ほう?」
「まだまだいくよ、チャクチャルさんの効果を発動。自身のバトルを放棄することで1ターンに1度、相手に守備力の半分の数値分ダメージを与える!ダーク・ダイブ・アタック!」
「おっと、手札からエフェクト・ヴェーラーの効果発動だ。このカードを捨てて、エンドフェイズまで相手モンスター1体の効果を無効にするぜ」

 チャクチャルさんの巨体が白いベールのようなものに絡め取られた。なんとか自力で振り払ったものの、効果を使うために体に貯めていたエネルギーはすっかり0になってしまったようだ。うーん、ライフ差を考えるとここでダメージを稼いでおきたかったんだけど。できなかったものは諦めて気持ちを切り替え、次のターンに繋ぐしかない。
 例えば、BFにおいて警戒しなければならないカードの1つは暁のシロッコ。あのモンスターが出てこられた日には、例え攻撃力3500の白夜龍でも過信はできない。だけどチャクチャルさんが守備表示で粘っている限り相手はバトルフェイズを行うことができないため、これは心配しなくていい。確かにコンボ攻撃は恐ろしいけど、単体火力で白夜龍に勝てるモンスターはそうはいないのだ。他にも警戒すべきカードはあるものの、基本的には戦闘ありきのBF。その戦闘を封じてしまえば、完全にとは言わないまでもある程度の抑制はできるだろう。

「頼むよ、2体とも!僕はこれで、ターンエンド」

 残った手札最後の1枚はマイフェイバリットカード、霧の王。確かにこの2体をリリースしてアドバンス召喚すればウォーターワールド込みで6400もの攻撃力を出すこともできたけど、そうするよりもここはこの2体で突っ張ったほうがいいだろう、との判断だ。

「なら、俺のターンだな」

 その声を聞いた時、背筋に冷たいものが走った。間違いない。鎧田のやつ、このターンで決めに来るつもりだ!

「俺の場には当然、カードが1枚もない。よって手札のBF(ブラックフェザー)-逆風のガストを特殊召喚だ」

 言い終わるや否や、鎧田の方から強烈な風が吹いてきてその風圧にたまらず目をつぶる。風が止んだ時、ブラックでもなんでもないやたらとカラフルな鳥人間がいた。

 BF-逆風のガスト 守1400

「そして自分の場にBFのモンスターが1体だけいるとき、手札から白夜のグラディウスは特殊召喚できる」

 銀色に輝く鎧に、逆手に握った短剣。その身一つで空を駆け回るBFには珍しい、重装備な鳥人間である。もっとも同じ鳥人間と言っても全体的に人間の色が強いガストとは違ってこちらは正真正銘の鳥人間、鳥の顔を持つ人型の戦士だ。確か、効果は1ターン1度の戦闘破壊耐性だったはず。

 BF-白夜のグラディウス 守1500

「俺の場にはBFのモンスター。黒槍のブラストを手札から特殊召喚」

 自分の身長ほどもある大槍を軽々とかつぐ、貫通能力を持った鴉天狗。テーマ内でもトップクラスの特殊召喚条件の緩さから、デッキの中核となって縦横無尽に駆け回るメインアタッカーだ。

 BF-黒槍のブラスト 攻1700

「お前はどうやらその神とやらで守りを固めたつもりらしいな。実際、なかなか悪くはない手だ。だが、まだぬるいぜ!俺はこのターンでまだ使用してない召喚権を使い、漆黒のエルフェンを通常召喚!このモンスターはレベル6だが、自分の場にBFがいるならばリリースなしで召喚できる!」

 電気の消えた薄闇の中でもなお目立つ、他の黒なんて比較にならないほどの漆黒。ブラストたちよりも一回り大きい体をした鴉天狗が、背中の翼から闇の羽を振りまきつつ闇の中から音もなく忍び寄る。

 BF-漆黒のエルフェン 攻2200

「シロッコ以外にもリリースなしで出せる上級モンスターが………だ、だけど、攻撃力は白夜龍どころかチャクチャルさんの守備力以下、シロッコがないならまだどうにでもなるし、何より今はバトルフェイズがスキップされて……」
「まあ、そうだな。だが落ち着け、エルフェンの効果発動!このカードの通常召喚に成功した時、モンスター1体の表示形式を変更できる!」

 鴉天狗が背中の翼を振るい、無数の黒い羽による嵐を巻き起こす。勢いよく吹き荒れる漆黒の風は、例え神であっても抗うことができない。

 地縛神 Chacu Challhua 守2400→攻2900

「だけど、そんなことしたって残りの手札は1枚で召喚権も使い終わってる。白夜龍を倒して僕に2000以上のダメージをぶつけるには、ちょっと力不足なんじゃない?」
「あのなあ……お前、俺のことをよっぽどアホだと思ってんだな。よーくわかったわ。最後の手札、トランスターンを発動。自分の場のモンスターをリリースすることで、同じ種族属性でレベルが1つ上がったモンスターをデッキから特殊召喚する。闇属性鳥獣族レベル4、黒槍のブラストをリリースしてレベル5、暁のシロッコを特殊召喚!」
「そ、そんな………」

 ついに来てしまった、BFの爆発力を象徴するカード。ただ立っているだけなのに、その周りをクルクルと風がはためく。エルフェンが表示形式の変更というテクニカルな搦め手を得意とする闇の上級BFだとすれば、豪快な一点集中突破能力を持つこのカードはさながら光のBFといったところだろう。とにかく、これが意味するところはひとつしかない。
 ………僕の、負けだ。

「はっ、当然効果はわかってるよな?暁のシロッコの効果発動、1ターンに1度、エンドフェイズまで自分のBF1体に全てのBFの力を集中させる!シロッコ自身に対してガスト、グラディウス、そしてエルフェンの攻撃力を集中だ!」
「くっ……」

 BF-暁のシロッコ 攻2000→5900

「やれ」

 たった一言の命令。シロッコがその爪を振りかざし、白夜龍に迫る。迎撃のブレスを難なくかわして懐に潜り込み、腹のあたりに一撃。まるで発泡スチロールか何かのようにあっけなく、氷の体は一本の腕に貫かれた。

「………無様ですね、先輩。それが、ついこの間私に勝った人間の戦いですか?」

 ぽつりと呟いた葵ちゃんの一言が、なぜだかひどく心に突き刺さった。

 BF-暁のシロッコ 攻5900→青氷の白夜龍 攻3500(破壊)
 清明 LP2000→0





「…………っ!!」

 一瞬ののち訪れた衝撃に吹き飛ばされ、後ろの壁に思いっきり背中をぶつけて息が止まる。。つまり、ダメージが実体化している。いつの間に闇のゲームに、と思ったが、よく考えたら負けたら光の結社に洗脳されるデュエルなんてものがまともなデュエルであるはずがなかった。あれ、じゃあなんで僕は平気なんだろう。

「ほんと、弱くなったなお前。お前みたいな雑魚引き入れても、何の役にも立たねーよ。じゃあな」

 よっぽど打ち所が悪かったらしくまだ動けない僕のところまでわざわざ来てそれだけ言い、勝手に僕のデッキを取り上げてゲイルのカードを引き抜く鎧田。その位置は、ちょうどデッキトップ。ああ、今回は力を貸してくれる気だったのか。それを生かす前に、僕がやられただけだ。
 それから、10分ほど経っただろうか。まだ多少反応の鈍い体を引きずるようにして歩き、誰もいない部屋を振り返りもせずによろよろと外に出る。無様、か。さっき葵ちゃんに言われた言葉が、いつまでも脳内でリフレインしていた。確かに、今の僕はいつも以上に無様だ。それは間違いない。まったく情けなさすぎて、

「ほんっと、笑っちゃうよねぇ………」

 無理やり笑ってみようとしたが、その笑顔は自虐的なものにしかならなかった。ちょうどそれに気づいたとき、いつの間にか流していた涙が一滴、床にポツリと落ちるのが見えた。 
 

 
後書き
つぶやきに書いた悩みですが、来週には結論出します。急にこっちが消えても驚かないでくださいね。ちゃんと前作にこれまで書いた分は繋げますから。 
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