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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百三十一話  反乱



宇宙歴 796年 8月 25日  フェザーン エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



ハイネセンに連絡する前にヴィオラを執務室に呼んだ。イゼルローン要塞で反乱が起きた事を話すと“何と!”と驚いていた。気になる事が有った。フェザーンに到着した時報道関係者が押し寄せて来た。この件の所為だと思うかとヴィオラに確認したがそれは無いと断言した。そうだよな、知っていたならもっと大騒ぎになったはずだ。

いや、この高等弁務官府は大勢のマスコミ関係者に取り囲まれているだろう。という事はフェザーン人は未だ反乱の事実を知らないと見て良い。しかしそれも時間の問題だろう。喜ぶだろうな、フェザーン人は。反乱が長引けば長引くほどフェザーン回廊の重要性は高まるのだから。

執務室のTV電話からハイネセンの最高評議会議長室に連絡をしたがトリューニヒトは不在だった。秘書の話では臨時の最高評議会を開いているらしい、そのまま会議室に転送された。スクリーンにトリューニヒトが映った。トリューニヒトの後ろには最高評議会のメンバーが何人か映っている。
『君か、ヴァレンシュタイン委員長、待っていたよ』
良くないな、トリューニヒトはかなり困惑している。事態は深刻らしい。

「イゼルローン要塞で反乱が起きたと聞きましたが要塞は占拠されたのですか?」
トリューニヒトが頷くとヴィオラが太い息を吐いた。
『つい一時間前、レムシャイド伯から連絡が有った。要塞は既に占拠されたらしい。昨日、首謀者から帝国政府に対して連絡が有ったそうだ』
昨日? 連絡が遅い! 自分達だけで解決しようとした、反乱をやめるように説得したが失敗した。そして説得は不可能と見てこっちに連絡してきたか。非常時の連絡体制が不十分だ、もう少し緊密さを持たないと……。もっとも反乱が起きましたなんてなかなか言えないか。

『駐留艦隊も反乱に同調しているそうだ』
顔は見えないがネグポンの声だった。駐留艦隊も反乱に同調しているとなるとかなりの規模だな。今度はハルディーンが太い息を吐いた。
「首謀者は誰なのです? 要塞司令官、駐留艦隊司令官ですか?」

『いや、彼らは拘束されたそうだ。反乱の首謀者は要塞司令部、駐留艦隊司令部の参謀達らしい。それに兵達が同調したようだ』
今度はグリーンヒルだ。運が悪いな、就任早々大問題だ。それにしても常日頃仲の悪い連中が手を組んだか、結構深刻だな。いや待て、艦隊が配備されたのは一年ほど前だ。仲はそれほど悪くないのかもしれん。

「反乱者達の要求は?」
『イゼルローン要塞を国際協力都市にする事を白紙撤回する事だ。連中は同盟がイゼルローン要塞を攻略する事が出来ないから交渉で無力化しようとした、そう考えている。それが我慢ならないらしい』
トリューニヒトが遣る瀬無さそうに答えた。要塞を敢えて攻略しなかった事がこの事態を引き起こした、上手く行かない、そう思っているのだろう。

難攻不落、イゼルローン要塞か。帝国軍人、いや帝国人にとっては誇りだろう。駐留艦隊も要塞守備兵も仲は悪くてもイゼルローン要塞には愛着が有ったという事か、それを見落としたな……。国際協力都市、いずれは帝国にとってなくてはならない都市になる筈だったんだが……。

帝国人にとってはそんな事ではイゼルローン要塞を失う屈辱は我慢出来なかったという事だ。特に要塞を守っている連中にとってイゼルローン要塞に対する想いは反乱を起こさせる程に強かった……。ヤンを笑えないな、理想に酔ったとは思いたくないが人間の感情を、誇りを軽視した。理と利を追及しすぎて情を無視したわけだ。俺はオーベルシュタインか、落ち込むわ……。

『こちらからは捕虜を返したが帝国からは捕虜が返っていない。反乱者達は帝国政府に対して捕虜の返還を取り消すようにと要求している。連中は同盟と帝国が協力するのが我慢出来ないようだ』
そう言えば第七次イゼルローン要塞攻略戦では要塞の目の前で遠征軍と駐留艦隊を殲滅したな、恨み骨髄か。それも見落としたな。

「議長、帝国政府はこの事態に何と言っているのです?」
トリューニヒトが軽く息を吐くのが分かった。
『レムシャイド伯の言葉によれば反乱は許される事ではないと言っている。捕虜はフェザーン回廊経由で返還するとの事だ』
なるほど、今の所帝国政府が反乱勢力に同調する心配は無いか。良いニュースを初めて聞いたな。しかし長引けばどうなるか分からん。モンテイユがホッと息を吐くのが分かった。

「フェザーンの独立については何か言っていますか?」
『いや、それについては何も言っていない。……ヴァレンシュタイン委員長、君は疑っているのかね?』
「ええ、疑っています」
俺が答えるとトリューニヒトが顔を顰めた。

『我々の間でもその事が指摘された。何処かでフェザーン、或いは地球教が絡んでいるのではないかとね。今関係が無くても反乱が長引けば何処かで絡んでくるのではないかと見ている。レムシャイド伯も同じ事を危惧していた。厄介な事だ』
「レムシャイド伯は反乱鎮圧の目処について何か言っていましたか?」
トリューニヒトが首を横に振った。

『いや、何も言わなかった。鎮圧する目処が立たんのだろう、何と言っても難攻不落だからな』
「そうでしょうね。大体帝国軍はイゼルローン要塞攻略なんて考えた事は無いでしょう。そのうち同盟軍に攻略方法を聞きに来るかもしれません」
俺が答えるとスクリーンから力の無い笑い声が聞こえた。いかんな、冗談を言ったのに反応が弱い。皆気落ちしている。

「同盟市民は反乱の事実を知っているのですか?」
『未だ知らないが時間の問題だろうな。蜂の巣を突いた様な騒ぎになるだろう。……フェザーンは如何かね?』
「こちらも知らないようですが、同じように時間の問題でしょう」
『厄介だな、政府発表をしなければならんがどういう発表にするかで悩んでいる。頭が痛いよ』
おいおい、そんなに顔を顰めなさんな。顔面神経痛にでもなったんじゃないかと心配するじゃないか。

「嘘を吐いても仕方ありません。正直に話すべきでしょう」
『そうは言うがね、反乱が起きた事、捕虜はフェザーン経由で返還される事は問題無い。しかし反乱鎮圧の目処は如何するかね? 必ず訊かれると思うが』
スクリーンからトリューニヒトに同意する声が聞こえた。そんなの知った事か、帝国に聞いてくれ、って言うのは駄目なのかな? ……駄目だろうな。長引かせる事は出来ない、帝国と同盟の協力にも影響が出かねない。妙な事を考える奴が出る可能性も有る。仕方ない、あれをやるか。イゼルローン要塞の難攻不落伝説にピリオドを打ってやる。

「反乱は半年以内に鎮圧されると発表してください」
あ、皆が俺を見ている。何言ってるんだ、こいつ。そんな感じだな。
『根拠が有るのかね? 半年以内に鎮圧出来なければ問題になるが』
「有ります。こちらからイゼルローン要塞攻略案を帝国に提示しましょう。準備に時間はかかりますが攻略そのものは難しくありません」
どよめきが起きた。“おー”とか“まさか”とか騒いでいる。

『本当かね、それは』
「本当ですよ、トリューニヒト議長。イゼルローン要塞攻略案はこちらで作成してハイネセンに送ります。そちらで内容を確認して頂きレムシャイド伯経由で帝国に送って貰いましょう。如何ですか?」

俺が問い掛けるとトリューニヒトが周囲に確認を取った。どうやら反対意見は出なかったようだ。シャフトに感謝だな、この世界では移動要塞の提案者は俺という事になる。ところであいつ、この世界でもフェザーンと繋がりが有るのかな? 注意は必要だな。

『良いだろう、早急に攻略案を用意して欲しい』
「分かりました、遅くとも明日にはお渡しします」
声が明るくなったな、良い傾向だ。
『ところで一つ訊いていいかな、ヴァレンシュタイン委員長』
ターレルが問い掛けてきた。大体何を訊きたいかは分かる。だが“どうぞ”と促した。

『そんなに容易くイゼルローン要塞を落とせるならどうして攻略しなかったのかね』
「簡単です、同盟はその攻略方法を使う事が出来なかったからです。まあ例え可能でも攻略には反対しました。その辺りは議長閣下に聞いてください。私は準備が有りますのでこれで」
詮索されるのは苦手だ、さっさと仕事にかかるか。



帝国暦 487年 8月 26日  オーディン  ゼーアドラー(海鷲) アウグスト・ザムエル・ワーレン



「まさかイゼルローン要塞で反乱とは」
「首脳会談も無事終わりこれから国内改革に専念出来るというのに」
「軍も同様だ。戦争が無くなりようやく再建出来る、そう思った矢先だ」
「厄介な事になった」
ロイエンタールとミッターマイヤーの会話に皆が頷いた。

「卿ら、艦隊の状況は?」
ビッテンフェルトの問い掛けに皆が顔を顰めた。
「訊くな、ビッテンフェルト提督。まだまだ訓練不足だ、皆もそうだろう?」
俺が尋ねると皆の表情が更に渋いものになった。

今夜はメックリンガー、クレメンツ、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ビッテンフェルト、アイゼナッハ、俺の七人で飲みに来ている。俺達は貴族連合軍の残党の掃討で中将に昇進し宇宙艦隊の正規艦隊司令官になった。ここには居ないがミューゼル大将は宇宙艦隊総参謀長に、そしてケスラー中将が副参謀長になっている。下級貴族、平民である俺達にとっては順風満帆、我が世の春なのだがどう見てもそうは思えない。泥濘に足を取られ頭のてっぺんから爪先まで泥に塗れてもがいている様な気がする。不幸感で胸が一杯だ。

「参ったな、今の状況でイゼルローン要塞を攻略しろと言われても……」
「攻略出来たとしてもこちらの損害も無視出来ないものになるだろう」
「そうだな、……大体そんな簡単に攻略出来る物ならとっくに持ち主は変わっている筈だ」
いかんな、現状を憂いるというより泣き言と愚痴になっている。陰々滅々、そんな感じになってきた。

しかし現状は悲惨というより陰惨だ。宇宙艦隊は約一万隻程度の正規艦隊を七個保有しているに過ぎない。総兵力は八万隻を僅かに超えただけで兵力も質も再建はこれからなのだ。そんな中、イゼルローン要塞と駐留艦隊が反乱を起こした。駐留艦隊だけでも一万五千隻を超える。失う事は帝国にとって大き過ぎる損失だ。おまけに要塞攻略の目処も立たない。攻略に失敗すれば大損害を被るだろう、軍の再建がそれだけ遅れる事になる。

「いっそ反乱軍、いや同盟軍にイゼルローンを攻略してもらっては如何だ?」
「はあ、ビッテンフェルト提督。卿、一体何を言っているのだ? 正気か」
俺がビッテンフェルトを窘めるとメックリンガー提督が“いや、待て”と俺を止めた。皆も不思議そうな表情でメックリンガー提督を見ている。ビッテンフェルトもだ、こいつ、何を考えてるんだ? さっぱり分からん。

「面白い、一理あるな」
「……」
大丈夫か、メックリンガー提督。皆が心配そうに彼を見た。一番心配そうに見ているのはクレメンツ提督だった。それに気付いたのだろう、メックリンガー提督が苦笑を浮かべた。
「そんな顔をするな、私は正気だ。我々にはイゼルローン要塞攻略の経験は無い。当然だがノウハウも無い。だが同盟軍には失敗したとはいえ経験が有る。入手出来るのなら入手した方が良いだろう。要塞攻略に繋がる何かが有るかもしれんし損害を軽減出来る筈だ」

なるほど、言われてみればその通りだ。皆も頷いている。
「いっそヴァレンシュタインを連れて来ては如何だ?」
「また卿は突飛な事を」
「今回の反乱はイゼルローン要塞を国際協力都市にしようとしたのが原因だろう。ならば奴にも責任は有る、そうではないか?」
真顔で問うな、ビッテンフェルト。皆が困っているだろう。

「まあ難しいだろうな」
「しかし実現すれば面白いな。奴がどんな作戦を考えるのか興味が有る」
ロイエンタール、ミッターマイヤーの会話に皆が頷いた。
「落とせるかな、あれを」
俺が問い掛けると皆が唸った。

「分からんな、増援は無いから大軍を用いれば、……そういう思いはある。しかしそれでも可能だろうかという疑問も有る」
皆がクレメンツ提督の意見に頷いた。それから暫くの間は“落とせる”、“落とせない”、“兵力は?”等と喋った。現実逃避かもしれないが少し楽しかった。俺だけではないだろう、皆も楽しかった筈だ。何度か笑い声も上がった、アイゼナッハも声を出さずに笑った。

「お客様、ミュラー少将から連絡が入っております」
ウェイターが声をかけてきたのは話が一段落ついた時だった。皆が顔を見合わせた。“厄介事かもしれんな、私が出よう”、そういうとメックリンガー提督がTV電話の有る方へと向かった。クレメンツ提督が“すまんが冷たい水を七人分頼む、急いでな”とウェイターに頼んだ。

メックリンガー提督が戻ってくるのとウェイターが水を持って来たのは殆ど同時だった。メックリンガー提督は席に座ろうとしない。召集がかかったか。何かが起きたようだ。
「何か有ったか、メックリンガー提督」
ビッテンフェルト提督が問い掛けると“うむ”と頷いた。

「宇宙艦隊司令部に集まれとの事だ。要塞攻略について作戦会議を始めるらしい」
「今からか?」
思わず声が高くなっていたがメックリンガー提督は無言で頷いた。そして立ったまま水を飲み始めた。皆顔を見合わせた、そして急いで水を飲んだ。急がなくてはならない。

宇宙艦隊司令部に行くと直ぐに会議室に行くようにと指示された。会議室にはオフレッサー元帥、ミューゼル総参謀長、ケスラー副参謀長が既に居た。元帥は不機嫌そうな表情をしている。良くない傾向だ、待たせた事を詫び席に着いた。
「揃ったようだな、ではこれからイゼルローン要塞攻略について作戦会議を始める」

オフレッサー元帥の発言を聞きながら妙だと思った。そう思っているのは俺だけでは有るまい。ミューゼル総参謀長もケスラー副参謀長も訝しそうな表情をしている。つまりこの二人も会議の内容を何も知らないという事だ。オフレッサー元帥が自分で攻略案を考えたのか? それともこれから皆で検討する? どちらもピンと来ない。

「自由惑星同盟からイゼルローン要塞の攻略案が送られてきた。攻略案を考えたのはヴァレンシュタインらしい」
彼方此方から声が上がった。皆驚いている、酒場の冗談が本当になった。体に残っていたアルコールの残滓がきれいに抜けたような気がした。

「いささか突拍子もない案だ。政府は酷く混乱している。財務省、軍務省、統帥本部、それと俺達に攻略案を検討しろと命令が有った。ああ、それから科学技術総監部もだな」
また皆が顔を見合わせた。軍務省、統帥本部、宇宙艦隊司令部は分かる。科学技術総監部? 財務省? なんだそれは。

「作戦案の根幹にあるのは要塞には要塞を以って対抗するという事だ」
「……」
はあ? なんだそれは。ヴァレンシュタインは何を考えた?
「ガイエスブルグ要塞をもってイゼルローン要塞を攻略する」
ガイエスブルグ要塞? 駄目だ、さっぱり分からん……。唯一の救いは皆が困惑している事だ。元帥は何を言っているのだ?



 
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