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ソードアート・オンラインーツインズー

作者:相宮心
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SAO編-白百合の刃-
  SAO17-白の死神

 ソードアート・オンラインがデスゲーム化して、この世界での一年。二度のクリスマスを控えていたこの頃の話。
 その日は特別な祝日でもあり、恋人や友人らなど満たされた者達にとっては特別な日、各層ではクリスマスイベントを計画して、その一日を満喫しようとする者がたくさんいて楽しんでいる。
 
 でも、私にはどうでもよかった。
 
 昨日、一昨日と変わらないくらい、私にとっての一日は全部が同じ一日。
 
 私に、なにかしらの感謝をするような日も、感謝をされるような日もない。

「ぐはっ!」

 最前線、第四十九層。ソロで迷宮区に行こうとした時、曲刀使いのおっさんが私の存在と行動が不満らしく、私を否定するように口出ししてきた。
 相手が言っていることはもっともだった。私は一人で勝手にみんなに迷惑をかけていることは確かだった。
 でも、だからって、私がなにもせずに生きろというのか? そんなの、私自身が許されない。私みたいな人だからこそ、みんなに迷惑をかけるがそれでも、救われる人だっているはずなんだ。
 私はしばらく、おじさんと口論した結果、デュエルで決着をつけることにした。
 その流れに、持ってこれたのは好都合だった。ここで時間を食うわけにはいかないので、私は瞬殺した。

「ば、バカな……『聖竜連合』の上位の実力を持つ私が…………」

『聖竜連合』は攻略組の中でも最大ギルドの一つ、フラグボスのためなら一時的にオレンジ化も許さない連中。そのうちの一人が、私の行動を控えるようにと上から目線で命令してきた。それも当然の話か、私の存在が気に食わなければ口出しするのも確かだ。
 でも、それでも…………邪魔をしないで!

「私が勝ったのだから、言うこと聞いてね…………二度と邪魔をしないでください」

 私はカタナを左腰の鞘に収め、迷宮区へと進みだした。
 周囲の人々は、私を見かければ罵倒を漏らしたり隣の人とヒソヒソ話したりすれば、怯える人もいる。今の私は悪い意味での有名人。知らない人は下層にいる人達ぐらいだろう。だが、私は気にしなかった。気にする必要なんてない。好ましく思われないのも必然。むしろ好ましく思える人ではない。誰がどうこう言われても、私はやるべきことを成し遂げるために前へ進む。
 立ち止まることは許さず、前に進めと、足を動かす。

「っ――――」

 突然、カナヅチで打たれたような頭痛が襲われた。それもいつもより長く、頭痛が走り、上手く歩くことが出来ない。
 おまけに視点が定まらなくて、ちゃんと前を見ることが出来ない。
 まずい、ここで倒れるわけには……。
 バランスを崩して地面に倒れかけてしまう時だった。

「あぶなねぇ!」

 受け止めてくれたのは、趣味の悪いバンダナ、無精(ぶしょう)ひげに囲まれた口元、私と同じカタナ使いで…………“キリト”と言うプレイヤーの数少ない友達、クラインだった。

「たく……後ろから声かけようとしたらフラフラじゃねぇか」
「…………放っといてよ……」
「目の前で倒れようよとする少女を放っとけるわけねぇだろうが」

 私は礼も言わずクラインを払いのけ歩き出そうもするも、上手く歩けず頭痛は強くなるばかりだった。早くここでクラインから振り切らないと、クラインは私を心配して助けようとする。
 助ける存在じゃないのに、クラインにそんなことさせたくはなかったけど、頭痛は酷くけ上手く歩けない。仕方がなく、私は少し休むため適当な壁によりかかって休むことにした。

「なぁ……前から思っていたことだけどよ。いくらなんでも無茶しすきだ!」
「無茶じゃないよ、クライン。これは……私にとっての日課。少し休めば……いつも通りに歩ける」

 とは言いつも、この頭痛は少し休めても治らないだろう。だけど、頭痛くらいで立ち止まるわけにはいかなかった。
 こんな痛みで立ち止まるわけにはいかない。これよりももっと酷い痛みを受けて、死んだ人のためにも私は負けるわけにはいかない。頭痛如きで休んでいい価値のない私が、そんなこと許されるはずがない。
 頭痛が酷くなる一方で、隣で私を心配そうにクラインは語りかけてきた。

「あんなあ、そんな無理して一人で攻略しなきゃなんねぇんだよ。一人で突っ走ってもボス攻略のペースはKobeとかの強ギルドが決めるんだからな」
「一々、彼らのペースに合わせたらいつまでもゲームクリアなんて出来ないわ。それともなに? 私の行動が間違っているの? 皆、現実世界で戻るのを望んでいるんでしょ? 違うって言うの! ねぇ!」
「落ち着けって」

 思わず声を荒げて叫んでしまった。
 ごめんの一言も言えずに、私は俯いた。
 私が言っていることは正しいのか悪いのか基準がわからない。でも、ゲームを攻略する、攻略組のくせして、強ギルドは自分らが最強でいつつげるためにレベル上げばかりしていることだってある。レベル上げは大事なのはわかっている。それでも、ボス攻略のペースをどうして彼らに合わせる必要があるのだろうか?

「クラインだって、帰りたいでしょ?」
「そりゃあ……帰りてぇけどよ。キリカ程じゃねぇんだよ。どこぞの狂戦士よりもゲーム攻略を邁進(まいしん)し過ぎだ。オメェ、あまりにも異常し過ぎて『白の死神』って嫌われているんだぞ。人から嫌われてもなお、そんなに現実世界に帰りたいのか?」

 クラインが泣きそうな顔で私を止めようとしてくる。

 やめて。

 ケ。

 私のために、そんな顔をしないで。

 ス……。

 今更、好かれる人から好かれる存在なんて、図々しいんだ。私に好かれる価値なんて、存在しない。

 あの日、約束を破った私には、もう……。

「現実世界に帰りたいのは、みんなそうでしょ? そうじゃなきゃやってられないでしょ? 私は勝手に突き進んでいるだけ……迷惑かけるし、私に好かれる必要なんてないのよ」

 クラインの表情は怒りと悲しみが混ざった色を表していたが、次の言葉は静かだった。

「キリカ……オメェも忘れらんねぇんだな。前のギルドのことが……」

 その言葉を聞き、頭痛が更に激しく走り、釘を埋め込むような激痛と共に体が締め付けられた。
 それと同時に激しい怒りが沸き起こるような、振動が走った。

「……忘れるわけないでしょ」

 あの日、私が犯した罪はとても大きなもの。そんな出来事なんて嫌でも……

「忘れられるわけないでしょ!」

 私は感情を吐き出すように、クラインに掴みかかって、当たり散らしてしまった。

「皆死んだんだよ! 私のせいで! あの場にいなかったケイタは自殺して、兄には深い後悔を埋めつけさせたんだよ! 約束を守らずに、ただ一人だけ逃げた結果なんだよ! 私が逃げたせいで……私のせい、で! 誰よりも生きたいと願う、サチを…………みんなを……殺し、たぁ……」
「…………キリカ」

 クラインにぶつけても、何もスッキリしなかった。あるのは後悔だけで、頭痛は治まらず、涙は不覚にも出てしまうし、クラインに迷惑をかけてしまうし…………サチは戻ってこない。

「……キリトと一緒に所属していた『月夜の黒猫団』だったな。攻略ギルドでもねぇのに、前線近くまで上がった挙句、シーフがアラームトラップを引いたんだろ。キリカの責任じゃねぇよ」
「宝箱を見つけたのは私だよ。私が見つけてなければ……」

 妙に冷静になれたのは、感情の一部をクラインに八つ当たりしたからだろう。不思議と声は落ち着いていた。

「それでもキリカの責任じゃねぇだろ。アラームトラップだってことは知らなかったんだろ。それに、パニクるのも仕方ねぇことだろうが。キリトもキリカも、誰も責めはしねぇよ」
「本当にそう言えるの? 本当に、私の責任だって言い切れるの? 私が逃げ出さなければ、救う選択もできたんだよ。逃げ出さなければ、兄と一緒に協力していれば、みんな無事だったかもしれないんだよ。それでも私に責任はないと言えるの?」

 クラインは一瞬躊躇ったけど、すぐさま肯定をした。

 
「クラインは優しいね。でも、そんな選択を潰した時点で、私がみんなを殺したと同じなんだ……」

 それにレベルとスキルを仲間に隠してさえいなければ、何かが変わったかもしれない。ケイタ達が私達の偽りに気にさわるだけなら、ずっとマシだったかもしれない。

「それにサチとの約束を守らなかった……約束を破って、人を殺した人に…………救いをかける言葉も、助けを求めようとすることを、私には価値はなく、存在すら許されない」

 頭痛は未だに治まらない。
仕方ない。宿屋で少し休憩を取ろう。
 それに、ここにいると……クラインに心配されて辛い。
 心配されるような、存在じゃないんだ。そんな価値に私はない。

「お、おいキリカ!」

 クラインの慣れない慰めを口にしようとする前にここを立ち去るべき、早足で宿屋へ向かった。

「キリトが今、何をしようとするのかわかっているのかわかっているか!? あいつも無茶しようとして、危ない状態なんだぞ! もしかしたら、妹のためでもあるんじゃねぇのか、それって!」

 ……その問に、私は冷静に、

「……キリトと言うプレイヤーが何をしようが……彼の勝手。私が何か言う必要はない」

 他人事のように告げ、振り返らず宿屋へ向かった。

「お前ェら兄妹が自分を責め続けて、どんなこと思ってもなあ、心配する人のこと考えろな! 死ぬんじゃねぇぞ! 死んだら許さないからな!」
「…………っ」

 ありがとうという言葉をかけることもなく、ごめんと謝ることなく、耳を塞ぐように宿屋へ向かった。
 サチやケイタ達含めた『月夜の黒猫団』が消滅した日、私は泣き叫んだ。自分がしたことの後悔を何度も何度も悔やみながら、涙を流した。
 泣いたところで誰も助けてはくれないし、いつまでも泣いてもサチ達は戻っては来ない。そんなことをわからずに私は泣き叫び続けた。
 やがて涙は枯れ、立ち上がるしかない私に残された道は……ただ一つだけだった。
 この世界では、サチのように生きたいと強く願いながらも、戦うこと、武器を持つことに恐れている人がたくさんいる。
 何年、何月、何週、何日、何時、何分、何秒早く、とにかく早く、この世界からみんなが脱出すれば、そゲームに閉じ込められてしまった人々の恐怖、モンスターと戦う恐れ、武器を持って戦う恐さ、法律がないゲームの世界の悪から抜け出せる。
 だから私は、誰よりも強くなりつつ、早くゲームクリアすることが、たった一つの道だと、その道に足を踏み出した。
 その日から、好きな黒から嫌いな色の一つである白へと服装のカラーの基調が変わった。髪も銀髪に戻して、兄に対しても、キリトと他人のように扱い、荒っぽい言葉と性格も捨て、女の子らしくなろうと変えていく。これは過去の私を否定するための決心。生まれ変わる……と言い方はおかしくなるかもしれないが、変わらなければ、また同じ過ちを犯してしまうと思い込んだ結果。少なくとも、サチ達を置いてしまった弱い自分から変えたいとは思った、小さな一つの抵抗である。
 あの日から変わり、道を踏み出してから、私のゲーム攻略第一の行動は異常を超える異常だった。何週間は睡眠取らず、休憩は最低一時間、あとは廃人以上の精神力でゲーム攻略の活動をしていた。
 何かに取りつき、機械のようにひたすら行動する私を見て、各プレイヤーからは、けして好かれるようなものではなかった。ある者は嘲笑し、ある者は恐怖し、ある者は嫌悪と、私を向ける視線は人それぞれだった。でも、周りの反応が良くも悪かろうが私の足が止まることなく、ゲーム攻略のためだけにひたすら前へ前へと歩き続けて行った。
 ある日、私が単独でボスモンスターを倒したことがきっかけになり、強力ギルドから問題視されてしまったこともあった。と言っても、倒したボスは大勢で挑むよりは少人数で倒したほうがいいボスモンスターで、攻撃力は高いが防御と敏捷性はかなり低かったから、私じゃなくても一人で倒せることは一応可能だ。その時、私の運が異常に強かったんだろう。でも、その異常な運のおかげで、人々が私を見る目は大きく変わったと言ってもいいくらいだろう。
 特に攻略ギルドで有名な血聖騎士団と聖竜連合からはかなり問題視されていた。私の身勝手な行動で、周りの人に影響を与えるほど、私の行動は異常だったために口出しされた。
 私は彼らの言葉を受け入れようとは思わなかった。それは、この時ばかりは精神的に疲れもあり苛立ちも異常だった。私は誰よりも皆のために考え、いち早くゲームクリアを目指しているのに、私の道に立ち塞がる人達はわかってもらえないと思っていたからだ。何故、攻略組はいち早く攻略しないのか、簡単だ。こんな世界になっても、悪くはないと思っているプレイヤーがいるから、誰もが早くアインクラッドの世界から脱出したいと本気で思っていない人がいるから最速で脱出を目指そうとは思わず、アインクラッドというゲームの世界を満喫していている人、もっと満喫したい人がいるから最速にゲームクリアを目指していない。
 私は自己嫌悪から、そんな思考を持つプレイヤーが嫌いになってしまった。
 ほぼ憎しみに似た負の感情が高まり聖竜連合と血聖騎士団と大喧嘩。聖竜連合の半数とデュエルをして、負けた人達には二度と口出しをしないように勝者の命令を突き出した。
 噂の狂戦士以上に異常なゲーム攻略、人との関わりを拒絶し、私に邪魔をすると、問答無用にデュエルで蹴散らすことを聞き付けたオレンジプレイヤーからスカウトされた。
 曰く、私は“こちら側”の人だからスカウトされた。はっきり言って、迷惑な話であり、一緒にしないでほしかった。何故なら、オレンジプレイヤーは平気で人殺しもできる外道だ。自分が少なくともおかしいとは思っているが、罪のない人々の命を奪うほど、人としてはまだできている方だった。
 スカウトを断った私は、オレンジプレイヤー達を一蹴した。命は奪うことはしなかったけど、二度と私に関わらないように痛めつけた。
 そのことからか、ゲームの世界に閉じ込められた人々からは、服装からの白、雰囲気が死神のようなことと、関わると碌なことばないことから『白の死神』と二つ名がつけられた。

 それでもいい。なんて呼ばれようが、好かれるような価値に私はない。
 私には、ゲーム攻略だけしか価値が残されていないんだ……。
 立ち止まってはいけない、頼ってはいけない、助けを求めてはいけない、暖かい光の輪に入る資格なんてない。なにもかも暖かい物に触れることすら、私には価値はないんだわ。
 ……あれから何日が過ぎ、クリスマスイブからクリスマスを向かえていた。
 今頃はイブを共に過ごす人やクリスマスを向かえる人達が多い中、私はいつもと変わらずに深夜、最前線を攻略するため迷宮区へ潜っていた。
 頭痛が激しくなった日からの四日間は、正直何があったか覚えていなかった。攻略第一、レベル上げ第二を行動して、不眠不休(ふみんふきゅう)で動いた結果かもしれない。
 頭痛は少しギスギス痛む程度。でも、この程度で休んでいられない。サチのように未だに恐怖を抱いている人から安心させないといけない。だから、死ぬまでは止まることは許されない。
 私はまるで覚束ない記憶の期間を埋めるように、必死に前へと進みだした。



 …………どうして。

 …………どうして私は、救えなかったのだろう。

 私自身、強い方だと思っていたし、サチよりも強いと確信していた。でも、それは間違っていて、私は強がっているだけの弱くてちっぽけな存在だったんだ。
 自分はサチより強い、自分は『月夜の黒猫団』よりも強いと勘違いしてしまった。その結果が、人の死と言う、潰れてしまいそうな…………重さだった。
 あの日から、私は底知れぬ深い海へと沈んでいった。
 サチの約束を裏切り、兄の味方になり守ろうとしたのを裏切り、自分自身を守るように全てを見捨て、逃げ出してしまった。それにより取り返しのつかないことになってしまった、私の罪。その罪の重さは、闇の深海へと沈み、浮き上がることなく光の空から遠ざかり、深い闇へと沈み、そして光は閉ざされた。

 …………テ。

 息が苦しい。
 
 体が痛い。
 
 頭が痛い。
 
 足が痛い。

 心が痛い。

 手も足も、動かしても浮き上がることはないように感じた。声を出しても、闇と言う水に掻き消されて空どころか地上にも届かない。たとえ大声で叫んでも、泣き叫んでも私の声は届かない。

 …………ケテ。

 ただ、孤立するだけ。
 ただ、孤独になるだけ。
 ただ、底知れぬ深い海へと沈むだけ。
 ただ、傷つけたり、傷つけられたりして、後は…………意識が途絶えることなく沈むか、泡となって消える。全てを見捨てた私にとっては最高の結末になるだろう。私がそれを望まないことだろうが、それが私の結末になるようにできている。私に結末を選ぶ価値などない。

 …………スケテ。

 それでいいんだ。

 ダレ…………。

 都合のいいハッピーエンドなんて、用意されたとしても、無くなったんだ。

 ダレ……カ…………。

 こんな最低な自分なんて、

 …………タス……ケテ。

 消えていなくなったほうがいいんだ。

 ダレ……カ……タスケテ。

 ダレカ、タスケテ。

 タスケテ。



 映る景色が変わった。光が届かない闇の深海から、薄暗い部屋の中にいることを理解出来た。
 単なる夢だった。それもハッキリと内容が覚えている悪夢だったんだと。いつも見てしまう…現実か夢かもわからない夢。目が覚めても意識が眠っても、私の居場所などない。やがて消えるのが私の結末。
 都合の良い幸せを選ぶ権利などない。私は、サチを、みんなを殺し、兄を悲しませた。その罪と重さを私は裁からなければいけないんだわ。
 何気なく体を起こした時、やや右隣から人気を察した。

「やっと起きたか」

 その声は透き通った音色、間違いなく女性の声。声の主を見れば、清らかな長い黒髪の美少女で服装は白と赤を基調する騎士っぽい。血聖騎士団の一員だと確信した。

「貴女寝過ぎよ。家に帰って休めばいいのに、そこまで攻略厨なのかしら? 『白の死神』」

 その人は冷淡に発言をした。
 彼女だけではなく、血聖騎士団にも私が攻略し過ぎだと、休暇をとるように命令してきた。もちろん私は断った。実力行使とは言わず、何度も口出しをしてきたけど、私にはサチみたいに恐怖を抱いている人から早く解放されるように、私は一秒よりも早くゲームクリアを目指しているだけだ。
 わかってもらおうとは思っていない。だけど、邪魔だけはしないでほしい。
 私にとって……前に進むことだけが、唯一と言っていい程、存在する価値があるんだ。

「…………ご忠告だけは受け取っていく」

 立ち上がって、メインメニューからマップを呼び出し、現在位置を確認。
 迷宮区の安全エリアか……、ここで休憩しようとしたら寝ちゃったのね。時間は六時四十五分。
 夜が明けても私はこのままボスに挑む。そうすれば少しはサチみたいに恐怖を抱いている人が安心するんじゃないかな。
 頑張らないと、早くゲームクリアをして……。

「無意味よ」

 氷のように冷たく透き通った言葉が突き刺さった。何故彼女がその言葉を言ったのか、人の心を読んでそう告げたのか、あるいは私がこれからボスに挑もうとしていたからなのか? どちらにせよ、その言葉に私は苛立ちを覚えていた。
 何故なら、無意味の意味を悟り、自覚してしまったから。
 私が望む本心を見透かされそうだったからである。

 そして彼女は容赦なく、その言葉を現実に変えるように口にした。

「いくら早く攻略しても、あと二、三年はかかる。たかが数ヵ月、数日、数時間がずれるだけよ。年の差なんて対して変わらない。一人が勝手に急いだところでも、みんなが一斉に急いでゲームクリアを目指しても、変わらないだけだし、効率も悪いわ。それに、いくら貴女が強くても、そんな普通じゃない状態でボス戦やったところで無駄死にするだけよ」

 正直、私が一人走ったって確実に二、三年かかることぐらいは自覚していた。私もそこまでバカじゃない、無謀なことくらいわかっている。そして例え、みんなが急ごうとしたところで今のペースと対して変わらないだけじゃなく、効率が悪くなるってこともわかっている。
 疲れてしまったら、休む。それが普通にいいことなのは承知済みだ。
 
 でも、だからって……。

「だから、なんなのですか……っ!」

 彼女も、私の行動を慎め……そう言いたいんですか。一刻も早く、現実世界に帰りたい人がいるんですよ。そんな人達を救うのも攻略組の務めじゃないの? 

「私なんか、放っておけばいいじゃないですか!」

 聞きたくない、彼女の言葉なんか聞きたくない。誰とも関わりたくない。
 立ち去ろう。前に進もう。私のやるべきことはソードアート・オンラインをクリアすること。一秒よりも早くクリアしなければならないんだ、

「美しい死を望んでいるからでしょ、貴女が人の話を聞かないのは」

 それは全てを凍りつかし、粉々にするような突き刺さる言葉だった。
 その言葉は…………聞きたくなかった。頭の中を真っ白にさせ、思考を停止させられる言葉に縛られる感じがしたから。
 私は彼女の言葉なんて聞きたくない。でも、彼女が口を閉じることはない。

「覚えているかしら、私達、血聖騎士団から貴女に言ったこと。そんなに急いでなにをしたいのか? 何を求めているかって」

 血聖騎士団から、そのような問をかけられたことは覚えている。私が単独でボスを倒したことから本格的に私の存在が問題児とされたことへの質問だった。
 彼女は私が黙秘することをわかっていたのか、私が口を開く前に、話し続けた。

「それに対して貴女は、『この世界から逃れたいと思う人々、この世界に恐怖を抱いている人々を救うため』だと……そう答えたわ」

 彼女は見えていたんだ。私が歩み続けている道が、

「それを理由にして」

 真っ直ぐではなく、

「死ぬことを望んでいるのよ。貴女は」

 逃げ道だって言うことをが、彼女は見えていたんだ。そして私が道なんか歩んではなく、真っ暗な海へ、もがくことなく沈んでいることも見破られていた。

「自暴自棄になったまま百層へたどり着けるわけじゃない。そんな状態なら、いずれ消滅して死んでしまうくらい。わかっていないような人じゃないよね」
「…………」

 覚えがないが、私は安全地帯にたどり着いて寝てしまったようだ。きっと彼女は睡眠PK防止のために、傍にいたんだろう。だから私は彼女に迷惑をかけてしまったことは申し訳ないと思っているけど……。
 心情にズガズカと踏み入れ、言いたい放題されたら嫌でも反撃する。そうでもしないと…………自分が保てられなかった。

「なんなんですか! 私には見えているみたいな言い方してさ! 貴女には何も関係ないじゃないですか!」

 防衛戦だ。
 私は彼女を用意されている言葉を知っている。
 彼女は私が実はあれこれ理由をつけて逃げ道を歩んでいることを見破っている。そして底がない暗い海に沈んでいることも見破っている。
 わかっている。
 わかっている!
 言わなくてもわかっているから! お願いだからその言葉だけは……。

「無理して戦ったんだから、“しょうがない”、“抗えない”、“仕方がない”と言う理由をつければ死んで文句はない。だから無理して行動して、この世界の皆を救いたい理由をつけて死にたいだけ」
「やめて!!」

 私は身を守るように彼女にしがみついた。
 …………こんなに突きつけられた言葉が痛いんだったら、嫌でも殺人ギルドに頼んで自分を殺せば、こんなにも惨めな気持ちになったりせず、海中で溺れるような苦しみなんて味わうことなかったのかな…………?
 私…………貴女に何かした? そんなに私のことが気にくわない? そんなに私って迷惑な存在だった? そんなに私のこと消えてほしかった?

 駄目。口を開いたら、後悔する言葉をぶつけてしまう。
 言ってしまえば自分の意識だけでは、もう止まれない。知らない人に八つ当たりするような形になってしまう。
 その言葉を、ぶつけたって意味ないことわかっている。言ってしまえば情けない姿をさらけ出してしまう。
 惨めになっても、誰も助けてはくれない。ただ虚しいだけ、ただ苦しいだけ、ただ悲しいだけだ。

「しょうがないじゃない…………」

 けど、もう…………駄目だ。
 もう……遅い。

「私なんて、いないほうがいいんたがらさ!!」

 堪えきることすら苦痛に感じるなら、口に出して苦痛を与えるほうがマシだった。
 
「仲間も、信頼する者も、守る相手も、約束した相手も、見捨てて殺してしまった! そんな私が生きていいはずがないんだ! けど、死ぬのが怖くて、わかんなくなって、仕方がないで済まされるような理由つけて死に場所を探すしか答えが見つかんなかったの! 苦しいよ!! 痛いよ!! 泣きたいよ!! 眼を覚ましても眠りについても苦しいよ!! でも死ぬ勇気がないから死に切れなくて、そんな情けない自分が嫌いになるばかりだったよ! 償おうと思っても、見捨てた者は戻って来ないくらいわかってる!! でも、なにがただしいか悪いかなんでわかんないよ!! 生きて正しい答え見つけるのも嫌だよ!! みんな勝手だよ!! 茅場晶彦も、攻略組も、血聖騎士団も、クラインも、兄も、貴女も私も! 勝手だよ!!」

 だけど、すぐに後悔した。無意味で無価値な言葉を叫ぶようになってしまうんだから。
 ナイフで心臓を剥き出しするように痛かった。叫ぶたびに身体が針金に締め付けて苦しかった。
 それでも、剥き出した感情なんて、止まることなく泣き叫び続けた。
 死ぬのが恐い。生きていれば苦しくて痛い。寝ても覚めても、光が閉ざされた冷たい深海に沈むだけで苦しさしか残らないなら、

「こんな思いをするなら…………」

 私なんか…………っ。

「私、なんかっ…………存在、しないほうが良かったんだっ……」

 その言葉だけは絶対に言ってはいけない、自分自身の存在を否定する悲鳴を躊躇いなく口に出してしまった。
 でも…………私なんかいないほうがいいんだ。
 血の繋がらない家族だからって、過ごした時間は変わらないのに迷惑かけて困らせたりした私なんかいないほうがいい。
 私がいなければ、『月夜の黒猫団:は壊滅なんかしなかったんだ。ケイタやサチも生きていたのに殺してしまった。
 兄も私なんかいないほうがいいに決まっている。私のせいで守るって約束したサチですら殺したんだから。
 こんな迷惑とか不幸ばかりしか与えない私なんか、この世にいてはいけないんだ。

 死のう。

 怖いとか関係ない。

 いてはいけない存在の私が、皆を喜ばせるにはそれしかないんだ。

 …………そう、思っていたのに。

「…………テ」

 口から出た言葉は、“望んでいた”ことではなく、深海で自然に口にした、力なき言葉だった。

「…………ケテ」

 あの日から、暗くて冷たい海に沈んでしまった時、必死に浮き上がろうともがいても苦しみは解放せず、染みながら沈んでいく。いつしか、浮き上がることなく光は閉ざされたと思い始めて、地上に戻ることを諦めてしまった。
 同時にもがくことも諦めた。

「…………スケテ」

 何度何度も、深海の中では弱々しく繰り返す言葉なんて、地上には届かないと思い込み無意識に夢の中での言葉になってしまった。
 私なんかいないほうがいいに決まっている。
 でも、深海の中で繰り返す言葉はまぎれもなく…………一番求めていた言葉なんだ。
 浮き上がることはないと諦めた。声を出しても届かないことを認識してしまった。私なんかいてはいけない存在。

 それでも、

「タス……ケ、テ」

 私を…………。 

「タスケテ……ください…………っ!」

 助けて。その一言を私は見透かされた相手に求めた。だってそれは、私が相手に一番求めていた言葉をようやく口にすることができたのだから。

「…………私は単に貴女の行動がムカつくから、突きつけただけよ」

 その言葉とは裏腹に、彼女はこちらへ寄って来て、溢れでる涙を拭ってくれた。
 光が閉ざされた暗くて冷たい海は怖くても、慣れるしかないと思った。浮き上がることを諦めるしかなかった。そこに、冷たいけど暖かい陽光が差し込んで来た彼女は、私に語りかけて来た。

「生きることが苦しいからって、逃げないで。貴女が苦しいまま終わってしまって、冷たい闇から永久に上がれなくてもいいの? ずっと後悔の念に囚われたまま終わってもいいの? 全てを手放しても苦しいことから逃れて、なにもかも終わっていいの?」

 よくない。そんなことはわかっているつもりだ。
 でも、わかっているつもりでいるから、どうして受け入れ難く否定してしまう。

「でも、私…………いけない存在だから、私なんかいないほうが……」
「それでいいのよ」
「えっ……?」
「それでいい。悩んだり苦しんだり悲しくなってもいい。時は(うつ)になっても、迷惑かけてもいい、自分の存在が嫌いになってもいい」

 彼女の声音は冷たく暖かい、氷の精霊に励まされているように感じた。

「でも、それから楽になろうとして、逃げるのだけは駄目。全部なかったことにすれば、貴女の中で生きている記憶も殺すことになるのよ」
「このまま、苦しみを抱えながら生き続けろって言いたいの?」

 そんなの、堪えられないよ……。今でも十分死にたい程苦しいのに、堪えきれるわけがない。でも、死ぬのは駄目だとか、生き地獄をしろって言いたいの?

「その通りよ」
「私、はっ……」
「だからって、笑うことは駄目だとか、楽しいこと嬉しいことも駄目とかはいわないわ。明るく振る舞ったり、自分勝手に優先して、楽しんだり笑ったりしていいのよ」
「そ、そんなの、無理だよ! だって、だって私は……!」

 サチや皆を見捨てて殺した。それなのに私なんか笑う資格なんてない。
 言い切る前に、視界が急に閉ざされた。でも、暖かくて優しくて、二度と照らされることもない光に包まれるようだった。
 そうか……。見知らぬ、血聖騎士団のクールな女性プレイヤーが抱きしめているんだ。
 味わうこともなかった、人の温もりに助けられている。
 彼女が続けて言葉を口にしようとした時、聞きなれないアラーム音が響き渡った。
 今は彼女から出る言葉に優先すべきだと考えていた。でも、自然な流れで音が鳴った原因を探すと、その正体はアイテムウィンドウの中のサチの名前が記されたタブのクリスタルだった。
 これはあの日の出来事、迷宮区に行く途中にサチが渡されたものだった。
 私は血聖騎士団の一員の前でも、私はそのクリスタルを取り出し、明滅するクリスタルをクリックすると、二度と聞こえないサチの声が聞こえた。



 メリークリスマス、キリカ。
 貴女がこれを聞いている時、私はもう死んでいると思います。もし生きていたら、クリスマスの前の日にこのクリスタルは取り出して自分の口で言うつもりだからです。
 キリトとまた同じ感じになっちゃうな……やっぱ双子相手だと同じことを思っちゃうのかな?
 ごめん、キリカ。キリトと同じようになっちゃうけど、私が伝えたいことを言うね。最初になんでこんなメッセージを録音したのか、説明するね。
 私は多分、あまり長い間生き延びることはないと思うの。もちろん、キリトやキリカを含めた黒猫団の力が足りないとか、そんなことじゃないよ。キリカは口も性格も悪いけど、すごく強くて優しいし、励まされて、他の皆もどんどん強くなっているもん。
 えっとねぇ……この間ね、仲良くしていた他のギルドの友達が死んじゃったんだ。私と同じくらいに怖がりで、全然安全なはずの場所でしか狩りをしなかった子なのだけど、それでも運悪く、一人の時にモンスターに襲われて死んじゃったんだ。
 そのことを知ってね、いろいろと考えて私思ったの。
 この世界で生きてくためには、どんなに回りの仲間が強くても、自分自身が生きようっていう意志が、絶対に生き残る気持ちがなければ駄目なんだって結論が出たの。
 私ね、最初にフィールドに出た時からずっと怖かった。はじまりの街から出たくなかった。黒猫団の皆とは現実でもずっと仲良しだったし、一緒にいるのは楽しかったけど……狩りに出るのは嫌だった。そんな気持ちで戦っていたら、やっぱりいつかは死んじゃうよね。
 それは誰のせいでもない、私本人の問題なんです。
 キリカはぶっきらぼうで、口悪くても、いつも私のこと心配してくれたね。ううん、キリトや皆こと、いつも想っていたね。だから、私が死んだら、キリカはきっとすごく自分のことを責めると思うの。もしかしたらキリカみたい人は精神的に追いつめられて、自暴自棄になって怯えてしまうと思ったから、キリカもこれを録音して渡すことにしたの。
 キリカのせいじゃないよ、悪いのは私なんだって、そう言いたいからなんだ。
 あのね……私、キリカが本当はどれだけ強いか知っているんだよ。たまたまキリトのレベルを知った時、もしかしたらと思って、キリカが開いているウインドウを後ろから覗いたら、当たっていた。
 どうして本当のレベルを隠して私達と一緒に戦ってくれるのはわからない。キリカは多分、キリトのことが心配だから合わせたんだと思うかな? 本当のことは、いつか自分から話してくれると思って、他の皆には黙ることにしました。
 キリカもすっごく強いんだって知って嬉しかった。最初は正直怖くて、仲良くなれるかなって思ったけど、誰よりも優しいことを知り、仲良くなりたいと思い、あの日、約束した日から貴女のことをとっても信頼することが出来た。
 キリカ。私が死んでも生きてください。自暴自棄になってしまうか心配だけど生きてください。
 死なないで、そして私達にしてくれたように、優しいキリカでいてください。それが私の願いです。
 あ、まただいぶ時間余っちゃた……。
 あのね、タイマーをクリスマスにしたのはせめてそれまで頑張って生きたいなって思ったから、キリカと一緒に女の子同士のクリスマスパーティーとかしてみたいかな?
 ついでに言えば、キリカは綺麗だから女の子らしくなったほうがいいかな? もちろんそのままでも魅力あるけど、あぐらはよくないよ……。
 えっと、歌でも歌おうかな。キリトにも、クリスマスの定番の赤鼻のトナカイを歌ったの。時間が余っちゃたから。
 キリカも、私の歌聞いてください。

 


 サチが歌い、最後に私への送る言葉が終えるとクリスタルの光が点滅して、サチの声がきこえなくなった。
 やっぱり……最低なことをしちゃったんだね。
 改めて罪の重さを自覚する。私は一生償えず、許せない罪を犯してしまったんだ。

 どうしてかな…………?

 涙が止まらないのに、苦しみや痛みが和らいでいくのはいったい…………。

「わかった? 罪を犯したからって、生きたいと口に出してもいいのよ」

 そうか。私は…………救われたんだ。冷たくて闇のような深海からサチと血聖騎士団の人が助けてくれたんだ。
 それが嬉しくって、満たされて、感無量なんだ。

「貴女はね、苦しみももがきながら、楽しんだり笑ったりしていいのよ…………光から背けずに、光にあたってもいいのよ」
「……はい…………はい……っ」

 今、私がするべきことは一つ。

「その、さっそく悪いんだけど……少し、少しだけ泣くから……抱きしめて……ください…………っ!」

 彼女は頷きも声を発することはなかったが、ちょっと痛いくらいに、強く抱きしめてくれた。

「ありが……とう、助け……て、ありがとう……っ」

 これまでの辛いこと、悲しいこと、痛いことなど、あらゆるもの全てを出すかのように、助けてくれた血聖騎士団のクールな女性プレイヤーにすがりつき涙を流した。


 ……キリカ。私にとって……ううん、私達にとって太陽みたいなものだった。優しくて頼れる素敵な人。

 じゃあね、キリカ。貴女と会えたこと、一緒にいられたこと、本当によかった。


 さよなら。

 ありがとう。

 最愛なる親友、

 キリカ。
 
 

 
後書き
歌詞の件で一部書き直しました。 
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