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打球は快音響かせて

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高校2年
  第三十九話 凡打の仕方

第三十九話


「いやー、点やってもーたわ」
「やっぱりよう打ちよんなー」

一回の表の守備を終えてベンチに戻ってきた南学ナインは、先制されたのにも関わらず、穏やかに三龍打線の感想を語っていた。ちょっと能天気だが、一方で先制されたショックというものも微塵もない。それはベンチにちょこんと座った神谷監督も同じで、実に泰然自若に構えていた。

「ええか?追い込まれてからのスライダー、振るんとちゃうぞ?」
「「「ハイ!」」」

攻撃前の円陣でも、神谷監督は失点は一切責めず、短い攻撃の指示だけを与えて終わる。もっとも、ブルペンでは既に次の投手がスタンバイしており、安里が今後さらに三龍打線につかまった時の準備はなされていた。

「知花、分かっとろーな?」
「へい、1番の仕事、ですよね」

一回の裏の打席に向かう知花が、神谷監督にニッと笑顔を見せる。神谷監督はその表情に、しっかりと頷いた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


<1回の裏、南海学園高校の攻撃は、1番センター知花君>

場内アナウンスが流れると、南学アルプスがドッと沸き返る。島の吹奏楽部全てをかき集めた混成部隊の指揮者が力一杯タクトを振り、演奏がスタートする。


パーパラパーパラパーパラパパパパ♪
パパパパパー♪
「「「と・し・きー!!」」」

大音量の「海のトリトン」のテーマに後押しされ、知花が左打席に入った。やや小柄だが、下半身を始め体はガッチリしており、どっしりと構えた姿にはそれなりの迫力がある。

(知花は前の試合じゃ4番だったけど、今日は1番か。南学は打順を相当入れ替えてきている。)

宮園はそんな知花の構えをマスク越しに睨んだ。知花は南学打線で唯一の4割打者。最も頼れる打者には間違いがないが、それを神谷監督は今日は1番で起用してきた。他にも、1番だった当山が3番に、6番だった安里が4番に、5番には背番号13の1年生・知念……オーダーは大幅に入れ替わっている。これが南学の“日替わり打線”だ。

(何せ、4番がいきなり出てくるんだ、慎重に行こう……)

宮園はアウトコース中心の配球。
宮園が慎重なら、打者の知花も慎重。よくボールを見て、カウントは2-2の並行カウントに。

キーン!
「ファウル!」

三塁側にストレートをカットした知花は、バットが押されるのを感じた。マウンド上の三龍のエース・美濃部は、いつも通り躍動感たっぷりに投げ込んできている。

キーン!
「ファウル!」

次のボールはフォーク。小さな変化で、左打者のアウトコースに沈んだが、これも知花はバットに当てた。

(チョロチョロうるさいっちゃ!)

美濃部はここで、必殺の一球を投じる。
リリースの瞬間、中指でボールの縫い目を強く“切った”。

(スライダー!!)

知花はピクリと動いたが、バットを出さなかった。ボールはアウトコースのボールゾーンからギュン、と勢い良く曲がり、アウトコース低めギリギリにピタリと決まった。

「ストライクアウト!」

球審が豪快に手を振り上げてストライクコール。
先頭打者を会心のスライダーで退けた美濃部は小さくガッツポーズする。

(……よう曲がるわ。確かに、低めを捨てるつもりでおらなんだら、振っちまう球やの)

知花は少し呆れたように息をついてベンチへと帰っていった。
が、しかし、スライダーには“反応できていた”。その上で、わざと振らなかった。


<2番セカンド比嘉君>

続いて打席に入るのは2番の比嘉。日替わり打線の中で、比嘉だけは2番で打順を固定されている。163cmの小柄な体を更に屈め、右手と左手の間を空けた握りでバットを低く下げた、見るからに嫌らしい構えで美濃部に相対する。

キーン!
「ファウル!」

この比嘉も三塁側へのファウルを連発する。知花が振ってファウルにしていたのとは違い、比嘉はチョコンと当てるだけ。ソフトボールのスラップのようなスイングで、ストライクゾーンの球を“受け流す”。

バシッ!
「ボール!」

そして、手元まで引きつけてバットを出す分、ボールを長く見れて選球眼が良い。釣り球に一切手を出さず、カウントを3-2のフルカウントまで持っていった。

(お前も……大人しく引っ込め!)

こういう時に、美濃部が頼るのがスライダー。
あえてストライクゾーンにねじ込んでいき、比嘉は手元にグッと食い込んでくる鋭い変化を捉え切れなかった。三塁側にフラフラとフライが上がり、サードの飾磨がガッチリと捕球する。

<3番レフト当山君>

ツーアウトとなって、南学のクリーンアップが登場する。当山は足が速い左打者。身長はこれも162cmと小さく、一塁側に足を大きく開いたオープンスタンスで体を大きく見せる。その初球。

「!!」
「セーフティ!?」

当山はセーフティバントの構えを見せ、そのままバットを引いて見送った。ダッシュしたサードの飾磨の動きを確かめたようである。

「……?」
「今度は最初からバントの構えを…」

当山は今度、バントの構えで投球を待つ。
サードの飾磨は、これにはムッときた。

(おちょくりよってからに。どうせ、バスターで打つんやろ)

美濃部が振りかぶって投球モーションに入る。
しかし、当山はバットを引かずにそのままバントしに行った。

(は!?)

飾磨が慌ててダッシュする。
当山は一応バットには当てたが、しかしコロコロとファウルゾーンにボールは転がった。
当山はニヤニヤと笑っている。

(……クッソ〜〜ムカつくな〜〜)

良いように弄ばれたように感じられ、サード飾磨のイライラは更に募っていく。しかし、マウンド上の美濃部はこんな揺さぶりを意に介さない。

(普通に打ってもよう打たんけん、こんなキモい事ばっかしよんのやろ)

美濃部はどんどんストライクを投げ込んでいく。ボール球を見極められるのなら、ストライクゾーンで勝負すれば良い。そう割り切った。

ゴキッ!
「オーーライィ!!」

当山は5球目をボテボテのショートゴロ。
内野安打を防ぐ為に普段よりかなり浅く守っているショートの枡田が軽快にさばき、初回の南学の攻撃はゼロに終わる。

「よっしゃー!」
「全然バッティングさせてないぞ!」

三者凡退に三龍ベンチは湧き上がり、アルプススタンドが美濃部に歓声を送る。三振、サードフライ、ショートゴロ。南学の打者がマトモなスイングをした事は一度もなく、実力でキッチリねじ伏せたように思われた。

(いや……球数は初回だけで20球……確かに三者凡退だが、中々簡単にアウトにはなってくれてないぞ……)

しかしここでも、浅海の表情は晴れなかった。球数が多いのもさる事ながら、美濃部のボール球になるスライダーに、南学打線は一度も手を出さなかった。その事が浅海には引っかかる。理想的な三者凡退のはずなのに、何か相手に仕掛けられているように感じられる。相手ベンチの神谷監督の余裕っぷりが、更にその感覚を強くさせていた。

(確かに美濃部の球は走っているし、南学打線に迫力はない。……でも、こんな快調なピッチングが9回まで続くとは思えない。多分、迫力が無いなりの攻め方をしてくる。)

浅海は帽子を取り、前髪をさっとかきあげた。
ふぅー、と大きく息をつき、自軍ベンチの選手達を見る。

(そうやって攻め込まれた時に、どうするか。)

浅海は帽子をかぶり直し、視線をグランドに戻した。



ーーーーーーーーーーーーーーー



カーン!
「!!」
「ウソッ!?」
「マジかよ」

2回の表、三龍の攻撃。
二死から鳴り響いた快音に、三龍ベンチは味方ながら仰天した。

ポトッ

大きな放物線を描いた打球は軽々と市営球場のライトフェンスを越え、芝生に弾んだ。三龍アルプススタンドが、蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。打った本人の美濃部はクールを装い、悠々とダイヤモンドを一周するが、その口元は微妙に緩んでいた。

8番美濃部の高校初ホームラン。
味方ですらも全く予想していなかった一発で、三龍は2点目のリードを奪った。これには打たれた安里もガックリと肩を落とす。

「イイね美濃部!」
「さすが三龍のエース!」

ベンチに戻ってきた美濃部を、他のナインが出迎える。初回に続き2回もあっさりと追加点をとる事ができ、さらに打ったのは投手の美濃部という事も、今後の試合展開において大きな意味を持ちそうである。

「……」

この美濃部のホームランには、浅海も嬉しさよりむしろ驚きを表情に浮かべた。

(……何か今日、、出来過ぎじゃないか?)

4番のタイムリー、そして好調のエースのホームラン。この展開、浅海にとっては、どこか上手くいきすぎていそうで、逆に怖くなる。あまりにも簡単に点が入りすぎている感があり、点が入るのは全く悪い事では無いのだが、少し不気味なのである。

そんな浅海の思いとは別に、とりあえず三龍は2点のリードを奪い、この甲子園出場決定戦を優位に進めていた。










 
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