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打球は快音響かせて

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高校2年
  第三十八話 理想的?

第三十八話


「レフトー!」
カン!

ノッカーの乙黒がレフト前にゴロを転がす。
試合前ノックにはレフトの2人目として入っている翼が、勢い良く前進し、右手のグラブでゴロをすくい上げ、飛び跳ねるようにステップし、ホームに向かって投げる。ボールは糸を引くようにホームベースに向かい、ワンバウンドしてキャッチャーのミットに収まった。

「おー!好村ナイスボール!」
「よしっ!」

試合前ノックの最後のバックホームを華麗に決めて、翼は小さくガッツポーズしながらアガる。翼の外野守備は短期間の間にかなり上達し、十分守備固めで使えるレベルになっていた。こういう部分は、野球センス自体はかなりあるのではないかと思わせる所がある。

「彼女にええとこ見せられたやんけ」

ファールゾーンに散らばったボールを拾い集めながら、先にアガった太田が言った。
翼は顔の前で手をヒラヒラと振って否定する。

「そんな事考えてながらやってないよ。」
「え、別にええやん。試合でもええとこ見せてやれぇや」

太田はニヤリと笑う。
翼は一塁側の南学アルプスに目をやった。
あそこに、葵も居るんだろうか。居るんだろうな。

(あんまり考えないでおこう)

すぐに目を逸らし、自分も散らばったボールを拾う。ちょうどその時、南学アルプスがドワッと湧いた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「応援よろしくお願いします!」
「「「しゃあす!!」」」

南学ナインが自軍アルプススタンドに挨拶に現れると、スクールカラーの赤一色に染まったスタンドから大きな声援が注がれる。

「神谷監督ー!今日も頼んだでー!」
「甲子園連れてっちゃってくれー!」

神谷監督は声援に帽子をとって応える。
この老人の事を知らない人間は、もう斧頃島には居ない。

(ウチもすっかり島に溶け込んだのう。正味の話が、ウチのチームには木凪本島や水面の出身も多くて地元民は半分くらいなんやが、毎日朝のゴミ拾いから何からさせて良かったわい。)

この南学の人気は、ただ勝利の結果によってだけもたらされたものではない。島外出身者も多い事を踏まえ、島の一部として溶け込む為の時間を意識的に神谷監督は設けていた。その甲斐あって、新設の私学野球部である南学は、今や“斧頃島の”チームである。島民の大きな後押しを受けて、ここまで戦ってこられた。

神谷監督がベンチへと戻っていく一方で、南学ナインはアルプススタンドの真下で円陣を組む。
アルプススタンドの控え部員と、応援に来た島民や友情応援の斧頃高校の生徒達の一部も、スタンドで同じように密集して円陣を組む。

「俺たちは!」

グランド上に出来た円陣の真ん中で、主将の知花が声を張り上げた。

「「「島の子だァー!」」」

知花の言葉に応じて、グランドの円陣、そしてスタンドの円陣から声が上がる。

「花は赤くて!」
「「「海は青い!」」」
「子どもは元気で!」
「「「年寄り長生き!」」」
「島から狙うは!」
「「「この国のてっぺん!!」」」
「そうや俺たち!」
「「「ナンバーワン!!」」」

知花がここで一つ間を置く。周囲をしっかり見回してから、一際大きな声で叫んだ。

「今日も勝つぞォ!」
「「「うぉぉおおおおーー!!」」」

最後、全員で右手の拳を円陣の中心に掲げて気合を入れた。この“儀式”は地元出身の知花が始めた事で、チームを、いや、島民の心も一つにする。
気合いを入れてベンチへと戻っていく南学ナインの背中に、アルプスからの大声援が浴びせられた。

「「「我ら〜パシフィカン!
世界の南学(世界のナンガク!)
倒せ〜三龍〜
無敵のナンガクーッ!!」」」


ーーーーーーーーーーーーーーー


「エグい応援やな」
「爆音や。爆音としか言いようがない。」

南学アルプスの大応援には、三塁側アルプスに陣取った三龍応援団も圧倒される。牧野と林が驚愕し、目が点になっていた。

「……でも負けてられへんな」
「サタデーナイトいきまーっす!1、2!1、2さんはいっ!」

負けじと三龍応援団も対抗。
全校生徒による口ラッパが響き渡る。

「「「さぁいこうぜ どこまでも
走りだせ 走りだせ
輝く俺たちの誇り 三龍 三龍
うぉっおっおーおー」」」

試合前にも関わらず、球場のボルテージはどんどん上がっていった。何故ならこの試合は、両校にとって初の甲子園を決める戦い。






三龍スタメン

4渡辺 右右
6枡田 右左
9越戸 右左
7太田 右右
5飾磨 右右
2宮園 右右
8鷹合 右左
1美濃部 右左
3安曇野 左左


南海学園スタメン

8知花 左左
4比嘉 右左
7当山 左左
1安里 右右
3知念 右左
9仲宗根 右左
5名賀 右右
2柴引 右右
6諸見里 右左



ーーーーーーーーーーーーーーーー


「おい、ここに居たんかい」
「あ、武」

バックネット裏観客席の1番高い所に座っていた葵の側に、腹を揺らして武がやってくる。
葵の格好は、私服だった。前のように制服ではない。

「……さすがに今日は、南学は応援できんけん」
「ほんで、全校応援から抜け出してきたんか。悪りぃ〜なぁ〜」

口ではそう言いながら、武も葵のそばにドカッと腰を下ろす。武も、考えている事は葵と同じである。

「勝って欲しいのう。」
「うん。」

あえて、どっちがとは言わなかった。
言わなくても、2人にとっては答えは一つだけだった。




ーーーーーーーーーーーーーーー


<1回の表、三龍高校の攻撃は、1番、セカンド、渡辺君>

今日の試合、先攻は三龍。
主将の渡辺が攻め順決めのジャンケンに負けてしまったからだが、先攻なら先攻で、どんどん攻めていこうと渡辺は意気込む。

「バッター主将ー!初回からいくぞーっ!」

三龍アルプスで応援団長・牧野が気合いを入れ、太鼓を叩く2年生のベンチ外部員がバチを振りかぶった。

ドンドドンドン!
「「「わたなべ!」」」
ドンドドンドン!
「「「わたなべ!
ぅぉーーーっ
わったっなべ!!」」」

吹奏楽部が「Bring on nutty stomper run」を演奏し、全校生徒の声援がトップバッターの渡辺に注がれた。

パラパパッパッパッパッパッパパラララ
パーパーパパーパ♪
「「「そーれわたなべ!」」」



(……よーし、テンション上がってきたばい!)

渡辺がブンブンと素振りをしながら打席に入る。州大会の直前、吹奏楽部の応援が来ると聞いて渡辺は今流れている曲をリクエストした。好きなプロ野球選手の応援歌で、打席で聞く度にテンションが上がる。だからかどうかは分からないが、州大会初戦では4打数4安打の大当たり。秋季大会の通算打率を4割に乗せ、コールド勝ちのチームを引っ張った。

(……浅海先生を甲子園に連れていったる)

渡辺がバットを構え、顎を引いて睨みつけたその視線の先には今日の南学の先発・安里。初戦は登板が無かった、背番号“3”をつけた野手兼任の投手である。安里はランナー無しでもセットポジションから、ずんぐりとした体を若干沈めてサイドスローから投げ込んだ。
試合開始のサイレンと共に投げ込まれる初球は変化球。渡辺は積極果敢に打って出た。

カーン!

甲高いバットの音。打球はライナーとなってファーストの頭上を越え、ライト線を点々と転がっていった。



ーーーーーーーーーーーーーーー


一塁ベース上で渡辺がガッツポーズ。
主将のいきなりの“サイレンヒット”に、三龍ベンチ、そしてアルプススタンドが大きく湧き上がる。

(……そんなに甘い球と違ったんやが……やっぱおじいちゃんが言うだけあってええバッターやの)

打たれた安里はマウンドで大きく息をつき、ドンマイと声をかける野手陣に笑顔を見せた。

(……明らかにライト線長打コースの打球だったのに、ライトが打球に追いつくのが異様に早かった。外野手のポジショニングがやたらと大胆なんだよな、このチームは。やはりどこか不気味だ。)

いきなりのチャンスを喜ぶ選手達とは対照に、指揮をとる浅海の表情はどこか固いままだった。ヒットが出た事よりも、シングルヒットで止められてしまった事に意識がいく。そうさせているのはやはり、南学ベンチにちょこんと座っている老将・神谷監督の存在だった。

(……ダメだ。意識しすぎちゃダメだ。とりあえずチャンスなのは確か。しっかり生かしていかないと。)

浅海は自分に言い聞かせながら、2番の枡田にサインを送る。枡田は、固い表情の浅海を和ませるかのようにニカッと笑って頷いた。

バシッ!
「ストライク!」

バントの構えをしながら、枡田は一球見送った。すかさずバントはせず、ひとまず様子を見た。
これは浅海の指示で、エバースという作戦である。

(いきなり打たれたのに、安里は全く気にせずストライクをとってきた。ここはもう、素直に送らせよう。追い込まれると、余計に難しくなる。)

そう判断した浅海は2球目に送りバントのサインを出す。枡田はこのサインにキッチリと応え、一塁側に注文通りの送りバントを転がしてランナーを進めた。

「よっしゃァー!俺が送ったんやぞォ!打てよ続けよお前らァー!」

ひと仕事を終えた枡田は三塁側三龍ベンチへと戻りながら、大声で続く打者を激励した。
一死二塁、先制のチャンス。打席に入るのは三龍のクリーンアップ、3番の越戸。

「「「こ〜しど こ〜しど 越戸亮の♪
い〜とこ も〜っと 見てみ〜たいよ♪
どんな〜球も〜
チャン!スは!見逃さない!♪」」」

アニヲタの越戸らしく、アルプススタンドからは「お邪魔女バンバン」の替え歌が響き渡る。これも越戸のリクエスト曲で、最初はハレハレユカイにしようとしていたが周りに止められ、結局応援歌に使われる事もそれなりにあるこの曲に収まった。

バシッ
「ストライク!」

越戸に対しての初球はストライク。こうしてストライクが一球入るだけで、一塁側の南学アルプスから大きな拍手が送られる。

(……サイドスロー……の割には力がある……)

越戸の分析の通り、安里はサイドスローながら球速は130キロ前後出ていた。力のありそうな体つきから、グイグイと押していく。そして制球にも破綻がない。越戸はこの球威に押されファールを打ち、2ストライクと追い込まれた。

(でも、そんな凄いピッチャーやない)
カーン!

追い込まれながらも越戸は強振し、ボールを引っ張り込んだ。打球は良い角度で飛んでいくが、しかしフェンスまでは届かず、ライトの仲宗根が後退して追いついた。

(3ついける!)

タッチアップに備えて二塁ベースに戻った渡辺は、捕球を見届けると同時に二塁にスタート。ライト仲宗根は捕ってすぐ、後退姿勢のままで、目の前まで中継に来ているセカンド比嘉へ。比嘉が外野の芝生の上から三塁へ大遠投。ベース付近にボールは帰り、ランナー渡辺との競争になる。

「セーフ!」

クロスプレーになったが、3塁審の手は横に広がった。南学アルプスからは「惜しい」という意味の大きなため息。越戸のライトフライの間に渡辺が三塁を陥れ、二死三塁とランナーが進んだ。
渡辺はホッとした表情で土のついたユニフォームを払っているが、ベンチで今のプレーを見ていた浅海の表情はまた少し険しくなった。

(今の中継プレー、セカンドはライトの捕球姿勢が悪いと見るや、全力で近づいて中継に入ったし、またライトも最初から長い距離は投げなくて良いと踏んでいたかのようなクイックスローだった。お互いの位置関係を瞬時に判断して、最も速くボールを送れる選択をしていた。……機敏だ。かなり鍛えられている……)

140キロを投げるという事や、ホームランを連発するという事以上に凄みを感じる、南海学園の“組織力”。その片鱗を見せつけられ、自軍がチャンスを迎えているはずなのに浅海は圧倒されていた。



<4番、レフト太田君>

しかし浅海がイマイチ乗り切れていなくても、選手達、そしてアルプススタンドの応援団は先制のチャンスに湧き上がっていた。

「「「希望という夢を乗せ♪彼方へと飛ばせ♪
この思い届かせて♪高らかにホームラン♪」」」

太田の応援歌「メロス」に三龍アルプスが揺れ、太田本人もそのメロディにノる。ブンブンと素振りを繰り返し、右打席に入った。

(見た感じ、そんなに打ちにくそでもないな。チャンスやし、どんどん行こ。)

打つ気満々。この甲子園を賭けた一戦に、太田も気合いが入っていた。
初球のスライダーを見送ってからの2球目。
懐に入ってきたストレートを、太田は強く叩いた。

キーン!

鋭い打球が横っ飛びしたサードの脇を抜け、三遊間を破っていく。渡辺が悠々と先制のホームに帰り、4番のタイムリーヒットにアルプススタンドも大きく沸き返る。そのアルプスに向かって、一塁ベース上で太田が大きく拳を突き上げた。

(……とりあえず、点は入った。やはり、地力ではウチが優っている……よな?)

ベンチに帰ってきた渡辺とハイタッチを交わし、殊勲の太田を拍手で讃える浅海だが、まだ少し、その胸の中にはどこか棘が刺さっているようだった。
しかし、浅海のそんな釈然としない様子とは裏腹に、州大会準々決勝は理想的な形で立ち上がった。









 
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