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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第一部 vs.まもの!
  第9話 こえがきこえる!


 入り口の向こうには暗い通路が続いていた。それをひたすら歩いて行くとやがて光が見えてくる。
「うわ、眩しっ」
 暗い長い道のりを経て光の中に出たウェルドは、両目の上に腕をかざした。
 風が吹きすさんでいる。
 不動の太陽が三人の頭上に燦然と輝いていた。光の矢は三人の体と彼らが立つ石造りの橋を貫き、橋の下の遥かな奈落へと落ちていく。
「これがアスラ・ファエル? 行く先の建物が太陽の神殿なのか?」
 アーサーが細めた目を向ける先には、まさしく太陽神殿――ウェルドも文献の挿絵でしか見た事のない建物が、確かな実物として聳え立っている。
「すごいな、この橋の欄干も、入り口のアーチも、いたるところに(きん)が使われてる」
「ところでさ、何かおかしいと思わねえ?」
「何がだい?」
 ウェルドは歩きながらアーサーを振り返り、肩を竦めた。
「あれぇ? そういえば、地下なのに太陽があるのはおかしいね。それに風がすごく吹いてるよ」
 サラが暴れる髪を片手で押さえながら、物珍しげに辺りを見回す。
「あっ! 言われてみれば――」
「そういう事。風については、壮大過ぎてまだ全然解明できてねえ空気の循環装置があるんだ。でなきゃ俺達、遺跡の最初の階層でフツーに酸欠死だろ。太陽については諸説ある。一番支持されているのは、太陽を沈んでしまう事を嫌った古代の人たちが、自分たちだけの沈まぬ太陽を求めたところ、神がそれを作る技術を与えたって考えだ」
「そうか……しかし、皮肉だな……。太陽を信仰し愛するゆえ、太陽の光の届かない、こんな地下深くに都を造るなんて……」
「だけど、こんなに温かくて眩しいおひさまが昔の人の作り物だなんて不思議だね。ねえ、だって、地上の太陽と全然見分けがつかないよ」
「本当だな……。一体どれだけの蝋燭と松明と反射鏡を使えば、あんな物を作り出せるんだろう。僕が見てきたどのような蝋燭台やシャンデリアより、眩しくて美しい」
「だな。俺も感動だぜ。ようやく実物にお目にかかったんだなって」
 三人は太陽神殿に至る橋の真ん中で立ち止まり、行く手に見える神殿の矩形の入り口を眺めまわした。
 ふと耳を打つ声があった。
 ウェルドは仲間を振り向く。
「サラちゃん、今、何か言ったか?」
「えっ? あたしは何も言ってないよ」
「そっか。声が聞こえたんだ、女の子の……」
 するとまた、少女の悲しげに囁く声が風に乗って聞こえてきた。
「ほら、また! どうだ? 聞こえるだろ? なあ、アーサー」
「いや? 僕には全然……」
「マジかよ。お前耳クソ詰まってんじゃねえの?」
「し、失敬な!」
 ウェルドは首を横に振った。
「悪ぃ、俺クムラン先生から宿題出されてるんだ。二人で先に行っててくれ」
「宿題? ……ああ、そういえば君は遺跡の研究に来たんだったね。でも、一人で大丈夫かい?」
「ああ。ここには魔物もいねえようだしな」
「わかった。でもどうか油断しないで気を付けてくれ」
「心配いらねえって。じゃあな」
 ウェルドは手をひらひら振った。
「あっ、そうだ、アーサー」
「なんだい?」
「邪険にして悪かったな」
「えっ?」
「……なんでも。じゃ、さっきはありがとな。命拾いしたぜ」
「そんな事、礼には及ばないよ。僕で力になれるなら、またいつでも誘ってくれ!」
「じゃあね、ウェルドさん! 頑張ってね!」
 サラもエプロンをふわりと翻し、歩いて行った。

 ※

 時の行路図を使って町に戻ると、まず最初にクムランの家に向かった。時の行路図によればこの家を出発してから丸一日と十時間が経過しており、訪れるには非常識な時間ではないかと躊躇いつつも戸を開けると、思いもしない先客がいた。
「げっ」
 その人物はゆっくり顔を上げ、ウェルドと目を合わせた。
「なんであんたがいるんだよ?」
「いてはいけないか」
 ウェルドが眉を顰めている間に、ディアスは膝に目を戻す。彼は膝の上に石板を置き、文字を彫りこんでいた。近付いて覗きこむと、古代レノス文字の呪文だった。傍らの本から写している。
「離れろ。手許が暗くなる」
 奥の部屋の戸が開いて、クムランが顔を見せた。
「おかえりなさい、ウェルド君」
「ああ、クムラン先生、すみません。夜分遅くに」
「いいえ。心配していましたよ。挨拶に来てくれて安心しました。僕も作業が一段落したところです。お茶にしましょう。ディアス君も、そろそろ休憩にしませんか?」
 石板を削る音が途切れ、
「……構わないでくれ。じき退去する」
 ウェルドはディアスとクムランの顔を交互に見比べ、無言で問いかけた。
「ああ、彼は新しい魔法を覚えに来たんです。嬉しいですよ。僕を訪ねてくれるのは、バルデスさんとノエルさんと、ウェルド君くらいですからね」
「ここには本がたくさんある。退屈しない」
「そう言ってくれると光栄ですね。本も喜ぶでしょう。それより本当に、ディアス君も休憩した方がいい。何時間も同じ姿勢でいるのは健康によくありません。お茶にしましょう。何が好きですか?」
「……では、水を」
 ウェルドは
「はあぁ!? なぁーにが『では水を』だ偉そうに、手伝えやてめぇこの野郎!」
 と(心の中で)言いながらクムランが茶を淹れるのを手伝い、ディアスの目の前に井戸水の入ったコップをドカンと置いてやった。
「クムラン先生は今は何の仕事をされてらっしゃるんですか?」
 三人は同じテーブルを囲んだ。
「世界百科事典改訂版のアスラ・ファエルに関する項目の執筆を任されてましてね。最新の情報の精査がなかなか終わらず徹夜続きですよ。ウェルド君はどうでしたか?」
「先生が言ってたやつ、見つけて書き写して来ました」
 ウェルドは眉間に皺を寄せ、
「でもこれ、どこかで聞いた事があるような……」
「構いませんよ。読んでみてください」
 ウェルドは荷袋から借りていたペンと紙を出し、広げた。

〈この扉を潜る者、全ての未練を捨てよ〉

「これが一つ目の碑文ですね」
 ウェルドは続きを読み上げる。

〈闇に閉ざされし黒き羨道を(くぐ)
アスラ・ファエルの太陽を浴びし者が
もはや故郷の土を踏む事はなく
地上において(はたて)の風が連れ戻す闇夜について思い起こす事もない

アスラ・ファエルの不滅の果実を求むる者は
腐敗の海を漂う現世(うつしよ)の恵みを恋うる事がない
地上においては月が死と恐怖の頂点に君臨し
故郷の町が砂と消えゆくを知る由もない

アスラ・ファエルの意思と秩序を司る
紫の剣に(かしず)く者は
驚くべき審問官の手によりて
隠されし千尋(ちひろ)の知恵と慈愛の海に(まみ)
ふたたび悩むる事も嘆く事もない〉

 紙を机の上に置く。クムランはニコニコしながら朗読を聞いていた。
「では、ウェルド君、その詩をどこで見聞きしたのか思い出せますか?」
「いえ、どうにも」
「ディアス君、もしわかるなら、解説してくれますか?」
 石板に詰まった石の削り滓を刷毛(はけ)で取り除いていたディアスが顔を上げた。
「『リトアラの殲滅』の一節か……。五千年前、アノイア教が興った頃、結束したアノイア教徒たちはリトアラ――現在のレノス教皇領にて弾圧者達の主力部隊を撃滅した。だが、その後も当時少数だったアノイア教への弾圧と差別が止むことはなく、信徒たちは預言者の導きによって知られざる都アスラ・ファエルへの移住を余儀なくされる。その後リトアラを占拠した古代マゴリア帝国の要人たちは、欲と酒色に溺れ、民の心も荒れた。その状況に怒りし神はリトアラのマゴリア人たちを塩柱に変えて滅ぼす。
『リトアラの殲滅』は、唯一死を免れた敬虔な娘によって書かれた詩だ。娘はその後アノイアの教皇となり、現在のアノイア教総本部としてのレノスを築き上げた。……以上、誤りはないか」
「完璧です」
 ウェルドはけったくそ悪くなった。
「では、ウェルド君、その詩がどこに書かれていたのかディアス君に教えてください」
「アスラ・ファエルの太陽神殿の入り口だ」
 これまで他人事として聞いていたディアスが、初めてウェルドを見た。暗い目に鋭い光が走る。興味を持ったようだ。
「そうか、俺が通った時には気が付かなかった……しかし初耳だ、アスラ・ファエルの入り口にその詩が刻まれているとは」
「この件はカルス・バスティードの外にまだ公表していない情報ですからね。さて、リトアラから預言者の導きによりアスラ・ファエルの地に到着したアノイア教徒たちのその後は、あなた方のご存知の通りです。彼らは約束された地で、沈まぬ太陽の恵みと永遠の命を手に入れた。レノスはその後も外界からアスラ・ファエルへの唯一の窓口として機能した、と伝説に残されています。時が過ぎ、これらの話は童話やおとぎ話になっていった……」
 クムランが机の上で指を組んだ。
「ウェルド君、太陽神殿の入り口にたどり着いた時、何か変わった事が起きませんでしたか?」
「声が聞こえました」
 背筋を伸ばし、答える。
「女の子の話し声ですね。同行していた仲間二人は聞こえなかったみたいですが」
「話し声……?」
「何だ、お前も聞いたのか?」
「子供の泣き声を聞いた。不思議なものだ。あれほど激しく泣き叫ぶ声が聞こえぬ者がいるとは」
「激しく泣き叫ぶ?」
「太陽神殿の入り口に立つと声が聞こえる、と証言する人は数多くいます」
 と、クムラン。
「聞こえる声は人によって違うようですね。この声についてはまだ何も解明されていません。では、あなたに次の宿題を出しましょう。太陽神殿の第一階層、この奥には隠された一室があります。その部屋を見つけ出し、石碑に刻まれている文言を読み、その内容に関する考察をまとめてください」
「わかりました」
「あと、頼みがあるのですが……その場所にノエルさんを連れて行ってあげてくれませんか? あの子は学問に関しては人一倍の情熱があるのですが、魔法の扱いや実戦の経験に関しては、不安な所があります。お願いできますか? ウェルド君、ディアス君」
「――俺もか?」
「ええ。あなたは既に通過した階層なのでつまらないかもしれませんが、この先に出現する魔物は次第に手強くなっていきます。今の内に仲間と協力関係を築き、万一の際に共闘できる下地を作った方が今後の為でしょう。……それに、あなたほど知識欲のある人ならば、本当は興味があるのではありませんか?」
「ないとは言わない。何より暇だ……仕方ない、行ってやる」
「偉そうに!」
「まあまあ」
 クムランがそっと窘めた。
「あの娘はいつ戻ってくる」
「さあな。最後に会った時黒の羨道の最後の階層で時間待ちしてたから、明日か明後日になるんじゃねえの」
「ならば、借りていた本を今夜中に読み切って明日の朝返しに来よう。その際あの娘が戻ってきている様であれば同行する」
 ディアスは立ち上がり、石板を携えてクムランの家から出て行った。
「……ケッ、気取りすましやがって、嫌な奴! 何だよ暇だからって! てめぇはやる事ねえのかよ?」
「確かに、彼がこの町に来た理由は謎ですからねえ。お金を稼ぎに来たわけでもなく、魔法の修行に来たようでもない。大概本を読んで時間を潰しているみたいですしねえ」
「変な奴」
「でも、魔法の腕のほうは確かなのでしょう。この町に来た時点で魔装具を持っていたのは、彼だけでしたからね」
 壁時計が鳴った。
 ウェルドは何となく時計を見た。
 十三聖者の人形が現れて、二人を見下ろし、廻る。


 
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