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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第一部 vs.まもの!
  第8話 れいあ!

 魔物がいる階層を通り抜けて〈黒の羨道〉最下層部にたどり着くと、暗い廊下に見知った顔の新人冒険者たちがたむろしていた。
「よう」
 ノエルが本から顔を上げた。パスカとシャルンが一緒にいる。廊下には扉のない別の通路への入り口が並んでいる。先ほどクムランから説明を受けた場所に違いない。
「ウェルド、遅かったのね」
「普通だろ。俺から見ればあんたが早いよ。通ってきた階層の時間の流れの違いだろうが。何やってるんだ?」
「零時になるまで時間を潰してるの。でなきゃ先に進めないから」
「それじゃ、みんなでお話ししようよ!」
 元気いっぱい、サラが言う。ウェルドは大剣を鞘に戻し、壁に凭れて座りこんだ。

 廊下の奥から水の滴る音が聞こえてくる。
「しっかし、暇だよなぁ……」
 いい加減話し疲れた頃、パスカが呟いた。
「そうかな。みんなの話、楽しいよ」
「俺もう話のネタがねえよ」
「何言ってんの。女の子を楽しませるのが男の子の役目でしょ」
 と、シャルン。
「俺はそんな器用じゃねえ。アーサー、お前どうだよ?」
 するとガシャンと鎧を鳴らして立ち上がったアーサーが
「パスカ、よくぞ聞いてくれた! こうやって暇を持て余している時僕はいつも尊敬する父の武勇伝を思い出すんだ! 一番好きな話は僕が生まれるちょうど一年前、二十年前の『ハーミッシュ戦役』での出来事だ! 折しもその年のビアストク王国は」
「だぁーまぁーれっ!」
 ウェルドが声をかぶせると、アーサーはしょんぼりしてしまった。
「……。じゃ、ウェルド、お前が何か話せよ」
「別に話すような事ねえけど。何が聞きたいんだよ?」
「ウェルドって農民出の学者なんだよね。変わってるな。よかったら、その辺りの話聞かせてよ。どうして学者になろうと思ったの?」
「いいぜ。もともと俺はセフィータのしがないサボテン農家の子供だった。もちろん文字の読み書きなんてできやしねえ」
 要約すると出稼ぎに出た先で両親が物取りに遭い死亡。こどくなうぇるどくん(八さい)はバイレステのしょーにんに労働力として身売りされ、右も左もわからぬまま異国で使用人としての日々を送る内、道端に落ちていたコンブで滑って後頭部を強打、生死の境をさまよう。回復後意味もなくやたらとよく笑うようになったうぇるどくんはさっぱり仕事を覚えなくなり、蟻の巣をほじくり返して「ゴミうめぇ」と貪り食っていたところ不憫に思った慈善事業家によって頭の病院に放りこまれる。病院でゆかいななかまたちと一年余り過ごしていたが、ある日たまたま病院内で目にしたコンブに本能的な恐怖を覚え逃走。あまりに怯えたせいで足を滑らせて階段を転がり落ち、今度は前頭部を強打する。またも意識不明の重体となり意識が回復した時には
「字が読めるようになっていたんだ」
「なんでだよ!?」
 遠くで剣戟の音が聞こえた。ウェルドは口を噤む。パスカが廊下の奥に顔をやった。
「おい……今の何だ?」
「どうしたの?」
「悪ぃ、シャルン、静かにしてくれ……剣の音が聞こえたんだ」
「えっ……?」
 今度ははっきりと、全員の耳に女の悲鳴が聞こえた。
 緊張が六人の間を駆け抜ける。
「助けに行かなきゃ! パスカ、どこから聞こえたの!?」
 シャルンが槍の鉾を鞘から外した。
「待ってくれ。今見当つけるから」
「ちょっと待って! あなた達、本気で助けに行くつもり!?」
 ノエルが本を抱きしめていきり立つ。
「善人ぶるのもいい加減にしたら! クムラン先生は、この入り口に潜む魔物はまだ相手にするべきじゃないって――」
「そういう話は後にしてくれ、今は声の出所を探すのが先だ」
「行ってどうするのよ! 先生が集計した過去のデータと照らし合わせても、あたし達がインディゴスに勝てる見込みはかなり低いわ!」
「ノエル、お願い、黙って」
 シャルンが遮る。パスカは並ぶ入口を順に回り、中の音を探っている。
「だ、大丈夫かな……」
 サラが心細そうにウェルドのそばで囁いた。
「シッ。パスカの耳を信じろよ」
「ここだ!」
 七番目の入り口の前でパスカが振り向き、言った。
「まだ剣の音が聞こえる! 生きてるんだ!」
「ほんとに、本気なの――!?」
 ウェルドは、ここまで連れ立ってきたアーサー、サラと共に、パスカのもとに駆け寄った。
「戦うつもりはねぇよ。誰だか知らねえが、助けたら速攻で逃げるぜ」
「そんなにうまくいくわけ――」
「話は後だ。ウェルド、先に行くぜ!」
「そんな――待って、ウェルド、待って――あなた達そんなに死にたいの……?」
「死んじゃうかもしれないし、死なないかもしれないわ。でもそんなのって、やってみなければわからないじゃない!」
「やらなくてもわかるわよ!」
「よう、ノエル。クムラン先生の話なら、勝てる見込みは薄い――つまり皆無ってわけじゃねえんだろ? 勝った奴もいるって事さ」
 ウェルドは闇に身を浸した。
 外からは暗闇だった入口の向こうも、一歩足を踏み入れれば、中の様子を見る事が出来た。
「大丈夫か!」
 パスカが石の広間を奥へと走って行く。
 そこには台座に載せられた二体の騎士の石像。奥には細い石柱のような檻が立っていた。
 檻の向こうの空間に誰かが閉じこめられている。
 その人物を確認し、ウェルドも、パスカも絶句した。
「レイア……?」
「ウェルドさん、パスカさん、大丈夫ですか!?」
 サラとアーサーが飛びこんできた。
「レイア! ……くそう、この檻はどうやって壊せばいいんだ!」
 アーサーが檻を掴み揺さぶる。檻の向こうに座りこむレイアが、肩の傷口を押さえながら口を開けた。
「戻れ――逃げろ――」
「そんな事できるもんか! 待ってろ、今助ける……」
 ウェルドの目の前で、石像が変化した。台座がそれぞれ、赤と黒の蜘蛛に似た魔物に姿を変える。騎士像は金属めいた光沢を帯び、ぐにゃりと腕を振り上げた。その手に三日月刀が光っている。
「逃げろ――」
 レイアが声を振り絞る。
「――逃げろ!!! お前たちにも、戦う理由があるのだろう!」
 背後で、四人が通り抜けてきた通路を檻が塞いだ。
「もう遅ぇよっ!」
 赤い騎士像が剣を振り下ろした。赤い光が迸り、パスカがサラにぶつかり床を転がった。サラが悲鳴を上げる。光はサラが立っていた場所を通り過ぎ、壁にぶつかると炎となって壁を焦がした。
「あんた、クムラン先生やバルデスのおっさんから何も聞かなかったんだな!」
「何を――」
「おい! 誰か火か氷の――!」
 騎士像が、それぞれ赤と青の雲の脚で這いまわり始める。青い騎士像が剣を振り下ろすと、赤い光が迸り、左右に身をかわしたウェルドとアーサーの間を走り抜けた。壁が氷に覆われる。
「火が何て言った!?」
 サラの手を引いて一旦退避したパスカが、柱の陰から顔を出して言った。ウェルドが同じように柱の陰から顔を出し、叫び返す。
「この中に火か氷の魔法を使える奴はいねぇのか!?」
「火ならあるぜ! トラップだけどよ!」
 顔に向かって熱い波が飛んできた。慌てて柱に身を寄せる。奥の壁に炎が広がる。
「こいつらはよ! 赤い奴を凍らせて青い奴を叩くか、青い奴を燃やして赤い奴を叩くかしねえと倒せねえんだ!」
 ウェルドは覚悟を決め、柱の陰から広間に飛び出した。青い蜘蛛の脚を持つ騎士像の前に立ちはだかり、バキュームを設置する。バキュームが作動し、騎士像が吸い寄せられてきた。
「パスカ! 早くこいつを燃やせ!」
 パスカが柱の陰から飛び出して来て、トラップカプセルを高く掲げる。バキュームの入り口でつっかえていた騎士像の足許から火柱が噴出した。
「危ない!」
 サラが叫ぶ。ウェルドは赤い方の騎士像が自分に向かって、今にも剣を振り下ろそうとしている事に気が付いた。
 やべっ。
 凍りつく。
 その騎士像の眼前に、太い円柱が並んだ。炎の波は円柱に阻まれ消えた。
「僕のトラップさ」
 アーサーが自信に満ちた表情で微笑みかけた。緊張が消え、ウェルドは感謝の意をこめて微笑み返す。大剣を手に走り出した。
「えいっ!」
 いち早く駆け寄ったサラが、フライパンを騎士像に叩きつける。アーサーが剣で突き、ウェルドは仲間に当たらぬよう大剣を縦に振って、騎士像を両断した。
 一対の騎士像の魔物は融けるように消滅した。

 ※

「これで大丈夫です」
 ノエルが町に戻ってティアラを呼んできてくれたとのことで、レイアの怪我は魔法によってたちまち治療された。
「ティアラの魔法ってすごいね。あんなにバッサリいってた傷が跡形もないよ」
「私の力は大したものではありません。レイアさんの生きようとする意志が強かったのです」
 レイアは気まずいのか気恥ずかしいのか、悲しげな顔をしてすっかりうなだれてしまって、口を利こうとしない。
「あっ、そういえばそろそろ零時だよ!」
 サラに言われてウェルドは時の行路図を開く。右下に書かれた動き続けるインクは、地上での時刻が零時に迫っている事を告げていた。
「ウェルド、お前、先に行けよ」
「何でだよ? 一緒に行けばいいじゃねえか」
「ついさっきティアラから聞いたんだけど、正解の通路には一度に三人しか入れないんだって」
 シャルンが口を尖らせた。
「まったく、バルデスさんも教えてくれればいいのにさ!」
「あの方も、こんなにたくさんの人が一日に集中するとは思わなかったのでしょう」
「そういう事」
 ウェルドは頭を掻いた。
「そういう事って。お前が行けばいいじゃねえか、危険冒して先陣切ったんだしよ」
「俺はいいって、自分の好きでした事だしさ。お前が続いてくれて助かったんだぜ、ウェルド。助言がなければ倒し方もわからなかったしな。いいから行けよ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
「後の二人はアーサーとサラでいいよな?」
「うん、あたしも異論ないわ」
「ありがとう! じゃあ、あたしたち先に行ってるね」
 いよいよ零時まで残り一分を切った。ウェルド、サラ、アーサーが横並びに立つ。
 静かな緊張が漲る中、消え入りそうな声が響いた。
「……すまない」
 驚いた事にレイアが、座りこんだままそう言った。
「いいや、仲間として当然の役目を果たしただけさ。だけどレイア……これからは僕たちに、もう少し心を開いてほしい。こうやって協力しなければならない事って、今後もあると思うんだ」
「光ったぞ!」
 パスカが叫ぶ。
「一番奥だ、走れ!」
 弾かれたように、三人は走り出した。足音が廊下に木霊する。淡く光る入り口に飛びこむ直前、パスカが声をかける。
「頑張れよ!」
 ウェルドは入り口に足を踏み入れながら、パスカに手を振り返した。


 
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