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たすけ

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第八章


第八章

「それは。僕には」
「では僕が話すよ」
「ええ」
 三神さんがここでこう申し出てくれたのでそれに頷くことにした。
「御願いします。僕にはわかりません」
「まず悪い遊びを止めて心を落ち着かせた」
「そうでしたね」
 また話は戻った。
「それで」
「そう。それでそれが自然に動けたきっかけになったんだよ」
「どういうことですか?」
「心が荒んでいなくて落ち着いていた」
 三神さんはそのことを述べられた。
「そのおかげでね。このいざという時に」
「動けたと」
「僕が動かしたのじゃないよ」
 また不思議なことを言われた。
「僕がね」
「といいますと」
「そう、落ち着いて澄んだ心になっていたから」
 首を傾げるばかりの僕に続けられた。
「仏様が動かしてくれたんだよ」
「仏様がですか」
「そうだよ。そうして僕に人を助けさせてくれたんだ」
「そうだったのですか」
「僕はそう考えていると」
 ということであった。三神さん御自身の御言葉だと。
「けれどね。その時はまだそれがわからなくてね」
「はい」
「少し考えたんだ。それは何故だろうって」
「そうだったのですか」
「そしてもっと考えて」
 考えをさらに深くさせられたのだという。
「考えて。それで出した結論は」
「それは一体」
「もっと人の為にしよう」
 それであったらしい。
「同じようなことを続けていれば答えは出るかも知れない」
「続けていればですか」
「その時は漠然とこう考えたんだよ」
 また述べられる三神さんだった。
「その時はね」
「ただ続けていればですか」
「うん。思えばその時はその時でよかったんだ」
 三神さん御自身のことを振り返られつつ僕に対して述べるのだった。
「その時はね」
「ただ人の為にですか」
「まず己の生き方をあらため」
「はい」
 まずはそこからなのだった。
「そして己を律していき」
「それから人の為にですか」
「思えばね。全て御仏の御導きだったんだよ」
 ここでまた暖かい目になられて述べられたのである。
「全てね」
「御導きですか」
「癌になってあと半年と言われて」
「ええ」
「そして生活をあらためて」
 実際に僕にもその時のことを再び話してくれた。
「そしてそれが身についてからやっと人の為だったんだよ」
「それでやっとですか」
「心がそれなりになっていなければ人はたすけられないんだよ」
「心がですか」
「無残な心の人には人はたすけられない」
 これは僕にもわかる。どうして人の情がわからぬ者、その痛みや悲しみがわからぬ者に人がたすけられようが。三神さんの仰っていることはここではよくわかった。
「絶対にね」
「そうですね。全くです」
「以前の僕は無残な心だった」
「以前はですか」
「本当にね。酒に博打に女に喧嘩に」
 またこのことをざっと述べられた。
「明け暮れていて家族に迷惑をかけて」
「そうした生き方をしていればですか」
「そう。荒んだ生活をしていていれば心も荒んでくる」
「そうですね」
 この言葉も僕にもわかった。生活はそのまま心になるということも。
「では。まずは生活を静かなものにされ」
「落ち着いた生活にしてね」
「それで心を入れ替えられてからだったのですね」
「そういうことだったんだ。それができてやっと」
「人をたすけることができた」
「それまでは考えもしなかった。いや」
 言葉を変えられてきた。ここでまた。
「動くこともなかった。無意識のうちにね」
「その時みたいに」
「そう。そして気付いたんだよ」
 三神さんの言葉がここでまた澄んだものになられた。何故か話を進めるごとにその澄み具合がより清らかなものになっていっている気がした。
「人の為に動こうって」
「あと三ヶ月を切ってそこでですね」
「何処までできるかはわからなかったよ」
 その時のことを述べられるが僕にはどうしても緊迫した感じがしなかったのはやはり今目の前にその三神さん御自身がおられるからだとう。
「何処までね」
「ですがそれでもだったのですね」
「そんなことは構わなかったよ」
 はっきりと仰った。
「その時はね。考えもしなかった」
「それよりも人の為にですね」
「そう。人の為に」
 そういうことだった。
 
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