| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

たすけ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第七章


第七章

「それからが本当のはじまりだったんですね」
「そうだよ。はじまりはね」
「はい」
「その時だったんだよ」
 こうしてその時の話もはじめられた。話はさらに進むのだった。
 三神さんはあと三ヶ月を切っても心は穏やかなままだった。自分でも驚く程その心は澄み切りそうして静かに日々を過ごされていた。その過ごされる中のある日。仕事をしていると目の前で同僚の船が沈んでしまったらしい。
「何だ!?」
「どうなったんだ!?」
「転覆した!?」
 そうなのだ。同僚の人が乗っている船が突然転覆してしまったのだ。思いも寄らぬアクシデントだった。
「おい、助けるぞ!」
「ああ!」
 周りの人達はすぐに助けに向かおうとした。しかし日はまだ暗くあまり見えはしない。一歩間違えれば船に乗っていたその人をぶつけかねない。どう動いていいかわからない状況だった。
 しかしだった。ここで三神さんは。何も考えず真っ先に海に飛び込まれた。そうしてそのまま泳いで転覆した船の方に向かうのだった。
「えっ、三神さん!?」
「まさか」
 そのまだ暗い海に飛び込んで泳いで向かう三神さんを見て誰もが驚いていたという。それも当然のことだ。乱暴者、無頼でしかなかった三神さんが動かれたのだから。
 だが次の瞬間には。周りの人達は蒼ざめてしまわれた。何故なら。
「おい、あれを見ろ!」
「なっ、鮫!?」
「間違いない、鮫だ!」
「鮫が来たぞ!」
 海の漁ではつきものだ。時折来る。漁師でその鮫を警戒しない者はいない。
 海に三角のその背鰭が見える。かなり大きい。その大きさを見ただけでその鮫がかなり大きく危険な存在であることが誰にもわかったという。
 だからこそ血相を変えたのだ。そして海に飛び込んだ三神さんに対して。
「三神さん、早くあがるんだ!」
「危ない!」
「このままではあんたも!」
 だが三神さんには周りの言葉は耳には入らなかったという。そうして転覆した船の横にいるその人を見つけるとすぐに抱きかかえ。そうしてすぐに自分の船に戻ってその人を引き揚げ自分もよじ登ったのだった。その間の動きは本当に瞬く間だったという。一瞬だったと。
「助かった・・・・・・」
「二人共助かったんだな」
「ああ」
 皆自分の船に登った三神さんを見てまずは安心した。鮫はこちらには来なかった。それは杞憂に終わった。しかしであった。皆三神さんを見て驚くばかりだった。
「三神さん、あんた今」
「自分が死んでもよかったのか」
「えっ!?」
 ここで気付かれたという。ずぶ濡れになった御自身のことも。
「何だ?」
「いきなり海に飛び込んで」
「鮫だっていたのに」
「海!?鮫!?」
「おいおい、とぼけたら駄目だよ」
「あんた今海に飛び込んで助けたじゃないか」
「なあ」
「助けた。俺が」
 ここで周りを見回されたという。まだ黒い色にしか見えない海に自分の船。その小舟のエンジンのところにその人が肩で息をしてしゃがみ込んでおられたのだった。
「この人をか」
「そうさ、今は」
「鮫だって側にいたのにな」
「鮫が」
 また周りを見回した。すると確かに鮫がいた。滅多に見られないような大きな背鰭を見せている。
「それでよく助けたね」
「いや、凄いものだよ」
「俺が人を助けたのか」
「ああ、そうさ」
「今助けたんだよ」
 表情を消して呟く三神さんに皆はまた告げたのだった。
「あんたがね」
「よくやったよ」
「俺がか。そうか」
 これは三神さんがはじめて人を助けられたことだった。しかしその時のことは御自身では何一つ記憶にない。本当に完全に無我で動かれたのだった。
「不思議な話だよね」
「はい」
 僕は三神さんの今の言葉にも頷いて答えた。
「そんなことがあったんですか」
「そう。その時どうして自分が動けたか考えたんだ」
「どうしてですか」
「どうしてだと思うかな」
 ここで僕に対して尋ねてきたのだった。
「それは。どうしてだと思うかな」
「それは」
 問われるとどう答えていいかわからなかった。そもそも僕にはそれが何故かさえわからなかった。考えずに無意識のうちにそうした行動に出られるとは。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧