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たすけ

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第十二章


第十二章

「そなたのな」
「といいますと」
「これからも人をたすけるのだ」
 男が急に光に包まれた。そうして。
 何と穏やかな顔で背には後光を背負われたという。そう、それまでの厳しい姿形から急にその様な穏やかな姿になられたのである。
「その命でな」
「は、はい」
「そなたの運命は変わった」
 その方はこう仰った。
「後はその運命を」
「人の為に」
「使うのだ。よいな」
 最後にこう言い残されてその方はお姿を消されたという。それが話の終わりであった。話を終えると三神さんは僕に対して静かに微笑んで正面に座っておられた。
 そうしてそこで。こう仰るのだった。
「こういうことだったんだよ」
「ううむ」
 僕はその穏やかな三神さんの前に腕を組んで唸っていた。
「またそれは実に」
「凄い話だと思うよね」
「しかも不思議な話ですね」
 こう言う他なかった。見れば三神さんはお茶もお菓子もかなり口に含まれているが僕は全くだった。ついつい話を聞いているうちに忘れてしまっていた。
「その様なものだとは」
「けれど本当のことなんだよ」
 僕に対して言われたのだった。
「これはね。全てね」
「本当のことですか」
「そうだよ。今の僕を作ってくれたね」
「そうして今このお寺におられるのですね」
「前の住職さんがね。勧めてくれたんだ」
 このことも僕に話してくれた。
「隠居するからその次は僕にってね」
「それでここに入られたのですね」
「最初は本当にそのつもりはなかったんだよ」
 お坊さんになることがである。実は三神さんはお坊さんであるがその髪は剃ってはおられない。短くされているだけである。最近ではお坊さんでも特に剃っていなくてもいいという。もっともそれでも髪を染めたりヘビメタそのものにさせているお坊さんを見た時にはかなり驚いたが。
「けれどね。それでもね」
「前の住職さんに勧められてですか」
「それもあったよ」
 やはりそれはあったのだった。
「けれどね。それ以上にね」
「それ以上に」
「妻も子供達も周りの人達もね」
「勧めてくれたんですか」
「是非なってくれってね」
 勧めではなく御願いであったのだった。
「それでね。断りきれなくて」
「それでだったのですか」
「うん。それでならせてもらったんだ」
 そういうことであった。
「ここのね。住職にね」
「そうだったんですか」
「漁師はその時に辞めたよ」
 これはわかった。やはり住職になるからである。
「それでね。こうしてなって」
「はい」
「今の僕があるんだよ」
「そういうことですか」
「結局ね」
 ここでまたお腹に手を当てられた三神さんだった。
「癌は完全には治らなかったよ」
「それはですか」
「うん、やっぱりね」
 こうは仰っていてもやはりその御顔は穏やかに笑っておられた。
「そこまではね。流石に贅沢な話でね」
「そうですか」
「さっきも話したけれど内臓はもうかなりないよ」
 このことをまた僕に話してくれた。
「それでもね。生きることはできた」
「生きることはですか」
「そう。そしてこうして今も誰かの為に動くことができる」
 目の微笑みはこれまで以上に温かいものになられていた。
 
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