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人の顔

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第二章


第二章

「ちょっと見てやるか」
「そうだな」
 こうして事務所の先輩に一緒に番組に出させてもらえるようになった。彼はその番組の中でも必死に動き笑わせようと努力したしどんなきついことでもやった。視聴者達も少しずつ彼を知るようになってきていた。しかしそれはあくまで少しずつでしかなかった。まだまだ下積みの大部屋であった。
 それに対して鳥越はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。三十になる頃にはその番組でもうメインキャスターになっていた。そうして政治も経済も文化もあらゆることを切って捨てて活躍していた。給与も社内でかなりのものになりそれだけには留まらなくなってきていた。
 とにかく顔がいいからもてる。だから結婚しているというのに女遊びを欠かしたこともなくなっていた。今日も銀座でホステス達と楽しく話をしていた。
「それでだよ」
 トンベリを片手にホステス達に対して偉そうに語っている。着ているのはイギリスの仕立て屋に特別に作らせたスーツとネクタイである。
「あの時番組に外相出た時にだよ」
「あの時ですね」
「そう、あのとき言ってやったんだよ」
 実に高慢にホステス達に語っていた。
「二度とふざけたこと言えないようにな」
「ふざけたなんですね」
「政治家風情が偉そうにするな」
 こうまで言うのだった。
「御前等は公僕なんだぞ。国民の言うことを聞けってな」
「国民のなんですね」
「こっちは国民の代表だ」
 彼は勝手に言い切った。
「国民を教え導くのが俺達の仕事なんだ」
「それがジャーナリズムなんですね」
「そうだよ、それがジャーナリズムなんだよ」
 問うて来た側にいるそのホステスの胸をまさぐりながらの言葉だった。
「国民を教え導くのがな」
「凄いですね、それって」
「国を動かしているのは政治家じゃない」
 言いながら足を組みふんぞりかえっている。
「官僚でもない。あいつ等は馬鹿ばっかりだ」
「じゃあ誰が一番凄いんですか?」
「俺達だ」
 またしても言い切った。
「俺達が一番偉いんだよ。だからな」
「はい、これですね」
「これ」
「ああ、そうだよ」
 話しながらホステス達から貢物を受け取っていた。彼はこの店では金を払っていない。全てホステス達に出させそのうえ彼女達から貢物まで受け取っていたのだ。しかもこの店のママも愛人にしていた。
 こうした店を幾つも持っており他にも色々と金持ちの愛人がいた。それにより途方もない贅沢を送っていたのだった。
 その金を懐に入れながら。彼はさらに言うのだった。
「俺達が国を動かすんだ」
「国をですか」
「国民なんて愚民だよ」
 今自分が国民の代表と言ったその口での言葉だ。
「愚民だよ、愚民」
「馬鹿なんですか」
「あいつ等が一番馬鹿だよ。だから」
 さらに言うのだった。
「俺達が教え導いてやるんだよ」
「使命感ですね」
「そうさ。俺達には使命があるんだ」
 この言葉は続く。
「あの連中を教えて賢くさせてやるっていうな」
「それがマスコミの御仕事なんですね」
「国民は余計なことを知らなくていいんだ」
 こうも言う。
「俺達が教化してやるんだからな。俺達の言う通りにしていればいいんだよ」
「それじゃあ先生、今は」
「はい、どうぞ」
「これからもやってやるさ」
 貢物を受け取りながらまた言う。
「国民を賢くしてやることをな。俺達が国を動かしているんだからな」
 その顔は彼自身は気付いていなかったが醜いものになっていた。思い上がり顧みることのなくなった者の顔だった。そしてどんなことでもする者の顔になっていたのだった。
 松村はやはり少しずつだが名前も顔も知られるようになってきていた。レギュラー番組も持てるようになりこの日もその撮影に出ていた。
「それで山本さん」
「どうしたんだい?」
「今日は子供達が番組に出るんですよね」
 移動の車の中でマネージャーに対して尋ねていた。普通の乗用車に乗って松村は助手席にいる。やはり運転はマネージャーがしているが彼の座り方は謙虚で丁寧なものであった。
「視聴者の子供達が」
「そうだよ」 
 マネージャーが運転を続けながら彼の言葉に頷いた。
「それがどうかしたのかい?」
「だったら」
 それを確認したうえで言うのだった。
「僕のでよかったら」
「まっちゃんのでよかったら?」
 松村の仇名である。最近ではこの仇名で呼ばれることが多くなってきているのだ。
 
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