| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

人の顔

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一章


第一章

                    人の顔
 同じ大学の同じ学部だった。しかし周りの二人に対する評価は全くの正反対だった。
「あの人凄く格好いいよね」
「そうそう」
「何か凄い美形」
 その片方の鳥越信についてはこうした評価だった。背は高くすらりとしておりその顔は流し目が似合う美男子だった。しかも洒落者でありルックスは非の打ち所がなかった。
 そしてもう一方の評価はこうであった。
「私デブは嫌」
「顔も膨らんでるしニキビだらけだし」
「何、あの歯茎」
 松村尊氏の評価はこんなものであった。背は低く肥満体でしかもにきびだらけの顔におまけに歯並びの悪い歯茎まで見せている。誰がどう見ても醜男だった。
 どちらがもてるのかは言うまでもなかった。鳥越の周りにはいつも女の子がいて松村は一人だった。二人の差は歴然としていた。
 これは大学では変わらず社会人になってからもだった。松村はそのあまりな外見がかえって受けてそれだけで芸能人になった。鳥越は芸能プロダクションからしきりにスカウトがあったが彼はテレビ局に入った。その外見を見たテレビ局の上の方は彼をキャスターにした。二人の外見はここでも正反対の結果をもたらしたのだった。
 松村は芸能プロダクションでもいつも一人だった。やはり顔が悪く容姿も悪いので皆からそれを言われた。中にはそれを露骨に揶揄する者までいた。
「あの豚がいると臭いんだよ」
 こうしたことを言う事務所の先輩までいたのである。
 マネージャーは女ではなり手がなく仕方なくもう何時でも首を切られるようなうだつのあがらない定年も近いような男が回された。彼の名を山本集太郎という。彼は松村のマネージャーになった時にこう言っただけだった。
「頑張ろうね」
 これだけだった。実に呆気ない。しかしこのマネージャーは彼が事務所に入って三日目でもうすぐに仕事を持って来たのであった。
「エキストラだけれどね」
「仕事ですか」
「うん。どうかな」
 こう彼に対して問うてきた。
「ほんのちょっとした仕事だけれど」
「やらせて下さいっ」
 持って来てもらったというのに頼み込むような言葉だった。
「その仕事やらせて下さいっ」
「よし、わかったよ」
 マネージャーは彼のその言葉に頷いた。こうして彼はタレントになってすぐに仕事を貰った。それに対して鳥越はどうだったかというと。
 研修が終わってすぐだった。こう告げられたのである。
「報道番組でね」
「キャスターですか」
「アシスタントだがどうだい?」
 こう上司に言われたのだった。
「夜の十時からね」
「研修が終わってすぐですか」
「君ならできるよ」
 その上司は笑顔で彼に告げた。
「君ならね。いや実はね」
「実は?」
「君研修でトップだったんだよ」
 このことを彼に話すのだった。
「しかも我が社がはじまってからね」
「そうだったのですか」
「だから社長が是非にというんだよ」
 何と会社のトップから直々であった。
「もうね。あの番組に出してくれって」
「社長がそこまで」
 その番組はこのテレビ局の看板番組であった。この番組を毎日四つの十時からやりそれでかなりの視聴率を稼いでいたのである。その番組に研修が終わってすぐの人間を送り込むというのは確かに異例の抜擢であった。
「受けるかい?」
「御願いします」
 断る筈もなかった。彼は二つ返事で引き受けることにしたのだった。
「それでは是非」
「うん、じゃあ頼むよ」
「はい」
 こうして彼はいきなり異例の抜擢からはじまった。彼は忽ちその甘いマスクと歯切れのいい弁でお茶の間の人気者になった。それに対して松村は相変わらずの下積み生活だった。しかしそれが続いた三年目のことだった。
「あいつな」
「ああ、よくやってるよな」
 事務所の間で少しずつだが彼の評価があがってきていたのである。
「真面目でどんな仕事でも引き受けてな」
「仕事もバイトもないと事務所の仕事手伝ってくれるしな」
「よくやってるよな」
 次第にではあるが評価があがってきていたのである。
「それにな。コメディアンとしてもだ」
「どうなんだ?」
「毎日勉強してるぜ」
 このことも次第にではあるが皆が知ってきていたのだった。
「おまけに親切でな」
「そういえば何か家に拾った犬や猫が一杯いるってな」
「子供の頃からそういう犬や猫拾って育ててるらしいな」
「いい奴なんだな」
 その人間性も周囲はわかってきていた。
「気が利くしな」
「なあ、あいつ」
 そしてこういう話の流れになっていった。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧