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無名の戦士達の死闘

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第九章


第九章

 後期。やはり近鉄と阪急の死闘であった。近鉄は八月にマニエルが戻り鈴木も復調していた。
「このまま後期もやってまえや!」
 ファンは大声で選手達にハッパをかける。近鉄は波に乗っていた。
 だが阪急も粘る。負けるわけにはいかなかった。
 これは運命であろうか。勝負の行方は前期と同じように最終戦にまでもつれ込んだ。
 阪急は追い詰められていた。最終戦、九回になってもまだ負けていたのである。
「おい、このまま負けていいんかい!」
 選手の中の誰かが激昂した。
「去年の雪辱晴らすんと違うんか!」
 彼等は去年のシリーズのことをよく覚えていた。だから何としてもあの悔しさを晴らしたかった。
「おい御前等、黙っとらんかい」
 そんな彼等に対し言う男がいた。
「俺が今から決めたるさかいな」
 加藤であった。彼はそう言うとゆっくりとバッターボックスに向かった。
 ここでホームランを打てば三点入る。彼はバットを握り締めた。
 そして打った。打球は見事にスタンドに突き刺さった。阪急はこれで後期の優勝を決めた。
「やっぱり勝ちおったか」
 西本は新聞を見ながら言った。
「プレーオフは阪急が相手や。おい、行くで」
 彼は選手達を促したそして練習をはじめた。
 プレーオフ第一戦は一〇月一三日大阪球場で開始された。阪急の先発は予想通りエース山田久志であった。
「相変わらずいい球投げよるわ」
 近鉄側のベンチのすぐ上に陣取る観客達は山田がアンダースローから放つ投球を見ながら言った。
「これは相当つらそうやな」
 対する近鉄の先発は井本隆、この年十五勝をあげた近鉄の新しいエースであった。ここぞという時に力投しチームを勝利に導いている。
 だがこの起用を批判する者も少なくなかった。
「おい、鈴木やないんか!?」
 殆どの者が鈴木の先発を予想していたのだ。
「幾ら何でも井本じゃ荷が重いやろ」
 この年井本は大活躍しているとはいえ山田とは比べようもない。だが西本は井本の持つその勝負強さにかけたのだ。
 この起用は当たった。井本は七回まで阪急打線を見事に抑えたのだ。
 打線も小刻みに点を入れ山田を攻略した。そして試合は終盤に入った。
 井本は好投を続ける。ホームランを打たれることの多い彼であったがこの時は打たれなかった。
 だが八回表、阪急はチャンスを作る。そして代打笹本信二がツーベースを放ち一点を返す。まだチャンスは続く。なんと満塁である。
 阪急のチャンスは近鉄にとってはピンチである。ここで打席に立つのは島谷金二、勝負強い男である。だが井本は彼には相性がいい。ここは難しいところであった。
 西本はここで動いた。そして審判にピッチャー交代を告げた。
「ピッチャー、山口」
 これを聞いた客席がどよめきに包まれる。山口の名を聞いたからであった。
 この時近鉄にも山口がいた。山口哲治、この年二年目の若手である。だがこの年大車輪の活躍をし防御率は一位であった。速球と抜群のマウンド度胸を持っていた。西本は彼のその気の強さを買ったのだった。
「おい、山口で大丈夫かいな」
 客席で誰かが言った。
「ああ、幾ら何でもこの場面はやばいやろ」
 そして別の者が相槌を打った。この絶体絶命の時には流石に荷が重いと思ったのだ。
 
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