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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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反董卓の章
  第22話 「…………よっ、兄弟」

 
前書き
一ヶ月おまたせしましてすいません。 

 




  ―― 盾二 side ――




「……きみ、は……?」
「…………ねねは、ぐじゅ、陳宮ですぞ……」

 その少女は、呂布の頭を護るように抱えながらそう言った。
 その顔は、どんなことをしても呂布を護る、そう語るような必死な表情のままで目に涙を溜めている。

「そ、か……なら、つ、れて……いきな、よ……」

 俺はそう言って周囲を見る。
 粉塵と黒煙で周囲は未だわからない。
 今ならまだ、彼女たちが逃げることも可能だろう。

「ぐじゅ……どうして、どうして見逃すのですか……?」

 陳宮という少女は、自身の鼻を啜りながら少しずつ後退りしている。
 彼女に呂布を引っ張っていくだけの力があるとは思えないけど……それでも必死にやれば、なんとかなるかもしれない。

「っ、ぅ……た、助かる命なら……助かるべきだ、と思うよ……それが、敵でも、ね……」
「ぐずっ……わかんねーです……なんで、なんで……」
「っ……呂布が起きたら……言っといて……くんない?」
「ずずっ……なんですか?」

 陳宮は脱力した呂布の脇から腕を入れ、引きずるように少しずつ後退りする。
 思った以上には力があるようだ。
 鈴々の例もあるし……やはりこの世界の女性は見た目に反して力があるんだろうな。
 その様子なら、あと少しすれば噴煙で見えなくなるだろう。

「……もう、やりたくない、から……仲良く、しよ、って……」
「ずずっ……情けない男です」

 鼻を啜りながら、陳宮はそう言った。」

「けど……助けてくれたから、必ず伝えるです……」

 その言葉と共に、噴煙の中に入って見えなくなる。
 ただ、呂布を引きずる音だけが、ゆっくりと遠ざかっていく。

「……主」

 動けない俺を抱えた馬正が、俺に視線を向けてくる。
 その視線は責めるわけでも、見下すものでもない。

 ただ……優しく笑っていた。

「……やっぱ、無理……かなぁ」
「……主ならばあるいは。今はそれで良いかと」
「……謝謝(しぇしぇ)

 そう言って、笑う。
 馬正も破顔して、俺の腕を取り、肩を担いだ。
 周囲の噴煙はだいぶ薄まり、その様子が見えてくる。

 噴煙の隙間から桃香や朱里、雪蓮の姿が見えて――

(やっぱり、まだ死ねない、死にたくない……そう思うのは、情けないかな)

 そんな風に、自嘲してしまう。
 その視線の先に、桃香たちの笑顔が見えた。

「! あるじっ!」

 馬正の切羽詰まった声が、聞こえた。




  ―― 劉備 side ――




 時はほんの少しだけ戻る――

「ご主人様……」

 噴煙の中、赤い軌跡だけが蛍のように蠢いては鈍い金属音が響き渡る。
 私の傍にいる朱里ちゃんも、孫策さんもその赤い軌跡を見逃すまいと固唾を呑んで見守っていた時。

 不意に、周囲で吹き上げていた火柱が掻き消えるように収まった。

「「「 !? 」」」

 火柱による熱が無くなり、残るは黒煙と粉塵のみ。
 それが周囲を覆う中。

「盾二様!」

 朱里ちゃんが叫ぶ。
 私や孫策さんは絶句して声が出せない。

 ご主人様が戦っていた、赤い軌跡が――消えた。

「ご主人様っ!」
「盾二っ!」

 私と孫策さんが共に駆け出そうとする。
 けど――

「ダメです! 桃香様!」

 私の身体を誰かが押しとどめた。

「――っ! 愛紗ちゃん!?」

 それは、いつの間にか私の傍に来ていた愛紗ちゃんだった。
 私の腕を取り、首を振る愛紗ちゃん。

「こら! 離しなさいよ、幼平!」
「だ、ダメです、孫策様! 落ち着いてくださぃぃ!」

 見れば、隣でも孫策さんが誰かに羽交い締めにされていた。
 たぶん、臣下の一人なのだろう。

「愛紗ちゃん、離して! ご主人様が――」
「信じましょう、桃香様! ご主人様は、きっと大丈夫です!」
「でも――」

 私は噴煙で見えないその先を、目を凝らすように見る。
 だが、黒煙と砂塵が舞い、その中の様子は窺い知れない。
 今すぐ中に入って、ご主人様の様子を確認したい。

「やっぱり、離し――」
「貴女はご主人様を信じられないのですかっ!」
「――っ!」

 愛紗ちゃんの言葉に、足が止まる。
 思わず愛紗ちゃんを睨もうとして振り向いた。
 でも――

「……………………」

 その愛紗ちゃんは……目に一杯の涙を溜めたまま、私を睨んでいる。
 その姿に、私は力を抜いた。

「……大丈夫……大丈夫です……必ず……」

 私と孫策さんの少し後ろで。
 朱里ちゃんは、まるで何かに祈るように両手を組み合わせて目を閉じている。

(――信じなきゃ)

 私も噴煙が晴れていくのをその場で待つ。
 気がつけば、そこにいた各陣営も固唾を呑んでその場を見入っている。
 それは敵も同様だった。

 突然収まった天変地異に、誰もが様子を窺っている。

 その時――

「一体どうなりましたの! 誰か説明なさいまし!」

 後方から、袁紹さんが大声で叫んで前に出てきた。
 その横には彼女の部下らしき二人も――

「ですから麗羽様! 今はまだ危険ですってば!」
「あの兄ちゃん、どーなったんだ? 煙で見えねー」
「きいいいっ! 誰か、誰か説明なさいまし! あの天変地異は天帝様の董卓軍への神罰でしてよ! それが収まるということは、董卓軍を倒したということではなくて!?」

 袁紹さんがなにか叫んでいる。
 言っていることがよくわからないけど……

「まったく……麗羽の声は耳に響くわね。それで、呂布はどうしたのかしら」

 袁紹さんの横には曹操さんの姿も見える。
 その臣下の中には霞さんの姿も……

 恐らく、投降したか恭順したのだろう。

「おい、煙が晴れてきたぞ!」

 兵の誰かが叫ぶ。
 その声に、皆の視線が粉塵の中心へと注がれた。

「ご主人様……」

 私は目を凝らし、その煙の中を凝視する。
 すると――

「――――ぁ」

 そこに見えた人影。
 その姿は――男性特有の広い肩。

 馬正さんと、その肩に支えられた黒い服が見えた。

「ごしゅ――」
「盾二様っ!」

 私の声を被せるように叫ぶ朱里ちゃん。
 その叫びが煙を払うように響き渡り。

 馬正さんの隣で、顔面を血だらけにしたご主人様の姿が見えた。
 その顔が、微笑んでいる。

「あぁ……」
「盾二ぃ!」

 孫策さんが叫ぶ。
 その声とともに、周囲の連合軍が――

「「「「 オオオオオオオオオオオオオオオッ! 」」」」

 雄叫びのような歓声を上げた。

「よかった……」

 私は呟き、口を手で覆う。
 その私を抱きしめるように、愛紗ちゃんが寄り添ってきた。

「ご主人様……よかった……よかったです……」
「愛紗ちゃん……」

 嬉し涙を流す愛紗ちゃんの背中を抱いて、私は溢れる涙をそのままに、盾二様へと微笑んだ。

 だが、その時――

「放てぇ!」
「「「 !? 」」」

 誰かの声が、後方で響き渡る。
 それが誰かと振り向く間もなく、空に大量の矢が舞った。

 それは全てご主人様へと――降り注いだ。




  ―― 盾二 side ――




 ……え?
 気が付くと、俺はまた地面に倒れていた。

 さっきまで、桃香の顔が見えていたはずだ。
 その傍には雪蓮も、そして朱里もいた。
 愛紗もいたし、周喩さんたちも見えた。

 でも、今は見えない。
 何かが俺の目の前を覆っている。
 それが人の胸であることに、今気づいた。

「……え?」

 俺は、目だけで周囲を見る。
 俺の顔の傍には誰かの腕がある。
 それが俺の頭を抱えるように覆っていて、首を動かすのも難儀だ。

 そもそも力が入らないのだ。
 首ぐらいしか動かない。

 それでも、俺は状況知るために目を動かす。

(見るな――)

 誰の声だろうか。
 俺の脳裏に、声が聞こえたような気がした。

 だが、状況がわからない。
 わからないなら……わかるようにするしかないだろ?

(知るな――)

 誰の声?
 いや、誰のと言うか……俺だよなぁ。
 俺が俺に言う?
 どういうことだ?

(気付くな――)

 ……なにを?
 何を気付くなと……何を言っているんだよ。
 そんなの……そんなの。

『今までだって、見慣れてきたじゃないか』

「……え?」

 思わず、視線を上へと動かした。
 そこにあったのは――

「……グフッ」

 ……誰の顔?
 口から血を吐き、その血が俺の顔に振りかかる。

 視線を正面に戻せば、その身体を貫いて金属の先端が突き抜けているように見えた。

「……え?」

 その先端は(やじり)であり、それが俺の胸元でAMスーツに阻まれて止まっている。
 何本もの目の前の身体から飛び出た鏃は、俺の目の前でぎりぎり俺に刺さらないように止まっていた。

「はは……ぶ、無事、ですか……」

 頭の上から声がする。
 誰だ?
 この声を、俺は知っている。

(それ以上考えるな――)

 また声がした。
 声ならぬ声。
 なのに、俺には確かに聞こえたんだ。

「よ、よかった……やっと、やっと……御恩が、返せました、な……」
「……え?」

 目の前で喋るごとに血が滴る。
 その顔を見て――俺はそれが誰かにようやく………………理解した。

「ば、せい……?」
「は、は……さ、さすがに、頭は、無敵ではない、でしょう……?」

 その口は、血を吐きながらそう呟く。
 目だけ動かせば、その全身がまるで矢衾のように幾本もの矢が刺さっているように見えた。

「なん……で……」

 俺なんかを――そう言おうとして声にならない。
 思考力が極端に落ちているのを、頭の隅で理解した。
 理解したけど……それがどうなるというのだ。

「ある、じ……ごほっ……」

 また血が口から出て、俺の顔を濡らす。
 すでに俺の顔は、自分の血なのか馬正の血なのか――わからない。

「どうか……どうか……大陸を、この国を……梁州のように……誰もが……笑える……」
「あ…………あ…………」

 その時見た馬正の顔は……誰よりも穏やかで。
 そして……優しく笑っていたと。
 俺は……

「貴方なら……必ず……できます…………貴方こそが……」

 その笑顔が美しいとさえ――

「わが、ある――」

 ドスッ

 その額から矢が飛び出して、俺の目の前で止まる。
 その瞬間、馬正の目がひっくり返るように白くなり。

 貫いた矢が、俺の頬をかすめながら、その(こうべ)を垂れた。

「……………………………………――――――」

 思考が……止まった。
 全てが、闇に。

 俺の目の前はただ、赤。

 赤、赤、紅、紅、紅、朱、朱、朱、朱、緋、緋、緋、緋、緋、赤、赤、赤、赤、赤、赤、紅、紅、紅、朱、朱、朱、朱、緋、緋、緋、緋、緋、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、紅、紅、紅、朱、朱、朱、朱、緋、緋、緋、緋、緋、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、紅、紅、紅、朱、朱、朱、朱、緋、緋、緋、緋、緋、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、紅、紅、紅、朱、朱、朱、朱、緋、緋、緋、緋、緋、赤、赤、赤、赤、赤――――――――

「…………ぁ………………ぃ……………………ぁ――――――っ!」

 誰かの慟哭のような叫び声が、俺の耳に届いた。




  ―― 孔明 side ――




 え……?
 なん、で……?

 目の前で起こったことが信じられない。
 私は、その光景だけを呆然と見ていた。
 それは――

 盾二様に、ご主人様に。

 『味方から』矢を浴びせられている……

「……え?」

 視線を動かして、後方を見る。
 そこには、金ピカの鎧に身を包み、幾度も空へと矢を放つ集団がいた。
 その鎧が物語るのは――

「袁紹……兵?」

 その集団の中心にいる人物が、ニヤリと笑っている。
 その人物の容姿は、どう見ても文官だった。
 だが、その笑みだけは……恐らく死んでも忘れない。

 禍々しくも濁った目で、醜悪に笑う、その男を――

「…………っき、きっ、きっさまぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 最初の声は、愛紗さんだった。
 その声は、普段の愛紗さんとは思えないような、怨嗟に満ちたドス黒い声。

 その声とともに、矢を放つ集団へと武器を掲げて走りだす。

 だけど――その横を追い抜くように、一陣の桃色の風が吹き抜けた。
 その風から一筋の光が飛び出し、弓を持つ袁紹兵の喉元へ突き刺さる。

「………………」

 その風は、孫策さんだった。
 その目はまるで狂気のように鈍く光り、その集団の中へと飛び込んでいく。

「っ! ざけんなボケェ!」

 別方向からも馬に乗った人物が、その集団へと飛び込んだ。
 誰であろうか、その声ですぐに分かる。
 霞さんだった。

「なっ、なっ、なっ……」

 傍に来ていた袁紹さんは、状況についていけず、ただ飛び込んだ三人と応戦しようとする自身の兵を見て、上擦ったように声を上げた。

「……麗羽。貴女の指示なの?」

 その首に、曹操さんが鎌の刃を当てる。
 曹操さん自身、その目は誰よりも冷たく、そして鈍い光を輝かせていた。

「ひっ!? ち、ちが、ちがい……ちがっ……」
「その通りだ、連合軍よぉっ!」
「「「 !? 」」」

 周囲に男の声が響く。
 その声の主は、いつの間にか馬上の主となり、叫んでいた。

「全ては袁紹様が天下を取るため! 邪魔なお前たちにも消えてもらう! 全軍! 周囲の敵を殲滅せよ!」
「と、唐周……さん」

 袁紹さんが信じられないような眼で男を見る。
 周囲にいた二人の武将も驚いた顔でその男を見ていた。

「袁紹軍に告ぐ! そこにいる袁紹様は影武者だ! 気にせずもろともにしてもよい! 周囲はみな敵! 殺しまくれぇ!」

 その声とともに、彼の周囲にいる兵から矢の雨が降り注ぐ。

「がっ!?」
「ギャッ!」
「ああああああっ!?」

 周囲にいた兵たちは、その突然の出来事に混乱し、右往左往しだした。
 その時――

「ならば! 私達すべての敵は、袁紹軍です!」

 透き通った声が、阿鼻叫喚になりつつあった戦場に木霊する。
 その周囲の誰もが、その声の主へと視線を動かした。

 そこにいた――桃香様に。

「梁州牧、劉備が命じます! 劉備軍は直ちに袁紹軍に総攻撃を! 捉えろとは言いません! 全て打ち倒しなさい!」
「と、とうか、様……」

 私は驚き、その顔を見る。
 桃香様は……いつもの穏やかで優しい人徳者の顔は。

 まさに噂に聞く身毒の神、羅刹女とよばれるような美しさと苛烈さが見えた。

「全軍抜刀!」

 別の場所からも声がする。
 それは孫策軍の黄蓋さん。

「あの恥知らず共に、武人の何たるかを教えてやるが良い!」
「雪蓮に続け! 突撃!」

 その横にいた周喩さんまでも……
 そして。

「春蘭! 秋蘭!」
「「 ハッ! 」」
「あの裏切り者の男を私の前に引きずり出しなさい! 生死は問わないわ!」
「「 御意! 」」
「か、かかかか華琳、さん……」
「……消えなさい」
「……え?」
「貴女は影武者なのでしょう? ならさっさと逃げなさいな。軍を取られた情けない貴女の尻拭いはしてあげるわ」

 そう言って曹操さんは、袁紹さんを一瞥する。

「袁紹軍に告ぐ! その男は裏切り者よ! 殺されたくなければ道を開けよ!」

 曹操さんが叫び、曹操軍が動き出した、その時。
 地面が、再び揺れた。




  ―― 于吉 side ――




「ぐああああああっ!」
「ぐっ……し、しっかり、しろ! くそっ……」

 私の身体から血が吹き出す。
 裂傷を受けたような傷が浮かび上がり、その傷が全身にまわって血を吹き出させた。

「い、一体何があったのじゃ! ぐうっ……」

 左慈も卑弥呼も、それぞれが龍脈の暴走により全身に傷を負っていく。

「い、いかん……このままでは……」
「諦めるな! くそっ……ここまで影響があるとは!」
「ぐっ……わ、私は、なんということを」

 全ては私のミス……こんなことになろうとは。
 だがそれよりも……それよりも。

 どうか、無事でいて下さい……北郷盾二!
 願う権利などないとわかっていても、そう願う気持ちが抑えきれなかった。




  ―― ??? side ――




「うっぐ……」
「ご主人様!」
「これは……」
「もう一人のご主人様が……止めないと!」
「……俺が止める!」




  ―― other side ――




 収まっていたはずの火柱が、その場に再び噴出し始めた。
 しかも、その勢いは今までとは違う。

 火柱がただ噴き上げるのではない。
 その火がまるで生き物のように蠢きだした。
 そしてその火柱の姿はまるで蛇のようにのたうち始める。

 ここにもし、スプリガンの御神苗優がいれば、こう言ったことだろう。
 『あれは炎蛇だ』と。

 だが、この地にいるものは誰もそのことを知らない。
 知るわけがない。
 そう……管理者でもない限り。

 龍脈から発生した炎蛇は、その姿を天空に現せながらその咆哮をあげた。
 そう……咆哮だ。

 炎の固まりから、聴こえるはずもない生き物のような咆哮が響き渡る。

 それは、一度は収まっていた周囲の兵の身を竦ませ、今度こそ完全な混乱状態へと陥れた.

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「た、助けてくれぇ!」
「にげろぉぉぉぉっ!」

 高い士気を誇っていた劉備軍、統率のとれていた曹操軍とて同じであった。
 本当の怪異を眼にした群衆は、ただ恐怖のままに右往左往する。

 だがその中でも、目的のために正しく狂う者もいた。
 正しく狂う――そうとしか言語化できない。
 何故ならこの天変地異の混乱の中、ただ一つの目的のために殺戮を行う人物たちがいるのだ。

「あの男はどこだぁ!」

 関羽が――

「――――ふっ!」

 孫策が――

「くそら、ボケェ!」

 張遼が――

 それぞれの敵である、矢を放った袁紹兵を殺していく。
 それら袁紹兵のことを、彼女らは知らない。
 それらは袁紹兵でなく、唐周の私兵であり、暗殺集団であることを。

 だが、それら卓越した暗殺者ですら、今の三人の敵ではなかった。
 その剣に毒が、矢に毒があったとしても、関係ない。
 全ては弾かれ、避けられ、叩き伏せられるのである。

 彼女たちはすでに修羅だった。

 そして、その場にもう一人、修羅がいる。
 その人物が、ゆっくりとその場から起き上がった。
 上に被さっていた遺体を、ゆっくりとその場に横たえて。

「――――――」

 その人影が、その場で何かを呟く。
 だが、周囲は人の混乱と炎蛇の咆哮で、誰もその呟きを聞いたものはいない。

 否。

 一人だけ……その場にいた者が、その唇を見ていた。
 それは、その場に立ち尽くす女性。

「………………」

 たった一人、誰よりもその人影から目を離さなかった人物。
 誰であろう――諸葛亮孔明であった。

 彼女が佇む中、その人影はゆっくりと歩き出し……彼女の横を通り過ぎる。
 その瞬間、何かが囁かれ――

「――――っ」

 彼女は落雷に打たれたかのように、身体を震わせ――膝をついた。
 その様子にもその人影は振り返らず……ゆっくりと周囲を見回す。

 その視線の先に居たのは――




  ―― 袁紹 side ――




 なぜですの……なんでこんなことになっているんですの……?
 周囲は炎と黒煙で覆われ、まさに地獄のようになっている。

「れ、麗羽様ぁ! すぐ逃げましょう! やばいですよぉ!」
「わ、わわわたしもそう思います! はやく、早く逃げましょうよぉ!」

 わたくしが……逃げる?
 なぜですの?

 だってわたくしは……この連合軍の総大将で。
 この天変地異は、天帝様のお味方で――

「何呆けているんですか! あの文官が裏切ったんですよ! 全部の罪を袁紹様に被せるために!」
「うら……ぎる? 唐周さんが……?」
「そうです! あの怪しい兄ちゃんは、麗羽様から兵の指揮権を奪って私兵にすり替えていたんですよ!」
「大した数じゃないみたいですけど……でも、これだけ混乱して宣言されたら、もう麗羽様のせいにされちゃいます! このままじゃ麗羽様は影武者として味方に殺されるかも……」
「わたくしが……影武者? え? そうでしたの?」
「そんなわけないでしょうがっ! しっかりしてくださいよ、姫ぇ!」

 猪々子さんと斗詩さんが叫んでいますわ。
 何故、そんなに叫んでいるのでしょう?
 わたくしの頭は(もや)がかかったように二人の言葉が反響しますわ。

 でも、その先を考えることが出来ません……変ですわ。
 わたくしは……

「~~~~~っ! 斗詩! 姫を連れて逃げるぞ! アタイが担ぐ!」
「……うん。ごめん、文ちゃん。お願いするね。私は…………!?」
「……斗詩?」

 わたくしの目の前にいた二人が、振り返りながら身体を硬直させていますわ。
 何故でしょう……急にカタカタと震えるように――

「あっ…………あっ…………」
「ぁ…………ゃ、ぁ…………」

 …………?
 わたくしは不意に顔を上げて、二人の視線の先へと見る。

 周辺は炎が吹き出し、熱を感じる。
 兵が右往左往しながら逃げ惑い、混乱の局地にあるその場は、さながら滑稽なほどの天変地異。
 まるで夢の中にいるような、そんな現実味のない場所に――

 一人の男が立っていましたわ。

「………………」

 その男の背後に噴き上げる炎の塊。
 それによって見えない彼の顏。

 けれど、彼が誰だか、誰もが判る。

「………………鬼」

 そう。
 赤銅色の肌のような盛り上がりを見せる、筋肉のような服。
 噴き上げる炎が起こす風で、髪がまるで角のように視えた。

 そしてその眼光だけが――――光って見える。

 ガチガチガチガチガチ――

 不規則な音が聴こえる。
 目の前にいる猪々子さんから。
 今にも崩れ落ちそうな斗詩さんから。

「……………………」

 何故そんなに震え――そう言葉にしようとして、口が動かないことに気づきましたわ。
 そう……わたくし自身。
 わたくし自身の歯も、言葉の代わりに震えた音を出していたのですから。

「……袁紹」
「ヒィッ!?」

 その言葉は今まで聞いたどんな声よりも、ゾッとした声色に満ちていましたわ。
 正直、わたくしは自分の名を袁紹というのを忘れたいぐらいに。

「っ、っ、っ、ぁっ、ああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 突然、弾かれたように動き出した猪々子さんが、自身が持つ大剣でその鬼へと斬りかかろうとしましたわ。
 わたくしにはそれを止めることも出来ません。
 その姿すら、わたくしにはまるで夢物語のように見えているのですから。

 でも――

「あああああああああああああああああああああ……………………え?」

 振り上げ、振り下ろした猪々子さんの大剣。
 確かに振り下ろされたはずの大剣は…………何の音もなく鬼の片手により止められていました。

 そして『バギャッ!』という音と共に、片手で剣そのものを握りつぶしていますわ。
 その光景に――猪々子さんは、その場で膝から崩れ落ちるようにへたり込んでいます。

(――殺される)

 猪々子さんの次の瞬間の姿が、瞬時にわたくしの脳裏に浮かびました。
 それは斗詩さんも同じだったのでしょう。
 小さな悲鳴が斗詩さんの口から漏れています。

 ですけど――

「――――――――」
「ヒィッ…………………………え?」

 膝をついた猪々子さんが、呆けたような顔で鬼を見上げています。
 今にも殺される、といった様子だった猪々子さんが……

 そして猪々子さんの横をすり抜けるように、わたくしの元へと歩いてきます。
 その様子に、わたくしも斗詩さんも身構えたのですが――

「「……え?」」

 斗詩さんとわたくしの声が重なりました。
 それほど、お互いにとってその姿は意外なものだったからです。

 その彼、鬼は――

 今にも泣きそうな顔で、わたくしを見ていたのですから。

「あ……」
「――馬正を殺したのは誰だ」

 鬼……いえ、その泣きそうな男は。
 絞りだすような声でそう言いましたわ。

「俺と馬正に矢を放つように指示したのは、袁紹か?」
「ば、せい……?」
「ち、違います!」

 わたくしの疑問を遮るように斗詩さんが叫びます。

「矢を放ったのは唐周という文官です! しかも、袁紹様は影武者扱いで殺されそうになっているんです! お願いです、助けてください!」
「と、斗詩さん……」
「麗羽様はおバカなところはありますが、非道なことはしません! 全部、あの唐周という人に操られていただけなんです! 董卓とのことだって、本来なら宦官を捕らえて都に送るはずだったのに、あの文官がでっちあげたんです!」
「………………」

 と、斗詩さん、なにをおっしゃっていますの?
 そんなこと……………………………………いえ。
 確かにそうですわ。
 何故、わたくしは……董卓さんを追い落とそうとしたのでしょう。

 董卓はわたくしを陥れようとした張譲を守る側についたから……あら?
 確か、張譲は董卓軍にいる呂布に殺されたのですわよね?
 なら、董卓さんは張譲と敵対して……あら? あら?

 わたくし、董卓さんと敵対する理由なんて、ないじゃありませんの!?

「あの唐周が来てから、全部おかしくなったんです! 何進大将軍の仇を討ったのだって、本当は麗羽様なんです! なのに気がついたら董卓が都を占拠したことになっていて、麗羽様が連合軍の盟主で董卓を打倒しようだなんて……本来の麗羽様ならそんなことしません! 自分が偉いことをしたら、ただ褒めて欲しいだけの人なんです!」
「ちょ、斗詩さん!?」
「気がついたら檄文まで廻っていて! 麗羽様がそんな頭の良いことなんかしません! 高飛車な人ですけど、本当は意外と人目を気にする人なんです! 他人を卑下するにも、大掛かりなことしたら自分が嫌われるかもって閨で愚痴るぐらいなんですから!」
「ちょっと、あの……」
「だから信じて下さい! 気の迷いであの文官の口車に乗ったのかもしれませんけど、非道なことは絶対にしません! まして連合の味方を背後から射ることなんて、人聞きの悪いことは絶対にできない、性根が小さい人なんですから!」
「………………斗詩さん、あとで覚えていらしてよ」
「なんでですかぁ!?」

 わたくしの言葉に泣きそうな顔で振り返る斗詩さん。
 はあ……でも、そうですわね。
 なんでわたくし、あんな怪しい男の言うことをなんでも聞いたのでしょうか。
 今になって思えば、斗詩さんや猪々子さんにも相談せず……全部あの唐周という男の言うとおりに動いていた気がしますわ。 
 そう思うと……ちょっと腹が立ちますわね。

「……とう、しゅう、か。まさか……あの男が生きて、そして馬正を……」

 目の前の男が、泣きそうな顔を更に歪めて……
 唐周さん、いえ、唐周をご存知なのかしら?

「……なら、全軍を退かせてくれ。影武者扱いされたとはいえ、きちんと説明すれば指揮を取り戻せるだろ」
「え? ええ……」
「で、でも、この状況じゃ……」

 周囲は先程より衰えたとはいえ、炎の蛇が噴き出る阿鼻叫喚。
 こんな状況で統制を取り戻すのは困難ですわ。

「……なら、この状況を抑えるしかないか。君らは一旦逃げろ」
「え……でも」
「なんとかする……できるだけ自分たちの兵に声をかけて汜水関へ戻れ」
「なんとかって……」

 そんなこと、人ができるわけが……

「れ、麗羽様。ここはこの天の御遣いさんに任せましょうよ。私達にできることなんて殆ど無いんですから」

 ……そういえば、この男は天の御遣いと言われていたのですわね。
 ついさっきまで『地獄の鬼神』という感じでしたけど……

 でも、今の悲しげな顔を見ていると、先程までの鬼のような威圧感も感じなくなってきますわ。
 なんというか……今にも泣き出しそうな幼子のような風にも見えますわね。
 思わず抱きしめてあげたくなるような……

「麗羽様ってば!」
「……はっ! あ、いえ、そんなことなくってよ!?」
「は?」

 いえいえいえいえ!
 ありえませんわ!

「……よくわからねーけど、アタイもそう思います。ここはこのおっかない兄ちゃんに任せましょうよ。このままだとあの裏切り者の言うこと信じたバカが向かってきそうですし」

 いつのまにか傍に来ていた猪々子さんが、そう言ってわたくしを肩に……って、なんでですの!?

「ちょっ、猪々子さん!?」
「はいはい、おとなしくしてくださいね、姫。どうせ腰が抜けているんでしょう? このままアタイが運びますから。斗詩、護衛頼むな」
「あ、うん。文ちゃん、剣砕かれちゃったもんね」

 確かに腰から下が動きませんけど……だからって肩に担ぐのって臣下としてどうなんですの!?

「じゃあ、御遣いの兄ちゃん。後お願いな。あと……ほんと、ごめん。このお詫びとお礼は必ずするから」
「あ、私もです。あの男の不始末を押し付けてすいません」

 猪々子さんと斗詩さんが深々と頭を下げています。
 あー……そうですわね。
 わたくしにも責任がありますわ。

「その……わたくしからもお詫び申し上げますわ。いつか必ず正式な謝罪を――」
「はい、姫、時間がないから行きますよ」
「ちょっと猪々子さん! 貴女、主に対してその態度はどうなんですの!?」
「今は非常時ですから。斗詩は道中のまともなやつを指揮して」
「うん、わかった」
「二人共、わたくしのことをなんだと思っているんですの!?」

 わたくしは、叫びながらも視線を遠ざかる男へと向ける。
 その寂しげな瞳に魅入られるように――




  ―― 盾二 side ――




 ………………
 遠ざかる袁紹達の姿が、周辺の煙に紛れて見えなくなる。

「……………………っ!」

 腹の中で堪えていた怒りが耐え切れなくなり、奥歯を鳴らした。
 必死に我慢していた両の拳が軋む。
 今にも吼えて当たり散らしたいのを必死に我慢する。

 今にも追いかけて殴りたい。
 馬正を殺したことを罵り、八つ裂きにしたい。
 そんな後ろ暗い想いが脳内で満ち溢れる。

 だが――彼女たちが仇ではない。

(本当の敵は――唐周)

 黄巾時代の馬正の副官。
 馬正と出会った砦から姿を消した、農民上がりの男。
 砦での戦闘の際、姿を消したと思っていたのだが……

(その唐周が、俺を殺そうとしていたなんて、な)

 黄巾を討伐しようとしたのだ。
 俺を恨む理由はある。
 もしかしたら馬正をも恨んでいたのかもしれない。
 馬正自身、名前を変えて俺に仕えていたのだ。

(自業自得、なのかもしれない……な)

 俺自身が起こした恨みの咎により、唐周に殺されそうになった。
 そんな俺を庇って、馬正は死んだ。
 そして馬正を殺した唐周を、俺は今殺したいほど憎んでいる。

(因果応報、か……)

 唐周自身、黄巾になって誰かを殺しているだろう。
 その恨みが俺を動かし、唐周が俺に恨みを持ち、俺を殺そうとして馬正が死に、俺が恨みを――

 負の連鎖とはよく言ったものだ。

(理性じゃわかっているが……)

 それでも馬正の死に顔がフラッシュバックするたびに、全身が震えるほどの怒りが波のように襲ってくる。
 そして目線を上げれば、逃げ惑う兵士の先に怒りのまま戦う愛紗たちの姿が見える。
 彼女たちの怒りは正当だ。
 だが、だからこそ……このまま続けさせてはいけないと脳裏で叫ぶ俺がいる。

 彼女たちが唐周を殺せば、新しい因果の鎖が彼女たちを捉えるかもしれない。
 唐周との因果は俺が背負うべきものだ。
 因果はどこかで断ち切らねばならない。

 なら俺が赦すか?
 ――否。
 俺が赦しても、唐周は周囲を巻き込みすぎた。
 殺さねばどこまでも周囲を巻き込み続ける気がする。

 ならばどうするか。

(――俺が業を背負うしかない)

 どこまでいっても、正解などないだろう。
 なら、俺自身の物差しでやるしかないのだ。

(ならば、まずは……この状況を止めよう)

 周囲は未だ地獄絵図。
 この炎の蛇は、記録にあった龍脈の『炎蛇』だろう。

 どういう理屈かしらないが、この状況は龍脈が刺激されたことで起こっているはずだ。
 では龍脈を沈めるにはどうするか。

「先輩がいればな……」

 龍脈の対処もわかったかもしれないが。
 とにかく、避難をさせつつ唐周を追うしかない。

「よし……」

 とにかく戦場へ。
 そう思った時だった。

「お待ちなさい」
「……? げっ!?」

 声をかけられ振り向いてみれば、そこにいた異様な人物に思わず声が上がる。
 戦場に不釣り合いな裸の男がそこにいた。

「だ、誰っ!?」
「あら。やっぱり姿を見るのは、初めましてになるのね」

 変なカマ言葉の筋肉質の男の声を、俺は知っている。
 だが、次の瞬間、俺はその男の姿の衝撃など忘れていた。

「あ………………」

 思わず出た驚きの声。
 それは、その男の隣にいた人物を見たからだ。

「…………よっ、兄弟」

 ――北郷一刀。
 俺のオリジナルであり、兄弟として育ってきた俺の分身。
 その姿を見て――俺は、涙を流していた。
 
 

 
後書き
実は前話投稿時、8割ほど出来ていましたこの話。ようやく投稿できました。
いろいろありすぎて報告できないのですが……ともかくすいませんでした。
以前よりはゆっくりになりますが、また投稿していきたいと思います。

いくつかお詫び。
だいぶ前に予告で出した内容から変更することになりました。
この話でもその部分入れるつもりでしたが、次の章のプロットを大幅に変更することにしました。
ですので、今後の展開と予告がだいぶ変わるかと思います。
章自体のボリュームは変わらないとは思いますが、内容は大分変わるかと。

あと、今度オリジナルを書くことにしました。
仕事での付き合いもあって、オリジナルを書く欲が出てしまいました。
暁は2次作品の趣が強いので、なろう辺りで書こうかと思っています。
実は、去年の夏ぐらいまでなろうの存在知らなかったんですよね。
まあ、向こうは数が多いので埋もれるのは必至でしょうけど。

ともあれ、今後ともよろしくお願い致します。 
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