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闘将の弟子達

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第二章


第二章

「大毎は知っとるな」
「ああ。今のロッテやろ」
「ちょっと違うけれどな」
 大叔父は肴を前に上機嫌で話をはじめた。
 僕はビールのジョッキを持っている。大叔父はサイダーだ。
「あの時の大毎はな、ほんまに強かった」
 彼はまずそう言った。
「それぞれ凄い選手がおってな。山内和弘とか榎本喜八とか」
「ミサイル打線やな」
「そうや、それは凄い打線やった」
 僕はその打線を見たことはない。その頃はまだ生まれてもいなかった。
「それでも優勝はできんかった。やっぱりチームがまとまってなかったんやな」
「それをまとめあげて優勝させたんが西本さんやな」
「そうや」
 彼はサイダーを一口飲むと自信ありげに言った。
「采配はオーソドックスやけれどな。けれど心が違ったんや」
 大叔父はそう言うと自分の胸をバン、と叩いた。
「大毎は実力者揃いやった。そのぶんだけ我の強い奴があつまっとった」
 声が大きくなってきた。
「西本さんはまずキャンプでやりおうた。そしてチームをまとめあげたんや」
「そして優勝させた」
「そうや。シリーズでは負けてもうたけれどな」
 その目が一瞬悲しいものになった。
「まああれは何も言いたくはないわ。今更誰を責める気にもなれん」
 彼はそう言った。
「西本さんのあの言葉聞いたらな」
「そうやね」
 西本はあのシリーズの後で解任された。スクイズ失敗が大毎のオーナーである永田雅一の怒りを買ったのだ。
 その時の永田の怒りは凄まじいものであった。電話で西本と激しい口論となり最後は罵声を浴びせて電話を叩き切った。それで西本の解任が決まった。
 それから大毎はロッテに身売りされた。親会社であり大映がどうにもならなくなったからだ。永田はその発表の時思わず号泣した。
「いつか大毎を買い戻す。その時は愛する皆さん、私を迎えに来て・・・・・・」
 その時彼は入院していた。病室からわざわざ来ての会見であった。
 それを見た選手の中には思わず涙を流す者もいた。確かにワンマンオーナーであった。会社を私物化したかも知れない。だが彼は一途に野球を愛していたのだ。その永田も泉下の人である。
「あの時はお互い若かった」
 永田がこの世を去った時西本はこう言った。彼もまた永田がどれだけ野球を愛していたかわかっていたのだ。
 それから一年を空け西本は阪急のコーチに就任した。そして阪急の監督になった。
「あの頃の阪急はほんまに弱かったな」
 この話をする時大叔父の目は遠くを見る目になる。
「それがあの時で変わったんや」
 進まないチーム改革に業を煮やした彼は何と秋期キャンプにおいて彼は球史に残る行動をとった。
「わしのやり方に我慢できん奴はこれにバツつけるんや!」
 彼は選手達に紙と鉛筆を配ってそう言った。何と信任投票をさせたのだ。
 結果は圧倒的多数で信任であった。だが西本は言った。
「不信任が七人もおる。こんな状況では監督をやれん!」
「えっ・・・・・・」
 これに驚いたのは選手やコーチだけではなかった。フロントも流石に驚いた。
「あの、監督殆どの選手が監督を信頼しておりますが」
「いや」
 西本はその言葉に対し首を横に振った。
「百パーセントやあらへん。そんな程度の信頼やったら野球にならへんのや」
 彼はそう言った。
 清廉潔白な男であった。酒も飲まずいつも野球のことだけを考えていた。真摯で常に熱い情熱を露にしていたのだ。
 その心が選手達、そしてフロントにも伝わった。阪急はこれで生まれ変わったのであった。
 西本の選手に対する態度はそれまでもそれ以降も変わらなかった。常に選手達を手取り足取り教え時には拳骨を出した。だが選手達はそこに彼の本心を見たのだ。
「この人は信用できる」
「ああ、俺達のことを本当に考えてくれている」
 彼等は西本についていくことを決心した。そしてその時一人の助っ人が阪急にいた。
「俺のパワーと頭脳で阪急を優勝させてやる」
 その男の名をスペンサーといった。大柄で激しい気性の持ち主であった。ホームへも果敢に突入しキャッチャーを吹き飛ばした。そして点をもぎ取る男であった。
 彼は次々と自分の考えを西本に進言した。そして西本はそれを受け入れた。時には大丈夫か、と思う時もあったという。
 だがその頭脳が阪急を強いチームに変えたのだ。スライディデイングで野手やキャッチャーを吹き飛ばす。ゴロから得点する。こうして阪急は確実に勝利を収めていった。 
 ある時彼は西本にこう言った。
「西宮のフェンスを少し前にやって欲しいんだけれど」
「何でや?」
 西本は尋ねた。
「その方が俺のホームランがよく出るからさ」
 彼はニンマリと笑ってこう言った。
「成程な」
 これで決まりだった。西宮のフェンスは何時の間にか狭くなっていた。
 
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