ランナーとの戦い

第三章

「何やあれは！」
「あの速さは！」
　江夏だけでなく広島ナインも唖然とするまでだった。
　センターの山本浩二は打撃で有名であった。ミスター赤ヘルと呼ばれ広島の主砲でもあった。だが彼は守備と肩もよかった。
　しかしその彼をしてだ。三塁に行かせてしまった。藤瀬の足があまりにも速かったのだ。
　それを見てだ。江夏は思った。
「近鉄はこういう伏兵もおったか」
　その近鉄の監督西本を見る。彼は表情を変えない。しかしであった。
「流石西本さんやな」
　稀代の名将であることを認めるしかなかった。それだけの切り札を育てこの場面で出してくる、その力量に感服するしかなかったのだ。
　江夏はこの後アーノルドに外野フライを打たれ先制点を許してしまった。当然ベースを踏んだのはその因縁ある藤瀬であった。
「しまったな」
　近鉄のピッチャーは鈴木啓示であった。シリーズ初登板の彼は力投し赤ヘル打線を寄せ付けない。勝敗はこれで決まったも同然だった。
　字再に広島は敗れてしまった。しかしだった。江夏は試合が終わってからすぐにスカウトにだ。こう言ったのだった。
「あの藤瀬の資料あるか？」
「あの四十一番ですね」
「そや、あいつや」
　藤瀬の背番号で話されるのだった。
「あいつのビデオとかあるか？」
「はい、あります」
　あるというのである。
「一応撮っておいてましたので」
「そか。それやったらや」
　スコアラーからだ。そのビデオを受け取ってだった。
　江夏は藤瀬のビデオを観た。観ながら言うのであった。
「わしは絶対に勝つ」
　何度もだ。観ながらの言葉だった。
「相手が誰でもや」
　言いながら何度も藤瀬の動きを観る。そのうえでだった。
　ナイン達にだ。こう話すのだった。
「近鉄は打つだけやなかったんやな」
「ああ、藤瀬か」
「あいつじゃな」
「そうや。あいつの足は本物や」
　江夏も認めることだった。
「速いだけやない。技術もある」
「パリーグじゃ盗塁マシーンって言われてるそうじゃな」
「代走の切り札ってことじゃ」
「代打の切り札やったらセリーグもおるがのう」
「しかし代走はないぞ」
「つまりそれだけの技があるんやな」
　ナイン達もこう言っていく。今彼等は球場のベンチにいた。そこで試合前の練習を行っていたのだ。向こうには近鉄ナインもいた。
　そして藤瀬もだ。彼もまたいた。
　江夏はその彼を見てだ。さらに言うのだった。
「あいつも倒さなあかんな」
「マニエルや栗橋だけやないのお」
「近鉄は」
「そや。足も封じる」
　そうだというのだった。
「ここはやったるで」
「投げる時は頼むで」
「絶対にな」
「ああ、わかった」
　こうしてだった。江夏は藤瀬との戦いに本格的に入ったのだった。こうして第三試合がはじまった。この試合でも江夏の登板はあった。
　マウンドでだ。水沼が江夏に言ってきた。
「来るかのう」
「来るな」
　江夏は横目でだ。近鉄ベンチを見た。
　西本はいつもの如く腕を組んで立って試合を見ている。赤と白、それに青の実に派手なユニフォームが誰よりも似合っている。
「西本さんは確かな人や」
「そやな。伊達に三つのチームを優勝させた人やない」
　そこまでできた監督はだ。他にはあの三原脩しかいないのだ。
「その西本さんやったらな」
「その時になったら確実に動く」
　江夏はだ。確信していた。
「あいつが出て来るわ」
「その時はわしが刺すか」
　水沼のその目が鋭くなった。