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何処までも

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第一章

                何処までも
 モンゴルの空は青い、ただひたすら青い。
 ドルゴはやっと馬に乗れる様になった頃に父にこう言われた。
「この空がモンゴルの空だ」
「この空がなんだ」
「そうだ、この青い空がな」
 父は馬に乗り空を見上げつつドルゴに話す。ドルゴもまた馬に乗り空を見上げつつ父の言葉を聞いている。
「モンゴルの空だ」
「青いよね」
「そうだ、青いな」
「うん、凄く」
「青い何処までも続く空だ」
 こう我が子に話す。
「モンゴルの空はな」
「何処までも続いているの?」
「そうだ、何処までもな」
 まさにそうだというのだ。
「果てしなくな」
「そうなんだ、何処までも」
 ドルゴは父の話を聞きながら空を見上げつつ呟いた。
「続くんだね、じゃあ僕は」
「どうするんだ?」
「この空の果てを見たいな」
 何処までも続くのかどうか、そのことを確かめたいというのだ。
「そうしたいよ」
「そうか、それならな」
「そうしていいかな」
「好きにしろ」
 父はこうドルゴに告げた。
「モンゴル人の世界は草原だ、草原がある限りな」
「何処までも行っていいんだね」
「御前が行きたい限りな」
 そうしろというのだ、父は我が子を止めなかった。
「そうしろ」
「そうしていいんだ」
「モンゴル人は一つの場所に留まるものではない」
 草原の民は定まった家を持たない、馬に乗り羊を従いゲルを運んで生きていく。そうした中にいるからだ。
 モンゴル人は草原こそが家だ、だから父もこう我が子に言うのだ。
「それならな」
「草原がある限りなんだ」
「行って確かめて来い」
 父は青い空を見つつ我が子に告げる。
「御前がそうしたいのならな」
「うん、それじゃあ」
 ドルゴは父のその言葉に頷いた、それは彼がまだ幼い頃のことだ。そしてその話をしてから随分経ってだった。
 ドルゴは独立して妻も迎えた、妻の名はボンテという。小柄で可愛らしいがしっかりとした娘だ。その娘を妻に迎えてすぐにだった。
 彼はボンテにだ、こう言ったのだった。
「少し考えていることがあるんだ」
「考えていることって?」
「ああ、空がな」
「お空が?」
「何処まで続いているのか確かめたいんだ」
 幼い頃父と話したことをここで妻に言ったのである。
「そうしたい」
「お空が何処まで続いているか」
「そのことを確かめたいんだがな」
「羊の遊牧を続けながら」
「そうしたいがいいか?」
 妻のその目を見て問う、若い精悍な顔で。
「二人で」
「ええ、私は羊達が暮らしていける場所なら」
「モンゴルならか」
「羊も馬も草があれば生きていけるから」
「モンゴルならな」
「草原ならね」
 モンゴル、即ち草原である限りはというのだ。 
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