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ついでに引退

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第三章

「けどな」
「それでもですか」
「もう」
「そや、わしも限界や」
 こう言うのだった。
「そろそろな」
「けれどあと少しですよ」
「三百勝まで」
「ですからもう少しだけ」
「頑張ってみませんか?」
「わしもそうしたいわ」
 山田は本音を漏らした、ここで。
 そしてだった、苦い顔で言うのだった。
「あと少し、スズさんみたいに」
「そうですか、それでもなんですか」
「無理ですか」
「引退されるんですか」
「勝てんようになった」
 山田はまた言葉を漏らした、先程よりもさらに苦い顔で。
「そのあと少しがな」
「そうですか」
「だから、ですか」
「三百勝はですね」
「諦めるわ」
 悩みに悩んだ、だがもう限界だったのだ。
 右膝の爆弾のことにも注意しながら投げてきたがそれももうだった、山田は上田に引退の決意を話したのだった。
 上田はその言葉を受けてだ、山田に優しい声で答えた。
「わかった、そやったらな」
「はい、今シーズンで」
「今までよお投げてくれた」
 上田は優しい笑顔だった、顔もまた。
「阪急のエースは御前やった」
「有り難うございます」
 こうして山田は引退することになった、このことは福本の耳にも入った。それで彼は親しい者達にこう漏らしたのだった。
「ヤマちゃんとは入ったのも同期やったしな」
「そうでしたね、加藤さんと」
 加藤英司のことだ、阪急だけでなく近鉄や阪急でも活躍し名球会にも入っている、三人で当時の阪急の監督であった西本幸雄に育てられたのだ。
 彼と山田はその時から一緒だった、それで言うのだった。
「感慨あるわ」
「残念でしたね、三百勝目前にして」
「それで引退ですから」
「鈴木さんに並びたかったでしょうけれど」
「それでもですね」
「スズちゃんも引退してるしな」
 福本はこのことにも寂しい顔を見せた。
「いや、スズちゃんは塁にも出させてくれへんかったし出ても牽制球がよかったさかいな」
「ええ、鈴木さんはサウスポーでしたしね」
「それで牽制球もよかったですね」
「苦労したわ、けどそのスズちゃんも引退して」
「それで、ですね」
「加藤さんも引退されましたし」
「皆引退してくわ」
 こう寂しい笑顔で言うのだった。
「皆歳やさかいな、仕方ないわ」
「けれど福本さんはですね」
「まだですね」
「まあな、まだやるで」
 自分はやるとだ、福本は彼等に語った。
「打てるだけ、走れるだけな」
「そして守れるだけですね」
「そうされますね、福本さんは」
「そや、まあわしもかなり歳やけどな」
 今では盗塁といえば大石でオールスターでもトップバッターは譲っている。守備もセンターからレフトがメインになっている。 
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