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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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反董卓の章
  第19話 「「「 負けるな、バカァ! 」」」

 
前書き
呂布との戦いはまだまだ続きます。 

 




  ―― 張飛 side 虎牢関 ――




「――く殿、翼徳殿! しっかりなされい!」
「…………ぁ…………」

 だ、だれかが……だれかが、鈴々を呼ぶのだ……
 この声、は……

「あ……おっ……ちゃん……」
「翼徳殿! 気が付かれたか!?」

 うう……おっちゃん……み、耳元で煩いのだ……
 目が霞むし、頭がボーッとして……

 うう……なんか、身体が揺れている……気がするのだ。
 鈴々は……どうなったのだ……?

「しっかりなされよ! もう本陣に着きますぞ!」

 ほん……じん?

「朱里殿! いらっしゃるか! 馬仁義ですぞ!」
「馬正さん、いったいなに――り、鈴々ちゃん!?」

 あ……朱里……

「や、やられたのですか!? 鈴々ちゃん、しっかり……!」
「しゅ、り……」

 何をそんなに慌てているのだ……
 そう言葉にしたかったのに、何故か口が動かないのだ。

「治療班をすぐに! 桃香様にも連絡して下さい!」
「朱里殿! 翼徳殿をお願い致す!」

 ようやく、視界がはっきりしてきたのだ。
 おっちゃんが、鈴々を馬から下ろしてすぐにまた馬に乗ったのだ。

 鈴々は……そか。
 呂布に、負けたのだったな……

「馬正さんは……!」
「主が呂布を足止めしております! すぐにも加勢せねば!」

 お、お兄ちゃん……

「おっちゃ……ん。お兄ちゃ……助け……」
「……っ! 承知!」

 こちらを見て頷いたおっちゃんが馬を翻すのと、鈴々の視界が急激に暗くなるのはほぼ同時、だったのだ……




  ―― 孔明 side ――




「鈴々ちゃん! しっかり!」

 私の腕の中で意識を失った鈴々ちゃん。
 頭から血を流しており、顔面は血だらけだ。

「すぐに止血を! あと、全身の打撲の処置を!」

 輜重隊の治療担当者が、木の板を運んでくる。
 それに鈴々ちゃんを乗せ、急いで運びだした。

「孔明様! 御遣い様が戦っているとのこと! 我らも応援に……」
「……でも」

 兵の一人の言葉に、躊躇する。
 この本陣の直衛兵は、あくまで桃香様の身辺警護を目的としている。
 数にしても千程度……

 いざとなったら身を盾にして桃香様を守り、逃がす役目の為。

 それを動かすということは……桃香様の安全を守れなくなること。

「……ダメです。本陣の役割は、あくまで桃香様を守ること。これは盾二様に厳命されています」
「しかし! その御遣い様が今、前線で……一人で戦っておられます! 我ら直衛は黄巾の頃より義勇軍で共に戦ってきた者ばかり! 劉備様も大事ですが……御遣い殿も大事です!」
「……!」

 わかってる……わかっています!
 けど……それでも!

「……盾二様は、どんなことがあろうとも、桃香様だけは守れと厳命しているはずです! それを破るわけにはいきません!」
「孔明様!」
「ご主人様を信じられないのですか!?」
「…………っ!」

 ……つい、盾二様をご主人様って言っちゃった。
 盾二様にはいつもやめろと言われているけど……私や雛里ちゃんにとっても、盾二様はご主人様でもある。

「私達の任務は、桃香様を守ること! 最悪の場合は桃香様だけでもここから逃すこと! その桃香様の直衛兵ならば、桃香様の元から離れられないのは当然です!」
「……………………」

 周囲にいた兵たちが歯噛みする。
 気持ちはわかる……ううん、誰よりも私が駆け出したい。

 盾二様の元へ……

「……なら、私が前進を命じればいいんだよね」
「「 !? 」」

 その声に、周囲にいた兵が一斉に振り返る。
 そこにいたのは……桃香様。

「とうか、様……」
「ありがとう、朱里ちゃん。ありがとう、兵士の皆さん……私が弱いから、いつも私を護ってくれて」

 桃香様はそう言って兵に、そして私に頭を下げた。

「りゅ、劉備様……」
「玄徳様……」

 兵たちが自身の主が頭を下げたことに、動揺が走る。

 当然です……この大陸において、上位の者が下位の者に頭を下げるのは、その首を討ち取れというぐらいの意味。
 下克上を示唆するようなものなのですから。

「でもね。私は……本当は誰にも死んで欲しくないの。戦争やっているのに……おかしいよね?」

 そう言って泣きそうな顔で笑う……桃香様。
 
「でも、私がどう思おうと……周囲は私や私の仲間を殺そうとしてくる。だから、せめて……私は、私の周囲の人だけは救いたい。いつもそう思っている」
「桃香、さま……」
「その方法を、ご主人様が……北郷盾二という人が、道標をくれたの。私がただ、身近な人しか助けられなかった私が。今、梁州という数多くの人を助けられる場所に、引き揚げてくれた」
「………………」
「……大事な、人なの」

 桃香様が、笑いながら……笑いながら、涙を――

「私は――北郷盾二という人を失ってまで、助かりたいとは思わない。鈴々ちゃんや愛紗ちゃん……二人とは共に死ぬ約束をしているけど、それでもご主人様が死ぬところだけは、見たくないの……」

 ――っ!

 胸が……痛い。
 なんで……?

 なんで私は…………

「鈴々ちゃんを助けて……ご主人様は一人呂布と戦っている。ご主人様が負けるとは思わない――思いたくない。でも……」

 私は、どうして……こんなに。

「それでも……ご主人様は、誰よりも強いけど……一人が戦わせちゃ、ダメだと思う」

 こんなに……胸が。
 胸の奥が……痛い。

「だからお願い。私と一緒に……みんなで」

 桃香様……すみません。
 きっと、私は――

「みんなで、ご主人様を助けに行って下さい」

 私は――桃香様に。

「だから、命じます。劉玄徳の名の下に! 全軍! 前進して呂布を押し返し! そしてご主人様を――天の御遣いを助けます!」

 その言葉に、兵が一人、また一人と武器を掲げ――

「「「「 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! 」」」」

 大合唱となって、天地を揺るがした。

「行くよ! 朱里ちゃん!」
「――――っ! ハイ!」

 桃香様の言葉に。
 私はその醜い感情を押し込めて。

 無理矢理に笑って声を出した。




  ―― 関羽 side ――




「はあっ!」
「せやぁ!」

 馬上からの互いの一撃が、それぞれの偃月刀にぶつかり、火花を散らす。

「はあああああああっ!」
「せえええええええっ!」

 そのまま幾数合(いくすうごう)――互いの無数の攻撃が、私と霞の間で打ち交わされる。

 霞の攻撃は、神速の名前通りに速い。
 星とほぼ互角の速さだろうか。
 速度だけで言えば、私は一手遅れるかもしれない。

 しかし、攻撃自体はそれほど重くない。
 鈴々に比べれば捌くのも容易い。

 恐らくは霞は、私と逆の感想を抱いているのだろうな。

 互いの攻撃が馬上から繰り出される火花に、互いの馬が怯え、その場から一旦離れようとそれぞれ逆の方向に動こうとする。
 その馬の行動に逆らわず、一旦距離を取り、再び互いを見据えた。

「ふーっ……さすがは関雲長や。一撃一撃が重うて、手がしびれるっちゅうねん」
「ふっ……そちらもさすがは神速張遼だけのことはある。すでに何合か、頬や腕を掠めたぞ?」
「ふん。当たり前や……と言いたいんやけど。そんなん自慢にもならん。結局紙一重で避けとるやんか」
「まあ、ぎりぎりな。霞とて私の一撃を受け止めているではないか」
「踏ん張らな、簡単に弾かれそうになるけどな……その分、ウチの馬が頑張ってくれとるよ。せやなかったら、さすがに堪えきれんかったわ」

 互いに言葉にして、ふっと笑う。
 私にとっても、霞にとっても、互いが互いに好敵手だった。

「……なあ、愛紗」
「……ん?」
「なんであんさんらは……盾二や桃香は、ウチらの味方をしてくれへんかったんや?」
「……っ!」

 ……霞。
 それは違う、違うのだ……

「……私は今でも霞を、そして董卓殿を助けたい。心からそう思っている」
「ならなんでや!? なんで月と……ウチらと戦う道を選んだんや!」
「それしか! それしか方法がなかったのだ! 桃香様は三州同盟を結んでいる! その盟主とも言える劉表が参戦する以上、敵対すれば同盟自体が壊れる! その先にあるのはまた戦乱の世だ!」
「………………」
「だからこそ! だからこそご主人様は……戦いながらも様々な工作をして、董卓殿を助ける策を進めている! すでにそれは動き――恐らくは今も!」
「……どういうこっちゃ」
「それは――」

 私は口走りそうになって、視界の隅に捉えた人影に、口を紡ぐ。
 そこにいたのは――

「――へえ。私も聞きたいわね」

 ……曹操。

「董卓と仲が良かったあなた達だものね。もしかしたら敵の間者じゃないかって、私でなくとも疑っている人はいるんじゃないかしら」
「………………」

 ……迂闊だった。
 曹操と共同で動いていたのを、一瞬とはいえ忘れるとは。

「汜水関を自分たちだけで落とすことで疑いを晴らしたのでしょうけど……やっぱり何か画策していたのね。教えてくれてありがとう、関羽」

 ――ギリッ!

 思わず歯噛みし、曹操を睨む。
 その曹操は、にこやかな顔で私を見ていた。

「で、その策とやら。詳しく教えてくれないのかしら?」
「……………………」
「あら、どうしたの? 張遼が聞きたがっているわよ?」

 ……くっ。

「……っ! 曹操!」

 声を上げたのは……私ではなかった。

「……何かしら、張遼?」
「これは武人と武人の一騎討ち! そこに入り込んできただけでなく、邪魔する上に味方を辱めるんか! それが曹孟徳のやり方か!」
「あら。劉備とは連合軍ではあるけど、別に臣下ではないわ。それに裏切り者の可能性がある相手を詰問するのが悪いことだと?」
「時と場所を考えんのかい! 武人の誇りを汚すつもりなんか!」

 ……霞。
 お前……誰よりも真相を知りたいだろうに。

 私のために……

「武人の誇り……そうね。なら、関羽はその身の潔白を敵将である張遼を討つことで晴らすのかしら?」
「……っ!?」
「曹操、あんさん……」
「あら。私は間違ったことを言っているのかしら? そのつもりで互いに戦っていたのでしょう?」
「曹操、貴様っ!」
「待て、霞!」

 馬先を変え、霞が曹操へと馬を奔らせる。
 私は制止の声を上げるが――

「せやぁ!」

 その刃が曹操に向けられる瞬間、割って入った大剣に防がれる。

「ぐっ……」
「貴様……華琳様に刃を向けたなぁ!」

 それは夏侯惇――曹操の右腕。
 そして――

「邪魔すん……わっ!?」

 霞の馬ががくんと前のめりに倒れる。
 慌てて振り落とされかけた霞が、身を捻って地面へと降りた。

 どうっと倒れる霞の馬。
 その胴体、心の臓の辺りには一本の矢が刺さっている。

「っ! 夏侯淵……」

 曹操の背後にいた夏侯淵が、霞の馬の心臓を一撃で射抜いていた。
 正面であるにも拘わらず、一体どうやって――

「……くっ! あんたらも邪魔するんか! 武人の癖に!」
「……気持ちはわかるが、華琳様に危害を加えさせるわけにはいかん」
「そうだ! 華琳様を助けるためならば、この身が如何に汚されようとかまわん!」

 夏侯惇と夏侯淵。
 二人は曹操のためならばいくらでも泥が被れる――そう言っている。
 それほどの忠誠心。

 おそらく、私や鈴々が桃香様に対すると同じように――

「……で、どうするの? 貴女は誰と戦うのかしら、張遼?」
「………………」

 霞は黙って偃月刀を構える。
 前を向いても、後ろを向いても敵しかいない、この状況。

 ――すでに、私に矛を交える気はなかった。

「……霞。投降してくれ」
「! 愛紗……」

 霞の目に非難の色が浮かぶ。
 わかっている……お前はここで死ぬつもりだったのだろう?

 普段は飄々としているが、霞は武人の誇りを誰よりも大事にする。
 そんな霞だからこそ……主である董卓殿への忠誠を自身の死で示そうとしたのが判る。

「私はお前に……死んでほしくはない」
「愛紗……」

 その目が私を見て……自重するように力を抜き、武器を落とそうとして――

 その時、地面が揺れた。

「「「「「 !? 」」」」」

 その場にいた全員が……突如揺れ始めた地面に膝をつく。
 地震!?
 こんな時に……

 だが、おかしい。
 こんなにも長く続く地震は珍しい――

「な、なんだあれは!」

 誰かが叫ぶ。
 その声に、その場にいた全員がある方向を見た。

 そこにいたのは――




  ―― 呂布 side ――




 ――楽しい。
 こいつ、面白い。

 恋、こんなやつと戦うの、初めて。
 もっと本気出しても大丈夫そう。

 そう思って半分以上の力で戟を振るってみる。
 その黒い男は、その戟を紙一重で避けながら、自身の体を回転させるように蹴ってくる。

 それを避けようとして――首を下げると、そこに相手の拳が迫っているのを感じた。

(この状態でも攻撃できる――結構すごいやつ)

 でも、その速度は避けられないほどじゃない。
 足の裏でその拳を受け止め、その反動で黒い男から離れる。

 男が地面に四つん這いでこちらを見るのと、恋が地面に降りるのはほぼ同時。

(――また来る)

 そう直感した恋が地面を蹴るのと、相手が四つん這いのままこちらに飛びかかるのもほぼ同時。

(殴りにくる。それを避けて後頭部に一撃)

 考える前に体が動いて、相手の攻撃を避ける。
 そのまま無防備な頭に、恋の一撃を与えようとする。

 けど、相手はそれを身体を丸めて背中で恋の戟を受け、そのまま前転するように身体を丸めたまま、両足を揃えて蹴りを放ってくる。

 ゆっくりだけど、力強い一撃。
 喰らえば結構痛そう。

 だから恋はそれを避ける。

 伸びきった足へと再度攻撃しようかと思ったけど、こちらを見る相手の目を見てやめる。

(こちらが攻撃する瞬間になにか来る)

 そんな予感がして、そのまま離れた。

「……お前面白い。けど、遅い。本気出せ」

 さっきのような猛烈な殺気はまだ放っている。
 ……たぶん、こいつはまだ本気じゃない。

 まだまだ本当の力を隠している。
 それを出したら恋はもっと楽しい。
 だからこいつにそれを出させる。

 だから言う。

「このままじゃお前負ける。だから本気で恋と戦う」




  ―― 盾二 side ――




 ――本気でこい?

 相手がなにか言っている。
 だが、フラットになった意識の底で呆れるようにそれを『視る』俺がいる。

 すでに身体は自分の中から湧き出す衝動に任せている。
 あの邑での時のように。

 全てが真っ白になるような状況の中で、意識だけが切り離されたような感覚。
 前はそのことを覚えていなかったけど、二度目だからか今はそれを客観視している自分がいるのが判る。

 そう、まるで白い空間の中で大画面のTVモニターを眺めているような、そんな感覚。
 自分の体と心が切り離されて、身体だけが勝手に動いている。

 なら誰が俺の身体を動かしているのか?

 たぶん、本能のようなもの。
 そうとしか思えない。

 けど、呂布は更に本気を出せと言ってくる。

(笑えるな――)

 俺が俺でない状態なら、多分それは百%の本気。
 一切の迷いも、一切の感情もない、ただの機械。

 ここに至って、ようやく自分がなんだったのか判る。

 俺は――御神苗先輩と同じだったんだ。

 あの世界――スプリガンの世界で、御神苗先輩とは違う場所で。
 アメリカ軍特殊実験部隊”COSMOS”の情報を得た、ソビエト連邦のコピープラン。
 その実験体だったんだ……

 COSMOSは御神苗先輩の手によって失敗した。
 それでもソ連のコピープランは実施され……そして朧の手によって、それらは壊滅された。

 俺と一刀はその生き残り……いや違う。

 一刀こそが『オリジナル』だ。

 俺は……その『コピー』。
 文字通りの……模造品。

 一刀は、生まれついてから膨大な精神力を持っている。
 それは日本生まれの両親が、第二次大戦時に捕虜になり、生体改造を受けた超能力者同士の子供だからだ。

 その力はサイキックエネルギーを研究してきたドイツと、その技術者を引き抜いたソ連にとって、格好の実験体だった。

 だが、冷戦も終わりを迎えようとしていた時期でもあり、ソ連の崩壊の予兆が現れる頃でもあった。
 予算が削減され、一刀という実験体を失っては計画が実行できなくなる。
 だから、まだ当時赤ん坊だった一刀の、その体組織からクローンを作った。

 そのクローンの一体……それが俺。
 ナンバー五十五(フィフティファイブ)、そう呼ばれた……俺。

 一刀の遺伝子を調整され、当時より神秘の石として研究されていた賢者の石、それから作られたというオリハルコン。
 アーカムのメイゼル博士が精製に成功したことが裏の世界に流れ、そのサンプルを入手したソ連。 

 今後その武器が世界を席巻すると予測した科学者達の狂気の計画。
 それが親和性を高める調整をされたモルモット……『コピーチルドレン』

 そうだ……俺達は、生まれたその日から戦闘訓練を施された。
 生まれたその手に最初に握ったのは……親の手ではなく、銃だったのだから。

 そして物心ついた時には、すでに訓練施設にいた。
 オリジナルである一刀自身もナンバー(ゼロ)として同じ訓練を受ける日々。
 そこにいたのは、オリジナルの一刀と『九十九人』の一刀のコピー。

 それは俺達が十二歳になるまで続けられ……
 最終選考が行われた。

 オリジナルである一刀と戦う、その相手の選抜。
 
 それは……コピー同士の殺し合い。
 最高の性能を持つコピーと、オリジナルを戦わせ、生き残った方を最強の兵士とする。

 それが『兵隊』を育成しようとしたCOSMOSと、そのコピープランの最大の差異。
  
 そして俺は……数多くの俺と同じ存在。
 そして、最も俺を慕ってくれていたナンバー五十六(フィフティシックス)を……

 『和人(かずと)』を……殺したんだ。




  ―― 馬正 side ――




「主ぃっ!」

 私がその場に到着すると、そこではまるで闘技場のようだった。
 互いの兵が、円陣のように周囲を囲んでいる。

 お互いが敵であるはずなのに、誰ともなく戦闘を止め、ただ、その円陣の中で戦う二人の姿を見ている。

 そこで繰り広げられている……死闘を。

「………………」

 見るものを凍らすような、戦慄さえ背筋に走る笑みを浮かべ、己の武器を構える呂布。

「ハーッ……ハーッ……ハッ……」

 息も絶え絶えに、身体の数カ所に何かが擦ったような後だらけになった主。

 それだけ見ても、この勝負が主に不利であることが見て取れた。

「あの主が……」

 私が思わず呻く。

 これほどまでに憔悴し、苦戦する主の姿など、私は一度も見たことはない。
 いつも簡単に相手の攻撃をいなし、躱し、そこに交差するように強烈な反撃を織り交ぜて、相手を倒してきた主。

 あの雲長殿や翼徳殿ですら、あの黒い服を纏った主相手では難儀していた。

 その主が……ここまで疲労する姿など、見たことがない。

「……どうして本気で来ない? お前、このままだと死ぬ。恋に勝てない」

 呂布が如何にも不思議そうに主に尋ねている。
 呂布は、主が本気を見せていない、そう言っているのだ。

 だが……

「……………………」

 息を整え、その目だけは全く別人のような殺意を宿す主は答えない。
 私から見ても、今の主は別人だった。

 いつも真剣な眼で事にあたりながらも、どこかで余裕を残す眼。

 それが今は……まさに手負いの獣。
 まるで余裕がなく、触れれば味方であっても牙を向く、そんな凶暴な瞳。

「ある、じ……」

 この人は……本当に私が敬愛した主なのだろうか。
 本当に北郷盾二、天の御遣いなのか……?

「っ!」

 息を整え終わった主が、返答もなくその場を駆け出す。
 その動きはいつにもまして疾く、鋭く、私の眼には映る。

 だが――

「……遅い」

 主が呂布の足元に潜り込もうとするのを、呂布は武器を叩きつけて地面を砕き、その土砂で足止めする。
 それを間一髪宙に跳び上がって避け、そのまま前転して踵落としをしようとした主。

 だが、すでに呂布はその背後にいた。

「なっ!?」

 呂布の動きは、私にはまるで二人いるようにしか見えなかった。
 それほどの速さ。

 その背に戟を振るい、主がそれを受けて吹き飛ぶ。

 地面に叩きつけられ、受け身を取りつつも反射的に態勢を整える主へと目が動いた瞬間。
 その主の前に、更に呂布がいた。

「三人!?」

 私の眼には、三人目の呂布が主の前に出現したように見えた。

「ガッ!?」

 その呂布に追撃を受け、更に後方へ弾かれる主。
 その体は、遠巻きに円陣を組んでいた敵兵の中に吹き飛び、その周囲の兵ごと土煙を上げる。

「「「「 オオオオオオオオオオオオッ! 」」」」

 巻き込まれた兵の悲鳴より、その武勇に歓喜する兵の声で辺りが包まれる。
 私を含め、劉備軍の兵は、誰一人として声が出せない。

 ――当然だ。
 我が軍、最強の兵士と思っていた我が主、天の御遣い、北郷盾二が。

 全く相手にならずに、あしらわれているのだから。

「……恋。勘違い? お前、強くない?」

 呂布の呟きに耳を疑い、私は視線を呂布へと動かした。
 その顔を見て――私の心に憎悪が生まれる。

 その呂布の顔は…………失望し、落胆した顔で主が吹き飛ばされた方向を見ていた。

「ぐっ……!」

 思わず駆け出し、呂布を張り飛ばしたい衝動に駆られる。
 だが、そんなこと、できるわけもない。

 私は……弱いのだ。
 我が軍の武将の中で、最弱であるといってもいい。

 その私が……最強と思っていた主が敵わない相手に、敵うわけも――

 そう思った矢先、呂布の眼が再び鋭くなる。

「フッ!」

 そこには――土煙の中から飛び込んできた黒い影が、躍りかかっていた。

「主!」

 私の声と同時に、呂布へと再度攻撃を仕掛ける。
 だが――

「やっぱり……本気、じゃない」

 その拳すら避け、その背中を戟にて打ち据える。

「グハッ!」

 地面が陥没し、その周囲が大きくひび割れる程の威力。
 その土砂に埋もれるように……主がその場に倒れていた。

「………………」

 私は、もはや言葉が出ない。
 すでに私が思い描く武将の戦いとは違う。

 人外の戦い――そう呼んでも差し支えない戦闘がその場で起こっている。

(先ほど呂布の一撃、まともな人間なら肉塊と化している――)

 そう思えるほど重い、一撃だった。
 主だからこそ……未だに原型を留め――

「……!?」

 その主の黒い腕が動き、瓦礫の中から身体を起こそうとする。

「ある――」

 私が歓喜の声をあげようとして――絶望とともに、その言葉が消える。

 主の顔は……血まみれだった。




  ―― 盾二 side ――




 『にぃちゃ』

 それは、『和人』が俺を呼んでいた言葉。
 あいつは、俺のナンバーが一つ上だから、と俺を兄のように慕っていた。

 俺も物心ついた時にはすぐ傍にいたこともあり、その呼び名を受け入れていた。
 知らず、兄として振る舞うことも多かった。

 ある時は訓練中に励まし、ある時は食事のレーションのパセリを代わりに食べ、ある時は雷に怖がる背中を擦ってやった。
 それは、俺自身が訓練でへばりそうになった心を叱咤させ、嫌いであったパセリを強引に飲み込み、同じく怖かった雷を慰めることで心を奮い立たせた。

 俺はあいつを守り、あいつは俺の心を支えてくれた。

 そのあいつを――和人を。

 俺は――殺したんだ。

(俺は、なんで忘れていたんだろうな……)

 そう思って背後を見る。
 そこにあった、何枚もの敗れた札のようなもの。

 それを見れば、まあ大体わかる。

(忘れていた……いや、忘れさせられていたのか)

 その札には見覚えがある。
 それは――魔術の札。

 アーカムの魔女、ティア・フラットの魔術札。

(記憶の封印――そんなことも出来るわけか。さすが魔女……)

 そう思うが、心に何の感慨を浮かばない。
 今の俺は、感情というものがないんだろう。

 この白い世界では、ただの事象として受け入れている。

(俺の記憶を封印した理由は――俺が壊れそうだったから、か?)

 『和人』を殺し、俺は壊れた。
 そしてその『性能』を発揮した。

 生き残りの――全ての『俺』を殺して。

(そこにはなんの感慨もなかった。ただ敵だから殺した。親愛の情も、人殺しの罪悪感も、まったくなく――)

 同じような顔、同じような身体、同じような境遇――

 それら全てを壊れた俺は、消していった。
 文字通り、その存在を『抹消』していった。

(そしてオリジナルである『一刀』と戦う前日、それは起こった)

 アーカムの介入。
 御神苗先輩を助けた朧が、その同種の計画に辿り着き、壊滅させるために乗り込んできた。
 当時のスプリガンであった、山本主任やパーカップ・ラムディを含めた数人と共に。

 そして俺と一刀は戦わせられる前に、助けだされた。
 だが――

(誰も殺さなくて済んだ一刀と違い、俺は――完全に人格が壊れていた)

 すでに機械兵士として完成しかけていた俺は、暴走して一刀すら殺そうとする危険があった。
 だから、ティアさんと朧は……

 俺の記憶を、封印した。

 そして俺の記憶の片隅にあった『和人』を『一刀』だと誤認させ、そこから人格の再構築をした。
 つまり――

(今の俺は……一刀を何よりも大事だと思っていた俺は、全て作られた人格だったんだ)

 ………………

 本来なら、ここで朧やティアさんに憎しみでも湧くのだろうか?
 だが、今の俺には何も感じない。

 ただ、俺という存在の生まれた意味を薄っぺらだと思うだけ。

(……それでも、その事実を知った『俺』でも、やはり変わらないんだな)

 自分の胸に秘めていた、ある『計画』。
 それは『俺』が、一刀のためにと思っていた計画。

 客観的に見れば、コレほど荒唐無稽な計画もない。
 というか、他人から見れば、これほど馬鹿な計画もない。
 だが――

(それでもやる気……か。というか……これで更に踏ん切りがついた形になるか)

 だがそれも……ここで死ねば関係ない――

 そう思って、また目の前の映像を見る。
 その映像は、俺の前に佇む呂布の姿。

 その瞳は、失望の色が混じっている。

(……そういや、俺の名前をくれたのは誰だったか)

 その映像とは全く別の事柄を思い浮かべる。
 すでに映像のことは興味がなかった。

(いつから俺は『盾二』なんて言われたんだ? 施設ではナンバーで呼び合っていたし……そういや、いつから五十六(フィフティシックス)を『和人』と――)

 そんな時、映像の外で誰かの叫び声が響いた。

(……ん?)

 どこかで聞いた声。
 女の、声。

 それは再度、俺の名を呼ぶ。

(……なんで気になっているんだ? 関係ないだろ――)

 そう思うのだが、気になってしまう。
 あの女性は誰だ?

 いや、あの女性たちは――?

 そう思った俺の背後で、何かが音を立てた。
 そう感じた。

 封印された記憶のかけらか、それとも別の――
 そしてそれは振り返る間もなく――

 はじけて飛んだ。




  ―― 劉備 side ――




「立って! ご主人様!」

 私は叫ぶ。
 ただ、叫ぶ。

 その場にいた誰よりも声を張り上げて。

 誰よりも、貴方(きみ)に届け、と。

「負けないで! ご主人様!」

 こんなことを言うつもりはなかった。
 ――この場に着くまでは。

 ご主人様を助けて、後方に逃げるつもりだった。
 あのご主人様が敵わないなら――誰も敵わないから。

 鈴々ちゃんも傷つき、ご主人様まで失いたくないから。

 なのに――

「ご主人様! 立ち上がって!」

 何故、なぜ私は――
 ご主人様に立てと言うのだろう。

 立ち上がれば勝てる?
 ――否。

 私が叫べば勝てる?
 ――否。

 そんなこと――できないってわかっている。

「貴方は立てるはずだよ! ご主人様!」
「玄徳殿、なにを――」

 馬正さんの声がする。
 その手が、私を制止しようと腕をつかむ。

 けど、私はそれを――振り払った。

「ご主人様は負けないよ! 誰よりも――誰よりも!」

 私は――矛盾している。

 けど……それでも。
 それでも!

「立ってぇ! 盾二ぃ!」

 大好きな人に……負けて欲しくない!

「そうです! 立って下さい! 盾二様!」

 !?

 その声は……私の横から聞こえた。

「貴方が負けるところなんて――見たくありません!」

 それは――朱里ちゃん。

「貴方は私達を超える存在なんです! 私を――諸葛孔明をがっかりさせないで下さい!」

 その朱里ちゃんは、目に涙を溜め――それでも声を張り上げる。

「だから、立って! 立ちなさい! ご主人様!」

 朱里ちゃん。
 貴方は――

「そうよ! こんなところで負けるなんて許さない!」

 !?

「貴方は私が認めた漢なんだからね! それが呂布如きに敵わないなんて言わせないわ!」

 朱里ちゃんの反対側、私の隣から声がする。
 それは……孫策さん。

「私が戻るまで呂布を取っておいてくれたのなら――もういいから貴方が倒しなさい! というか、倒せぇ!」

 ここにいる私達は……矛盾している。
 誰よりも失いたくない人が、目の前にいるのに。

 それでも……それでも。

 私達は『闘え』と言う。
 愛する人に、立ち上がって闘えと。

 そして――勝てと。

 だから私は……私達は叫ぶ。
 愛する人に。

 眼にいっぱいの涙を溜めて。
 胸にいっぱいの悲しみを込めて。

 そして……論理も理屈も越えて、心の赴くままに……叫んだ。

「「「 負けるな、バカァ! 」」」

 その声に――
 地面が、揺れた。
 
   
  
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