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誰が為に球は飛ぶ

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青い春
  捌 大人と子どもと

第八話

部活動を何の為にするのか、と言えば、子どもらは勿論「好きな事に打ち込みたいから」だなんて言うんだろうなぁ。俺が担当してる野球部の連中…日向はそういえば野球部を作りたくて担任だった俺に顧問を頼みに来た時「野球が本当に好きだから、野球する為に力を貸してくれ」とか言ってたっけ。

で、顧問として部活動に関わる大人…教師としての俺は、一体何の為にやるべきだと思う?

「勝つため」とか「子どもらを勝たせたい」とか、平気な面して言う奴も居るんだけどさぁ、その台詞は強豪私学の指導者専用の言葉だと思わないか?大多数の「普通の高校」の部活なんて、言っちまえば思い出作りだ。

違う?いや、違わないな。よしんば勝った所で、進学だの就職だの、部活そのもので進路切り拓く奴が「普通の高校」にどんだけ居るってんだよ。強豪私学の連中は部活以外に何もない、それに自分の人生賭けてんだから、そんな奴らに比べりゃあ「思い出作り」以外の何物でもないだろ?

高校野球だってそうだ。猫も杓子も「甲子園」だなんだとやかましい割には、「じゃあ甲子園行ったとして、それがお前にとってどんな事なのか説明してみてくれ」と言われてマトモに答えられるのは私学の球児だけだろう。彼らの答えは簡単。「進路が決まる」これだけだ。
「普通の高校」の球児だとこれが、「甲子園行けばモテる」とか「自信がつく」とか「一生誇れる」とかになるんじゃないのか?そりゃあ結構な事だが、女にモテても自信がついても誇りが持ててもそれで残りの人生立ち行く訳がないだろう。それで強豪私学の連中に負けると理不尽をされたように泣く。負けるのは当たり前だ。賭けてるものが違うんだから。

だから俺は、今いる「普通の」……実際にはかなり特殊なんだが、まあ部活においては普通の学校では「勝ち」なんて目的にするつもりはさらさら無いんだよ。

俺が目的とするのは二つ。
「生徒に組織としての活動を経験させる事」
「目一杯やらせて、連中に野球を諦めさせる事」
この二つだ。前者はまあ、同じ目標を持つ連中の中で、それぞれ自分の役割を見つけて居場所を作る強かさを身につける訓練をさせるって事だ。だから俺は一切チームの戦術には口を出さない。役割を俺が押しつけたら意味が無いからだ。
後者は、高校時代に目一杯野球やった上で出る結果を受け止めさせて「自分はここまでだ」と限界を分からせるって事だ。だから練習のハード面の充実には協力を惜しまないさ。自分の才能以外に負けた原因は無い、と思わせなきゃならんからな。

この話を聞いてもらえれば、俺が単に面倒くさくて勝ち負けに拘らないようにしてる訳では無いって事が分かるはずだ。

え?お前の話には「目的」ばかり示されて「目標」が示されてない?

あぁ、これは参ったな。

うーん、とりあえず目標は



甲子園にでもしておくか。
多分日向もそう言うだろ。




ーーーーーーーーーーーーー

「ふぎぃーーーっ!!」
「息を止めるな。呼吸しながら動かさんと、血管が千切れるぞ」

ネルフ学園の、無駄に設備が充実したウェートトレーニング場で藤次のうなり声が響く。加持はウェートトレーニングに励む野球部員の間を回りながら、フォームや呼吸法について助言を与える。選手12人全員が何かのメニューに取り組み、ローテーションでどんどん種目が変わっていく。休憩時間までもがキッチリ計算され、休みすぎる事もなく、筋力トレーニングでも息が皆上がっていた。

数日前、ウェートトレーニングがやりたいと言った日向に応えるように、加持がメニューを組んできた。加持はどんな練習をするかについては殆ど口は出さない。「こんな練習がしたいんですが…」と日向が尋ねた時にだけ、案を出し、環境を整え、その練習を手伝う。
極端な話、「明日は練習休みます」と言っても加持は「そうか」の一言で済ましてしまう。
試合の作戦も一切を選手に任せ、任せている以上何の文句も言わない。加持は文字通り、「顧問」だった。



(でも、この人が提案してくる練習、それ自体は割と厳しいんだよなぁ。)
息を切らしながらシットアップをこなす日向は、横目で加持の姿を見ながら内心思った。
チームの構成や方向性、戦術に関してはほぼ全て日向に丸投げの割には、加持は個人のプレーには「もっとこうした方が…」と助言を与える事が多い。個人の資質を引き出す事に関しては加持は熱心だった。上から引っ張るというより、下から押し上げる。そんな指導者に日向は初めて会った。

(もう少し、一緒に熱くなってくれると良いんだけどなぁ)
加持の思いはいざ知らず、日向は加持の態度が少し物足りない。勝ち負けに頓着しない加持は、自分からは遠い存在のように思えてしまう。自分達が拘る野球の勝負とは、また違うものを加持は見ている。自分達の事を一歩引いて見ているような気がするのだ。勿論色々と協力はしてくれるのだが…




日向はそれが無意識のうちに加持に、いや大人に甘えたがっている事だということをまだ知らない。





 
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