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誰が為に球は飛ぶ

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青い春
  漆 磨いてきたものはボールだけ?

第七話


野球ほど飽きないスポーツは無いと思ってるんだ。スポーツってより、ゲームかな。


まず色んな数字が出てくるだろ。打率、本塁打数、打点数、防御率、奪三振数…
それだけしか知らないんじゃあ勿体無いね。
他にもOPSやUZR、WARにBABIP、
野球にデータ化できないものはないんじゃないかってくらい、沢山データがあるんだ。
それだけデータがある癖して、相当不確定要素が強いのも野球なんだよな。野球くらいだぜ、こんなに毎年、「◯◯高校、初戦で散る」って見出しが踊るスポーツは。番狂わせだらけだよ、なんたって上手い選手でも10割は打てないし防御率0はありえないんだもんな。


チームスポーツでありながら、基本的には1人1人がプレーするって所も良心的だね。
4番だろうが9番だろうが、打席では1人だ。そりゃあサインは出るけれども、自分のプレーを邪魔はされないぜ?守備位置についても、基本的にはボールに同時に関わるのは1人だし。
それ考えるとサッカーなんてやってられないよ。ひたすら相手の選手と追いかけっこしてばっかりで、ボールにちっとも触れなかったりする場合もあるそうじゃないか。不公平にも程があるよ。


え?俺自身のプレー?いやはやそれがさあ、平凡そのものだよ。ここだけは悲しくなっちゃうよね。


埼玉で言うと是礼学館とかさ、名門校に行きたかったもんだから小中と名門のリトルやシニアに入ってたんだけど、これがまあ、見事な程に出番なし!
お情けで最後の大会だけはベンチ入れてもらったけど、パシリにノッカーにバッピにスコアラー、フル回転だったよ、プレー以外の所で。


おかげで両親もすっかり呆れてさ、「もうお前は普通の高校に行け」それでやってきたのが野球部の成立も危ういネルフ学園だよ。住んでる所も東京から、第三新東京市なんてパチモンに都落ちさ。


でもさ、ここに来て初めて経験した事があるんだよ。


俺のプレーそのものが褒められたのはこの野球部が初めてだ。



ーーーーーーーーーーーーー

「………何でや」
「………何でだろうな」

守備練習。藤次と健介の視線の先には

「ふむ…だいたいのコツは掴めてきたね…」

ユニフォームを身にまとい、人が手で転がした球に対してゴロ捕球姿勢を作る





渚薫の姿が。




「……センセや剣崎さんはまだわかるで、うん。でも何でこいつまで入ったんや」
「……3人とも何かおかしいし、おかしい奴は引かれあうのかもね」
「こらぁ!そこー!サボるなー!」


ボソボソと2人で話している藤次と健介に光の声が飛ぶ。
今やってるのは、2人一組でゴロの捕球姿勢を作ったままで下手からボールを転がし、ゴロでキャッチボールをするという練習だ。
基本となる姿勢の確認と定着。
地味な練習である。

「怒られちゃった」

健介と藤次は練習を再開する。
膝が前に出過ぎず、腰が後ろに引かれ、尻と頭を繋ぐラインが真っ直ぐで、地面に平行近くなる。頭の位置が低く、グラブを持つ左手の力が抜けている。

「……」

藤次&健介のペアの隣で同じドリルをこなしている真司は、健介の捕球姿勢をしげしげと見ていた。



「んっ…」
「これ結構難しいな」


次の練習は、転がしたボールに対して正面に入り、捕球のタイミングで足を開いた捕球姿勢を作って股の間を通過させるというもの。
これは健介の案の練習だ。
実際に捕球しない分だけ、より足の運びに注意して確認できる。



「ほれっ」


慣れない動きに戸惑う他の面々に、健介が手本を見せる。ササッと力の抜けたステップでゴロの軌道に対して右側から入り、打球が手元に来るタイミングでちょうど正面に。瞬時に捕球姿勢を作って、股の間を通してからまた送球のステップ。


「上手い。」


真司が声を上げた。藤次が目を丸くする。


「おい、ケンスケェ!センセに褒められたでェ!」
「またまた碇はお世辞を言って…」

真司は首を横に振った。

「お世辞じゃないよ。一つ一つの動きが基本に忠実で丁寧じゃないか。ですよね、剣崎さん」
「あっ…うむ」


突然話を振られた剣崎は、少し慌てながら頷く。健介は満面の笑みになった。

「やったー剣崎さんに褒められたぞーー
あの新琴似の3番の人にーーー」

真司の具体的な賞賛より、剣崎の頷きの方が健介にとっては価値が上のようである。これには真司はガックリきた。

「ただ…あいつも上手い」

剣崎が視線を移し替えたその先には、健介がやったのと同じような動きをしっかり再現している、薫。

「ハハッ、これ結構面白いね」

つい最近野球を始めたようなものの癖に、いとも簡単に動きを習得してみせる薫。
健介の顔が一瞬にして固まってしまった。













 
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