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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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反董卓の章
  第10話 「は、疾すぎ……る」

 
前書き
少し短いですが、きりがいいので…… 

 




  ―― 張遼 side 汜水関 ――




「どうや、直せそうか!?」
「だめです! 敵が目の前にいる状況ではとても無理です! ちょっとでも強い衝撃を受けたら、左側の扉は落ちます!」
「どうやったらこんな……あれは、本当に人なのですか!?」

 …………っ!
 兵が悲鳴を上げとる。

 たった一撃、たった一撃やで!?
 それも一人の人間が蹴りこんだだけで、あの分厚い扉が……

「盾二……」

 バケモノや。
 本気でそう思う。

 汜水関の扉は、衝車でも数十回以上は耐えられると思っとった。
 それをたった一人がここまで破壊するとは……

「……くっ、これじゃあ関としては使いもんにならん。すぐに退いて、後方の虎牢関に……」
「いや、討って出る」
「なんやて!?」

 うちの隣に居た華雄が、おもむろに宣言した。
 この状況で討って出るやと!?

「本気か、華雄っ! 敵はウチラの倍……いや、それ以上やで!? この状況で討って出るやと!?」
「関が役に立たぬ以上は、野戦に持ち込むしかない。唯一の勝機はそこにある」
「アホか!? たった一撃で関の防御力を無力化する相手やぞ!? どう考えても引きこむ手を考えておるに決まっておるやろが! 討って出て、その隙に関を占領されたらどないするねん!」
「討って出るのは、私の直属の三万でいい。霞は関を防衛し、後方から援護しろ」
「ただの兵力の分断やないか! あの盾二がそんな好機を逃すとは思えへん! ここは全軍で虎牢関に戻って、戦力を結集して当たるほうが……」
「もういい!」

 突如、華雄は大斧を振り上げてウチの足元に下ろす。
 咄嗟にその場を下がり、大斧が巻き上げる土煙から身を翻した。

「負けることを前提にした考えをする者など不要! 霞、貴様はさっさと虎牢関へ逃げ帰るがいい!」
「――――っ!?」

 華雄の言葉に、胸の奥がジワリと痛む。

「…………そ、総大将の命令を無視して、突っ走ると?」
「構わん! 現場の判断だ。要は敵を殲滅すればよいだけのこと。なにより……貴様、あの男に恐怖しているだろう」
「……っ!」
「将のくせに()る前から負けている者などいらぬ! 私が欲するのは、ただ愚直に勝つことだけを信じて戦うものだけだ! そしてそれは我が直属の兵のことだ!」
「………………」

 ウチには……何も言えへん。
 否定することは簡単。
 それは蛮勇や、と。

 けど……けど……

「華雄将軍! 俺達はどこまでも貴方についていきます!」
「例え死んだとて、逃げて死ぬよりずっとマシだ!」
「死んで元々! なら華雄将軍に全てを託して、逆に連合を打掃(うちはら)しましょう!」
「そうだ!」

 兵たちが、華雄の宣言に声を上げる。
 先程まで、盾二の一撃に恐怖しとった連中の士気が上がっとる。

 確かに討って出る以外に、軍の統率を戻す方法はないやろ。
 けどな……それはアカンて。

「……ウチラは本当に虎牢関に退くで。ええんやな?」
「勝手にしろ。我が軍は単独で討って出る! 準備しろ!」
「「「 オオッ! 」」」

 ……もはやここまで、やな。
 戦は士気だけでやるもんやない。
 士気は大事やが、それでは埋められないものも戦場(いくさば)にはある。

 そして士気は……向こうのほうが高いかもしれへんのやで?

「張将軍……」

 ウチの部下が不安げに声をかけてくる。
 事、ここに至っては、もはやしゃあない。

「……ウチの部隊は虎牢関に退く。残念ながら汜水関が落ちるのはかなり早いやろ。すぐに撤退する」
「……は。輜重隊はいかがしますか?」
「武器以外は残していく。行軍の遅れにもなるし、華雄がここに残る以上は必要かもしれん。なにより……敵に占領されれば鹵獲されるやろ。その分配でも時間が稼げる」
「なるほど……了解しました」

 落胆したような声。
 それは華雄に対してなのか、ウチに対してなのか……

「華雄の暴走……止められんウチを責めんのか?」
「何をおっしゃいますか。我ら張文遠軍……どこまでも文遠様に()いていきますよ」
「……あんがと。ほんまに、あんがとな……」

 ウチは……果報もんや。
 こんなウチに慕ってくれるものがおる。

 けどウチは……ホンマにええんか?
 ここで……戦わなくて。
 つまりそれは――

 そう考えて、首を振る。
 戦いはここだけで終わりじゃないんや。
 ウチだけのことで、ウチに従う二万の兵を無駄に殺すことは出来へん。

 今はこれが…………これでええんや…………




  ―― 鳳統 side ――




「もうすぐ四半刻(三十分)ですね…………降伏するのでしょうか?」
「うーん……」

 私の言葉に、盾二様が首をひねっています。
 その横では朱里ちゃんも思案げです。

 あの霞さんなら、ここは退くでしょう。
 問題はもう一人……華雄と言った、もう一人の武将です。
 確か黄巾の時に、翠さんが死にかけた原因を作った方。

 猛将との噂は聞きますが、味方の言では猪だということ。
 なればこそ、あれで見かけによらず深く考える霞さんとの相性は、あまり良くないでしょう。

「雛里はどう思う?」
「……霞さんは撤退するでしょう。ですが、華雄さんは残ると思います」
「ふむ……朱里は?」
「私は、華雄さんもそこまでの猪ではないかもしれません。ただ、その場合には一当してから悠然と退却する可能性があります」
「ふむ……実は俺も朱里と同じこと考えていた。こちらに攻撃してきて、その後整然と退く。こちらは罠の可能性があって二の足を踏む……もしくは、本当に入口付近に罠を仕掛けておいて、それに掛かるのを見計らって、わざと姿を見せるようにして退く」
「…………ありえますね。虚実織り交ぜての策ですか」
「俺ならそうする。相手がそうしない可能性はないとは言えない。霞もいるしな」
「あっ…………だから、あの方法を?」

 盾二様が用意させている『油』と『玉』。
 そのために、ですか……

「出てくる兵力にもよるがな。そうだな……向こうを六万と過程して。その半分の三万ぐらいが突撃してくるなら……作戦通り『油』で行こう。全軍で来るなら『玉』を使う」
「『(ぎょく)』……本当に使うんですか?」
「本来は攻城用なんだがな。野戦にも使えるだろ。ただ……視界が悪くなるからし、音に対する事も言い含めておいてくれ」
「はい……愛紗さんたち武将の方、それに千人隊長、百人隊長には伝達済みです」
「よし…………ん?」

 ふと、盾二様が関の方角を見ました。
 そこには――

「やはり、一当しにきたか……出てくる数をできるだけ正確に捉えておくんだ。三万程度なら……霞が関で罠を仕掛けるかもしれん」
「了解しました!」
「全軍、並びに劉表に伝達! 敵が出てきたぞ! 当初の予定通り、防衛戦を開始する!」

 盾二様の宣言に。
 その場にいた伝令兵が、瞬時に駆けていきます。

 そして銅鑼の音が、規則正しく音を鳴らすのでした。




  ―― 趙雲 side ――




 銅鑼の音が鳴っている。
 あの銅鑼の音と回数は……

「よし。敵は予定通り関から討って出た! 防衛戦を開始する! 第三軍は劉表軍と共に防衛せよ!」

 私は馬に乗ったままで、横に走りながら兵たちを鼓舞していく。
 第三軍は一般兵が多い。
 第一軍や第二軍に比べ、実戦経験も少ない。

 だが、それはあくまで第一軍や第二軍が特殊であるのだ。
 他の諸侯の兵に比べても、遜色はない程度ではあると思っている。

「よいか! 柵を使って敵の勢いを受け止め、槍にて一人ひとり確実に倒せ! 弓隊は敵を足止めするのではなく、柵に向かってくる敵の間に矢を入れるように放つのだ! 連続で柵に飛び込ませるな! 柵が崩されそうな場合は、百人隊長の権限で押し返しても良い! ただし、周囲の百人隊長と連携して押し返せ! この戦、後ろに漏らしたら負けと思うのだ!」

 実際には第三軍の横の厚みは数十人、そして、その背後には劉表軍がいる。
 第三軍が漏らした敵は、劉表軍が殲滅することになっている。

「背後に劉表軍がいたとしても、漏らしたら桃香様の恥と思えよ! 全軍、構え!」

 私の声に、槍隊は槍を構え、弓隊は弓を引き絞る。
 関から溢れ出てきた敵兵は、皆槍や剣を手にこちらへと向かってくる。

 敵の陣形は魚鱗。
 おそらくは一点突破を図る気だ。
 すでに敵の先陣は一里(五百m)を切り、遠矢ならば届く距離。

 だが、まだだ。
 まだ早い。

「全軍、息を吸えー!」

 私の声と共に、皆の深呼吸の音。
 そして、私自身も吸い、瞬時に目を見開く。

 敵はすでに半里を切っていた。

「第一射、放てーっ!」

 弓隊が空へと矢を放ち、それが地に吸い寄せられるように落ちていく。
 そして先頭の少し後ろに降り注いだ。

「ぎゃっ!」
「がっ!?」

 だが、敵はそのまま陣を突破しようと突撃してくる。
 そこにあるのは、丸太で組んだ柵。

 人がそう簡単に乗り換えられない高さの壁。

「おおおおっ!」

 敵はその丸太で組んだ柵の隙間から槍を突いてこようとする。
 だが、それはこちらも同じ。

 丸太を挟んで、槍隊同士が穂先を合わせる。

「柵を乗り越えさせるな! 登ろうとするものは突け! 弓隊! 第二射、放てーっ!」

 弓隊の第二射は、丸太の柵を越えた程度の低さで連射させる。
 すると、柵で止まっていた敵兵たちが、その矢を食らって倒れていった。

「出来る限り柵を壊させるな! だが柵が壊れたら、次の作戦に移る! 各隊、奮起せよ!」

 そう叫んだ私の傍で、柵を挟んで敵から槍が投げつけられる。

「甘い!」

 私は、槍を愛槍『龍牙』で弾き、柵越しに敵の胸元を突き刺した。

「ぐはっ……」
「弓隊! 手を休めるな! 時折緩急をつけて、矢を撃つ地点を変えるのだ! まだまだ敵は来るぞ!」

 そうだ。
 戦いはまだまだこれからなのだから。




  ―― 関羽 side ――




「柵正面! 敵の魚鱗とぶつかりました!」
「そうか……敵の数は!?」
「およそ三万! 軍師様の壱之策、その予想通りです!」

 うむ……ということは、そろそろだな。

「伝令! 本陣より『壱のまま作戦開始』とのこと!」
「了解した!」

 作戦開始。
 それは敵の前衛が、関をほぼ出きったということ。

 残るはおそらく霞の守る約半数。
 だからそれを……

「聞けぇ! 我が第一軍の兵達よ! 予定通り、騎馬隊は私とともに突撃! 他のものは前後の敵を打ち払え! 我らが第一軍こそが、劉備軍の核であることを見せ付けるのだ! 鈴々の第二軍に負けるなよ!」
「「「 オオオオッ! 」」」
「では行く! 汜水関の崖に添って進めぇ!」

 私は即席の騎馬隊二千、そして第一軍残りの九千を率いて、左から回りこむように走る。
 その後を、徒歩(かち)の者達が必死に走って追い付こうとする。

 この作戦は早さが勝負。
 だから、遅れたものは放置しなければならない。
 そのものたちは、敵を止めるための壁になるのだ。

「敵、こちらに気づいた模様!」
「放っておけ! それは徒歩の連中に任せよ!」

 私の言うまでもなく、敵の魚鱗が乱れてこちらへと向かってくる一団を防ぐため、最後尾の者達が横槍を入れに行く。

「将軍! 汜水関の土壁です!」
「よし!ここから土壁に沿って走れ! 落石の準備などさせるなよ!」

 そのまま汜水関の壁に添って騎馬を走らせる。
 と、反対側の壁に添って走る一団がある。

 第二軍の鈴々たちだった。

「愛紗! 遅いのだ!」
「抜かせ! 馬に乗った我々より早いお前たちが変なのだ!」

 お互いがそう叫んですぐ、我らは自軍へと振り返る。

「「 油、投擲用意っ!(なのだ!) 」」

 騎馬隊二千が、その横に括りつけた油壺を取り出す。
 鈴々たち第二軍は、全軍である五千が一抱え以上ある油壷を持っていた。

「「 門に放てぇ! 」」

 互いが門の場所で交差する。
 その間に大量の油壺が放られる。

 扉、その地面、周囲の土壁、上の倉庫。

 一人が持てる量はそう多くはないが、騎馬二千と第二軍五千、計七千が油を撒いていく。
 それは門だけでなくその周辺すら大量に飛び散らせる量だった。

「「 全軍、左右に退避!(するのだ!) 」」

 合図と共に、来た方向とは逆の崖へと走る。
 そして最後に残った私と鈴々は――

「愛紗!」
「おう!」

 それぞれの愛刀を取り出し、互いに油の傍で重ねあわせた。
 我が愛刀、青龍偃月刀。
 鈴々の丈八蛇矛。

 それが撃ちあう事数度――

 火花が飛び、それが油へ。

「鈴々!」
「おうなのだ!」

 私は確認する暇もなく、鈴々を抱えて馬を走らせる。
 次の瞬間、油に火が付き。

 それは爆発的に燃え広がった。

「あちゃちゃあー!?」
「暴れるな! 私も熱い!」

 火の傍から逃げるように馬を走らせる。
 その背後に見たものは、門の周辺がまるで天に登る炎のように燃え盛る、汜水関の姿だった。




  ―― 華雄 side ――




「ええい、あんな柵ごとき、さっさと打ち破れ!」

 敵の柵など我軍を阻む障害でもない、そう思っていた。
 だが、敵の柵は丸太で組んであり、思ったよりも頑丈で高い。

 その上、空からは矢の雨、正面からは隙間なく撃ち込まれる槍。
 柵に取り付いては殺され、増援は矢によって傷つく。

(何故だ? 奴らは関を落としに来たはず……何故攻撃側がこんな防衛陣地を?)

 思わぬ足止めに、私は苛立っていた。
 その時。

「か、華雄将軍! 後ろを!」
「なに!?」

 まさか回りこまれたか――その時はそう思った。
 それは正しかった。

 だが、その予想をはるかに越えた事態がそこでは起こっていた。

「関が……燃えているだと!?」

 関正面の大手門、そしてその上にある倉庫。
 その場所が、天にも届く業火で炙られていたのである。

「ばかな! こんな木も草もない荒野で、何故あれだけの火柱が!?」
「あ、油です! 油を大量に撒かれました!」
「な――!?」

 油…………だとしても、あの火柱である。
 もし油が撒かれたのならば尋常では無い量だろう。

 街一つが焼かれるだけの油が撒かれたのではないか?

 その時、傍に居た兵の言葉で、私は凍りつく。

「あれじゃ……もう関に戻れない」
「――――っ!?」

 そうだ。
 燃えている場所は門中央。
 門自体にも大量に油が撒かれたせいか、もはや煉獄の門の様に燃え盛っている。
 あれではとても後方には下がれない。

 それはつまり……逃げ道は、敵先陣を突破するか、崖に登る細道を駆け抜けるしかない。

 だが、前方は柵で塞がれている。
 崖に登る道も油を撒いたであろう部隊が、いつの間にか陣取っていた。

(やられたっ!)

 私は直感する。

 敵は我々三万を逃がす気がない。
 あくまで全滅させる気なのだ。

 渦のように周囲を包囲され、すでに勢いをなくした魚鱗は崩れている。
 もはや陣というよりただの集団。

 その恐怖が瞬間的に脳裏ををかすめた矢先。

 敵の銅鑼が先陣周囲で鳴り響く。

 振り返ったその柵の向こう。
 そこに居た、馬にまたがる白い着物の武将が叫んだ。

「これより反転攻勢に掛かる! 各自、半壊した柵を打ち壊せ!」

 ――――なぁっ!?

 バカな! 自分たちを守っていた柵を、自分たちで壊すだと!?

「か、華雄将軍! 左右から敵が――」

 部下の言葉に、振り返る。
 そこには油を撒いたであろう部隊が、左右からこちらに向かってくる姿だった。

(三方から攻められたら、全滅する――)

 私が抱いた恐怖。
 それは、兵たちがより過敏に感じ取っていた。

「か、囲まれたらおしまいだ!」
「だ、だがどうするんだ! 前は柵! 後ろは火! 左右は敵だぞ!」
「いやだ! 死にたくない! 俺はまだ――」

「うろたえるな、馬鹿者!」

 誰かが叱咤する声が聞こえる。
 いや、誰かではない。

 私の声だった。
 思わず叫んでいた私に、周囲の兵が縋るように見る。

「全軍、固まれ! 前方の敵は、自分たちの柵があってまだ出てこられない! 左右は一万もいない! 包囲される前に、片方を突破すればいいのだ!」

 自分でもこれを自分が考えたのか、そう思うことを無意識に叫んでいた。

 そうだ。
 まだ包囲はされていないのだ。
 ならば包囲される前に突破すればよい。

 突破するのは左右どちらか。
 汜水関右は一万いるかどうか、左は五~六千。

 ならばそちらに残った数万でぶつかれば――

 そう考えた私は、おそらく今までで一番頭が冴えていたと思う。
 だから私は叫んだのだ。

「全軍、汜水関左方向の崖道を突破する! 我に続けぇ!」




  ―― 張飛 side ――




「鈴々。ご主人様の言うとおりになったぞ。お前の出番だ」
「まかせろなのだ! それより愛紗もけーかくどーりにするのだなー?」
「ふっ……当然だ。行って来い。だが、次は負けないからな」
「愛紗はくじ運が悪いのだ。次も鈴々がもらうのだ」
「抜かせ。さっさと行って来い。指揮は任せろ」
「にゃー! じゃあ、言ってくるのだー」

 愛紗に手を振って、鈴々は駆け出すのだ。
 目指すは、敵が混乱している先頭で叫ぶ武将。

 あれが華雄なのだなー?

 とりあえず華雄を倒さないと、お姉ちゃんの手柄にならないからしょうがないのだ。
 鈴々は混乱する兵たちの隙間をすり抜けるように走って、敵の武将の前に出たのだ。

「いいぞ! このまま突破――」
「させないのだ!」

 そこでようやく、鈴々の姿に気づいた華雄に。
 鈴々は丈八蛇矛を突きつけたのだ。

「だ、誰だ、貴様は!?」
「梁州牧、劉玄徳が一の家臣、張翼徳とは鈴々のことなのだーっ!」

 鈴々の名乗りに驚いている華雄のお姉ちゃん。

「ば、ばかな! 貴様一体どうやってここまで!」
「どうやってもなにも、華雄のお姉ちゃんは軍を先導して前に出ているのだ。なら、鈴々がすり抜けるのは楽なのだ」
「なっ……では貴様、単騎で来たのか!?」
「そういうことなのだ! さあ、華雄のお姉ちゃん! 鈴々と勝負するのだ!」

 鈴々が叫ぶと、華雄のお姉ちゃんは下を向いたのだ。
 にゃ?

「……予想はしていた。左右に抜ける前に、誰かが立ちはだかるであろうと。だがな……だが……」

 顔を上げた華雄のお姉ちゃんが、ギッと鈴々を睨むのだ。

「よりにもよってこんなガキが、だと!? 我々はこんなガキと戦っていたというのか!?」
「にゃー!? 鈴々はガキじゃないのだ!」

 このお姉ちゃん、失礼すぎなのだ!

「たかが男とはいえ、あの北郷とかいう者ならばともかく! こんなガキがそんな獲物で私と戦うだと!? そんなものを振り回すことも出来ないバカと戦えというか! 私も見損なわれたものだ!」
「…………では、鈴々とは戦わないと?」
「くどいっ! ガキの遊びに付き合ってられん! すぐに突破――」
「これでもか―――っ!?」

 鈴々は、丈八蛇矛を大振りで振るったのだ。
 華雄のお姉ちゃんは、不意をつかれたように大斧で受け止めようとして――

「なにぃっ!?」

 受け止めきれずに、後ろに吹き飛んだのだ。

「ぐはっ……な、なんて重い一撃を放つのだ。私が堪えきれなかった、だと……?」
「今の鈴々は昔の鈴々と違うのだ! 我が師匠は北郷盾二! お兄ちゃんの一番弟子! 今の一撃、昔の鈴々の力ならお姉ちゃんでも堪えたかもしれないのだ。でも今の鈴々なら絶対に負けることなんてないのだ!」
「あの男の……弟子、だと。そうか、あの扉を一撃で壊した男の弟子ならば……」

 そう言ってお姉ちゃんは立ち上がったのだ。
 若干、足がふらついているけどなー?

「失礼した。お前を武人と認めよう……だが、まだ負けたわけではない! 我が戦斧の血錆にしてくれるわ!」
「本気で掛かってくるのだ! でなければすぐに鈴々に倒されるのだ!」
「抜かせぇ! ガキが!」
「またガキって言ったなー!?」

 鈴々は怒りと共に蛇矛を振るったのだ。
 だが、華雄のお姉ちゃんはそれを紙一重で避けて、大斧を振り返してくるのだ。

「あぶっ!?」
「ふん! どんなに威力があろうとも、当たらぬばどうということもない!」
「む~…………ダメなのだ。確かに、今のはカッとなって大振りになりすぎたのだ。もう、反撃させないのだ」
「むっ……」

 昔の鈴々なら、今の挑発にさらに怒っていたのだ。
 でも、今の鈴々は違うのだ。

(自分で考えるのをやめちゃいけない)

 お兄ちゃんの言葉は、誰よりも鈴々に届いているのだ。
 鈴々は、戦う時はできるだけ冷静でいなきゃならないのだ!

「次で終わりにするのだ!」
「ふん! 貴様にやれるものか! また避けて――」
「身の丈八尺の丈八蛇矛! そして今の鈴々には――」

 足に力を入れる。
 今まで感じたことのないような力を、全身に行き渡らせたのだ。

 鈴々がずっと鍛えてきたのは、単なる力でも技でもないのだ。

 それは全身を鈴々が思い描く様に動かせること。
 想像についていけない身体を、思い通りに動かす力。

 それは――誰よりも疾く、強く、正確に、なのだ!

「それを小枝のように扱う力があるのだーっ!」
「なっ! 消え……」

 華雄お姉ちゃんの斜め横に飛び、そこから蛇矛を振りぬく。
 お姉ちゃんが気づいた時には、その手から大斧が天高く舞っていたのだ。

「あっ……」
「これで――」

 ドスッ!

「終わりなのだ!」

 鈴々の言葉が終わるよりも疾く。
 鈴々の蛇矛は、相手の肩口を正確に貫いていたのだ。

「は、疾すぎ……る」

 華雄お姉ちゃんはそう呟いて…………その場に倒れ伏したのだ。

 それを見下ろして、鈴々は天に舞っていたお姉ちゃんの大斧を蛇矛で打ち払う。

「…………やった。やったのだ! 汜水関の猛将華雄! 劉玄徳の一の臣、張翼徳が討ち取ったのだーっ!」

 粉砕した大斧と、鈴々の掲げた蛇矛の姿に。
 周囲にいた敵味方問わずに、歓声が上がったのだ。 
 
 

 
後書き
鈴々、ブーストしてましたの巻w
ちなみに油と防衛陣地、二重の意味があります。それは次回で。 
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