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犬も食わない

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第一章

                  犬も食わない
 今日もだった、このアパートでは騒ぎがあった。
 アパートの住人達は平日の朝からはじまっているその騒ぎを耳にしてまずはうんざりとした顔でこう言った。
「またか」
「また篠原さんのところか」
「今日も激しいな」
「平日の朝早くから」
「嫌な目覚ましだな」
「完全に目が覚めたよ」
 あまりよくないことで起きてしまった。
 それでだ、彼等はうんざりとした顔でアパートの203号室の前に向かった、平日の朝早くだが時間に余裕のある面々が来ていた。
 その中でだ、一人の中年の男が言った。
「単身赴任でここに来てずっと」
「佐藤さんは大阪からこっちに来たんですよね」
「はい、そうなんですけれど」
 だがそれでもだというのだ。
「毎日一回は篠原さん夫婦の喧嘩聞いてますね」
「はい、僕もです」
「私もです」
「俺もですよ」
 住人達はうんざりとした顔で言っていく。
「もうこのアパートで一番の有名人ですよね」
「夫婦揃って」
「普段はそれ程でもないのに」
「毎日一回は必ずですからね」
「絶対に喧嘩しますからね」
「困ったもんですよ」
 こう話をしながら扉の前に来た、そしてだった。
 住人を代表して佐藤さんと呼ばれた単身赴任の人が部屋のチャイムを鳴らしてだ、こう言ったのだった。
「篠原さん、いますか?」
「御前が悪いだろ!」
「悪いのはあんたよ!」
 佐藤さんの声をよそにだ、部屋の中から喧嘩の声が聞こえてきた。
「何で朝にパンなんだ!」
「たまにはいいでしょ!」
「朝は御飯にお味噌汁だろ!」
「だからたまよ!」
 こんな言い合いだった、そのやり取りを扉の前で聞いてだ。
 住人達は呆れてだ、顔を見合わせてこう話をした。
「相変わらずですね」
「たかが朝御飯のことで喧嘩ですか」
「前は晩のおかずのことでしたし」
「そうそう、秋刀魚がどうとか鰯がどうとか」
「それで今日はこれですか」
「全く以て進歩がないというか」
「この人達は変わらないですね」
 こう話して呆れるのだった、そして。
 佐藤さんがまたチャイムを鳴らした、佐藤さんはそれから再び言った。
「あの、篠原さん火事ですよ」
「えっ、火事!?」
「まさか!」 
 今の言葉で部屋の中の空気が変わった、そしてだった。
 部屋の扉が急に開いてその中から若い男女が出て来た、どちらの黒髪だがどうにも軽い感じだ、男の方は薄い顎鬚があり女の方は薄いこれから書きそうな眉を持っている。二人共よれよれの寝巻きに使っていると思われるジャージを着ている。
 その二人がだ、狼狽している顔で佐藤さんに言って来た。
「あの、火事はそれで」
「何処ですか?」
「俺消防士ですから行きます」
「私も看護士ですから」
 二人はそれぞれの職業を出す。
「こう見えても仕事は真面目なんですよ」
「怪我人は任せて下さい」
「下手をしたら今から起きます」
 佐藤さんは血気にはやる二人にこう返した。
「全く、朝から」
「っていうと俺達ですか」
「私達の方ですか」
「朝から止めて下さい」
 佐藤さんは憮然とした顔でそれぞれの職業からはあまり想像出来ない軽い感じの二人に対して言うのだった。 
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