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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集

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11月11日~君とチョコレート菓子~

 
前書き
11月11日は某チョコレート菓子の日。唐突に思いついて書き殴ったのですが、間に合わなかった(涙)。オーベルシュタインがポッキーゲームを!? 

 
 「ポッキーの日ですか!?」
新銀河帝国の軍務尚書執務室で素っ頓狂な声を上げたのは、尚書秘書官のシュルツ中佐であった。目の前に鎮座する絶対零度の上官パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥は、極めて真剣な表情で年若い秘書官をぎろりと見上げていた。
「今、『ポッキーの日』とおっしゃいましたか?」
意識して呼吸を整えてから問い直す秘書官を、その義眼が更に冷たく見つめる。秋も深まり、外は木枯らしの吹く寒い朝。尚書執務室で待ち受けていたオーベルシュタインから開口一番に発せられたのが、その不可思議な言葉であった。動揺を隠せずにいるのを咎め立てるのは、いささか酷というものであろう。
「それ以外の言葉に聞こえたのなら、卿は耳鼻科へでも行くべきだ」
上官はにべもなく答える。いわれのない皮肉を受けながらも、優秀な秘書官は徐々に冷静さを取り戻していた。
「いえ、失礼いたしました。しかし閣下、いずこからの情報でしょうか」
誰がそのような下賤な情報を帝国元帥に吹き込んだのかと、眉を寄せるシュルツを見やり、オーベルシュタインは肯いて手元のコンピュータ端末を開いた。
「先月末より、ネットワーク上で頻繁に飛び交っている言葉だ」
さすがは情報処理課勤務の長かった上官であり、こうして軍高官となってからも自ら水面下の動きの監視を怠らないらしい。このような軍務尚書が直接扱う調査活動については、秘書官といえども知らされていなかった。どのような機密事項があらわれるのかと、カチカチとマウスを扱うオーベルシュタインの手元へと回り込み、そっと画面を覗き込む。
「……か、閣下、この匿名大型掲示板をご覧になるのは、あまりおすすめ致しません」
声は低く言葉は丁寧であったが、わずかに顔をひきつらせている。しかし、右後方に立つ形となったシュルツの表情を、オーベルシュタインの位置から伺うことはできなかった。
「そうか。だが、時折怪しげな機密めいた情報が記載されることもある」
スクロールする画面を追いながら、呟くように返答するオーベルシュタインへ、シュルツは初めて不安げな視線を向けた。
「はい、確かに全般的に怪しげな情報ではありますが、ご利用になるのは……」
「利用などしておらぬ、監視しているだけだ。……それに、時には有用な情報もある。ここの情報を元にして、実に良い肉屋を見つけることができた」
「明らかに書き込みまでなさっているじゃないですか!」
日頃は穏やかな秘書官に執務机をドンと叩かれて、オーベルシュタインは照れたようにひとつ咳払いをした。それを合図にしたかのように、シュルツも上官の脇から退いて正面へと戻る。コツコツと軍靴の硬い音が響いて、丁寧に磨き上げられた床がなぜだか急に忌々しく思えた。
「それはおくとして、同様に『ポッキーゲーム』なる言葉も目にするようになった。卿はこれらの言葉の意味に心当たりがあるか」
眉を寄せたままのシュルツが、眉間の皺を更に深くする。
「はぁ、存じております。通常は二名で行うものなのですが……詳細は口頭ではご説明できかねます」
歯切れの悪い回答に、オーベルシュタインもやや眉間に皺を寄せた。
「そうか……。では、やってみるか」
「は?」
シュルツは思わず耳を疑った。いや、すでにずいぶん前から疑いっぱなしではあったが、再度念を押す必要があるほど驚愕し、口を半開きにしたまま視線を彷徨わせていた。
「『は?』ではない。口頭で説明できぬと言ったのは卿の方だ。だが、不明のまま片付けるわけにもゆかぬ。他愛もない言葉であろうが、その意味を知ることで、思わぬ敵方の目論見を探し当てることになるやもしれぬ」
淡々と良く分からない理屈で自分を責め立てる上官は、どこからどう見ても冗談を言っていわけではなさそうだ。
「私も実践してみるから、卿が相手になれ。通常は二名で行うものなのであろう?」
心なしか目を細めて眉間を歪めるオーベルシュタインが、妙に艶めかしく見えて、シュルツは言葉を失った。
「あっ、はいっ……いや、でもっ……せ、せっかくですが、小官ではお相手できません!お許し下さい!」
頭を下げて猛然と出入り口の扉へ向かうと、そっと目だけを上官に向けて助言した。
「小官よりも提督方にお聞きになってはいかがでしょうか。例えば、ビッテンフェルト提督のような……独り身で遊び慣れていらっしゃる方などに」
それだけ言い残して疾風のように去っていく秘書官の後ろ姿を、オーベルシュタインは表情を変えずに見送った。


 「なるほど、シュルツのやつは逃げましたか」
呆れたような笑みを浮かべるのは、昨日まで出張を命じられていた軍務省官房長アントン・フェルナー准将である。左手に報告書を携えて、端正だが掴みどころのない顔を無遠慮に上官へと向けている。
「それで、諸提督方から聞き出すことはできたのですか」
フェルナーの問いにオーベルシュタインはかぶりを振った。
「ビッテンフェルト提督へTV電話をかけて尋ねたところ、『貴様にそのようなことを教える義理はない』と怒鳴られ、仕方なくロイエンタール提督の元帥府を訪ねた」
「はぁ、それで?」
オーベルシュタインはひとつ大きな溜め息を吐いた。
「ロイエンタールは親切にも手取り足取り教えると言ったのだが、どういうわけだかベルゲングリューンに物凄い剣幕で追い返されたのだ」
心底理解できぬといった表情の上官に、思わず苦笑を浮かべる。
「ポッキーの日というのは古くに設定された記念日のひとつで、棒状のチョコレート菓子『ポッキー』にちなんだ製菓メーカーの販売促進行事と言ってよろしいでしょう。現代では無論、その名を冠された菓子そのものは存在しませんが、同様の形状をしたチョコレート菓子を代用して『ポッキーゲーム』が行われているようです。まあ、宴会芸のようなものですよ」
フェルナーの明快な説明に「ふむ」と肯いて、オーベルシュタインはさらに質問を加えた。
「そのゲーム自体はどのようなものであろうか」
そのストレートな質問にも、フェルナーは動じることなく真剣な表情で応じた。
「細い棒状のチョコレート菓子を介して、二名の人間が顔を寄せ合うゲームです。……顔を寄せ合うという点に大いに意味があるものですから、あるいは『密談』や『密会』、『違法取引』などの隠語として使用されることも考えられますな」
上官の真意を疾うに承知している官房長は、瞬時に鋭い眼光を向けた。
「卿の言うとおりだ。だが、隠語にしてはあからさま過ぎるのではないか」
オーベルシュタインは何かを考えるように、右手の人差指でコンコンと机上の書類を叩いた。上官がほんのわずかに逡巡する際の、それは癖のようなものであった。
「さあ、小官にも分かりかねますが、実践してみれば何かを掴めるかもしれません。試してみますか」
穏やかだった部下の笑みが愉快げなそれに変わったような気がして、オーベルシュタインは返答を躊躇った。
「……却下する。卿には幾度も煮え湯を飲まされているからな」
ふんと鼻を鳴らして素っ気なく目を閉じる上官へ、フェルナーは諦めることなく畳みかけた。
「おや、そのようなことを気になさるお人ではないでしょう。事の本質を確かめぬまま放置することの方が、閣下には耐えられないのではないでしょうかね」
どうしてこうも、自分の本心をやすやすと見抜くのか。オーベルシュタインは心なしか悔しそうに首を振って目を開けると、ひと癖ある部下へ説明を促した。フェルナーは従卒を呼ぶとすぐさま調理室から細長い乾パンを持参させ、自分と上官の間に置いた。
「適当な菓子がないので、少々太めですがこれを使いましょう。ゲームは単純です。閣下がそちらの端を口に入れ、小官がこちらの端を口に含みます」
「こうか」
オーベルシュタインが乾パンの片端をくわえてフェルナーの方へ差し出した。フェルナーも慌てて逆側を受け止めて、「このまま少しずつ食べていきます」と補足してから口に入れ、目だけで合図した。
サクサクという小さな音が室内に響き、いつしか双方とも呼吸をすることさえ控えていた。
「!?」
5分の1ほど食べ進んだところで、オーベルシュタインが動きを止め、驚いたように乾パンをくわえる口を離した。
「これは……」
自失の様子の上官を、にやりと笑いながらフェルナーが見やる。
「どうなさいました、閣下?」
なんと目の前の部下の忌々しいことか。先ほど、何度も煮え湯を飲まされていると、自らの記憶で確認したばかりではないか。
オーベルシュタインは無言のまま再びコンピュータ端末を開くと、左手の仕草だけでフェルナーを下がらせて猛烈な勢いで何事かを打ち込み始めた。フェルナーは平然と自席に戻ると、一心不乱に端末へ向かうオーベルシュタインを目の隅に入れながら、自らも端末へと目を落とした。


 数日後の11月11日。
軍務尚書オーベルシュタイン元帥の名で省内メールが全省員宛へ送信された。何とも軍務省らしからぬと後世まで語り継がれたその内容は、概ね以下の通りであった。
『本日勤務終了後に、全省員参加によるチョコレート菓子ゲーム大会を開催する。総員勝ち抜き戦で実施し、最後まで勝ち抜いたものには軍務尚書オーベルシュタイン元帥と対戦する権利が与えられる。諸君の健闘を祈る』
省内は一時間もせずに騒然となった。
「軍務尚書とポッキーゲームか。こうなったら優勝を目指すしかないな!」
唖然としてメール画面を見つめたままのシュルツの肩を、事務局長のグスマン少将が力強く叩いた。
「そう……ですね。閣下とポッキーゲームですしね。絶対に優勝して見せます!」
やや上の空といった様子であるが、シュルツも拳を作ってそう返した。
「そうだよな。まずは練習を重ねる必要もある」
「はい!」
力いっぱい同意したところで、シュルツははたと考え込んで、やがて恐る恐る口を開いた。
「練習って……小官の身近にはできそうな相手がいませんし、そもそも……」
ごくりと唾を飲み込んでから、更に顔をこわばらせる。
「総員勝ち抜きと言われても、全員、男、ですよね……」
「あ……」
凍りつく事務官室の扉をそっと閉めて、フェルナーは軍務尚書執務室へとノックもせずに足早に入室した。部屋の主はとんでもない爆弾を軍務省じゅうに広めておきながら、何事もなかったかのような顔で書類に向かっている。
「閣下」
オーベルシュタインは部下の呼び掛けに顔を上げ、胡乱げな視線だけで答えた。
「あのメールのおかげで、皆、大騒ぎですよ」
フェルナーの表情は真剣そのもので、決して揶揄しているようには見えなかった。オーベルシュタインはその凍てつくような視線を外さぬまま、小さく肯いた。
「そうか」
「……予定通り、ですか」
返答はなく、上官は手元の書類の角を小さく折りたたんだ。これも、彼の逡巡を表す仕草であった。
「内容なんてどうでもいい。初めから、派手に騒がれることが目的でしょう?」
フェルナーの目が情報将校のそれに変わっていることに、オーベルシュタインは気がついた。折りたたんだ書類の角を丁寧に伸ばすと、低く小さな声で最も信頼のおける、そして最も警戒すべき部下へと囁いた。
「この知らせを、それと分からぬ方法でリークしておけ」
部下の翡翠の目が機械仕掛けの焦点と重なる。
「例えば、地球教のフェザーン支部などに、ですか。閣下との対戦権などという条件で自らを囮になさるなど、護衛隊の負担もお考え頂きたいものです」
冗談めかしながらも、フェルナーは上官の顔を真っ直ぐに見つめた。オーベルシュタインは作りものの目をわずかに逸らして、
「国家の安寧と私の命など、比べるまでもない」
と言い置いてから、再び書類へとその意識を戻していった。


(Ende) 
 

 
後書き
ご読了ありがとうございましたm(__)m 
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