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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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役者は踊る
  第四九幕 「零の領域」

前回のあらすじ:レーゲンよ、今が駆け抜けるとき!


会場は既にかなりの熱気に包まれていた。今まで情報の少なかったドイツ製第3世代ISの実戦でのお披露目と世界初の男性IS操縦者の激突・・・これだけでもこの試合への期待はかなりの盛り上がりを見せていた。
だが蓋を開けてみれば観客たちはいい意味でその期待を裏切られた。圧倒的な性能差をものともせず水鳥のように可憐に舞う少女と、今まで完全に情報がなかったドイツの新型武器のサプライズ。特に「佐藤稔」という存在は今まで国外では全く注目されていなかっただけに、その腕前は驚きと歓声を持って迎えられた。特別高度な加速技術を使っている訳でもないにも拘らず危なげのない回避行動を続けるその姿はさながら空を舞う鳥の羽のようだった・・・と、後に観客は語る。
(・・・無論本人は半べそかきそうになりながら必死で避けていたのだが、動きに淀みがなかったので観客の目にはそう映ったようだ)


そしてドッグファイトの続くアリーナの地上では、騒がしい観客たちも思わず息を呑むような剣技の応酬が繰り広げられていた。
煌めく白刃と白刃のぶつかり合いによって飛び散る火花が二人の剣士の顔を照らす。真剣勝負、その一言以上にこの場に相応しい言葉など世界のどこを探しても存在しないだろう。

激突する剛と剛の剣。機体性能の差を感じさせない気迫が白式を纏う一夏を押し潰さんとするが、負けじと気合で押し返す。互いに剣を弾き距離を取り、再び両手で剣を構える。
世界最強の剣士である織斑千冬の弟とISを開発した天才博士の妹。偉大な功績をあげた肉親を持つ者同士、事情は違えど何度も姉と比較され、プレッシャーに押し潰されそうになり、強くなりたいと願った者同士。だが今この場でそんな過去は”心底どうでもいいもの”と二人は考えている。

「・・・今日こそ勝ち星を貰うぞ、箒!!」
「越えられるものならば越えてみろ。口ではなく刀でな!!」

2機が踏みしめていた台地が抉れるほどに深い踏み込みで二人は再度激突する。その一刀一刀が腹の底を叩くような鈍い衝撃を生み出し、大気を強かに揺るがした。



一夏は考えを巡らせる。

二刀流は使えない。ジョウさんに「今から二刀流を実戦で使えるレベルにするには時間が足りない」と練習そのものをすっぱり切られた上に、そもそも二刀流のアドバイスの大部分をもらった相手は箒その人だ。付け焼刃など通用する道理もない。

空中戦はいい策ではない。白式の機体性能を生かすには確かに空中の方がこちらに分があるが、その分空中では剣の衝撃を逸らすのが容易になる。IS操縦時間が自分より上の箒相手では長期戦になり、その間に佐藤さんが追いつめられるかもしれない。そうなれば勝ち目は絶望的だ。

佐藤さんから飛び道具を借りて戦うという案も考えたがすぐにやめた。篠ノ之流はたかが鉄砲ひとつで揺らぐほど軟な剣術ではないことは自分自身がよく知っていた。

ならば出来ることはただ一つ。正面からぶつかって箒を打ち破るしかない。

だがしかし、それが最も難しい。
嘗て篠ノ之道場に通っていた頃、一夏は体力、技量共に箒に勝っていた。だがあれから既に6年の歳月が過ぎている。その6年に積み重ねた鍛錬の量と密度の差が、箒の構える剣を見るだけで否応無しに理解できる。その剣を見るだけで、一夏はまるで巨大な獅子が唸り声を上げているかのような錯覚を覚えた。だが、耐えられる。ここ3日間ジョウさんからぶつけられた気迫に比べれば、これくらい体を鈍らせる理由にはならない。
しかしそれだけだ。ジョウさんの特訓は強くなるための物というよりはマイナスをフラットまで引き上げるための特訓が多かった。それだけ自分の剣技は錆びついていたのだ。

だから・・・その錆を落とした。篠ノ之流という剣術の極意を存分に振るえるように。

よって、一夏は次の接敵に、次の死合に、次の自分に全てを賭けることにした。


ぴたり、と箒の動きが止まる。

「僅かにこびり付いていた迷いが霧散したな。覚悟を決めたか?」
「・・・全部バレバレか」
「戯け。剣を交えればその程度自ずと判る」
「それでこそ箒だ・・・では」
「いざ!」

「「参る!!!」」

二人が足を踏み出し、二振りの剣が空間を切り裂いた。
雪片弐型の腹を打鉄の近接戦闘ブレードが弾く。その弾いた反動をそのまま乗せて無反動旋回(ゼロリアクトターン)を応用した体さばきでさらに斬りかかり、それも受け止められる。鍔を利用して剣をかちあげて斬りかかり、即座に体勢を立て直した箒の剣に阻まれる。

―――まだだ!まだ!

剣をぶつけ、逸らし、払い、突き、薙ぎ、再び正面から激突する。闘志と闘気が、意志と意思の全てがぶつかる。そのぶつかった先を”予見()る”。この刹那の先にどう動くか、見極める。相手が動きという行動を取る瞬間を一拍とし、それを上回る速度で踏み込む。

「疾ッッ!!!」
「はぁぁっ!!」

集中力を極限まで拡大させる。一瞬を、一拍を、かつて踏み入れた領域へと加速させる。衝突する剣の音さえも置き去りにしてその心は加速する。
自分の動きを自覚する。神経の末端の末端まですべての感覚を意識する。血液の脈動から吐き出す吐息まで全てに(わた)る自分を自覚し、その意識を「一」と数える。

その時、一夏の中で世界が止まった。そして一拍のその先にある世界に、全神経が飛び込んだ。一夏はその瞬間、ISも剣もすべてを纏めてただ一つの斬撃と化した。


(久しぶりに、本当に久しぶりに・・・”至った”)


その時一夏がまず思ったのは、懐古の感情だった。
あれは何時だったかおぼろげにしか思い出せないとある日。俺は箒の父親である柳韻(りゅういん)さんに稽古をつけられた。それまで中々同門である箒と腕の差が埋められなかったから鍛えてくれと頼み込んだのだったと思う。だが、当時まだ幼かった俺はそれを後悔した。

柳韻さんから発せられてた濃密な殺気と容赦のない竹刀の攻撃を全面に浴びせられた。子供だからと言って一切手心は加えないと言わんばかりの本気の剣鬼。普段道場で見せる柳韻さんと明らかに違う気迫に、俺は人生で初めて本気で人間に怯えた。そしてそんな中、それでも消えなかった「強くなりたい」という思いを捨てきれずに猛攻を掻い潜ろうと何度も立ち向かい、息も絶え絶えで体が限界を迎えようとした――そんな時、俺は”至った”。
それは非力な子供の弱弱しい一撃であるはずだった一突。それが柳韻さんの胴を打ち抜いた。

稽古はそこで終わった。後で知ったことだが、元々俺は剣の才能があったそうだ。ただ、それだけに才能に溺れて邪道に逸れてしまわないかという小さな不安が柳韻さんにはあったらしい。だからこそあの稽古は剣を振るうことの本当の恐ろしさを伝える意味合いで行ったらしい。その追い込みが、土壇場に強い一夏の成長を急激に促してしまったのだろうと説明された。
その時、偶然に近い形で俺が使った奥義こそが、篠ノ之流を学ぶものでもその殆どが一生至れずに終わるという領域。神速、明鏡止水、畢竟(ひっきょう)などと呼ばれる世界。

  ――篠ノ之流古武術裏奥義 『零拍子』 ――

それは言葉にすれば、ただ相手よりも早く行動し、敵を一刀のもとに斬り伏せる。それだけの奥義。嘗て一夏が一度は至り、そして遠のき、再び踏み入れた奥義。
相手より「速く」ではなく「早く」。相手の時間の感覚、言い換えれば相手の思考そのものよりも更に”一拍子早く”、相手の感覚を超越した領域に斬り込む。それは武術としての完成にて究極系。未だ未熟ゆえにこの領域にはいれるのはほんの一瞬だが、切り捨てるのに必要な時間も一瞬である。

幼いことの箒と一夏の腕の決着は、一夏が零拍子を習得した頃に一夏の勝ちで片付いた。
箒は一夏よりさらに前から篠ノ之流を学んでいたにも拘らず、そこまでは至れなかったからだ。それが二人の決定的な差となった。



だからだろう。一夏は心の何処かでこう思っていたのだ。「零拍子」に至れば自分の勝ちだと。
それが大きな間違いであることに気付かずに。



がきぃぃぃぃん!!

「なっ・・・?」

白式の握る雪片弐式に今までにない力がぶつかった。腕が飛ぶのではないかと錯覚するほどの運動エネルギーを打ち消しきれず、腕ごと刀が上に弾かれた。

「誠天晴れな戦い様だったぞ・・・だが、今回は私の方が1枚上手だったようだな」

回線を通じて囁いた箒の一言に、一夏はぼんやりと今何が起きたのかを察した。あれから6年、どうして俺はいまだに箒が”至っていない”などと馬鹿なことを考えていたのだろうか。

簡単な話だ。零拍子に対抗できるものは、――零拍子しかないではないか。

(でも、それじゃこの衝撃は何だ?これは剣というより鈍器で叩き上げられたようなような衝撃だ。篠ノ之流にそんな技は存在しないはずだぞ・・・?)

やがて一夏の零拍子持続時間が終わる。それは、かつての箒であれば決して使えなかった、否、使わなかったであろうもの。箒が零拍子の世界に至った一夏に加えたそれは刀に非ず――打鉄の巨大な”脚”だった。


「け、蹴りだとぉ!?邪道じゃねえか!!」
「見誤ったな一夏!確かに私は剣道一筋だが・・・この蹴りだけは『あの人』直伝の特別だぁぁぁ!!」

ごがぁぁぁぁぁんッ!!

「かっ・・・はっ・・・!?」

一夏の一瞬の動揺の隙に、箒は空中で体を翻し遠心力を乗せた打鉄の回し蹴りをかます。金属と金属が衝突して鈍い音が響いた。白式の胸部を陥没させたのではないかと錯覚するほどの凄まじい衝撃が体を突き抜ける。
空中に投げ出され錐揉みになりながらもほぼ無意識で体勢を立て直そうとする一夏の頭の中は、状況とは裏腹にしみじみと考えていた。

(箒・・・おまえ、本当に変わったな・・・『あの人』ってのが誰かは分かんねぇけど、多分いい方にさ)

昔の箒なら剣道以外の技など学ぶことも使うこともしなかっただろう。それは彼女が篠ノ之流という剣術に誇りを持っており、それ以外を使うのは邪道であると断じていたからだ。先祖代々形を変えながらも脈々と受け継がれてきた先人たちの武の心の結晶に、彼女は潔癖なまでに従っていた。
思えば箒はいつもそうだったのかもしれない。親の言いつけに従い、古くからのしきたりに従い、男はかくあるべきといった昔からの勝手な決めつけに従い、何に対してもその従ったものを他人に押し付け、それ以上に踏み出すことはしていなかった。
それが今はすっかり変わった。あの理不尽な押し付けがましさは見る影もなく、他人を圧迫するような目つきもしなくなった。いつも自然体でいる彼女の周囲はどこか清涼な空気があるような気さえする。篠ノ之流の動きで脚技を放つという剣道の視点から見たらありえない真似もためらいなく実行している。彼女はもう従うだけの子供ではなくなってしまった。

あの蹴りの重さは、箒の6年の歳月で進んだ進歩そのものだ。
姉の事を考え一度は武道の道を離れた俺とそのまま道を突き進んだ箒の差だ。
俺がマイナスをゼロにしている間に箒はゼロを越えた。まるで兎と亀の競争のようではないか。
そんな俺が、何が「勝ち星をもらう」だ。烏滸(おこ)がましいにもほどがあるぞ、俺。

箒が止めの一撃を放とうと瞬時加速を使って邁進(まいしん)してくる。ああ、これは今からでは回避も防御も間に合わないな。・・・ま、それも仕方がないのかもしれない。俺には箒を倒せるだけの力がなかったってだけだ。

ごめん、ユウ。俺、あんな偉そうなこと言っておいてここで負けるみたいだ。



ふと、夢を思い出す。
白い道と黒い道。今の一夏にはそれがどんな道かなんとなくイメージが湧いた。
あの白い道は俺が千冬姉の事を言い訳に、するべき努力を手放した惰性の道。だから白い道には俺が他の事を投げ出して近づこうとしているベルーナがいた。黒い道に俺が惹かれたのは、ISを得て再び剣道の道へ心が向かい始めていたからだろう。

黒い道、あの先にはいったい誰がいたんだろう?何があったんだろう。それがもう永遠にわからない結果のように思えて顔を顰める。









なら、今から行けばいいだろ。


「え?」


気になるんだろう、行けよ。なんなら”俺”が連れて行ってやる。


「だ、誰だよ?」


とっととしろよ。でないと、”俺”が全部勝手にやっちまうぞ?


「お前、何を―――?」


―――だめ!体を任せちゃだめ!!


突然割り込んできたのは、どこかで聞いたことのあるか細い女の子の声だった。だが、その言葉を聞いたときには俺はすでに体の自由が利かず、あの夢で俺に纏わりついた泥が這うように全身に纏わり付いていた。今見ているのが夢なのか幻なのか、俺にはその判断さえつかなくなりつつあった。
 
 

 
後書き
今まで小説書いててこの辺と次の話が一番難しかった。 
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